- テツが電話を切ってから数分後。
- ものすごく速く近づく足音が聞こえたかと思うと、それは目の前のドアの前で止まり、勢い良く扉が開け放たれる。
- そこには息を切らしてキラが立っていた。
- そして子供達の姿を認めると内心安堵の息を吐くが、険しい表情は崩さない。
-
- 扉の開いた音に驚いて振り返った双子が、その方角に居るキラの姿を見て喜んだのは一瞬だった。
- つい先ほどは確かに父と会えることに喜んだが、肩で息をしながら今まで見たことも無い厳しい表情でじっと見下ろしている父の姿を見て、気まずそうな表情を見せる。
- そんな父といざこうして向かい合うとどんな顔をすればいいのか分からず、また目も合わせられず、視線を泳がせると俯いてしまう。
- テツはその様子を苦笑しながら見守っていたが、双子の背中を押してキラの前に進ませて様子を見守る。
- あくまでこれは家族の問題で、彼らが解決しなければならないことも理解しているから、これ以上の介入はしないつもりだ。
- まあキラとラクスなら問題ないだろうと楽観視しているのもあるが。
-
- そんなテツの思いなど考える余裕も無いキラは、呼吸を整えながらその場を動かず双子だけをじっと見つめる。
- そして双子にはとてつもなく長く感じられた、実際には数分の沈黙の後、キラがゆっくりと口を開く。
-
- 「ヒカリ、コウ」
-
- 父の初めて聞く低い声で名前を呼ばれて、双子は俯いたままビクッと肩を震わせる。
-
- 「僕が怒ってるのは、分かるね」
-
- 低い声だが静かに問いかける。
- 双子はしばしの間の後、しゅんとしたままゆっくりと頷く。
- それを見たキラはやれやれといった感じで溜息を吐く。
-
- 「とにかく母さんのところに行くよ」
-
- それだけ言うと双子に一歩近づく。
- そしてテツにありがとうと言うと、テツはそんなことより早く行けとばかりに手をひらひらと振って笑ってみせる。
- それに釣られるようにキラは笑顔を一瞬見せると、踵を返して双子の手を握ってゆっくりと歩き出す。
- 子供達が急かないように、だができるかぎり急いで。
- 双子もキラに連れられて、歩調を合わせて部屋を後にする。
- テツはその繋がれた手を見て、ああやっぱりキラは子供のことをちゃんと思っているなと小さく息を一つ吐いて、その後姿を微笑ましく見送った。
-
-
-
-
STAGE-04 「父と母と娘と息子」
-
-
-
- キラは無言のまま双子の手を引いて会議室へと戻ってきた。
- 子供達に色々と言わなければならないことがあるが、先ずはラクスにも会わせて安心させてあげることが先だ。
- それにラクスが双子の母親なのだから、これから話をすることは一緒にいなければ意味が無い。
- 言いたい衝動を堪えながらキラが会議室の扉を開けると、ラクスは座っていた椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
- キラはそれを見て、ようやく表情を崩してラクスに目で大丈夫だと告げると、視線を自分の手の先へと落とす。
- そこには俯きながらしょんぼりしている子供達の姿があった。
-
- ラクスは双子の姿を認めると安堵の表情を浮かべる。
- そしてあまりに落ち込んでいるためすぐにでも抱きしめてやり衝動に駆られるが、それでは親としての責任も果たせず、また周囲の者にも示しがつかない。
- 権威のある立場というのはそうゆう意味では厄介な存在だと思った。
- だが今更そんなことを言っても仕方が無い。
- ラクスは歯痒い気持ちを振り払うと心を鬼にして毅然とした表情を作り、評議会の面々や双子を探すために走り回った兵士達に向かって深々と頭を下げる。
-
- 「皆様、私達の子供がご迷惑をお掛けしました」
-
- 申し訳なさそうに言う母と同じように会釈する父の姿に、双子の胸は痛んだ。
- 自分達はとても大変なことをしてしまったんだと後悔の気持ちばかりが胸に押し寄せて、それがとても居た堪れない気持ちを作り、その目に涙が滲んでくる。
- だけど泣くことは許されない、と思う。
- 泣いて両親に許されるとも思わないし、泣いてしまえばまた両親や他の人に迷惑を掛けてしまうと思うからなどと考えてしまっていて、必死に泣くのを堪えている。
- どこまでも子供らしく素直になれない双子であった。
-
- 「まあ、お子様達がご無事で何よりです」
-
- 評議会議員の一人であるリディア=カロンが皆を代表して場を取り持つ。
- それを合図に他の議員達もようやく安堵の表情を浮かべる。
- 実際には子供達が思っているように、2人のことを迷惑だと思う人間はここには一人も居ない。
- 誰もが双子の安否を気遣い、無事に保護されたことにホッとしていた。
- そして子供も見つかったことで、中断していた会議の再開について話を始める。
- そこにキラが割って入る。
-
- 「勝手を言ってすいませんが、今日の会議はこのまま中止でお願いします」
-
- キラの言葉に議員達の間にまた別のざわめきが起こる。
- 今話をしている議題はプラントの未来を左右する最重要事項であって、一刻も早くまとめなければならない案件なのだ。
- このまま会議の再開、さらには延長こそすれ、中止にするなど以ての外だという声もある。
- しかしキラも頑として譲らない。
-
- 「親としてちゃんと、この子達と話をしなければならないことがありますので」
-
- 未だ手を繋いだままの子供達の方へ視線をちらりと向けると、強い意志の篭った視線で議員一同を見渡す。
- その真剣な瞳に議員達は押し黙り、お互いの顔を見合わせる。
- 繋がれた手を見て、あの利発的な子供達が何故そんなことをしたのか、誰もがその理由が何となくわかってしまったから。
- リディアはキラの言わんとしていることが理解できたのでわかりましたと頷き、他の議員達もやれやれといった様子で片づけを始める。
- だがそこに浮かぶ不満の色はとても小さく少ない。
- それを見たキラとラクスは申し訳ないと思いつつ安堵の表情を浮かべると再び頭を下げて、議員達に見守られながら会議室を後にした。
-
-
*
-
-
- そうしてヤマト一家は議長室へとやって来た。
- ここなら他の者がそう易々と入って来ないので、家族だけで話ができる。
- 部屋の真ん中へ来ると、キラはこれまで引いていた手を話して双子に向き合う。
- ラクスもゆっくり振り返り双子の正面に立つ。
- 双子は未だ俯いたままじっと押し黙っていた。
- 先ほどからの両親の無言が痛い。
-
- 「何故、このようなことをしたのですか」
-
- ようやくラクスが口を開いたが、その表情は厳しく、だが静かに双子に問いかける。
- キラも同じように横に並んで腕を組んで双子をじっと見つめている。
- 両親に強く見つめられて、双子は本当のことを言いあぐねた。
- 両親に好かれるようなことではないと、自分達では思っていたから。
- だがそこでテツに言われたことを思い出す。
- ちゃんと自分達の気持ちを両親に伝えなければ、両親達の心はもっと離れてしまうかもしれないということを。
- 言えばそんな我侭な子は知らないと、また嫌われてしまうかも知れない。
- でも言わずに、両親達が仕事ばかりでもっと遠いところに言ってしまうのはもっと嫌だ。
- 2人とも小さな手で自分の服の裾をぎゅっと握り締めると、意を決して顔を上げる。
-
- 「私たちはとてもさびしかったです。お父さまもお母さまもお仕事ばかりでぜんぜんかまって下さらないから」
- 「僕たちはもっと父さんと母さんとたくさんお話したり、いっしょにいたかったから」
-
- 目元に涙を浮かべながら、その潤んだ瞳で必死に両親に訴える。
- また沈黙が訪れて親子の視線が絡み合う。
- どのくらいそうして互いをじっと見つめていただろう。
- 先に行動を起こしたのは両親の方だった。
- 急にふわっと微笑んだかと思うと、膝を折りたたんで子供達を優しく抱きしめる。
-
- 「そうだね、寂しかったよね。構ってあげられなくてゴメンね」
- 「本当に無事で良かったですわ。辛い思いをさせてゴメンなさい」
-
- 両親はようやく子供達を抱きしめられたことに、安堵と喜びを隠しきれなかった。
- そして子供の親である喜びと大変さを同時に噛み締める。
- こんなにも子供達の言動の一つ一つに心が揺さぶられるなんて、苦しいけれど、とても素敵なことだと。
-
- 双子は最初訳が分からなかった。
- 自分達は両親に心配を掛けて、色んな人に迷惑を掛けて、確かに悪いことをしたはずだ。
- 怒られこそすれ、抱きしめられるようなことはありえない。
- なのに父も母も、寂しい思いをさせてゴメンと謝ってくる。
-
- 「私たちのことを嫌ってはいらっしゃらないのですか」
-
- しゃくり上げながらヒカリは少し驚いた表情で思わず尋ねる。
- その声にラクスは体を離すと、変なことを聞いてくる幼い娘の肩を優しく掴み、その瞳を覗き込んで苦笑しながら首を傾げる。
-
- 「どうして貴方達を嫌わなければならないのですか」
-
- キラも息子を熱い眼差しで見つめて続ける。
-
- 「君達は何があっても僕達の大切な子だよ。そして僕達も何があっても君達の父親で母親なんだ」
-
- 嫌いになんてなれないよ、と再び子供達をぎゅっと抱きしめる。
- 双子は嫌われていないことに安堵すると、抱きしめられたその腕がとても暖かく感じられた。
- そしてその温もりにこれまで張り詰めていた気が一気に緩むと、双子はわんわん泣き出す。
- 今抱かれている嬉しさと、多分これまで寂しかった時間を埋めるために。
- そんな子供達を両親はただ優しく、だがしっかりと抱きしめて、子供達の涙が止まるまでその思いを受け止めていた。
- 自分達も涙を堪えながら。
-
-
*
-
-
- 「ねえ父さん、あの人と電話で話をしたことはほんと?」
-
- しばらくして双子が泣き止むと、両親とは2度とこんなことはしないと約束を交わし、コウが父に問いかけた。
- それはキラがテツとの電話で話をした、直ぐにでも休みを取るという話だ。
- ちょっと考えた後何のことか思い当たったキラは聞いていたのと驚いて目を見開いた後、いつもの優しい笑みを浮かべて頷く。
-
- 「本当だよ。今度の週末は僕も母さんもちゃんと休みを取るからね」
-
- もうキラは意地でも休みを取るつもりだ。
- だいたい自分の子供の面倒もちゃんと見れないで、国家という巨大で曖昧な枠組みの集団をまとめるなんてできるはずもないと思う。
- それにこれ以上子供達に寂しい思いをさせるわけにはいかない。
- 今度は自分が嫌われたと落ち込まなければならなくなる。
- ラクスもくすりと笑みを零すと、キラに頷いてみせる。
-
- 「「やったー!!」」
-
- 双子は歓声を上げてまた父と母に抱きつき、そんな子供達に苦笑しながらもキラとラクスも見つめ合うその瞳はとても嬉しそうだった。
-
-
-
-
― Twin's Storyトップへ ― |
― BACK ―|
― NEXT ―