- 「ちっ、何だってんだ。ここの警備はどうなっているんだ」
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- クラスタ=トロールは愚痴りながら、同僚となるタクミ=イソムラの元へと駆け寄る。
- 突然起こった爆発音に続いて、今度はMSデッキの方でマシンガンを持った男達が攻め込んできたという情報が飛び込んできた。
- これは警備における失態であり、クラスタでなくとも軍の心得のある者ならば愚痴の一つも出て然るべき事態であろう。
- しかしすぐに気持ちを切り替える。
- クラスタはザフトからの、タクミはオーブからの出向者で、どちらも部隊長であるザイオンの補佐として、MS部隊を中心とした隊を指揮する役割を帯びた優秀な軍人だ。
- 驚きは一瞬で胸の内にしまいこみ、すぐに現状をどう解決するかということに意識が移る。
- 少なくともクラスタはそういうつもりだった。
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- ところがそれについてタクミに話しかけながら周囲を見渡した時、突然下腹部に熱い痛みが走った。
- クラスタは一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
- だが体は素直に反応し、痛みの出た場所を無意識に手で押さえる。
- そしてその手を見ると赤い血がベットリと付いていた。
- そこでようやく自分が銃で撃たれたことに気が付いたクラスタは力なく膝を突き、傍らのタクミを見上げる。
- どこからか分からない銃撃に気をつけるようにと。
-
- しかし見上げた先で目にしたものに、思わず目を見開き言葉を失う。
- タクミが自分の方に銃口を向けており、しかもそこから青い硝煙がゆっくりと立ち昇っていたからだ。
- そして当のタクミはと言うと、ただ無表情に崩れ落ちるクラスタを見下ろすばかりだ。
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- 何故自分が撃たれたのにそんな落ち着いていられるのか。
- クラスタは撃たれたことよりも、そんな疑問に思考が支配される。
- しかしそれも最後まで考えることが出来ずにその意識は永遠の闇の中へと途絶え、糸の切れた人形のように地面の上にドサッと倒れて、そのままピクリとも動かなくなった。
-
- その様子を遠目に見ていたジロー=サトウは驚愕の表情を浮かべ、2人の元に近づこうとしていた足を止める。
- そして充分な間を溜めてから声にならない声で絶叫する。
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- 「タクミーーーッ!自分が何をしたんか、分かっとんのか!!」
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- オーブ軍に在籍していた時から信頼する仲間だと思っていたのに、優秀な先輩だと思っていたのに、それを裏切られたという思いがジローの心を激しく掻き乱す。
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- だがタクミは応えず、ジローの視線から逃れるように自分のMS<ライジン>のコックピットの中へと姿を消した。
- 直後、ライジンは稼動音を唸らせて立ち上がる。
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- ジローは爆発しそうな感情を押し殺しながら、自らも与えられたMS<フウジン>のコックピットの中に飛び込み、起動スイッチを入れる。
- そしてメインモニタの中央に本来僚機であるはずのライジンを捉える。
- そのモニタの先でライジンはゆっくり腰のサムライソードを抜いたかと思うと、大地を蹴って一直線にフウジン目掛けて突っ込んでくる。
- 予想通りの相手の動きにジローは舌打ちして、回避行動を取る。
- しかしまさかこのMSの初陣が同じ新型の、同僚機との戦闘になるとは、予想だにしていない出来事だった。
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PHASE-02 「新たな悲劇」
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- ミライはフリーズのコックピットの中で必死にキーボードを叩いていた。
- 何せ生まれて初めてMSの操縦をしているのだ。
- どうすればどう動くのかを知らなければ、このままではただの的でしかない。
- 勢いにまかせてとは言え、乗ってこれを動かした以上は自分が何とかしなければならないのだ。
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- そこにけたたましく電子音が鳴り響き、ミライは思わず肩をビクッと揺らす。
- それが通信が入ったことを知らせるものだと分かると、ほっと息を吐いて通信をONにする。
- しかしそこから聞こえてきた言葉に戦慄が走り、また冷たいものが背中をつうっと流れる。
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- 「聞こえるかヨウナ?ドラウは失敗、タクミは奪還予定のMSと交戦中だ。そちらを援護して機体を奪って離脱するぞ」
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- どうやら相手は自分を味方だと思っているようだ。
- 話を整理すると、相手は新型4機のMS全てを奪還するつもりだったようだ。
- だが1機、いや正確には自分の乗っているこの機体を含めて2機が奪取に失敗したことになる。
- それを考えると胸のすくような思いがする。
- しかし問い掛けに対してどう返事したら良いか、妙案が浮かぶわけではない。
- ミライは答えあぐねて押し黙ってしまった。
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- 一方のヒューも通信を送ったものの、すぐに返事が返ってこないことを訝しく思った。
- そのことにもう一度通信を送ろうとした時、何と周辺の地面を映すモニタにヨウナの姿が捉えられた。
- 焦った表情で辺りをキョロキョロしながら建物の影に飛び込む。
- これで状況がハッキリした。
- フリーズが起動されたことでヨウナが奪還したものだと思っていたが、違っていたらしいことを悟ると舌打ちしてフリーズの方へ機体を向き直す。
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- 「タクミ、ヨウナも失敗だ。フリーズにも敵のパイロットが乗っている」
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- 通信機越しに報告すると、ヒューはフェイズシフトのスイッチをONにする。
- するとフレアの機体は鮮やかな真紅に染まっていく。
- そしてすかさずビームサーベルを抜きさると、フットペダルを踏み込んでフリーズ目掛けて飛び掛る。
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- それを見たミライもフェイズシフトのスイッチをONにして、機体が白を基調とした青と赤のトリコロールに染まる。
- それから武器を取り出すボタンを探し当てるとそれを押し、フリーズはビームサーベルを抜いて攻撃を受け止める。
- だがフレアはそれを見越していたかのように、受け止められた刃でそのまま強引に機体を押す。
- そして充分腕が引きつけられたところで、腕を思い切り伸ばして相手を大きく跳ね飛ばす。
- フリーズはその勢いに押されて後ろにフラフラと歩いたかと思うと、尻餅をつくように腰から地面に倒れ込む。
- 何とか起き上がろうとするのだが、うまく起き上がることが出来ずどこか動きがぎこちない。
- まだパイロットが何をどうすればどう動くのか、全て手探りの中での操縦では致し方ない。
- しかしこのままでは、いずれ捕らえられるかやられてしまう。
- ミライは自分がどうするべきか色々な選択肢が頭の中を過ぎる中、死の恐怖よりも、奇襲攻撃をしかけた相手に対する怒りが次の行動を決定した。
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- 「でしたら、動かし易いように書き換えれば!」
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- ミライは呟きながら再び迫るフレアに頭部のバルカン砲を浴びせて僅かに怯ませると、その間に何とか機体を立ち上がらせる。
- それからフレアが体勢を崩しながら振り下ろしたビームサーベルを受け止めると、今度はうまく受け流して相手の体勢を崩す。
- 続けてその横っ腹に蹴りを入れると、OSを書き換える時間を稼ぐために機体を大きくジャンプさせる。
- そしてその僅かの時間にまたキーボードの上で素早く指を動かすと、自分が動かせるようにプログラムを次々と書き換えていく。
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- ヒューは短く呻き声を漏らしてから、フレアを蹴りの衝撃から立ち直らせてビームライフルを構えると、宙にあるフリーズ目掛けてトリガーを引く。
- 迫るビームに気がついたミライは操縦桿を引いて左腕を前に掲げると、ビームシールドを展開して攻撃を防ぐ。
-
- 「できましたわ、これで!」
-
- その衝撃がコックピットを揺らす間も指はキーボードを叩き続け、全ての書き換えが完了した。
- そして最後にEnterキーを力強く叩くと、ミライは小さく歓声の声を上げる。
- ハロがそれを祝うように騒ぎ出したのに少しだけ笑みを零すと、キーボードを押し退けて操縦桿をしっかりと握る。
-
- 「何とかあれを取り返しませんと」
-
- ミライは表情を引き締めると、じっと目の前のフレアを見据える。
- 機体を動かせるようにプログラムを書き換えたことで、戦ってフレアを奪還する気になっていた。
-
- 「これ以上ここで遊んでいるわけにはいかない。捕獲できないなら破壊するまでだ」
-
- 一方のヒューも作戦が失敗したと分かると、すぐに次のことに頭が切り替わる。
- ちらりと時間を気にすると、動きの鈍いフリーズ、調整不足か緊急で経験の浅いパイロットが乗っているのだと予想をつけた。
- それならば相手としてそれほど恐れることは無い、と侮った。
- 確実に一撃で仕留めようと、ゆっくりライフルの照準をフリーズに合わせようとする。
-
- しかし次の瞬間、フリーズが大地を蹴ったかと思うと予想以上のスピードで迫る。
- 先ほどとは比較にならない俊敏な動きだ。
- 一瞬呆気に取られたヒューは、ライフルを撃つこともままならないままショルダータックルをまともに喰らう。
-
- 「くっ、何だ、急に動きが!?」
-
- ヒューが呻き声に混じって疑問を口にしている間も、フリーズは軽やかに宙に飛んで再びフレア目掛けて飛び掛ってくる。
- それを思い切り足を振り上げて弾き飛ばすと、フリーズはまた地面に倒れこんだ。
- その衝撃にミライは悲鳴を上げるが、今度はすぐに起き上がって体勢を立て直しビームライフルを手に取って狙いを定める。
- ヒューはその射撃をビームシールドで防ぎながら相手を侮った自分を叱責する。
- まさか最初はうまく動かないフリをしてこちらを叩く作戦とは恐れ入る、とフリーズの突然の動きの変化を相手の作戦だと思い込んだ。
- 相手が戦闘中にプログラムを書き換えたなど、夢にも思っていなかったのだ。
-
*
-
- フリーズとフレアが激しい戦闘を始めた頃、フウジンとライジンもまた互いに罵りあいながら、戦闘状態へと突入していた。
- しかし形勢は一方的にライジンが攻撃し、フウジンが何とかそれをかわしているという状況だ。
- まだジローの中には、僚機に対して攻撃するということに躊躇いがあるためだ。
- だがタクミの方は全く躊躇いを見せずに、どんどんフウジンを追い込んでいく。
-
- 「ラクス=ヤマトの綺麗事には付き合いきれん、と言うことだ」
-
- その間も通信越しに響くジローの声に僅かに苛立ちを覚えたタクミは、彼を黙らせようと質問にようやく答える。
- しかしその間も大型サムライソード“ムツノカミ”を上から下に、かと思うと返す刀で下から上にと自在に振り回す。
- その攻撃を必死にかわしながら、ジローもフウジンのコックピットの中で怒鳴り返す。
-
- 「そしたら今までのお前の言動は全て嘘やった、ちゅうことか!?」
-
- ショッキングな言葉にジローは頭の中が混乱していた。
- ESPEMに配属される前は、あれほど戦争の無い平和な世界のために力を尽くせることを誇りだと言っていたくせに。
- 本当はこんな戦争、戦闘をすることを望んでいたなど到底許せる話ではない。
-
- しかしタクミは冷ややかに言葉を被せる。
-
- 「嘘ではないな。ただラクス=ヤマトの理想論では世界から戦争は無くなりはしない。そうゆうことだ」
-
- ラクスが常々唱えているのは、戦争が無い世界を自らの手で作ることだ。
- それは産まれながらに己の未来を知ることでも、夢を見ることを諦めることでもない。
- 自らの意志で武器を置き、互いに手を取り合う世界の実現をESPEMは至上の責務としている。
- しかしその道のりは平坦ではない。
- 現に世界の各地で紛争は起こり続け、ESPEMも自衛、そして抑止力として存在するために軍を持っている。
- そのことに矛盾を感じないわけでもない。
- それでもジローはラクスの唱える世界に強く憧れと希望を持ち、そのために戦うことができる自分を誇りに思った。
- それをタクミは綺麗事だと切り捨てた。
- そのことに戸惑いが徐々に怒りへと変わっていく。
- そして自分が軍に入ったのは、こんな時のために戦うことであったことも思い出す。
- 例え相手が自分の知り合いであっても、戦争を冗長するような行為は見逃してはおけない。
-
- ジローもいよいよ腹を括り、腰にマウントされたアーマードシュナイダーを両手に取り、それをクロスさせて攻撃を受け止める。
- 呻き声を漏らしてしばらく堪えたが、渾身の力でライジンを弾き飛ばすと胴体に蹴りを入れて自らは後方へ飛んで体勢を立て直す。
- ライジンは踏ん張って体勢を崩さずすぐに構え直す。
- そして反撃に転じようとしたが、送られてきた通信にタクミは渋い表情で舌打ちして攻撃を一時中止する。
-
- 「ちっ、ドラウとヨウナが失敗とはな」
-
- 危険な任務であることは承知していたが、一応強奪チームの能力は評価していただけに、成功の確率を高く見積もっていた。
- それだけによもや2人も失敗するとは想定外だ。
- これは相手の危機管理への対応の良さを見誤って報告した、自分のミスでもある。
- 道理でフウジンと戦闘するハメになるわけだと、自分に対して毒ずく。
-
- だが作戦が失敗した以上、早くここから離脱する必要がある。
- 奪還できないのであれば破壊して敵の戦力を削ぐしかない。
- 余計な仕事を増やしやがって、と毒づくと“ムツノカミ”を腰にしまい、今度は背中の斬艦刀“ザンテツケン”を構える。
- タクミはいよいよ本気でフウジンの撃破を考え始めたのだ。
-
- ジローもその雰囲気を感じ取ると冷たい汗をかきながらビームサーベルを手にし、2機は互いの隙を伺って動きを止めた。
-
*
-
- 爆発が起きた時、キラ達は壇上に居た。
- だいたいの準備が整ったためキラがラクスにそれを知らせようとした時だった。
- 突然耳を突き刺すような爆音が響いたかと思うと、生暖かい灰色の埃をはらんだ風が吹き付ける。
- キラはそんな風から守るようにラクスの上に覆いかぶさるように地面に伏せ、彼女の安否を気遣う。
-
- 「ラクス、大丈夫!?」
- 「はい、キラの方こそ・・・」
-
- 爆風が収まったところでラクスが何とか返事をした時、また遠くで爆発音が鳴り響き、その大きな音が言葉を遮る。
- 尋常ではない状況に、キラは周囲に鋭く気を配り敵の襲撃に備えた。
- ラクスは世界中のたくさんの人から支持を集めている。
- だがそれと比例するように、ラクスの意志に賛同できない一部の人間達の行動が過激化する傾向があった。
- 今の騒動はそんな輩がラクスを狙ってのことかと疑ったのだ。
- しかしとりあえず付近にそんな気配は無い。
- どうやら相手の狙いは新型MSであると分かると、とにかくラクスが無事であることにキラは小さく安堵の溜息を零す。
- だが状況が予断を許さないものであることには変わりない。
- キラはすぐに気持ちを切り替えてラクスの肩を抱えて強引に立たせると、横にいるシンに目配せで合図をして事務所脇のシェルターへと駆け込む。
- キラにとってだけではなく、ラクスを守ることはESPEMにとってもとても重大なことだ。
- 周囲の事務員達もシェルターに入ったことを確認すると、シャッターを閉じ一息つく。
- だが一体何が起こっているのか、ここに居るだけでは検討もつかない。
- 状況を確認しようと備え付けの通信機に手を触れた瞬間、それが待ってましたとばかりに音を立てた。
- 新造戦艦<ケルビム>で待機している艦長、レイチェル=コールからのものだ。
- 慌ててONにすると、通信機の向こうから彼女の声が響く。
-
- 「所属不明の部隊が外に展開しています。おそらく新型MSの強奪工作員を送り込んだものだと思われます」
-
- 予想以上に緊迫した状況に、キラ達は目を見開く。
- 既にこの上空では激しい戦闘が行われているというのだ。
-
- 「この事態に伴いケルビムは緊急発進すべき、と私は考えます」
-
- 通信を聞き、キラは険しい表情で考え込んでからラクスの方を振り返る。
- その行動が意味するところを知ったラクスは一度悲しげに目を伏せてからキラに目配せして頷くと、毅然とした表情で告げる。
-
- 「仕方ありません。任命式は済んではいませんが、ケルビムは防衛のために発進を許可します」
-
- その言葉に了解と返事が届くと通信は切れた。
- 途端に遠くにいる人の息遣いが聞こえるほど、しーんと静まり返った重苦しい空気に包まれる。
- そんな中でしばらく目をきつく瞑り考え込んだキラだが、顔を上げるとシンの方を振り返る。
-
- 「シン、君は必ずオーブに送り届ける。だからカガリに、代表にこのことを伝えて欲しい」
-
- このままでは事態は最悪の方向へと進んでしまう。
- また愚かとも言える、世界を巻き込んだ戦争への。
- それを阻止するためにも、オーブの力と決断は不可欠と判断したのだ。
-
- 「分かりました、キラさんは?」
-
- 要請を受けてシンは力強く頷くと、キラ自身はどうするのか、ということを尋ねる。
- シンの問いに一瞬表情を曇らせたキラだが、すぐに真面目な表情を浮かべて返す。
-
- 「とにかく今はここで現状を把握する。後のことはそれからだね」
-
- キラは曖昧な答えで濁したが、至極当然の答えでもあったので、シンはあまり疑問に思うことはなかった。
- しかしラクスにはキラの決意が、痛いほど分かっていた。
-
*
-
- 通信を切ると、レイチェルはふうっと溜息を一つ吐く。
- まさか進水式にこのような事態なるとは思ってもみなかった。
- しかしともかくこれで艦を動かせる許可は下りた。
- 後はぶっつけ本番ながら、この新造戦艦ケルビムで戦場へと出るだけだ。
- そう腹を括ったところで部隊長であるザイオンがブリッジに飛び込んでくる。
-
- 「状況は?」
-
- 新型MSが4機共起動したのを見て、同じ場所に留まっていても手の打ちようがないと判断したザイオンは、部隊を指揮するためにも旗艦であるこの艦に急いで乗り込んだ。
-
- ザイオンの問い掛けを受けてレイチェルは渋い表情で現状を報告する。
-
- 「現在フリーズとフレア、ライジンとフウジンがそれぞれ交戦中です。また港の外に所属不明艦の機影を確認、とのことです。既に事務総長より発信の許可は下りています」
-
- 管制のエミリオン=デミアが付け加える。
-
- 「船外で作業していた負傷者の収容が間もなく完了します」
-
- ケルビムのクルーは、任命式の準備のため船外で作業していた者も多い。
- そのため爆発に巻き込まれて負傷した者も出ていた。
- 本来なら事務所に送還するところなのだが、事態が事態なので、最新の医療設備も兼ね備えている艦に収容したのだ。
-
- それを聞きながらザイオンは、次に起こすべき行動を既に頭の中に思い描いていた。
- このまま新型MSを奪われるわけにもいかないし、港の外でも戦闘が行われているのであれば、それを黙って見過ごすことはできない。
- 決断したザイオンに、迷いは微塵も無かった。
-
- 「負傷したクルーを収容次第、ケルビムは発進する」
-
- その命令を聞きエミリオンは緊張に顔を強張らせた。
- 元々事務員としてESPEMに所属していた彼女にとっては初めての戦闘だ。
- 待ち望んでいた瞬間であり、反面こんな状況にならないことを祈っていた彼女だけに、その心境は複雑だった。
- だが現実にこれから激しい戦闘の真っ只中に飛び込んでいくのは間違いない。
- ザイオンの命令にピクリと肩を揺らして、誰にも気付かれないように小さく拳を握り締める。
-
- 「俺も自分のMSで出る。発進後の艦の指揮、任せる」
-
- 言いながらザイオンはブリッジを慌しく飛び出していく。
- レイチェルはその背に了解と応えながら、館内放送用のマイクを手に取る。
-
- 「全クルーに告げる。本艦はこれよりESPEM本部防衛のため出撃する。これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない」
-
- 言いながら、ようやく自分にも戦場へ出るのだという実感がふつふつと湧いてくる。
- レイチェルにとってもこれほど本格的な戦闘に出るのは初めてだ。
- 否応なしに緊張してくる。
- しかし艦長という立場上、弱気な態度を他のクルーに見せるわけにはいかない。
- そう自分を叱咤激励すると、恐怖を振り払うように凛と声を張った。
-
- 「ケルビム、発進!」
-
- レイチェルの掛け声に操舵手であるアール=テオ=マハルが復唱して、それに呼応するようにケルビムのメインエンジンに火が灯る。
- その真新しい灯りが命の迸りのように、白亜の艦はその巨体をゆっくりと宙に持ち上げた。
-
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