- キラとシンは、店を出た。
- 気が付くと店に入ってからかなり時間は経過していたし、お茶会も終わっている頃だろう。
- そろそろ家に戻らないと、ラクスが心配すると思われた。
- 話も一区切りついたし、シンをいつまでも引き止めるわけにもいかないので、それはちょうど良いタイミングだった。
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- しかしシンは店を出てからずっと押し黙ったままだ。
- 何かを考え込むように、視線は足元に集中している。
- その様子を見てキラは、やはりシンには重すぎたかと、少し話を聞かせたことを悔いた。
- 元々他人が背負えるような話でないことは理解している。
- そしてむやみに話をすることは、周囲に混乱を与えるだけだということも分かっている。
- だからこそ敢えて話を公にしていない。
- この話を知っているのは、キラが心から信頼する者だけだ。
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- 「もし今の話が重いと思ったら、忘れてくれたら良いからね」
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- キラはシンを気遣い、聞かなかったことにすれば良いと言った。
- それは決して非難しているのではない。
- 誰かに分かってもらおうと思っても、当事者でなければ分からない。
- そのことを嘆いてどうこうするつもりもないし、もしこの話を受け入れられないのだとしても、その人が弱いからではなくて、他の人には背負えないものもあり、背負わせてはいけないものもある。
- 所詮人には、その身の丈に合った生き方しかできないのだから。
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- 「何でキラさんはそんなに強くいられるんですか?また戦うことが怖いとか思わないんですか?」
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- しかしシンは悲しげな表情をしてキラを見つめる。
- もし自分がそんな生まれだったら、今のキラみたいになれる自信は無かった。
- 戦うことで失うものの大きさを知ったし、何より他人に憎まれてまで、戦い続けることは辛いもの以外残らない気がして。
- ましてそんな重いものを背負わされて産まれてきたことに、また憎しみというどす黒い感情で突き進んでしまいそうだった。
- それでもキラは、自分の生まれを呪うよりも、その力を使って世界が平和になるために戦うと言う。
- その強さはどこから来るのか、シンは知りたくなった。
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- 「僕だって戦うことは怖いよ。でもそれ以上に、大切な人とかを失う方がよっぽど怖い」
-
- シンに問い掛けられたキラは、立ち止まって拳を握り締める。
- かつて特殊部隊に襲われた時、キラの中にあったのは、紛れもなく恐怖だ。
- 自分が死ぬかも知れないってことではなくて、ラクスや皆がこのまま殺されるってことが。
- その時に切望したものは、状況を打破する力だった。
- でもそれはただ相手を傷付けるだけのものじゃないと、キラは今でも思っている。
-
- 「もし僕が特別な力を持って産まれてきたんだとしたら、それは皆を守るためなんだと、僕は思ってる」
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- ー思いだけでも力だけでもダメなのです。ー
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- かつて言われた言葉が甦る。
- 思いの無い力はただの暴力でしかない。
- かといって力を持たなければ、自分の意志を貫くことはできない。
- もしかしたら自分の思いが間違っていることもあるかも知れない。
- それでも人は前に進むしかないのならば、前を向いて、自分ができることを精一杯やるだけだ。
- 生きていることを後悔しないために。
- 望む未来に向かって進むために。
- 今自分が他の人にしてもらったことを、自分がしよう。
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- 「大丈夫だよ。僕にはちゃんと覚悟できてるし、シンにもできるよ。君もそれだけの力があって、それを分かっているんだから」
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- キラはニッコリと笑った。
- その笑顔は、見ている者も穏やかな気持ちにするような、そんな笑顔だ。
- キラの答えを聞いたシンは、改めてキラのことを尊敬の眼差しで見つめた。
- そんなキラと共に歩むことが出来る自分を、誇らしくも思う。
- シンは自分の中に熱くなる部分があるのを感じながら、はい、と力強く返事をした。
- 自然と笑みも零れる。
- それを見たキラもまた、安堵の笑みを浮かべた。
-
- その後キラは、シンと道が分かれる所に着くまで、先ほどの続きを話して聞かせた。
- まだ心に傷は抱えたままだったが、それでも平穏に暮らせた、もう一度この手に力を取るまでの幸せで大切な時間を。
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STORY-10 「訪れた平穏」
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- 父さんと母さんに僕の秘密を聞いてから数日後。
- 母さんがマルキオ邸にやってきた。
- とてもたくさんの荷物を持って。
- まるで長期旅行か引越しをするみたいな荷物に、僕達は目を丸くして出迎えた。
- でも母さんは僕達の驚きを余所に、一緒に此処に住むと言い出して、さらに驚いて固まってしまった。
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- 「本当は貴方が戻ってきてくれるのがいいんだけど、貴方はラクスさんと離れたくないみたいだし、これだけたくさんの子供と手の掛かる大きい子供がいたら、マルキオさんもラクスさんも大変でしょう」
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- だから私もお手伝いするわ、と母さんは悪戯っ子のような笑顔を見せて言う。
- 手の掛かる大きい子供って僕の事?
- しかもラクスと離れなくないって、普通皆の前で言うかな。
- 僕は顔を赤くしながら抗議の声を上げた。
- まさかラクスとの仲を、母さんにからかわれるなんて思ってもみなかった。
- まだ思いが通じ合ったところで、絆を深めていくのはこれからのことなんだよ。
- もちろん、そんなことは恥ずかしいし、余計にからかわれるだけだから言わなかったけど。
- それに母さんがここで暮らすことになったら父さんはどうするのさ。
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- 「それなら大丈夫よ。時々は会いに来るって言ってたし、いい大人なんだから独りでも何とかできるでしょ」
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- 僕の疑問にあっけらかんと言い放つ。
- それはいい加減なのかちゃんと考えてるのか、ハッキリ言ってよく分からないよ。
- 僕は何とか母さんを説得して家に帰そうとしたけど、暖簾に腕押し、その意志を覆すことはできなかった。
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- 一緒に母さんの言動を見守っていたマリューさんが笑顔でポツリと漏らす。
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- 「やっぱりキラ君のお母さんはカリダさんね。こうと言い出したら言うこと聞かないんだから」
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- 何ですかそれ。
- 僕が我侭だってことですか。
- 僕は抗議をしたけど、ラクス、それにバルトフェルドさんにも頷かれて、僕は顔を赤くして抵抗する。
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- 「こんなに感情を剥き出しのキラは初めてですわ」
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- 最後はラクスのこの一言に僕は撃沈した。
- しかも嬉しそうに言われて、そんな笑顔を見せられたらもう何も言えないよ。
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- 結局本当に母さんも一緒に暮らすことになって、僕や子供達の面倒を見てくれた。
- まあ反対したのは僕だけで、他の人はすごく歓迎ムードだったし、僕も心から反対したわけじゃないから良かったけどね。
- 実際家事とか子供の面倒を見るのは一日の長があって、マルキオ様もとても助かったみたい。
- ラクスとも仲良くなったみたいで、料理とか一緒に笑いながら作ったりして、何だか僕にも入れない雰囲気の時もあったし良い感じだった。
- 相変わらず僕はラクスとの関係をからかわれたけど、でもそれは決して嫌な感じじゃなくて、今まで見たいな普通の人と同じような、当たり前の幸せを感じることが出来て嬉しかった。
- 他愛も無いことで笑ったり怒ったり。
- まだ戦争を知らなかった時のような、ううん、その時よりもずっと賑やかで楽しい時間を過ごした。
- それを引き出したのは、母さんに他ならない。
- 改めて、やっぱり僕の母さんはこの人しかいない、この人で良かったって思えた。
-
- そんなこんなで、僕がMSに乗らなくなって、1年近くが経とうとしていた。
- 今日も僕は家の掃除を少し手伝うと、いつものようにテラスで椅子に座って、ボーっと海を見るとはなく見ていた。
- そして今の生活を噛み締めていた。
- ここには穏やかな平穏がある。
- 大切な人がすぐ傍に居て、周囲の人達も親切にしてくれて、友達も時々遊びに来てくれる。
- 一緒に暮らす子供達も、皆元気で良い子ばかりだ。
- 何より僕を戦いに駆り立てるものがここには無い。
- 血生臭い油の臭いもしないし、耳を切り裂くような銃撃の音も聞こえない。
- そのことがとても幸せに思えた。
-
- でも、まだ心から笑うことは出来ないでいた。
- 外の世界には紛争の火種が残っていることは知っていたし、僕自身の罪が消えたとは思っていない。
- まだMSに乗って戦ってた時の事を思い出すと胸が痛むし、そんな夢を見て魘されることもある。
- それを考えると、僕が、僕だけがこんなに穏やかな所に居て、幸せでいいんだろうかと思う時もあった。
- 海が青ければ青いほど、天気が良くて太陽が眩しければ眩しいほど、そんな気持ちになる。
- 本来、全ての人はこうして平和に暮らしていけるはずなのに、どうして戦ってしまうんだろう、戦ってしまったんだろうって。
-
- 「キラ、何を見てらっしゃるのですか?」
-
- しばらくそうしていたら、ラクスが隣にやって来た。
- ラクスはいつも僕の気持ちが落ち込んだ時に横に来て、さり気なく傍にいてくれて、心を落ち着けてくれるんだ。
- 表情は変えてないつもりなんだけど、ラクスには僕の心は筒抜けなんだよね。
- それも気持ちが通じ合っている証拠なんだって思えて、その度に心を満たしてくれるから、それを止められたら困ると思って敢えて黙ってたんだけど。
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- 「うん、今日の海は、穏やかだなあって思ってさ」
-
- 僕はラクスの手をそっと取ると、曖昧に言葉を濁した。
- 本当はそれだけじゃないけど、僕が苦しんでることをラクスには言いたく無かった。
- 優しいラクスはきっと自分のことのように心配する。
- 自惚れじゃ無くて、ラクスはそうゆう娘なんだってことをこの1年、一緒に暮らして分かったことだから。
- 僕のことで余計な苦しみを感じて欲しく無かった。
- それにいつまでもラクスに甘えてばかりじゃだめだと、僕自身思ってた。
- こんなことじゃラクスに愛想をつかされるかも知れないって不安もあったし、だから極力彼女の前では笑顔で居るように意識してた。
- 彼女と居れば辛い気持ちとかが薄れるし、大して難しいことじゃなかった。
- それに僕の悩みは僕自身が乗り越えなきゃいけないことだと思ったから。
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- けれど多分、ラクスは気付いてたんだと思う。
- そうでなきゃ、僕の隣に何気なく現れたりしないよね。
- 何も言わずに僕の傍に居て、僕から言い出すのを、ずっと待っていてくれたんだ。
- ラクスはいつも僕をさり気なく、優しく支えてくれる。
- 本当のことを言わないのは、それに甘えてたんだ。
-
- 「そうですか。でもキラ、辛い時は辛いと言っても構わないのですよ。無理して笑わないでくださいな。貴方に信頼されていないのではと心配になって、私が悲しくなってしまいますから」
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- 言われて僕は気が付いた。
- 自分の思いを言わないことは、ある意味心を閉ざしてるってことと同じなんだってこと。
- それが知らない間にラクスを傷付けてた。
- こんな弱い僕でゴメンね。
- でも僕はやっぱり、君と一緒に歩んで生きたいよ。
-
- だからそれ以降、彼女の前では感情を押し殺したりしなくなった。
- すると今までより、心がずっと軽くなった気がした。
- 自分が独りじゃないって思えるようになったんだ。
- やっぱりラクスは凄いよ。
- 泣きたい時は泣いて、不安な時は不安そうな表情をして、でも嬉しい時はそれを表して、人はそうして生きていくんだね。
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- そうしながら僕らはゆっくりと前に進んでいた。
- 僕達の未来と、この平和な時間へ繋がるように。
- それは儚い願いだったのかも知れないけど、僕は確かに未来に思いを馳せることができた。
- だから今の僕があるって言える。
- ラクスや母さんや周りの皆の優しさに守られて助けられて、僕はここまで来れたんだよ。
-
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