- 曖昧な相槌を打ちながら、結局は惚気話だったことに、シンは少しばかりウンザリした表情を浮かべた。
- キラとラクスの甘々な仲は、既にプラント中に広まっている。
- それを今更2人の馴れ初めを聞いたところで、特別珍しい話ではない。
- ましてシンは男であるので、そういった類の話そのものに大して興味は無かった。
-
- だが「最高のコーディネータ」や「冷たい機械から産まれた」など、聞きなれない言葉が引っかかった。
- それがキラとラクスの馴れ初めにどう関係があるのか、正直よく分からない。
- それにキラは、何だか自分が特別みたいなことを言っているようにも聞こえる。
- 確かに優秀な人物だと思うが、それと何か関係があるのだろうか、次から次に疑問が湧き上がる。
-
- 「キラさんの生まれって、一体何なんですか?」
-
- シンは堪らず、訝しげに尋ねる。
-
- するとキラは、急に真剣な瞳でシンを見つめ返す。
- それはまるでシンの心の奥まで見透かしているような、初めて見せる鋭い視線だ。
-
- 「君には話をしても良いと思うけど・・・」
-
- そう言って、キラは押し黙った。
- 何かを思案するような、そんな仕草で視線を左右に漂わせる。
- シンを勝手に巻き込んで、彼を苦しめるかも知れないことに、迷いが無いわけではない。
- しばらくそうした後、決意した様子で再びシンと向き合う。
-
- 「これから話をすることは、とても重要なことだよ。そしてこれを聞くと言うことは、僕達の事に巻き込まれることになる。他の人に話してもいけない。それでも、聞く覚悟はある?」
-
- キラの態度の豹変に、シンは思わず姿勢を正して、唾を飲み込む。
- いつもは穏やかなキラがこれほど真剣に話をするのだから、それは相当なことだろうと予想された。
- そして自分には荷が重いことなのかも知れない、とシンは感じた。
- それを考えると、果たして自分が聞いても良いことなのか、今一つ自信が持てない。
- だがキラが自分を信じてくれているのは、ひしひしと伝わる。
- かつては一方的に憎んだこともあったが、今は尊敬している上官であり、共に戦う仲間だと認めてくれた、自分を正しい道へと導いてくれた存在だ。
- その人の期待に応えたいと思う気持ちは、シンの中に確かにある。
- その上で、最後の選択を自分に選ばせてくれているのだ。
- 決して強要するのではなく。
- その心遣いもまた、シンの心を揺さぶる。
- 何より自分は、これからも一緒に困難に立ち向かわなければならない身だ。
- ならばここで怖気づいていてはいけないと、シンの中の熱い気持ちが立ち上がる。
- そしてキラとなら最後まで一緒に戦っていけると確信できたシンは、ゆっくり首を縦に振った。
-
- それを見たキラは、分かったと一つ息を吐き出すと、静かに話し出した。
- 両親と向き合い、全てを知った時の事を。
-
-
-
-
STORY-09 「勇気振り絞って」
-
-
-
- ラクスと思いが通じ合った後しばらくして、僕は再び父さんと母さんと話をすることにした。
- この前酷いことを言ったのを謝らないといけないと思ったし、僕が曖昧にしか知らないことを知っているはずだから、それを全て聞きたい、聞かなきゃいけないと思ったんだ。
- まだ全ての気持ちの整理がついていたわけじゃなかったし。
-
- ラクスが連絡先を聞いたと言うので、そのことを伝えてもらった。
- そしてすぐに、2人がこっちに来るという返事が来た。
- 僕は分かったとだけ言うと、緊張して部屋で待っていた。
- 待っている間、2人が隠そうとしていたことを色々と知ってしまった僕は、どんな顔をして会えば良いのかとか、どんな切り口で謝れば良いだろうとか、そんなことばかり考えてしまって落ち着かない。
- その時間が、僕にはとても長く感じられていた。
-
- そうして部屋でウロウロしていると、ようやくラクスが僕を呼びに来た。
-
- 「キラ、お父様とお母様がお見えになりましたわ」
-
- 僕は分かったと答えて、ラクスに案内されて2人の待つ部屋に向かう。
- だけど、いざその扉を前にすると足が竦んだ。
- 知りたい、知らなきゃいけないと思う気持ちもあるけど、知ることはとても怖かった。
- 知ってしまうと僕は果たしてどうなるのか、想像がつかない。
- ドアノブを掴もうとする手が、どうしようもなく震えるんだ。
-
- そんな僕の恐怖を、ラクスは感じ取ったみたい。
- そっと僕の手を握って、大丈夫ですか、と心配そうに尋ねてくる。
- 大丈夫って答えられたら良かったんだけど、全然大丈夫じゃなかった。
-
- 「ゴメン、ラクスも一緒に話を、聞いてくれる」
-
- 本当は僕が1人で聞かなきゃいけないことだと思う。
- でも、情けない話だけど、1人ではどうしても聞く勇気が、ここにきて急に萎えてしまったんだ。
- もし僕が知る以上に、僕という存在が血塗られたものだとしたら、そう考えると堪らなく怖かった。
- あのクルーゼって人の言葉が甦る。
- 人は、僕という存在を、憎しみ、妬むって。
- 本当は父さんも母さんも、僕のことを憎んでたり、妬んでたりしたらどうしようって、ありえないことを心配してた。
-
- そんな決意したはずの気持ちが、グラグラとふらついて怯える僕に、ラクスは呆れることなく、優しく頷いてくれた。
-
- 「その恐怖はキラにしか分かりませんから、仕方ありませんわ。2人で一緒に聞きましょう」
-
- その言葉、手から伝わるラクスの温もりが、僕にちょっとだけ勇気をくれた。
- 僕はありがとうと、ラクスに笑顔を向けて頷いた。
- そして大きく深呼吸して、思い切って扉を開けた。
- 扉を開けると、2人が心配そうに立ち上がった。
- この前のことがあるから、僕は少しバツが悪くて、目を逸らして、入り口のところで立ち止まってしまった。
- でもここでもラクスが、優しく僕の背中を押してくれて、僕は2人と向かい合うところまで足を進められた。
-
- 2人は、最初はラクスが一緒な事に驚いたみたいだけど、僕がラクスの手を震えながら握ったままなのを見て、何も言わずに向かいの席に腰を下ろした。
- 僕もラクスと隣り合わせで座って、とても張り詰めた緊張感の中で、僕らは話を始めた。
-
- 最初に言葉を発したのは僕だった。
-
- 「この前は、酷いこと言って、ゴメン」
-
- 他にも色々と言いたいことはあったけど、いざ2人を前にすると、そんな飾りの言葉は無意味に思えたから、素直に頭を下げた。
- 謝っても謝り足りないくらいだけど、母さんはもういいのよ、と言ってくれた。
- どうしてラクスといい母さんといい、僕の周りに居る人達はこんなにも優しいんだろう。
- 僕は胸がカッと熱くなるのを感じながら、ようやく2人の顔を見据えることができた。
- その僕を心配する、でも今まで何度も見てきた母さんと父さんを見て、恐怖はすっと和らいだ。
-
- 「全部、話してくれるよね、僕の過去のことを」
-
- 父さんと母さんは、戸惑ったように顔を見合わせていたけど、覚悟を決めたように頷いて、真剣な表情で僕に話してくれた。
- 本当の父さんと母さんのこと、僕が産まれる時にあった出来事、本当の母さんの葛藤、そしてどうして僕が父さんと母さんのところに引き取られたのかを話してくれた。
- 胸に突き刺さるような衝撃的な話もあったけど、僕は黙って聞いていた。
- 2人が話をしている間も、ラクスはずっと僕の手を握っていてくれた。
- 僕が反応して体を揺らす度に、僕を気遣わしげに見つめてくれた。
- それもあったから、僕は取り乱さずに最後まで聞けたと思う。
-
- 2人の話が途切れると、僕は確認するように尋ねた。
-
- 「じゃあ、本当の母さんは分かってたんだね」
-
- 僕という存在が、世界にもたらすリスクを。
- そして僕が将来そのことで苦しむだろうことを。
- 人の幸せは、持って産まれた力で決まるわけではないことを。
-
- 「姉さんは、本当の貴方の母親は、貴方が幸せになることを心から願っていたわ。”最高のコーディネータ”としてではなく、1人の人間として。だから私達はその意志を汲んで、貴方を普通の男の子として育てたのよ」
-
- 母さんがそう言った。
- その気持ちが、今はありがたく思える。
- そうでなければ僕は友達ができることも無かっただろうし、何でもないことで笑い合える、当たり前の幸せを知ることは出来なかっただろうから。
- それは2人が与えてくれた、人間らしさなんだと思うんだ。
-
- 「でも、どうして僕を引き取ろうと思ったの」
-
- それでも自分の本当の子じゃない子供を育てるのは、とても勇気がいることだと思うし、大変なことだと思う。
- ましてこんな生まれの僕だ。
- 思っている以上に苦労してきたと思うんだ。
- だからどうして2人がそんな決意をしてくれたのか知りたかった。
-
- その問い掛けに答えたのは父さんだ。
-
- 「まだ産まれて間もなく、こんなに小さい、まだ目もよく見えていないお前が、母さんの腕に抱かれた時にとても無邪気に笑ったんだ。それを見たとき、私達はこの子を息子として育てようと決めた」
-
- その時のことを懐かしむように、父さんは目を細めた。
-
- 「だから分かってちょうだい。貴方のことを可哀想だから引き取ったのではないわ。貴方を抱いた瞬間から、私は貴方を幸せにしたいと思ったのよ、母として。本当の母親ではないけれど、その思いは間違いないの」
-
- 母さんはさらに言葉を続け、涙声で訴えてきた。
- 必死に僕のことを大切に思っていること、幸せを願っていると。
- でも、言われなくても、それはよく分かった。
- だからそんなことは、母さんに言って欲しくなかった。
- 言わせちゃいけないよね。
-
- 「そんなこと、言わないでよ」
-
- 僕は俯いて、小さく呟いた。
- もう、と言うよりも、初めから僕の両親は2人しか居ない。
- だって僕は、キラ=ヤマトだから。
- 言うことは少し恥ずかしい気はしたけど、それよりも強い思いが溢れてたんだ。
-
- 「僕にとって父さんは父さん、母さんは母さんしかいないよ。だから、僕は2人の息子だよね。息子で居ても、いいよね?」
-
- 2人の息子で良かったって、これからも息子で居たいって、心から思えたから。
- 本当の父さんと母さんが別にいるのかも知れないけど、僕はその人達のことは知らない。
- その人達には悪いと思うけど、突然そんなことを言われても、その人が父親だとか母親だとか思えない。
- だって、こんなにも必死に僕を育ててくれた人は、目の前に居るから。
-
- 僕の問い掛けに、父さんも母さんも、声を弾ませて答えてくれた。
-
- 「当たり前じゃないか。お前が息子じゃないと思ったことは、一度だって無いんだぞ」
- 「貴方はキラ=ヤマト、私達の息子。それ以外に、ありえないわ」
-
- その言葉がどれだけ僕の心に強く響いただろう。
- 僕は生きていても良いって、そう言われたのと同じだから、皆と変わらない人間なんだって、ようやく自分で思えたから。
- 僕は溢れる気持ちを我慢できなくなって、涙を零した。
- ラクスが傍に居てくれて、父さんと母さんがこんなに大切に思ってくれて、僕は産まれてきて良かったと思えた。
- これからも産まれのために辛いことがあるかも知れない。
- でも父さん、母さんのお陰で、僕はただの1人の人間、キラ=ヤマトとして生きてこれたから。
- ラクスが支えてくれるから、これからもキラ=ヤマトとして生きていけるから。
- そのことが嬉しくて、僕は涙が止まらなかった。
-
- それまで成り行きをじっと見守ってくれていたラクスが、僕の手を強く握り締めてくれた。
- 僕はそれを握り返して、ずっと泣いてた。
- とても温かい、父さんと母さんと、ラクスからの想いを噛み締めて。
-
-
― Starstateトップへ ― |
― 戻る ― |
― NEXT ―