- 「「おはようございま、すぅ!?」」
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- ある日の朝、いつものように起床して寝間着を着替えて食堂に入ってきたヒカリとコウは元気よく挨拶をしたのだが、変なところで言葉を切って、最後は声が小さくなってしまった。
- 自分の家の食堂なのに、いつもとは違う雰囲気に敏感に反応して戸惑ったためだ。
- その視線の先には向かい合って座る双子の両親、キラとラクスの姿がある。
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- あの評議会での騒動の後、キラとラクスは約束どおり休みを取り、家族水入らずで休日を過ごした。
- それから一月ほど経ったが、相変わらず忙しい中でも週に一回は休みを取り、子供達の相手をしている。
- 双子はそれをとても喜んだ。
- 大好きな両親と一緒にいる時間が増えたことで大満足だ。
- またそれは子供達のためのみならず、キラとラクスにとっても良い気分転換になっていた。
- それが2人の頑張る糧となり、以降遅れを取り戻すには充分な程審議は順調に進み、いよいよ正式に議題として本協議を行い、採決は可決される見通しとなったのだった。
- キラとラクスはその意味でも子供達に感謝しつつ、詰めの作業に奮闘していた。
- そしてもう少しで今の仕事に片が付くと、そうすれば一緒に居られる時間も増えると子供とも話をして喜んでいたところなのだ。
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- だが今のキラとラクスには仕事の終わりを楽しみにしているという様子はない。
- むしろそれを悲観しているような、そんな風にすら見えるのだ。
- とにかくどこか気まずい雰囲気に両親にどう声を掛けて良いかわからず、双子は食堂の入り口で立ち止まってしまう。
- そんな子供達の戸惑いには気が付いていないのか、キラとラクスは子供達の方にくるりと顔を向けると、笑顔でおはようと挨拶を返す。
- それはごく自然にいつもと変わらない笑顔だ。
- ヒカリとコウはそれに少しホッとしながら、だが消えない違和感に疑問を抱きながら何とか自分達の席に座る。
- 明らかにキラとラクスの間に漂っている空気はいつもと違う。
- それが決定的となったのは、話し掛けると自分達にはいつもと変わらない笑顔で返してくれるのだが、父と母の間で会話を交わすことも、目も合わせることがないという事実を知った時だ。
- いつもはお互いににこにこしながら話をしていて、それを嬉しく思っていたのに。
- 結局雰囲気に押しつぶされるように双子も会話は途切れてしまい、ついにキラとラクスは会話がないまま朝食を終えて席を立ち、やはりお互いは顔を合わせないまま子供達に笑いかけると仕事へと出かけていってしまった。
- 何故そんなことになってしまったのか。
- 両親を見送った後も玄関で佇んで考え込んでいた双子は、思い当たった答えに辿り着くととてもショックを受けた。
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- 「お父さまとお母さまがけんかしてる!?」
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STAGE-05 「仲直り作戦」
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- 部屋の掃除をしていたラナは、不意にスカートの裾に重みを感じてあれっという表情でそちらを振り返る。
- そこには不安そうな表情で裾を引っ張っている双子の姿があった。
- 掃除をしていた手を止めると、どうしましたかと笑いかけながら尋ねる。
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- 「どうしたら仲良しではなくなった人を仲良しにもどせますか」
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- 子供達の質問にラナは目をまん丸に見開いて思わず聞き返してしまった。
- 再度双子に同じ台詞を言われて聞き間違いでないことを確認すると、どうしてそんな質問をしてくるのか考えてしまった。
- が、今朝のキラとラクスの態度を思い出し、ああと納得した表情を浮かべた後、すぐに笑顔を浮かべて双子の思いを優しく否定する。
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- 「キラ様もラクス様も、とても仲良しでいらっしゃいますよ」
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- 多少事情を知っているラナは、あれは喧嘩じゃないと言う。
- それにあの2人が喧嘩をしたらあれくらいでは済まない事も、ほんの数度あった過去の出来事からよく分かっているから。
- だが双子にはラナの言葉が信じられない。
- 現にあの両親が全く目も合わそうとしなかったのに。
- 今度は双子がえっ、という表情でラナを見つめる。
- それを見たラナは膝を折って目線を子供達の高さに合わせて言葉を続ける。
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- 「もし喧嘩だとしても、ですよ。お二人にはまだお解りにならないかも知れませんが、人って仲良しだからこそ喧嘩をすることもあるんです」
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- ですから心配しなくても大丈夫ですよ、と笑ってまた掃除を再開する。
- ラナの答えに納得できない双子は、その後姿を不満顔で見つめながらしかし必死に考える。
- 他の同世代と触れ合ったことのない双子にとっては、喧嘩とはどんなものかを頭では理解していても、自ら経験したことがないので良く分からないところがある。
- 双子にとって仲良しであるということは喧嘩などせずいつも微笑み合っているものだと、今までの両親を見てそう信じていたから。
- 自分達の知識にある喧嘩とは、今まさに両親の状態だと思っていた。
- なのにあれは喧嘩ではないと言われて、双子の疑問はますます深まるばかりだった。
- 双子はそれから他の使用人にも聞いて回るが、答えはラナと同じものだった。
- まだ自分達が子供だというのは分かっているが、それでもあまりに幼い子供の扱いされている気がして、不満と苛立ちばかりが募る。
- そしてこれでは埒があかないと判断したヒカリとコウは、直接両親に仲直りをお願いすることにした。
- 一緒にいて柔らかく微笑み合う両親が、一番双子の好きな両親だから。
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*
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- 「お父さま、お母さま、お話があります」
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- 夕刻、帰宅したキラとラクスを玄関先で出迎えたヒカリとコウは、真剣な表情で見上げる。
- それから返事を待たずにたっと駆け寄ると、両親の手を取って一生懸命リビングへと引っ張っていく。
- その態度に少し驚いたキラとラクスだが、ぐいぐい自分達を引っ張る子供達に着替える間も無くされるがままついていく。
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- 「で、改まってどうしたの」
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- リビングに辿り着いた双子は意味深な、潤んだ瞳で両親を見上げる。
- そしてそのままきゅうっと引っ張ってきた小さな手に力が入ったのを感じると、キラがヒカリを、ラクスがコウをそれぞれ膝の上に抱いてリビングのソファーに腰を下ろして話を聞くことにする。
- 隣同士に、寄り添うように。
- 感の鋭い子供達は、両親の間の雰囲気がまた今朝と異なっていることに若干の戸惑いを感じつつも、必死になって訴える。
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- 「何があったかはよくわかりませんが、けんかを止めてください」
- 「僕たち、いっしょに笑ってる父さんと母さんがいちばん好きだから」
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- 双子の言葉にキラとラクスはしばらくの沈黙の後、とても驚いた表情を見せる。
- 彼らには子供達が何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。
- 思わず顔を見合わせて首を傾げ合うと、何か自分達がしでかしたか必死に思い出す。
- それからああ、と何かに思い当たったキラは、納得した表情で手をポンと合わせると、いつもの双子に向ける笑みを浮かべて優しく頭を撫でる。
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- 「心配をかけてゴメン。今朝のは喧嘩じゃないよ。ちょっと仕事のことで意見が食い違っただけだから」
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- キラの言葉にラクスもああ、という表情をした後柔らかく微笑んで、そうですわと同意する。
- 2人にとっては確かに多少気まずい雰囲気はあったが、別に喧嘩をした訳ではないから双子の言ったことがすぐに分からなかった。
- だが言われてそう見えたかも知れないと思うと、申し訳ない気持ちになり、双子に事情を聞かせてやる。
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- これまでラクス達は不妊治療の新しい技術の確立とその法案成立に奔走していた。
- そしてこのほど新しい技術が完成し、人に対して実際にその治療を行う法案を可決する状況になった。
- 後は最初に治療を行う被験者選定の倫理や方法についての検討を行っていたのだが、唐突に最初の被験者にラクスは自らがなると言い出した。
- 周囲の驚きも然ることながら、当然キラは反対する。
- 一定の成果を挙げたとは言え、まだまだ不安もある技術で自分の愛する人を実験台にすることなど認めることはできなかった。
- しかしラクスはピシャリと言い放つ。
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- 「では他の人なら実験台になっても良いと」
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- ラクスはキラの反対する気持ちもよく分かったが、ラクスからすればキラを信頼しているからこそ申し出たことであり、また議長としての責任感からまずは自らがその意志を示すべきとも考えた。
- 一方のキラは言われて答えることができなかった。
- それでもラクスの言わんとすることは分かってもすんなり納得できないキラは、その結論を出せずに今朝に至る。
- キラもラクスもお互いの気持ちも分かるから、どうすれば相手を説得できるか、それを必死に考えていただけなのだ。
- 結局納得できないまま今日の会議でラクスに論破されたキラだが。
- しかし決まったものは仕方ないと、キラは気持ちを切り替えようとしてラクスと今後の話をしながら帰ってきた。
- もちろん未だ新婚かと周囲に思わせるほどラブラブな雰囲気を復活させて。
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- 両親から事情を説明された双子だが、まだその表情に不安の色を浮かべている。
- 双子にとって喧嘩は仲の悪い人達がするものだと思っていた。
- そして喧嘩した人同士はずっと仲が悪いままだと。
- だから双子は必死になって両親を仲直りさせようとしていたのだ。
- 双子は両親の膝の上で確認するように尋ねる。
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- 「お父さまはお母さまのことが好きですか?」
- 「とっても大好きだよ」
- 「母さんも父さんのことが好き?」
- 「ええ、もちろんですわ」
- 「「本当に?」」
- 「「本当です!」」
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- 双子の問いに少し照れながらも、両親はしっかりと答えた。
- 双子はその答えにとても満足した。
- ようやく両親が喧嘩していないと分かるとホッとして、それから甘えるように擦り寄った。
- そんな子供達に両親は言う。
- 安心させるように、父として母として子供に教えるように。
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- 「でも喧嘩をして、絆が深まることもたくさんあるからね」
- 「お互いのことをもっと知るために、人は時に喧嘩をするのですわ」
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- ここでもラナと同じようなことを言われるが、双子にはやっぱりよく分からない。
- 同時に自分と同じ親を持つ片割れとこれまでしてきたやり取りをお互いに思い返しながら、ボンヤリとだけ分かりそうな気もした。
- だが両親がちゃんと仲良しのままで良かったと思うから、双子は深く考えるのを投げ出して、今ある温もりの中に身を預けた。
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- そんな子供達を優しく胸に抱きながら、キラはこの触れ合いで子供達とある時間の幸せさを改めて噛み締める。
- それがキラの心を動かした。
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- 「ラクス、明日から早速治療を始めよう」
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- 言われたラクスは一瞬驚いたが、にこにこと頷く。
- 決心した以上、キラの切り替えも早い。
- 次の日からキラはデータの書き換えや解析プログラムをあっと言う間に整えると、ラクスに対して最初の不妊治療が行われた。
- 2人とも新しい命と出会えることを夢見て。
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- その数ヵ月後、ラクスが再び妊娠したというニュースに、プラント全土は湧き上がることになる。
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