- 宇宙に浮かぶ人工の大地プラント、その首都アプリリウスワンにある豪邸。
- ここはプラント最高評議会議長、ラクス=ヤマトとその夫、キラ=ヤマトが暮らす家だ。
- 物語はここから始まる。
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- 最後の戦争が終結しておよそ5年。
- 2人はそれまでにも何度か大きな戦争を止めるべく戦い、地球圏崩壊の危機を救ってきた。
- それ故に英雄や伝説の戦士と称され、崇められる程の彼ら。
- たとえそう呼ばれることを本人が望もうと望むまいと。
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- そんな2人に掛けられる期待はとても大きく、毎日がそれはそれは忙しい。
- ラクスはプラントの市民の生活をより良いものにするために、また地球圏の平和を維持するために評議会をまとめて日々方策を検討し訴えかけている。
- キラはそんなラクスのサポートとしてスケジュールの調整と護衛、加えてプラントの新興技術の技術顧問としてプロジェクトの統括を行いながら、さらにザフト軍の新米MSパイロット達の訓練も請け負っている。
- そして今は新しい法案の成立に向けての作業が佳境に入り、キラも中心メンバーとして参画して事に当たっており、2人ともここ数ヶ月は家に帰ることすら稀である。
- 昨晩は久々に家に戻ってきたものの夜も遅くなってからだったのですぐ眠りにつき、今日も朝早くから会議の出席のためにばたばたと出かけようとしていた。
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- 「お父さま、お母さま」
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- 不意に呼ばれて振り返ると、そこには桜色の髪を肩の下辺りで揺らして佇む2人の娘、ヒカリ=ヤマトの姿がある。
- その髪の色や顔立ちは母親に、目の色は父親にそっくりだ。
- おはようございますとお辞儀をしたその仕草は、小さなラクスと言ってもいいほどだ。
- 隣には双子の弟、コウ=ヤマトも佇んでいる。
- こちらは茶色の髪をして、その顔立ちと共に父親によく似ている。
- だが目の色は母親を思わせる鮮やかな青い色だ。
- まだ眠そうな目を擦りながら、それでもその目はしっかり両親を捉えている。
- 戦争の最中に芽生えた小さな命は、両親の愛情の元でしっかりと成長していた。
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- 子供が起きるには早い時間だったことで一瞬驚いた表情を見せるが、愛娘と愛息の姿にキラとラクスはすぐに優しく2人に微笑みかける。
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- 「おはよう、ヒカリ、コウ。僕達はこれから出かけるけど、ちゃんとご飯食べるんだよ」
- 「おはようございます。今日も遅くなりそうですから、ラナさんの言うことを良く聞いて、良い子でいるのですよ」
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- キラもラクスもすっかり父親、母親となった顔で優しく2人の髪を撫でる。
- その感触が心地よくて弾けるような笑顔を見せると、子供達は元気良くはいと返事をする。
- キラとラクスの見送りをしていた、使用人としてこの家に住み込みで働いているラナ=シオメイがそんな子供達に表情を緩める。
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- 「本当に良い子達ですね」
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- 利発的で大人しく聞き分けの良いヒカリとコウに対して、周囲の大人達は誰もがそう評する。
- 2人とも5歳になり、既に自分達にかけられた期待と両親の仕事をそれなりに理解し、応えようと自覚しつつはあった。
- そんな子供達をラクスは複雑な思いで見つめている。
- 忙しかった父を寂しくも誇らしく思っていた、幼い頃の自分の姿と酷くダブるためだ。
- 容姿が自分で見ても思うほどよく似ている娘の姿のせいだろうか。
- そんな感傷に浸っていたところにキラが急がないと、と声を掛ける。
- その声にラクスは我に返って頭を振る。
- 色々と思うところはあるが、今は色々と大事な時期でどうにもならないと気持ちを割り切る。
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- 「では、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
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- ラクスは申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら、ラナに頭を下げてキラと共に玄関の扉の向こうへと姿を消す。
- ラナと一緒ににっこり笑って手を振っていた双子は、扉閉まるの音が聞こえると同時に浮かべていた笑顔を消して手を下ろすと、手を繋いでパタパタとリビングの方へ駆けて行く。
- 双子の表情が見えなかったラナは、その様子を微笑ましく見つめていた。
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STAGE-01 「2つの光」
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- 朝食の後、双子はリビングに戻りテレビを見ていた。
- だがその表情には両親を見送った時の笑顔は無い。
- どこか哀愁漂う、子供らしからぬ面影ですらある。
- テレビの映像は瞳に映っているものの、その内容はボンヤリとしか頭に入っていない。
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- 「ねえ、コウはさびしくないですか」
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- 唐突にヒカリが隣で一緒にテレビを見ているコウに話しかける。
- その腕には4歳の誕生日に両親からプレゼントされたピンク色のハロ型のぬいぐるみがしっかりと抱きしめられている。
- 自分の寂しさを誤魔化そうとするかのように、ぎゅうっと力いっぱい。
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- 「さびしくないわけ、ないじゃん」
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- 一呼吸間を置いて、コウがポツリと答える。
- 同じく誕生日にもらった、こちらはライトブラウンのハロ型ぬいぐるみで、それを脇に置く。
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- 「ヒカリだってそう思ってるんでしょ」
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- 何とかその思いを堪えているコウは、それを口にすれば堪えきれなくて泣いてしまいそうだった。
- だからそれを言わなかったというのに。
- 何だかんだで2人は双子だ。
- 相手の思っていることは何となくわかる。
- それをわざわざ言わせないで欲しいという抗議も込めて、ふてくされた顔でぶっきらぼうに答える。
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- 「でもさ、言ったら父さんと母さんにめいわくがかかるでしょ」
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- コウは寂しそうに言葉を続ける。
- 双子とも両親のことは大好きだ。
- いつも優しく笑っている父と母。
- 頭を撫でてくれるその温もり。
- 自分達を呼ぶ声、それら全てが双子の心を幸せに満たしてくれる。
- でもこのところは顔もろくに会わせていない。
- 両親は自分達やプラントのために、色々と大切なことをしていることは分かっている。
- そんな両親を子供心ながら誇りに思うのだ。
- 故に我侭は許されないと理解しているし、それをするつもりもない。
- 両親にも自分達のことを好きでいて欲しいから、迷惑もかけたくない。
- だがまだまだ5歳で、親に無条件で甘えたい年頃だ。
- これまではたまの休日など一緒に買い物にでかけたり、歌を歌ってくれたりしていたのでまだ我慢できたが、もう3ヶ月も遊ぶどころか会話もろくにしていない。
- もっと両親に構って貰いたい気持ちが溢れて、寂しさは募るばかりだ。
- だから今日はせめて顔を見たくて、頑張って早起きして、仕事に行く両親を見送ったのだ。
- だが両親に撫でられた手の温もりが思い出されて、返って寂しさは増幅された。
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- ちょうど絶妙のタイミングというか、テレビには離れ離れになった母親の元へ旅をする少年の物語を描いたアニメが映っていた。
- そんな会話をした直後、その内容がボンヤリしたものから頭に強烈に焼きつく変化を起こし、ヒカリは積もり積もった衝動を抑えられなかった。
- 突然立ち上がってコウの腕を掴む。
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- 「私たちも行きましょう、お父さまとお母さまに会いに」
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- コウはそんなヒカリを驚いたという表情で見上げ、反論する。
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- 「そんなことしたら怒られるよ」
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- 怒られることが怖いのではない。
- ただ怒られることで両親に嫌われたりしないか、そちらの方が余程怖い。
- まだ一度も両親の怒った顔を見たことが無いから、怒られることがうまく想像できないこともあるが。
- だが既に会いたい気持ちに支配されたヒカリの心は、その程度で引き下がらない。
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- 「コウはお父さまとお母さまに会いたくないですか」
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- ヒカリは分かりきった質問を、またコウにぶつける。
- 言われてコウはうーんと悩む。
- コウとて両親に会いたくないわけはない。
- どれほど人に頼りにされようとも自分達には唯一の父と母であり、他の人には取られたくないという思いは強くある。
- でもそんなわがままを言うことは両親は喜ばないし、周囲がそれを望まないことはわかっている。
- 5歳らしからぬ感情や思考を持つ双子だが、それが良くも悪くも素直になれない原因でもあり、周囲の大人達に良い子だと評される要因でもある。
- ただそのことに大人達は気付かない。
- 双子の心の奥底は本当は寂しいと言いたい、構って欲しいと叫んでいるのだ。
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- しばらく葛藤があったコウだが、やはり寂しさには勝てなかった。
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- 「ううん、会いたいよ」
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- その答えを聞いたヒカリは満足そうな笑みを浮かべると、では行きましょうとコウと連れ立ってリビングを出て行く。
- コウも乗り気ではない表情だが、ヒカリの行動に抵抗もしない。
- その辺りを見ていると、ヒカリがお姉さんだなと思える。
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- 両親に会いに行こうと決めた双子だが、そのためにはまず父と母がどこに居るのかを知らねばならない。
- 2人はこっそりと父の書斎に入ると、よじ登るようにして椅子の上に立ってパソコンの電源を入れる。
- モニタに光が灯ると、ヒカリがよーしと可愛らしく気合を入れてキーボードに手を添える。
- そして鮮やかな、ピアノでも弾いているかの様なキータッチで次々とパスワードを解除していくと、2人のスケジュールらしきデータが表示され、食い入るようにモニタに映る文字を追いかけて両親の居場所を探す。
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- ヒカリはパソコンに甚く興味を持ち、休日にキラがパソコンを触っている姿を興味深げに見上げ、時には膝の上に座りながらその手さばきや画面をじっと見つめていた。
- そしていつしか見よう見まねで父には内緒でパソコンを触ったりしている内に、操作の仕方を覚えてしまった。
- 外見は母に良く似ているが、内面的なものや能力は父譲りのようだ。
- 片やコウはマイペースでぼーっとしたところがあるが、時に大人を唸らせるほどの鋭い洞察力を見せ、また母親と一緒に歌う時間がとても好きだ。
- こちらは父に似た外見の中に。母と同じ秘めたものがあるようだ。
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- 「あっ、あったよ。いまのじかんは評議会会館の会議室B−4、だって。しばらくここにいるみたいだね」
- 「評議会会館ならばしょはわかりますわね、いきみちはおぼえていますわ」
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- 一緒にモニタを覗き込んでいる内に、コウも次第に後ろめたい気持ちは無くなり、ヒカリに協力的になっている。
- 何だかんだ言いながら、やっぱり両親に会えるものならば会いたいという気持ちが勝り、会える喜びは大きいようだ。
- 2人は父と母の居場所が分かったことで、少しワクワクしてきた。
- 両親に会えることもさることながら、二人だけで家の外に出るのは初めてだ。
- さっきまで見ていたアニメのような非日常的な冒険が現実のものになる、そんな興奮も手伝ってだんだんと2人は欲求のままに両親を求めて気持ちが走り始める。
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- それから2人は居間に移動して奥にあるクローゼットを開けると、自分達の帽子を引っ張り出す。
- 以前出かける時に何故帽子が必要なのか尋ねた時、父が帽子で髪や顔をあまり見せないようにした方がいいからだと教えてくれたのを覚えていたためだ。
- 帽子を被りお互いの格好を確認し合うと、周囲を警戒しながら玄関へと移動する。
- そして部屋の掃除に集中しているラナの背中を確認すると、双子は頷いて玄関の扉をそっと開けて外へと飛び出していった。
- それがどんな騒動を巻き起こすかも考えられないまま。
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