- シンは呆けた表情で、キラの話に聞き入っていた。
- キラの過去の話には、正直驚いていた。
- まさか伝説の英雄とまで言われた人が、その戦いの後でそれほど悩み傷ついていたなど思っても見なかった。
- まだ短期間だが一緒に仕事などをして、とても穏やかな優しい、軍人という職業が似合わない人だとは思っていたが。
- あのフリーダムのパイロットとして周囲も一目置いているのだが、当人は少しも尊大な態度を取る事も無く、そんな人を個人的な逆恨みで憎んだ自分を酷く恥じたことを思い返す。
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- 自分も含めて、人々は偶像として出来上がった、上辺だけの彼の姿しか見てこなかったんだと思い知る。
- その優しい笑顔の裏に、一体どれほどの悲しみを背負ってきたのだろう。
- そして自分とは余りにも違う戦いに対する姿勢に、自分の浅はかさや愚かさを感じずにはいられない。
- おそらくアスランもそのことを分かっていたんだと、頭の片隅で考える。
- アスランが幾度も注意していたにも関わらず、それに耳を貸そうとしなかったから、もう少しで取り返しのつかないことをするところだった。
- それを思うと沈んだ気持ちになり、俯き加減になり表情にも影が差す。
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- 「君も過去のことにばかり縛られてちゃいけないよ。どんな過去であろうとも、その上に今の僕達が居るんだから」
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- キラは真面目な表情で、落ち込んだシンを励ますように呟く。
- それは自分自身にも言い聞かせるように。
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- キラの言葉に、シンは神妙な面持ちで顔を上げると、頷く。
- そのことは、先の大戦で嫌というほど思い知らされたから。
- そしてキラの言うことだからこそ、今とても重く感じられる。
- 自分が何故ここに居るのか、ということを考えさせられる。
- 今アスランやキラ、ラクスは過去のことを許し、償う機会を与えてくれたのだ。
- ならば一生懸命、今度こそ平和のためにこの力を使おうと気持ちを新たにする。
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- 「それでラクス様に、何を話したんです」
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- そんなキラの話だから、シンも興味が湧いて、キラの過去の話に食いつく。
- シンの問いに、キラは照れたような笑みを浮かべると、小さく囁いた。
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- 「そんなに聞きたい?僕がラクスに告白した時の話」
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- 言われてシンも、パッと顔を、耳まで真っ赤にする。
- キラはシンの反応に苦笑を浮かべて、しかし躊躇わずにその時のことを詳細に語りだした。
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- シンの方はと言うと、まさか続きがそんな話だとは思わなかった。
- いつもそうだが、自分や周囲はキラのペースに振り回されるのは経験済みだ。
- 今回も結局、キラのペースで終始会話が進んでいることを認識し、内心でしまったと後悔する。
- しかし今更結構ですとも言えず、黙ってキラの話を聞くしかなかった。
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STORY-08 「伝わる思い」
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- 僕はラクスを自分の部屋へと連れて行った。
- 背を向けたまま、彼女の細く白い手を引いて。
- 手を掴んでいる間もその温もりが掌からダイレクトに伝わってきて、僕の心臓は破裂しそうだった。
- 何とかそれを抑えると、部屋の扉を開けて中に入る。
- でも僕はその中央で立ち止まって、じっとしてしまった。
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- 「キラ、どうしたのですか?」
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- ラクスはそんな僕を、心配そうに尋ねた。
- ラクスに尋ねられて、僕はようやくまだ手を掴んだままだったことに気がついて、慌ててその手を放す。
- そしてその勢いのままにラクスの方を振り返った。
- ラクスはキョトンした表情で首を傾げて僕の方を見つめ返してる。
- 僕の行動が突然のことだったから戸惑っているのは当然だったと思う。
- マルキオ様の所に来てから、僕からラクスに話し掛けることなんて無かったし。
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- でもいざラクスを目の前にすると、言葉がなかなか口から出てきてくれない。
- 緊張で頭が真っ白になってうまく考えられないし、顔も何だか熱くなって手足も何だか震えてるけど、何度も大きく深呼吸してやっと言葉を搾り出せた。
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- 「ラクス、今まで、色々と心配掛けて、ゴメンね」
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- 最初に口を吐いて出たのは、謝罪の言葉だった。
- いつもラクスが傍に居てくれて、僕のことを気に掛けてくれたのに、それに応えずに辛い思いをさせていたことを、僕は後悔していた。
- それで許されるとは思ってないけど、ラクスに今までのことを謝らないと、次の言葉を言ってはいけない気もしたから。
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- 僕の言葉に、ラクスは優しく微笑んで、首を横に振っていいえと言ってくれた。
- 確かにラクスがそうやって微笑むのを、久し振りに見た気がする。
- それを申し訳ないと思う気持ちも湧いてきたけど、その笑顔が、僕の心を少し楽にしてくれた。
- 揺れていた僕の勇気を、強く確かなものにしてくれた。
- 僕は少し強く拳を握り締めると、しっかりとラクスの目を見つめ返した。
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- 「君に話すよ。僕の過去、産まれの全てを」
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- そうして僕は語りだした。
- 僕が何所で産まれて、どんな存在なのかを。
- どれだけの業を背負って、今こうして居るのかを。
- そして、あの戦いで、僕がどんな思いを抱いていたかを。
- 僕自身も聞きかじっただけの話もあったから、曖昧な部分もあったけど、それを思い出しながら、ゆっくりと話をしていった。
- 言うことは辛くもあったけど、僕は最後まで話をすることが出来た。
- ラクスは時々驚いたり辛そうな表情を見せたけど、ただ静かに、僕が話をするのを聞いていてくれた。
- そんなラクスに僕の気持ちを伝えることは、やっぱり気が引けた。
- 折角決意したはずの勇気も、空気の抜けた風船のように萎んでしまった。
- 本当は僕の気持ちを伝えたかったんだけど、とてもそれを言うことは出来なかった。
-
- 「だから、僕はこの世界に、生きてちゃいけないんだ」
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- 結局最後に僕は俯いて、そう告げた。
- でも言ってしまうと、それがやっぱり正しい事じゃないかって思えた。
- 本当の気持ちはそうじゃないけど、僕の手は、産まれながらにして血に染まっているんだ。
- 多くの犠牲の上に成り立っているんだ。
- だからラクスをこのまま縛り付けて、僕なんかの傍にいることはいけないことだと思った。
- ラクスは僕と違って、世界に必要とされる人だから。
- どうか本来居るべき場所に戻ってもいいんだと、僕の胸は痛んだけど、それを伝えた。
-
- しばらく重苦しい沈黙が、僕とラクスの間に漂う。
- 僕は次にラクスが言うであろう言葉に覚悟を決めながら、ただじっと俯いて、ラクスが何か言うのを待っていた。
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- 「それでも私は感謝致しますわ、キラのお父様とお母様に。キラをこの世に産んでくださったことを」
-
- 長い沈黙の後、これまで黙って聞いていたラクスが、静かにそう言った。
- その言葉に僕は驚いて顔を上げた。
- そこには、ラクスが穏やかな微笑を浮かべていた。
- 予想外の言葉に、僕は思わず少し感情的になって声を荒げた。
-
- 「何で、僕は普通の人とは違うんだよ。何人もの兄弟の犠牲の上に、冷たい機械から産まれたんだよ。本当の父さんと母さんは、僕に他の人には無い力を無理矢理持たせて。でもそれが世界を、皆を傷付けた、守れなかった・・・」
-
- 最後の方は言葉にならなかった。
- 言ってて、自分の存在がとても悲しくなったから。
- 命に成功作と失敗作があるなんて、そんなこと本当は許されることじゃない。
- そのためにクルーゼみたいな人も産まれて、それが世界を戦いの中に巻き込んでしまったんだ。
- 全ては僕という命を作り出すために。
- だからせめて皆は守りたいと思ったのに、結局皆を、トールやフレイを死なせてしまった。
- だとしたら僕の存在意義は何だろう、って思うんだ。
- 傍に居た大切な人達も守れなかったのに。
- 僕は悔しくて唇を噛み締める。
- そんな僕に、ラクスはあくまで優しく問い掛ける。
-
- 「でもそれはキラの罪ではありませんわ。それとも貴方はそれを望んで産まれてきたのですが、世界を憎んで戦っていたのですか?」
-
- 問われて、僕はゆっくり首を横に振った。
- 僕自身はそれを望んでいたわけじゃない。
- 『最高のコーディネータ』という力も、僕が欲したものじゃない。
- でも他の人は僕のことをそうは見ない。
- あのクルーゼって人が言ったように、誰も僕のことは分からないと思う。
- この苦しみは。
-
- 「でも、僕は”人”じゃない」
-
- 自分で言っておいて、その言葉が僕の心を抉る。
- そう僕はまともな、普通の人間じゃない。
- 母親から産まれたんじゃなくて、冷たい機械から産まれた、作られた命。
- 僕はきつく拳を握り締めた。
-
- ラクスはゆっくりと僕の傍に寄って、僕の手を癒すように両手で包み込む。
-
- 「私はキラの温もりを、ちゃんと感じられます。キラの声がしっかりと聞こえます。それはキラ、貴方が”人”として生きているからですわ」
-
- ラクスの手から伝わる温もりと一緒に、ラクスの言葉がすっと心に染みる気がした。
- 何でだろう。
- ラクスの声は、とても心地よく耳に聞こえる。
- きっとラクス以外の人が言ったのなら、僕はその言葉をしっかりと聞かなかったかも知れない。
- でも他ならないラクスが言ってくれたから、僕は自分が人間なんだってことをすんなりと受け入れられた。
- 僕は握られた手と、ラクスの顔を交互に見る。
-
- 「キラが何者であろうと、貴方が他ならないキラだから、私は傍に居て欲しいと思います。」
-
- そう言ったラクスの瞳から涙が零れ落ちた。
- よく見ると微かに肩が震えている。
- 形の良い眉や唇が、何かを堪えるように歪む。
-
- 「ですから、自分が生きていてはいけないなどと、言わないで下さい。キラが居ない世界では、私も生きていくことが、出来ま、せん」
-
- 声を震わせて、最後は搾り出すようにそう言って、ラクスはゆっくりと僕の胸に顔を埋めて泣き出した。
- 僕はまたラクスを傷付けてしまったことに、自分を責めた。
- そして思い出す。
- ラクスはいつも事実だけを差し出してくれていた。
- ただ事実だけを差し出して、僕にどちらを取るか、どの道を進むのか選ばせてくれた。
- それがラクスは、僕に生きていて欲しいと言ってくれたんだ。
- 僕に選ばせるのではなくて。
- ラクスが心から思う自分の気持ちを吐き出してくれた。
- それだけで、今の僕には充分だった。
- 僕はそっとその背中を抱き締めて引き寄せた。
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- 「ゴメン、僕は不安だったんだ。自分がそんな存在だったなんて信じられなくて。どうしたら良いか分からなかったんだ」
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- 僕の正体が知られたら、きっと皆僕を憎んで離れていくんだと、そう思い込んでいた。
- だからこのことを僕が知らずに居られたら、もっと幸せだったのかも知れない。
- 多分父さんと母さんはそう考えたから、僕に本当のことを話さなかったんだろうと、頭の隅でボンヤリと思った。
- でも今は、知ることが出来て良かったと思える。
- 辛いことには変わりないけど、今なら生きていられる、生きていきたいって言えるから。
- 君が傍に居てくれるなら。
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- 少し落ち着いたラクスが、涙声で僕の胸に囁く。
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- 「私は何があってもずっと、キラの傍におりますわ」
- 「うん、ずっと傍に居て」
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- ラクスの言葉に、僕も本当の気持ちで答えた。
- とても素直に。
- ラクスは僕の胸に顔を埋めたままだったけど、僕の背に手を回して少しだけ力を込めて、はいと言ってくれた。
- ようやく僕とラクスの気持ちが通じたことが、ラクスの体温を感じられることが、とても嬉しかった。
- それはとても温かくて、僕の心に幸福感みないなものを満たしていく気がした。
- その温もりを貪るように、僕は黙って何時間もラクスを抱き締めていた。
- 夕闇が部屋を包んでも、もうその闇は怖くなかった。
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