- 今思うと、自分でも情けなく少し気恥ずかしい過去だなと、1人ごちる。
- キラはそこまで考えると、ふうっと息を吐いて目線を前に戻した。
- そこで目に飛び込んできたのは、人工の青空に映える色鮮やかな赤い丸いものだ。
- 少し前を注視すれば、風船を配っている男の人の姿が確認できる。
- 色んな色をした風船が男の頭上に浮かんでいて、道行く子供達に、笑顔でその風船が付いた紐を腰を屈めて渡している。
- それを嬉々とした表情で受け取る1人の女の子。
- その女の子は嬉しそうに父親と思われる男性の元へと駆け寄り、誇らしげに風船を持つ手を差し出す。
- 男の人も笑顔で女の子の頭を撫で、その可愛らしい手から風船を繋ぐ紐を受け取る。
- すると女の子はまた笑顔を弾けさせて飛び跳ね、喜びを全身で表現する。
- それはどこにでも有り触れた幸せな家族の光景だが、その光景を見てキラはふとまたあることを思い出した。
- 見る者が心惹かれ、同時に胸が痛くなるような笑みを薄っすらと浮かべて、その光景をじっと見つめている。
-
- 「キラさん、こんな所で何してんですか?」
-
- 不意に知った声に呼ばれて、キラはハッと驚いて声のした方を振り返る。
- そこにはシンが不思議そうに眉を顰めてキラの方を見ていた。
-
- シンもキラと同様に、暇を持て余してフラリと町に出ていた。
- 元々それほど買い物好きでもないためいつもは恋人であるルナマリアとくるのだが、彼女は今日は用があると出掛けている。
- 何となく置いてけぼりをくったようで少し寂しい気もするが、休日に1人になるのも久し振りだし、この機会にでも必要な生活用品を揃えておくかと店を見て回っていた。
- そこに道の真ん中でボケッと突っ立っている人を見つけた。
- 少し邪魔だなと思っいながら進行方向がそちらなので何気なく避けて通り過ぎようとしたが、何とそれは自分のよく知った人だったことに驚いた。
- こちらには気付いていないようなのでそのまま通り過ぎようかとも思ったが、このままだと他の人の邪魔にもなるし、自分の上官にあたる人なので挨拶くらいはするべきかと思い直し、声を掛けたのだ。
-
- 「こんな所に突っ立ってると、他の人の邪魔になりますよ」
-
- 言われてキラはよくよく自分の状況を見ると、道の真ん中に突っ立って、他の人の通行の邪魔にもなっていることに気が付き、思わず赤面する。
- キラはそうだねと照れ笑いを浮かべると、折角だからとシンを伴って移動し、手近なカフェに入った。
- あのまま立ち話しては余計に通行の邪魔になるし、どうせ今日は暇なので話でもして少し時間を潰そうと考えたのだ。
- ちょうど目の前のシンも暇そうだった、というのもある。
- 案の定シンは二つ返事で了承した。
-
- 「今日はルナ達がキラさん家にお邪魔してるって聞いてましたけど」
-
- 席についてコーヒーを注文すると、シンは至極当たり前のことを聞いた。
- 当人は朝からウキウキした様子で、今日はラクス様のところでお茶会なの、と自分を置いて出掛けていったのだ。
- そんな客人が家に来ているはずなのに、その主人がこうして出掛けているのだからシンの疑問は尤もだ。
- キラはキョトンとした表情でシンを見るが、シンとルナマリアの関係を思い出すと、ああと納得してポンと手を打ち、にこにこと何でもないことのように答える。
-
- 「うん、今頃ラクスと楽しくお茶してると思うよ。だから僕らはここでコーヒータイム」
-
- 要は自分は追い出されたのだ、と言うことを少し自虐的に遠まわしに伝えたのだが、その笑顔がシンには逆に恐ろしく見えた。
- 何となく触れてはいけないものに触れてしまったような気がして、背筋に冷たいものを感じ身震いをした。
- キラに言葉以外の他意はなかったのだが。
-
- 「そ、そう言えば、さっきは何であんなところで突っ立ってたんです?」
-
- シンはさっさと話題を変えようと、慌てて別の問いを投げ掛けた。
- 先ほどキラが突っ立っていた場所は、何か珍しいものがある所でもなく、何を気にしてそこで佇んでいたのか、素朴に疑問に思ったのは事実だ。
-
- 急に話題を変えたシンに、キラは不思議そうな表情を浮かべるが、細かいことは気にしない彼らしく、シンの話題に思考を切り替える。
- そしてキラはゆっくりとカップを机の上に置くと、横にある窓から見える人込みを見て、遠い目をする。
-
- 「うん、ちょっと思い出してたんだ、昔の事」
-
- 言いながら、ふとシンには話しても良いかなと思えた。
- L状況は違えど彼もまたMSに乗り、傷ついたという点では自分の話が役に立つ気がしたから。
- それに彼にはこれから色々と助けてもらうことも多いだろう。
- ならば自分のことを話して、信頼関係を築いておきたい。
- シンは戸惑った表情をしているが、自分が好きで話すことだから聞き流すところは聞き流してもらえばいい。
- そう結論付けると、キラはシンの正面を向くように座り直す。
- そして大きく息を吐き出すと、ゆっくりと語り出した。
- キラにとって大きな転機となった、あの日の出来事を。
-
-
-
-
STORY-07 「一筋の光」
-
-
-
- 僕は相変わらず、一日中テラスのロッキングチェアに座って、ぼーっと海の方を眺めてた。
- 何をするでもなく、本当にただぼーっと。
- ラクスのことを自分の中ではっきりと認識した時から、極端にラクスのことを避けるようになっていた。
- 避けるといっても、ラクスが来ないところに居たわけではないけれど。
- ただ話しかけられても、一切の反応を示さないようにしただけ。
- 前は無意識にラクスの姿を追いかけていることもあったけど、それもしないように、ラクスが近づいた時はひたすら俯いていた。
- 何も聞こえないふりをして。
-
- 僕はラクスへの自分の気持ちに気が付いたけど、どうしてもそれを伝える勇気は持てなかった。
- フレイのことを忘れられてない、っていうのもある。
- 今でも夜は、彼女が炎に包まれる夢を見るんだ。
- その度に僕は激しい後悔の気持ちでいっぱいになる。
- 守るべき人を守れなかった悲しみで。
-
- もしラクスのことも守れなかったらどうしようと不安になる。
- いや、守れるような資格のある人間じゃないから、そんなことを考えるの方がおかしい。
- 本当に彼女のことを考えるなら、僕の傍には居てはいけない、と思ってた。
- そんなこと、死んでも自分の口から言えるはずも無いのに。
-
- そんな状態で、ラクスに気持ちを伝えられるわけもない。
- やっぱり自分が傷つくのが怖かったんだろうと思う。
- 自分でも卑怯者だと思ってた。
- だから心の中に、誰も踏み込ませないでいた。
-
- そうして何日も、何週間も、何ヶ月も過ごした。
- そんな態度を取るようになってからどのくらい経ったのかは分からないけど、ある日、1人の女の子が僕の傍にやって来た。
- マルキオ様の所にはたくさんの戦災孤児達が暮らしていた。
- その子達が孤児となったのは、僕のせいかも知れないと思うとまた胸は痛んだけど、子供達は皆明るく元気に過ごしていた。
- それは救いだった。
- ただ子供達は話しかけられても何も話さない僕のことを、陰気な奴だとか思われていたかも知れない、もしかしたら反応が無いから面白くないと、誰も近づかなくなっていた。
- だから子供が僕に近づくのは、本当に稀だった。
-
- その女の子は僕の目の前に、はい、と何かを差し出した。
- 流石に手を顔に押し付けられるようにされると、僕も反応せずにはいられない。
- 仕方なく、僕は女の子が手にしていた何かを自分の手に取った。
-
- 手にしたそれをよく見ると、それは1輪の小さな花だった。
- ここは海岸沿いだから、花なんて咲いてない。
- 多分どこか別の場所へ遊びに行った時に、見つけて摘んできたんだと思う。
- 僕は無表情なまま小さな声でありがとうと答えた。
- 多分元気が無い僕を励まそうとしているんだと思ったから。
- 子供には何の罪もないし、礼くらいは言っておこうと、無意識に反応した。
- しかし女の子はしかめっ面で腰に手を当てて、それじゃダメ、と僕に注意をした。
-
- 「キラおにいちゃん、ちゃんとえがおでいわなきゃだめよ。だってラクスおねえちゃん、おにいちゃんとおはなししてるとき、いっつもなきそうなかおしてるもん。おにいちゃんがわらわないからよ」
-
- 言われて、僕はハッとした。
- そう言えば、マルキオ邸に来てから、まともにラクスの顔を見て話をしてないことに気が付く。
- ラクスだけじゃないけど、誰の顔もちゃんと見ないで、ほとんど返事もしなかった。
- だからラクスがどんな表情で僕に話しかけているか、知りもしなかった。
- でもまさか、そんな悲しそうな顔をしていたなんて。
- 僕の心臓がドキリと跳ね上がる。
- ラクスのことを考えると、こんなにも自分の胸は熱くなるんだと、改めて自覚してしまう。
- そして女の子はラクスのために、僕を笑わそうとしていたんだとようやく理解した。
- そして僕はラクスは子供達にも好かれてるんだなと、改めて彼女の魅力を再認識した。
-
- 女の子はもう一度念押しに、ちゃんとわらっておねえちゃんとおはなしするのよ、と子供を叱るお母さんのような仕草で言い置くと、トタトタと他の子供達が遊んでいる方に掛けていった。
- 女の子が去った後も、僕はじっとその花を見つめた。
- それはどこにでも咲いていそうな、小さな淡いピンク色の花だ。
- この花の名前は知らない。
-
- でも、僕の目にはとても鮮やかに映って見えた。
- 小さくてもこんなに鮮やかに、しっかりと花を咲かせている。
- 多分誰かに求められたからではなく、自分の意志で。
- それに気が付くと、ものすごく大きな勇気をもらった気がした。
- 今まで自分が拘っていたものが、なんだかとてもちっぽけなものにも思えた。
-
- ラクスはこんな僕をいつだって、今もずっと支えてくれた。
- それなのに僕はそれに何も応えないから、きっと辛い思いをしていたはずだ。
- それでも諦めずに、前を向いて、一生懸命僕に語り掛けてくれた。
- 僕は本当にバカだ。
- 自分のことばかり考えて、周りの、ラクスの気持ちのことなんて考えてなかった。
- この小さな花は何の見返りも無く、それでも綺麗に咲いているのに。
- 自分は出生の秘密に勝手に心を閉ざして、周りの人に迷惑を掛けた。
- ラクスだけじゃなく、アスランやカガリ、マリューさん達が必死に生きろと言っていてくれてたのに。
- 僕はその人達の気持ちに応えなきゃならない。
- 本当に僕が産まれてきてはいけない存在にならないために。
- そう思って顔を上げて前を見据えると、僕の視界に色が戻っていた。
- その瞬間、とても感動したんだ。
- 空は海はこんなに青かったんだって。
- 太陽はこんなに眩しかったんだって。
-
- それらの感覚が、ふいにラクスの言葉を脳裏に甦らせる。
-
- 「キラはキラです。例え貴方が何者であったとしても、私にとって、たった1人のキラであることは、変わりません」
-
- その言葉が、今ならどんな産まれであっても、僕は今生きているということを強く実感させてくれた。
- だから自分の過去を、そして想いをラクスに話すことを決意した。
- ラクスには僕のことを全て知っていて欲しいから。
- 恐れは無かった。
- 決意すると僕はすぐに立ち上がって、ピンク色の髪を捜した。
-
- 彼女はすぐに見つかった。
- 裏庭で洗濯物を一生懸命干していた。
- 柔らかい笑みを浮かべながら、子供達の服を丁寧に太陽の下にかざしていく。
- その姿がとても輝いて見えた。
- こんなにも眩しい彼女の気持ちを、僕は踏み躙り続けていたのかと思うと、居た堪れない気持ちにもなった。
- それを考えると少し怯みそうにもなった。
- でも僕はもう逃げないって決めたんだ。
- だから僕はぎゅっと拳を握り締めて、勇気を振り絞って声を掛けた。
- ラクスは驚いた表情で、僕の方をゆっくりと振り返った。
-
-
― Starstateトップへ ― |
― 戻る ― |
― NEXT ―