- 3人は黙りこくって、ゴクリと唾を飲み込んだ。
- まさか、キラの家庭にそのような事情があったとは、思いもよらなかった。
- 家族は時にお節介で疎ましく思うこともあるが、辛いことや悲しいことがあった時、それを無上の愛で受け止めてくれる存在でもある。
- そんな家族の温かさや幸せを当たり前のように感じてきた3人には、それが偽りだと知った時のショックは、正直想像もつかない。
- 知れば知るほど、キラという人物の予想外な過去が明らかになってくる。
- それはまるで、映画か小説に登場する悲劇の主人公のように。
- そんな話に、目の前に出された紅茶のことなど、すっかり忘れ去られていた。
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- 「それじゃあ、本当のご両親は誰なんですか?それと、キラさんが傷ついたこととどう関係があるんですか?」
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- 他人の家庭の立ち入った事情を聞くのもどうかと思ったが、そこは好奇心の方が勝ったようだ。
- シホが思わず身を乗り出して尋ねる。
- ルナマリアとメイリンも固唾を飲んで、ラクスの答えを待つ。
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- しかしラクスにしては珍しく、微笑んではぐらかしたような答えを返した。
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- 「いいえ、お2人はキラの本当のご両親ですわ」
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- ラクスの話とは意味が全く正反対の答えに、3人はクエスチョンマークを頭に浮かべた表情を見せるが、ラクスにとってはそれが真実だ。
- 例えお互いの血が繋がっていないのだとしても、ラクスの目にはそうとしか映らなかった。
- 実際、今はお互いの誤解も解けて、また以前のように、いや以前よりもずっと深い絆で結ばれた親子なのだ。
- 直感的にだが、ラクスは一目見たときからそれを感じ取っていた。
- だからこそ、ラクスにはそんなキラと両親のことを放っておくことはできなかった。
- 目の前にいる家族と、心が通じ合わなくなってしまうことは、余りにも悲しいことだったから。
- しかし実際には、ラクスが手を出さなくとも、本当は心の奥底ではずっと分かり合っていたのだ。
- そうでなければ、キラがあのような優しさを持って育つはずが無い。
- 自分が愛する人のことを想って、思わず頬を薄く染めると、ラクスは静かに目を瞑り、その後の出来事を思い返す。
- それは家族の絆の強さを改めて思い知った、久々に感じた嬉しい出来事だった。
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STORY-05 「揺ぎ無い絆」
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- 「お見苦しいところを見せて、申し訳ありませんでした」
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- 椅子から立ち上がると、お父様は頭を下げられました。
- 私は何とか笑顔を浮かべて、いいえ、とお応えしました。
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- キラが部屋に戻った後、しばらく私達はその場に止まっていましたが、ご両親が少し落ち着かれたところで、ともかくお客様ですのでおもてなしはしなくてはと、私はお2人をリビングにご案内してお茶をお出ししました。
- お母様はまだ憔悴したご様子でしたが、とりあえずは泣き止まれて、ヨロヨロとですが歩くことはできました。
- それをそっと支えられるお父様を見て、とても仲の良いご夫婦なのだなと、少し微笑ましく思いました。
- しかしキラのことがあった手前、とてもそんなことを言える状況ではなく、すぐに私の心は曇りました。
- そして大変申し訳ないことをしたと思い、頭を下げました。
- まさかキラがあのような行動を取るとは思い至らず、結果としてキラの元へ案内したことで、キラもご両親も大きく傷つかれました。
- その責任の一端は私にもあると、自責の念にかられておりました。
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- それをお父様は苦笑を浮かべて、やんわりと否定してくださいました。
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- 「いいえ、私達もこうゆうことを全く想像していなかった訳ではありません。私達こそキラのことをもう少し気を使ってやるべきでした。キラのことが心配なあまり、衝動的にここに来てしまいました」
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- そう仰って、苦悩に満ちた表情を浮かべられます。
- それはどこにでもある、息子をご心配されるお父様の顔でした。
- キラはああ言いましたが、ご両親は本当にキラのことを愛していらっしゃるのがよく分かります。
- おそらくキラもそのことには気付いているのでしょう。
- ですから、キラは余計に耐え切れなかったのかも知れないと、少し分析します。
- ご両親の愛をしっかりと感じていたからこそ、それが偽りだと知らされた時、そのショックはより大きなものになったのでしょう。
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- 「少し立ち入ったことをお聞きしてもよろしでしょうか?」
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- 私は思い切って尋ねることにしました。
- もちろん、ご両親のキラとのご関係です。
- もしキラの思い違いであれば、キラの誤解をきちんと解く必要があると考えたからです。
- 或いは私が、そうであって欲しいと願ったのかも知れません。
- その可能性が低いことは分かってはいたのですが、一縷の望みに縋る思いで、私は尋ねずにはいられませんでした。
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- お父様は私の疑問を察せられて、問うよりも先にお答えくださいました。
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- 「はい、ご承知の通り、私達はキラの本当の両親ではありません」
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- 予想していたこととは言え、ご本人の口から事実を聞かされて、改めて衝撃を受け、私の願いは脆くも崩れました。
- そしてキラはそのことをつい最近まで知らされていなかったのだということも、同時に理解しました。
- そうでなければ、今あそこまで激しく拒絶をするはずがありません。
- きっとキラには話ができない理由もあったのでしょう。
- しかし結果としてキラは事実を知り、大きなショックを受けたのだと察しました。
- ご両親の思いも虚しく、それも最悪の形で。
-
- 「もう一度、キラとお話をされますか?」
-
- 私はじっくりと話し合う時間が必要だと思いました。
- キラにも、ご両親にも。
- そのような事情があるのであれば、尚更。
- しかしお父様は、ゆっくり首を横に振ると、力なくお答えになりました。
-
- 「いいえ、今日は一旦帰ります。キラにも私達にも少し心を整理する時間が必要なようですので。日を改めてまた伺います」
-
- そう仰られると、今度来る時は連絡を入れますからと言い置かれて、思い足取りでご帰宅されました。
- 私はその後姿を、切ない思いで見つめることしかできませんでした。
-
- このままではいけないと思い、私に何かできることはないかと、ご両親が帰られた後、私はキラの部屋を訪ねました。
- 扉をノックをしましたが、返事はありません。
- 行儀が悪いとは思いながら、勝手に扉を開けて、キラの部屋の中へ入りました。
-
- そこにはベッドの上に膝を抱えるようにして、顔を伏して座っているキラの姿がありました。
- 陽が大分傾いていることもありましたが、電気の付いていない部屋は薄暗く、その空間全体がキラの心を投影しているような、そんな気さえしました。
- 私は締め付けられる胸を押さえて、電気はつけないまま部屋の中を進むと、黙ってキラの後ろに腰を下ろしました。
- 触れるか触れないかの距離を保って。
- そしてキラが今まで何に迷い傷ついたのか、何を抱えて戦っていたのかを少しだけ理解しました。
-
- しばらくそのまま、私はキラの心に寄り添っていました。
- 私から求めるのではなく、キラが話したいと思うまで、じっと傍に居ました。
- 私とキラの間にも、心から話をするためにはそれだけの時間が必要だと思いましたし、私の想いをキラに押し付けることはすべきではないと考えたからです。
- ですから、私は何も語らずに、何も求めずに、ただ傍に居たのです。
-
- どのくらいそうしていたのか分かりません。
- 完全に陽も落ちて、キラの姿もほとんど見えなくなるほど、部屋の中も暗闇に溶け込んだ頃、ふいにキラがポツリと零しました。
-
- 「どうして2人は、僕を育てたのかな」
-
- その声色からは感情は読み取れませんでしたが、少し落ち着いたことは分かりました。
- そしてキラは、自分では見つからないその答えを求めていることも。
- 私はしばしの間を空けて、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
-
- 「それはお2人が、キラのご両親だからですわ」
-
- 私の目から見て、お2人は間違いなくキラのご両親でした。
- それは例えキラの求めた答えでなくとも、私の答えは1つしかありませんでした。
- だから迷うことなく、ハッキリと告げました。
- キラはまだそれを認めたくないようで肩を少し大きく跳ねさせましたが、私は反論を待たずに言葉を続けました。
-
- 「例え血が繋がっていないのだとしても、ご両親はキラのことを心の底から心配なさっていました。本当にキラのことを愛していらっしゃらないのでしたら、貴方のことを心配してここに来ることもなかったでしょう。これまでも、キラのことをずっと大切に見守ってこられたことと思います。それは私よりも、キラ自身の方がよくご存知ではないのですか?」
-
- そうでなければあれほどキラのことを心配して、キラのことで心を痛められるはずがありません。
- きっとキラも、今は感情的になっていますが、心の底では分かっていることだと思いました。
- 何故なら、いかなる理由があるのだとしても、ご両親の愛情に包まれてここまで生きてきたのですから。
-
- 「家族を結ぶものは血ではなく、心と心の絆だと、私はそう思います」
-
- 私はそう締め括りました。
- キラを心配なさるご両親を見て、それは確信したことでした。
- 私には既に両親はありませんでした。
- ですから、そのような両親が居るキラを、羨ましくも思いました。
- お互いに言葉を交わし、その心をぶつけることが、まだできるのですから。
-
- 私の言葉に何かを思うことがたくさんあったのでしょう。
- しばらくしてキラは、嗚咽を漏らし始めました。
- これまで堪っていた思いを吐き出すように、ただただ涙を溢れさせて、声にならない声で泣いて。
-
- 私は後ろからそっと、そんなキラの背中を抱き締めました。
- 今は冷え切ってしまっているキラの心に、少しでも私の温もりが届くようにと。
- キラは抵抗するでもなく、振り払うこともせず、そのまま肩を震わせて静かに泣き続けました。
- その背中か伝わるキラの鼓動と息遣いは、私が久し振りに感じるキラの体温に、少しだけ安堵しました。
- キラは、キラの心はまだちゃんと生きています。
- それを感じられただけでも、私の心も少し温かなもので満たされました。
- いつかは、また穏やかに笑って暮らせる日が来ることの、希望が持てました。
- そしてしっかりとキラの中にも、ご両親への絆が根付いているのを感じました。
- 私は思わず口元を緩めて、抱き締める腕に力を込めました。
-
- しばらくそのままでいましたが、キラが嗚咽が止まったのを確認すると、私はゆっくりとキラの背中から離れ、立ち上がり部屋を後にしました。
- お父様が仰られたとおり、キラには心の整理をする時間が必要なようです。
- 私はキラの悲しみを、できるだけ受け止めたいと思っています。
- おそらくご両親がキラに注いできた愛情、その温もりへの感謝と、本当の両親では無いことへの反発、そして拒絶した罪悪感などが、その胸中には渦巻いているのでしょう。
- その苦しい胸の内を、私の手で拭えるものならば拭いたい。
- しかしこれは、キラが自分自身でしっかりと受け止めて、乗り越えなければならないことです。
- キラは優しく、そして心の強い人です。
- これまでも私はじっとキラのことを見てきて、そのことは分かっているつもりです。
- ですから、私は信じました。
- キラならば必ずご両親のことも、きちんと受け止めて、再び家族としてお話が出来る日が来ることを。
- 私は一日でも早く、その日が来るのを祈りながら、部屋の扉をそっと閉めました。
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