- 双子は必死に走った。
- 元来人見知りする子達ではないが、今は両親以外の大人は自分達を両親から引き離す怖い人達としか映っていない。
- そんな人達には捕まりたくないと小さな手足を懸命に動かして逃げて逃げて、一つの部屋を見つけるとその中に急いで飛び込む。
- そして走ってくる足音が遠ざかっていくのをホッとしながら、扉に耳をつけて聞いていた。
- 何とか振り切ったようだ。
- ホッとしたとたん気が緩んだ双子はペタンと尻餅をつく。
- だがそこには先客が居たことに、外の様子に集中していて気が付かなかった。
- 近くで聞こえた物音にビクッとして怯えた表情でしまったと思いながら2人は寄り添う。
- 双子が凝視する暗がりの奥から現れたのはテツ=ソウマだ。
- テツも双子の姿を見とめて、何故こんなところに子供がと驚く。
- そしてその特徴的な容姿にその子供が誰の子供かすぐに分かった。
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- 「あれ、お前らは確かキラんとこの」
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- 双子はテツの声が聞こえると再びビクッと体を震わせると同時に、目の前の人が父をキラと呼び捨てにしたことに軽い衝撃を受ける。
- 父と母を呼び捨てにする人物に、双子はこれまで会ったことはない。
- 唯一会ったのはちょっと強持てだが、自分達をよく可愛がってくれるバルトフェルド小父さんだけだ。
- あの人は面白くて、両親も頼りにしているみたいで好きだ。
- しかし普通の人はキラ様やヤマト秘書官、ラクス様やヤマト議長と呼び、誰もが羨望と尊敬の眼差しで見つめている。
- そんな父を呼び捨てにするのだから、バルトフェルドのことを想像して、父とはとても親しい間柄だろうと警戒心を緩める。
- そしてこの人に頼めば両親に会わせて貰えるかもしれないという淡い期待も抱いていた。
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- 「こんにちは」
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- 硬い表情ながら双子は行儀良くお辞儀をする。
- この状況にあって一応の礼儀をわきまえているのは両親の教育の賜物だ。
- 尤も勝手に家を出るということを犯してしまってはいるが。
- テツも戸惑った表情のまま思わず、ああ、こんにちは、と返してしまう。
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- そこにテツがぶら下げた無線に連絡が入る。
- ラクス様のお子様を直ぐに確保せよ、という内容の命令だ。
- それが聞こえたテツはまた驚いた様子で目の前の子供達を凝視する。
- 子供達がキラの子供だということにやっぱりという確信と、いまいち状況が飲み込めないことに対してさらに戸惑った故だ。
-
- 同じく無線の声が聞こえた双子はテツに凝視されて再び怯えた様な表情で後ずさる。
- しかしすぐに部屋の角にぶつかり逃げ道はない。
- 絶体絶命の状況に絶望の色が浮かんでいた。
- そんな様子の子供達にテツは無理に捕まえようという気は失せ、溜息を吐くしかなかった。
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STAGE-03 「小さな出会い」
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- 「何だ、じゃあ家を勝手に抜け出してきたのか」
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- テツはそれを責めるでもなくただ確認する。
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- 実際にこうして会うのは初めてだが、テツの耳にもキラとラクスの子供は利発的で聞き分けの良い子供だという評判は聞き及んでいた。
- それだけにテツも子供達だけでここにいる理由がわからない。
- そこでテツは双子の向かいにどかっと腰を下ろすと、話を聞くことにした。
- 意外といっては失礼だが、テツはこれで子供好きなのだ。
- 双子は少しおっかなびっくり問いかけに返事をしていたが、目の前の男が自分達を捕まえるつもりがないことが分かると、警戒心を解いて代わる代わる状況を説明する。
- テツは双子が子供にしてはちゃんと筋道立てて説明することに感心しながらうんうんと頷く。
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- 「自分の子供達にそんな寂しい思いをさせるなんて、ひどい両親だな」
-
- テツはキラとラクスに対して毒づく。
- それで子供達に同調したところを見せて、子供達の警戒心を解いてもっと安心させてあげようと考えたからだ。
- 実際にはキラとラクスに対する憤慨も多分に含まれているが。
- しかしそんな両親を双子は意外にも擁護する。
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- 「いえ、お父さまもお母さまもとてもたいせつなお仕事をなさっています。しかたのないことなんです」
- 「かってに出てきたぼくらが悪いんだ」
-
- これにはテツも驚いた後苦笑するしかない。
- 同時に利発的だと評判になる理由も、今何故ここにいるかもよく分かった。
- 周囲の大人達の期待や考えを5歳にして既に汲み取ることができ、それに応えようとこれまで素直になれずにいた感情が爆発したからだと。
- テツには両親に構ってもらえない寂しさがよく分かった。
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- 「だいたいヒカリが父さんと母さんに会いに行こうとか言うからいけないんだよ」
- 「あら、けいびの方に見つかったときににげるように言ったのはコウではありませんか」
-
- テツが一人心の中で納得していると、いつの間にか話がどちらが悪いかという方向に転がって、双子は姉弟喧嘩を始めた。
- それを見ているとやっぱり子供なんだなとも思い、少し安心する。
- だがやっぱりその気持ちをちゃんと両親にぶつけた方が良いと、テツは思う。
- キラも子供達が可愛くないわけないことは分かっている。
- 時々話をする時、いつも嬉しそうに子供の話をしていたから。
- その時は親バカだなと溜息を吐いて聞き流していたから、こんなことになるとはテツも思っていなかったが。
- そんなことを思いながら、それなりの恩もあるからここは間を取り持ってやるか、と重い腰を上げることにした。
-
- 「喧嘩はやめやめ。とにかくキラに、お父さんに連絡するからな。そう言うことはちゃんと本人に言え」
-
- テツは喧嘩を仲裁しながらそう言うと懐の携帯電話を取り出して番号をプッシュして、キラに電話をかけた。
- その言葉に双子は気まずそうな表情を見せる。
- 両親に会いたくてここに来たのだが、今も時折慌しく部屋の前を走り去る足音が聞こえ、ここまで騒ぎが大きくなった今となっては父に会うのも気が引ける。
- しかし会わないわけにもいかないのでこくりと頷く。
-
- その頃キラは子供達の名前を呼びながら必死に走り回っていた。
- しかし一向に見つからないことに焦りと不安が込み上げてくる。
- そこに携帯電話の着信を告げる音が鳴り響く。
- 子供が見つかった連絡かと、立ち止まると慌ててかかってきた電話を手に取る。
- 相手がテツであることに、キラは失望と安堵の色を同時に滲ませる。
- かつてテツとは敵として戦ったこともあるが、今ではお互いに産まれた境遇を理解し合える唯一の仲間だと言っていい。
- 否、ようやく巡り会えた兄弟だとどちらも思っている。
- 安堵の色を浮かべるのはそうゆうことだ。
- では失望はと言うと、テツが子供達といるどころか評議会ビルに居ることすらキラは知らないため、子供達とは関係の無い話だと最初思ったからだ。
- 本来のテツの任務は、この中には無い。
- しかし電話に出てみてキラはテツが直ぐ近くにいることに驚き、捲し立てるように状況を説明し始める。
- それを聞いてキラの子供への愛情を確認したテツは苦笑すると、知ってると言って本題に入る。
-
- 「子供を見つけた。今俺のところに居る」
-
- テツの言葉にキラはぱあっと表情を明るくすると、良かったと息を零す。
- だが続けられた次の言葉に、今度は困惑の表情を浮かべる。
-
- 「だが今のままじゃお前には渡せないな」
- 「何を言ってるの、悪い冗談は止めてよね。どれだけ僕もラクスも心配してると思ってるの」
-
- キラは質の悪い冗談を言うテツに、だんだんと苛立ちが募り始め語気を荒げて噛み付く。
- そんなキラに、テツは口元に笑みを浮かべると、双子にもキラの声が聞こえるようにスピーカボタンをONにして会話を続ける。
-
- 「こんな可愛い子供達を放っておいて、よくそれで父親面ができるな」
-
- 言われてキラはぐっと言葉に詰まる。
- 確かにこの騒ぎの原因を作ったのは自分達だと言っても過言ではないと思っている。
- そう言われれば反論の余地は無い。
-
- 「お前には分からないのか、両親のいない寂しさがどんなものかってことが」
-
- テツは幼少から孤児達を預かる施設で育った。
- 今では事情も理解できて、それをどうこう言うつもりは無い。
- だがまだ幼く施設で暮らしていた頃は、親代わりに面倒を見てくれる人達はいたけれど、たくさんの同じ境遇の友達はいたけれど、自分には両親がいないという事実は少なからず胸を締め付けた。
- けれども周囲の人達が居てくれたおかげで、それほど寂しい思いをしていなかったことに後になって気が付いた。
- だから戦争が終わった後、勝手に出て行ったことを謝りに施設に戻った。
- そんなテツを施設の親代わりの人達や今は手伝いをしているかつての友達は暖かく迎えてくれた。
- それが嬉しくてテツは泣いた。
- だから今は定期的に施設を訪れて子供達の相手をしている。
- 少しでも両親のいない寂しさがそれで紛れるならばと。
- 施設の人達に感謝の気持ちを行動で示すために。
- そしてテツは育った境遇は違えど、同じ産まれであるキラならその気持ちは分かると思っている。
- どちらも本当の両親がいないと知らされ、その辛さに身を切られるような思いをしたのだから。
- 言われてキラは渋い表情を作ると、溜息を一つ吐いて自分の本音を語り始める。
-
- 「そんなことは分かってるよ。僕達のせいでヒカリとコウがとても寂しい思いをしているなんてことは。でもあの子達の父親は僕しか居ないし母親はラクスしか居ないんだ」
-
- 言いながら自分がどんな過ちを犯してしまったか、ボンヤリと思い立つ。
- それをちゃんと父と母から教わったのに、それを子供達に示してやれなかったんだと。
-
- 「僕達は直ぐにでも休みを取るつもりだよ。ちゃんと2人に謝って、どこかに連れて行ってあげるんだ」
-
- だから早く子供達を返して、と強い意志を込めて鋭く呟く。
- キラの答えにテツはニヤリと笑みを浮かべて双子に視線を送る。
- じっと今までの会話を聞いていた双子も父の提案にテツに向けて初めてにっこりと心からの笑顔を見せる。
- その笑顔はテツの心も和ませる。
- 胸が暖かくなるのを感じながらキラに返事を告げる。
-
- 「そうか、それじゃあ返さないわけにはいかないな。今3階の第38会議室に居る」
- 「わかった、すぐ迎えに行くからそこで待っててよ」
-
- 言うなり通話を切るとキラは猛スピードで伝えられた場所を目指す。
- 頭の中を色んな言葉が引っ掻き回すが、とにかく子供達の無事を確認することが先決だ。
- 雑念を振り払うと、ただひたすらに子供達の居る所を目指した。
-
- テツは通話の切れた携帯を耳から離しながら良かったな、と双子に笑いかける。
- 双子も笑顔ではいと元気良く頷きながら、目の前の父と親しげに話す名も知らない男に心の底から感謝した。
- 父に会えることと、本当の気持ちが聞けたことに。
-
-
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