- キラはプラントの街中を、1人ブラブラと歩いていた。
- 彼はコーディネータだが、オーブで育ったため、プラントに来てまだ日が浅い。
- そのため、プラントの人工の天気や街並みは、彼にはまだまだ物珍しい。
- それにこっちへ来てから今まで、仕事などを必死にやってきたから、こうしてプラントの街中をじっくり1人で歩くのは初めてだ。
- いや、プラントに来てから1人で休日を過ごすこと自体が、多分初めだ。
- 何故なら、彼の傍らには、常に最愛の人が居るのだから。
- そのため、彼自身にも歩いていて少し違和感があった。
- そんなことを思っている自分に内心で苦笑を零す。
- でもお互いに独立した人間だから、そんな日もあると自分の気持ちに整理を付けると、少しゆっくりになっていたペースを上げた。
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- 別に喧嘩をしたわけではない。
- 今日キラが1人で居るのには、ちゃんと訳がある。
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- 今日はキラの最愛の人、プラント最高評議会議長でもあるラクスが、日頃の慰労を兼ねて近しい人達とお茶会を開くと言い出した。
- 言われた時は一瞬驚いたキラだが、突然の提案はいつものことだし、ラクスのお茶好きは知っているので特に反対する理由も無い。
- そしてラクスがお茶会にと招待したのは、同じ年頃の女の子ばかり。
- 当然だが自分がその中に入るのは少し気が引けるし、折角の休日でラクスと一緒に居たい気持ちもあったが、たまには別々に休日を過ごすのも良いかかと、気を利かせて自分は外へと出たのだ。
- だがどこか行く宛てがあるわけでもなく、適当に時間を潰すだけなので、漠然と歩く足は自然と繁華街の方へと向かっていた。
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- 今日はプラントでも一般的に休日となっている。
- そのため、道沿いのショッピングウィンドウには、たくさんの人が覗き込む姿を始め、たくさんの人並みで溢れていた。
- こうして街中を歩いて、人々が笑顔で行き交う姿を見ていると、自然と笑みが零れてくる。
- はにかんだ笑みを浮かべて見つめ合うカップルや、無邪気に笑う子供を連れた家族など、幸せそうな笑顔がそこら中に溢れている。
- それを見ると、自分達の戦いが無駄でなかったのだと思えてホッする。
- 少し前までは、こんな光景も考えられなかった。
- 自分がこの場所に立っていることも。
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- そう考えると、今自分がこうしていられるのはラクスのお陰だと、改めて感謝の気持ちが溢れてくる。
- その思いに釣られるように、人工的に作られた快晴の空を見上げて、キラは昔のことを思い返す。
- それはまだ今みたいに気持ちの整理ができていなくて、自暴自棄に、自分という存在が許せなった時のこと。
- 今も思い出すと胸が痛まないでもない、正直あまり思い出したくない過去だ。
- でも今は、何故か思い出されて仕方がなかった。
- その時のことを静かに噛み締めるように、キラは道の真ん中で足を止め、そっと目を閉じた。
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STORY-06 「彷徨う闇」
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- 僕が最初に巻き込まれた戦争の、最終決戦の場所、ヤキンドゥーエ。
- 僕はその戦いの中で死ぬつもりだった。
- 薄々とは感づいてはいたけれど、聞きたくも無いことを、聞きたくも無い相手から聞かされて、自分が生きていても良い存在だとはどうしても思えなかった。
- 僕にもし産まれてきた理由があるのだとしたら、この命と引き換えでも、世界が滅ぶのを止めることだと、そう自分に言い聞かせて、最期の戦いへと出撃した。
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- 機体はボロボロになったけれど、僕は何とか黒い負の感情の塊を倒すことができて、これで世界は救われると思った。
- 同時に僕のこの世界での役目は終わったんだと。
- このまま、静かな宇宙(そら)の中で眠りにつけたら良かったと思えた。
- 痛いことも苦しいことも無くこのまま星の一つになれればと、そんなこともボンヤリ考えた。
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- けれども、目の前に漂う自分の首から下げられたリングを見たとき、出撃前に約束したことを思い出した。
- 心配そうに青い色を揺らして見つめていた瞳が、鮮明に脳裏に甦る。
- だから漠然と、帰ってこれを返さなきゃ、と思った。
- 今まで約束を破りっぱなしだったから、最期くらいは約束を果たそうと。
- それが僕の命を、自分の意志でこの世界に繋ぎ止めた、最初の出来事。
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- それからカガリとアスランに助けられた僕は、何とかエターナルへと帰艦した。
- そして、約束した人にリングを返した。
- その時、ちゃんと約束が果たせたことを安堵したんだ。
- これで思い残すことは何も無いと。
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- だから僕にはもう近づかないでと言った。
- やっと平和になった世界で、僕は生きていてはいけない存在なんだ。
- きっと僕のことが皆に知れたら、そのせいでまた戦争になってしまう。
- 君達を傷付けてしまう。
- だからこのままずっと眠りにつかせて。
- 本当にそう願ったんだけど、それは許してはもらえなかった。
- お節介にも優しい人達が、それを強く拒んで妨げたから。
- 結局僕は眠りにつくことはできなかった。
- 次に目覚めた時は、天国でも地獄でも無かった。
- 多分、血塗られた手を持つ僕じゃ、天国には行けないだろうとは思っていたけど。
- でも普通に目が覚めた時は、純粋に驚いてしまった。
- 自分が愛する人達が傍にずっと居てくれたから。
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- だから僕は心を閉ざした。
- 誰にも触れられないようにするために。
- 僕自身と僕に触れる人が、傷つかないように。
- 生きることは止めないから、せめて1人にして欲しいと、我侭な、精一杯の抵抗だったんだ。
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- それから先の事はあんまり覚えていない。
- それでも皆、僕のことを放っては置いてくれなくて。
- 特に1人の人は、僕のことを1人にはしてくれなかったことだけ、薄っすらと覚えている。
- ほとんどその人に連れて行かれるがままに、マルキオ様のところに転がり込んで、何をするでもなく、日々を無為に過ごしていた。
- 目の前に見える景色は白黒にしか見えないし、声も誰のものか、ちゃんとした言葉で聞き分けられないほど、頭の中でぼんやりと響くだけ。
- そんな感じに見えて聞こえたのは、生きていたってしょうがないんだから、何も見る必要も無いし、何も聞く必要も無いと思っていたからだと思う。
- 食事もどうやって取っていたんだか分からない。
- 生きてるって事は、多分食事は取っていたんだと思う。
- でも味も、メニューも全く思い出せない。
- 今だから言えるけど、一生懸命作ってくれた人にも、本当に申し訳ないと思ってる。
- 皆にも迷惑ばかりかけて、本当にどうしようもない奴だと、さらに自己嫌悪に陥る。
- それの繰り返しだった。
- 夜は夜で少し眠ると、僕のことを恨む無数の声がひっきりなしに責めて、血みどろのトールやフレイや、僕の知らない顔の人達が僕の手を掴んで、目の前に広がる闇の中に引きずり込もうとする。
- これじゃ眠れないのも無理無い。
- その度に僕は悲鳴を上げて飛び起きていた。
- それもあって、ほとんど意識ははっきりとしていなかった。
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- でも一つだけ、はっきりと見分けられる色があった、声があった。
- それはピンク色、そして柔らかく響く高い声。
- 僕が大切に思う人が持つ、髪の色と声色。
- その髪が目の前で揺れた時、その色だけはしっかりと認識していた。
- 白黒の中に、そのピンク色だけ色づいて見えたんだ。
- 声が聞こえると、その人のものだけは聞き分けられた。
- 気が付くとその色を目で追って、声のした方に視線を向けていた。
- そしてそこには、必ずその人の姿があった。
- それを見ると、僕の心は少しだけ弾んで、温かくなったんだ。
- それ以外はいつも暗くて冷たいのに、その時だけはとても特別な、多分幸せと呼んで良いと思うけど、そんな感じだった。
- でもそれは表面に出さないようにしてた。
- だってそれを表に出したら、皆にへたに希望を持たせてしまうかも知れないし、それが後で辛い結果になるかも知れないから。
- 素っ気無い振りをして、呼びかけにも応えようとしなかった。
-
- それでも彼女は僕のことを心配して、ほとんど付っきりで、何かと面倒を見てくれていた。
- そのことに嬉しい気持ちが無かったわけじゃない。
- きっとそれが無かったら、もっと早くに、僕という存在はこの世から消えていたと思う。
-
- でも、それが心苦しくもあったのは、事実なんだ。
- 僕みたいなののせいで、彼女はどこにも行けず、故郷にも戻らず、小さな世界に閉じ込めてしまっている。
- 本当は行きたいところがあるかも知れない。
- 彼女は優しいから、単に僕のことを見捨てられないだけなのかも知れない。
- なのに、きっと僕はそれに甘えてしまっている。
- 彼女の温もりがあまりにも心地よくて。
- それが彼女をここに縛り付けている。
- 本当はそんな資格なんて無いのに。
- だから僕はずっと黙っていた。
- ひたすら自分の全ての感情を押し殺していた。
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- でも母さん達に会った時、とうとう耐え切れなくなって、僕の中の思いが爆発した。
- 母さん達が僕のことを引き取らなければ、こんな思いをしなくて済んだかも知れないって。
- そんなの、八つ当たりだと分かっていながら、でも止めることはできなかった。
- どんな気持ちで僕を引き取ったかも知らないで、ずっと育ててくれた人に、とても恩知らずな、罰当たりなことをしたのも分かっている。
- でも僕はこの怒りを、苦しみを、誰にぶつけていいのか分からなかった。
- 自分のことなのに、自分だけじゃ抱え切れなくて、事情を知っているはずの母さん達に、勝手な理由付けをして、思いを吐き出した。
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- そんな僕の言葉にショックを受けた、母さんの悲しそうな顔が、僕の心をまた引き裂く。
- 堪っていた思いを吐き出したはずなのに、スッキリするどころから、胸の淀みはどんどん膨らむばかりだった。
- 僕はますます自分で自分を追い込んで、こうゆうのを泥沼って言うんだなとか、少しボケたことを考えたりもした。
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- でも僕には、自分自身の命が許せなかったんだ。
- 僕という命を産み出す為に、一体何人の子供が犠牲になったんだろう。
- もし僕という存在が無ければ、クルーゼという闇が産まれることも無かったかも知れない。
- そうしたら、戦争なんて起こらなかったかも知れない。
- そうしたら、トールもフレイも死なずにすんだかも知れない。
- そう思うと、とても気持ちは沈むんだ。
- 生まれながらにして、血みどろの頂の上に立っているようで。
- それなのに、あの戦争でたくさんの人を殺して、死なれて、守らなきゃいけなかった人も守れなかった。
- だから僕の存在に意味なんて無いんだ。
- きっと僕こそが、一番の失敗作なんだ。
- だって本当に僕が成功体だと言うのなら、戦争だって止められただろうし、誰も傷つけることも無かったと、大それたことを考えていた。
- 所詮僕も1人の人間でしかないのにね。
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- でもそんな中でも、やっぱり僕は自分勝手な奴なんだと思った。
- 母さんに浴びせた酷いことを彼女に責められた時、どうしようもなく、今まで以上に胸が痛んだんだ。
- そこで初めて、自分の感情を理解した。
- 彼女の色が見えなくなることを、声が聞こえなくなることを、彼女が傍に居てくれなくなることを、本当はとても恐れていたんだ。
- 心の奥底では。
- だから自ら命を絶つなんてことを、しなかったんだと思う。
- 求めるものも無く、縋るものも無いはずなのに、死んでいるのとそう変わらない状態なのに、それでも生を貪っていた理由は、至極単純な気持ちだった。
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- 今思うと自惚れていたのかな。
- 自分が死ぬと彼女が、ラクスが悲しむって確信していたのは。
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