- 広い豪邸の掃除をようやく終えたラナは、額に滲んだ汗を腕で拭いつつ達成感に満ちた息を吐いた。
- 部屋の数もまだよく把握できない家を、隅々まで清掃するのは重労働だ。
- だが彼女の仕事はここで終わりではない。
- そろそろお昼ご飯の時間だ。
- 料理を作って主人の子供達に食べさせなくてはならない。
- それはラナにとって最も楽しい時間の一つだ。
- あの可愛いい子供達がおいしいおいしいと笑顔で食べてくれるのだから。
- その笑顔が見られれば、疲れなんて吹っ飛んでしまう。
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- 「コウ様、ヒカリ様、今日のお昼ご飯はどうなさいますか」
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- うきうきした気分でラナが双子に食べたいものを尋ねようとリビングに顔を出す。
- だがテレビはついているものの、双子の姿は見当たらない。
- ラナはおかしいな、という表情で首を傾げながら名前を呼んで家の中を探し回る。
- しかし姿が見えないばかりか返事すら聞こえてこない。
- かくれんぼのつもりだろうか。
- 以前にもそんなことはあった。
- だが少なくとも鬼である片方の子供の返事はしっかりとあったものだ。
- 眉を顰めながら部屋の中を覗いていき、居間に入ったところであーあと苦い表情をする。
- クローゼットが開けっ放しで、キラ達が外出する時に被る帽子が床の上に散乱していたのだ。
- この部屋の掃除は最初にしたから、その後で子供達が散らかしたのだろうか。
- そんなことするなんて珍しいと思いながら部屋に入ると、子供の名を呼びつつ帽子の片づけを手早く始める。
- だがここで恐ろしい事実に気が付いた。
- 双子の帽子だけが揃って無いのだ。
- 自分が拾い上げたものの中に、確かに小さく可愛い帽子が2つ欠けている。
- それが指し示す事実は、2人がそれを被っているということだ。
- そしていくら探してもない双子の姿。
- それらを総合すると、家を出たという結論に辿りつく。
- 天国から地獄とはまさにこのことだ。
- ラナは顔面蒼白になり慌てて他の使用人達に聞いて回る、が誰も連れて出た者などいないと言う。
- 事情を聞いた使用人達も慌しく家の中をくまなく探すも双子は見つからず、彼らをとてつもない緊張感が襲う。
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- 「そんな、あの御2人が家出?それとも誘拐?」
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- ここのセキュリティは警備兵が数名外壁を巡回しているし、システムも万全で誘拐などありえない。
- しかしあの子達が家出することなど、使用人達からすればもっとありえない事実だ。
- どちらにしても非常に由々しき事態であることには間違いなかった。
- ラナは自分達の失態よりも、あの可愛らしい子供達の身に万一のことがあったらと思うと気が気ではない。
- その万一を想像したとたん、あまりのショックにその場で気を失ってしまった。
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STAGE-02 「双子協奏曲」
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- 「やっぱり、大きいですわね」
- 「うちよりどのくらい大きいかな」
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- 自宅では大変な騒ぎになっていることなど知らないヒカリとコウは、ようやく辿り着いた評議会ビルの前でそれを見上げてのん気に囁き合っていた。
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- 「ばれちゃ、やっぱりまずいよね」
- 「当たり前ですわ。本当なら私たちは家で“良い子”でおるす番していなければならないのですから」
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- ひそひそと話しながら、壁の影から覗き込むように入り口の様子を伺う双子。
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- 「ですから、他の人に見つからないようにしなければなりません」
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- ヒカリはお姉さん風を吹かせて、コウと自分に言い聞かせるように確認してコウもこくんと頷く。
- そして入り口に誰もいないのを確認すると、一目散に走って評議会ビルの中に入る。
- 入ってからも周囲をキョロキョロと見渡しながらゆっくり歩を進める。
- 帽子を被っているとはいえおよそ隠密に行動する格好ではないし、とても隠密に行動しているとは言い難いものだが、本人達はあくまで隠密に行動しているつもりだ。
- その仕草はこの事態でなければ可愛らしいものだ。
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- そして当の本人達には、他の人に迷惑を掛けるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
- 両親とほんとちょっと話をしたら、すぐに帰るつもりだった。
- それだけで良かったのだ。
- 勝手に家を出てきたことをあの優しい両親ならきっと笑って許してくれると、どこか確信めいたものを胸に抱いて。
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- しかし利発的とは言え、そこはまだまだ子供だ。
- 一方の側の廊下の様子を見ている間に、その反対からやって来た巡回中の警備兵に呆気なく見つかってしまう。
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- 「こら、ここは子供の遊ぶところじゃないぞ」
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- 見つけた警備兵は何故こんな小さな子供がと疑問を抱くが、努めて穏やかに注意する。
- 子供の好奇心はとても強い。
- 近所で遊んでいてつい気になって入ってしまったのだろうと、一人結論付ける。
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- 両親以外の大人に注意されて双子はしまったという表情を浮かべるが後の祭りだ。
- どうしようと顔を見合わせる。
- このままではこの警備兵におそらく追い出されてしまうだろう。
- しかしここまできて両親に会わずに連れ戻されるわけにはいかない。
- 双子の両親に会いたいという気持ちは、他の全ての感情を凌駕していた。
- そんな双子の気持ちなど知らない警備兵はマニュアル通りに同僚に連絡をしようと、腰に下げた無線機に視線を向けて手を当てた。
- その隙に双子は頷き合うと、脱兎の如く駆け出す。
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- 「あ、待ちなさい」
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- 警備兵も慌てて追いかけ、双子は追いつかれまいと必死に走る。
- そして走っているうちに、2人ともその勢いで被っていた帽子を飛ばしてしまう。
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- 「あ、帽子」
- 「そんなの後だよ」
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- 帽子が飛んだことを気にするヒカリだが、コウは捕まらない方が大事だと後ろを振り返るヒカリの手を引いてスピードを上げる。
- 子供にしては早いスピードだが、歩幅もまだ小さいし大人が追いつけない速度ではない。
- だが追いかけていた警備兵は衝撃に走ることを忘れて立ち尽くしていた。
- 帽子の下から現れた特徴的なピンクの髪とどこか面影のあるその顔。
- 間違いなく彼はその人物を知っていた。
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- 「ラクス様、のお子様?」
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- 無線の向こうでは呆然とする同僚を虚しく呼び続ける声が響いていた。
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-
*
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- その頃キラは会議室でラクスも含めた評議会議員達に、現在進行しているプロジェクトの進捗状況を報告している。
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- 「臨床試験もようやく一定の成果を上げつつあります。後は人体への影響のデータをまとめれば、実行は可能になるかと思います」
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- その報告に安堵とも不安ともつかぬざわめきが零れる。
- 今評議会は新たな法案の提示に向けて調整を行っている。
- それはコーディネータの最大の問題点である、出生率の低下に関する対策だ。
- キラのシステム開発の協力を経てようやく不妊治療の研究に進展が見られ、それを実行する法案をまとめられるかの協議を行っていた。
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- 「た、大変です」
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- 会議中だというのに、一人の若いザフト兵が慌てた様子で扉を荒々しく開け放つ。
- 一瞬怪訝そうな表情を浮かべる一同だが、その兵士の只ならぬ様子に顔を見合わせて報告を待つ。
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- 「評議会のビルに子供が忍び込んだということなのですが・・・」
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- そこまで言うと、何故かそのザフト兵は口ごもる。
- なかなか言い出さない兵士にその場に居合わせているイザーク=ジュールが苛立って先を促すと、意を決したように言葉を続ける。
- それを最初は誰もが聞き間違いかと、自分の耳を疑った。
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- 「その特徴から、忍び込んだ子供はラクス様のお子様ではないかと」
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- キラは狼狽した様子で立ち上がり、さすがのラクスも驚愕に目を見開いている。
- 評議会議員達にもまさか、ヒカリとコウがという思いがある。
- にわかには信じられない話のため家に確認の連絡すると、子供達がいなくなったということで大騒ぎになっていた。
- その事実に同席した面々にも動揺とざわめきが沸き起こる。
- 聞き分けの良すぎるほど利発的だった子供達が何故、どうしてこんなところに居るのかと。
- だがそんなことをここで議論していても仕方が無い。
- 双子は驚いた警備兵の隙をついてこの評議会ビルの中を逃げ回っているというのだから、早く見つけ出さなくてはならない。
- イザークが直ぐに気を取り直し、子供を逸早く捕まえるように指示を出すと、兵士は敬礼して駆け出していく。
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- 会議どころではなくなり、にわかに騒がしくなった会議室の中でラクスはハッとた表情を一瞬見せた後、辛そうに顔を伏せる。
- それに気が付いたキラが子供達を心配しているのだと思い、僕も捜しに行くから大丈夫だと告げる。
- だがラクスが辛いのはそれもあるが、それだけではない。
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- 「いえ、私は母を早くに亡くし、父も忙しい人でしたから、あまり両親に構ってもらった記憶はありません」
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- その時のことを思い出しながら苦しそうに、言葉を紡ぐ。
- キラは気持ちは急いていながら、ラクスの言葉にじっと耳を傾ける。
-
- 「きっとあの子達は寂しかったのですわ、このところ構ってあげられませんでしたから。ですから私達に会いに来たのでしょう。それに気が付いていながら何もしてあげられなかった私は、母親失格なのかも知れません」
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- ラクスの脳裏に父に寂しいと言いたいのを我慢していた、幼い頃の苦い記憶が鮮明に甦ってくる。
- 多分あの子達は同じ気持ちでいるに違いないと、確信めいたものがあった。
- 今朝の行動はその無言の訴えだったはずなのにそれに気付かないなんて。
- だから2人は自宅を抜け出して、自分達に会いに来たのだ。
- ラクスはそこまで双子にさせてしまった自分を責める。
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- 「でもまだ間に合うでしょ」
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- キラが穏やかに告げて、ラクスは少し驚いた表情でキラを見上げる。
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- 「それはラクスだけじゃなくて僕にも言える、父親失格だって。でも今それに気が付いたなら、まだやり直せるよ。ラクスも僕も、これからまだまだたくさんの思い出をあの子達と作って行かなくちゃならないんだから」
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- 子供のことを構ってあげられなかったという点ではキラも同罪だ。
- ラクスだけが背負うべきことではない。
- どれだけ謝っても寂しさを拭うことはできないだろう。
- それはとても申し訳ないことだと思っている。
- だからこそこれからはもっと子供達と一緒に過ごす時間を作ろうとラクスに微笑みかける。
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- キラの言葉に少し心が軽くなったラクスは笑みを返すと頷く。
- ここで自分が落ち込んだり悲しんでも仕方が無い。
- 本当に悲しかったのは子供達の方なのだから。
- そしてキラの言うとおり、今気付けたのなら次からはもっと子供達の相手をしてやればいい。
- どんなことがあっても子供達の父と母は自分達しかいないのだから。
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- 「とにかく僕は探しに行ってくる。ラクスは行き違いになると困るからここに居て」
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- そう言って微笑んだかと思うと、キラはあっと言う間に扉の向こうへと駆けていく。
- その背中を見送りながら、ラクスは子供達にただ早く会いたいと願った。
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