- 地平線から眩しい太陽が昇っていく。
- それにつれて、光に浸食されるように大地が明るさを帯びていくのは荘厳な自然の光景だが、今のミライにはそれに感動する余裕もない。
- ケルビムに帰艦するなり、彼女はコックピットを飛び出すと部屋に閉じこもってしまった。
- エデュー達は彼女の状態を心配するが、呼び掛けにも一向に応えない様子に顔を見合わせて溜息を吐くことしか出来ない。
- 父親のことのショックが抜けていないのは明白で、精神状態が正常でないのは先の戦闘を見ていても分かる。
- ところどころ大人びていて聡明で優秀な彼女であっても、まだ年端も行かない少女なのだ。
- こちらがそれなりに気を使ってフォローしてやらなければならない。
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- かと言って、ミライの心配ばかりをしている訳にもいかない。
- とりあえず彼女の活躍で襲ってきた相手を退けたケルビムだが、まだまだ安心することはできなかった。
- 取り巻く環境は何一つ変わっていないのだ。
- それに襲ってきたのが何者だったのかも、結局分かっていない。
- 相手が何者かも分からない状況では、どこをどう警戒していいのかもよく分からない。
- とにかく周囲の索敵を厳に行いながら、大陸を南へと進むしかない。
- ブリッジの中は張り詰めた空気が支配し、誰もが緊張に押し黙っていた。
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- しかし昼間の強い日ざしがじりじりと照りつけるが、航行自体は穏やかなものだった。
- 黄金の絨毯でも敷き詰めたような、砂ばかりが見える広大な砂漠を、ケルビムは低空飛行でゆっくりと進む。
- その巨大な白亜の艦は砂漠に影を映し出し、それが砂地で暮らす動物達を驚かせるくらいで、敵襲を受けることも無く順調に大陸を南進していた。
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- 騒がしい夜から丸一日が過ぎて再び夜の静寂が訪れる頃、地元の町らしきものが見えてきた。
- 地球に降下してから始めて目にする町だ。
- これにはブリッジにも、どこか安堵した空気がようやく漂う。
- 風景がいつまでも変わり映えしないというのは、精神的な疲労感を増幅していく。
- その中で張り詰めた緊張感を維持することはとても体力のいることで、クルー達の気の緩みも無理からぬことだ。
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- それに地球に降下してから補給を受けていないので、揃えられる補給物資を揃えておく必要がある。
- また次いつ町の上空を通過するかは分からない。
- それにミライの様子がおかしい事は、彼らにとっても懸念する事項だ。
- 彼女が抱えたのは心の傷だ。
- ならば癒えるまで時間が必要なのかもしれない。
- しかし状況はその時間を与える間をくれない。
- これから先も、敵と遭遇するたびに彼女に頼らなくてはならない場面もあるだろう。
- だからここで気分転換ができればとも思った。
- 買い物にでも連れて行けば少しは気が紛れるかも知れないと、ザイオンはここで現地調達を行うことを決定した。
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- とは言っても、今は真夜中で店などが開いてはいない。
- 調達そのものは明日ということになり、ケルビムを用心のために町からかなり離れたところに着陸させる。
- そして翌朝からの物資調達のために、クルー達も一先ず休息を取る事になった。
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PHASE-22 「砂塵の邂逅」
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- ミライは1人、真っ暗な部屋の中ベッドの上で膝を抱えて額を膝にくっつけて俯いていた。
- 彼女の頭の中には、昼間の戦闘のことが延々と思い返されている。
- 戦いの最中に何か音が聞こえた瞬間から、視界はクリアに見えるようになったし、外の気配もまるで手に取るように分かるような、五感全てが研ぎ澄まされて開けたような、体中の細胞全てが一体となったような不思議な感覚だった。
- その正体が何なのか気にはなる。
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- だがそれよりも、自分が身動きの取れない相手に対して止めを刺そうとしたことに嫌悪感にも近いものを感じていた。
- まさか自分の中にあんな衝動が生まれるとは思ってもいなかった。
- 父を殺されたことを恨んでいる自分が居ることは理解しているのだが、あんなにも残酷で冷徹な一面を持っていたことは正直受け入れ切れない。
- 自分が自分で無くなったかのような感覚に身震いが起きる。
- あれほど戦うことを毛嫌いしていたはずなのに、今はそれにも慣れてしまって、むしろもっと戦えと囁く声が聞こえるような錯覚さえ感じられる。
- ミライは耳を塞いで目をギュッと瞑り、闇の中から聞こえる雑音を遮ろうとする。
- しかしいくら耳を塞いでも声はハッキリと頭の中に響いてくるような気がして、体中から嫌な汗が流れ落ちる。
- それが体にネットリと纏わり付いているようで、不快感がミライを飲み込んでいく。
- じっとしていると、そのことばかりが頭の中を巡って、疲れているにも関わらず、結局彼女は一睡もできていない。
- うつらうつらすると、恐ろしい表情で相手に襲い掛かる自分の姿が脳裏に浮かぶのだ。
- その手を見ると、真っ赤な血に染まっている。
- そのビジョンが息苦しさを増し、瞑っていた目をパチッと開け、ゼエゼエと肩で息をするのだ。
- あまりの苦しさにミライは外の空気を吸おうとふと思い立ち、のっそりとベッドから起き出しフラフラと部屋を後にする。
- しかしその姿は夢遊病者か泥酔者のように、足取りが危うかった。
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- エデューは予定通りに仮眠を取って、持ち場に戻ろうとしていた。
- MSドックに向かって廊下を歩いていると、カツカツと自分以外の靴音が聞こえてきた。
- 夜も遅い時間であるので他に歩いているクルーはいる筈無く、自然と顔はそちらの方を向く。
- するとミライがフラフラと左右に揺れながら、こちらに向かって歩いてくる姿が確認できる。
- しかし俯き加減の顔は正面に人がいることも捉えていないようだった。
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- 「お、おい、大丈夫かよ」
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- ぶつかりそうになるまで近づいてきたミライに、エデューは堪らず声を掛けた。
- ミライは声を掛けられて、本当に初めてエデューに気が付いた。
- あっと顔を上げて、ぶつかりそうになっていた状況に気が付いて、申し訳ありませんと謝罪を呟く。
- そこでようやく表情が見えたが、その覇気が無い表情はどう見ても憔悴しきっている。
- だが他に掛けるべき言葉が見つからなかった。
- エデューはもっと言い様は無いのかよ、と自分自身に舌打ちする。
- 長いような短い沈黙の後、ミライは傷ついたような笑顔をエデューに向けて大丈夫ですと答える。
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- 「少し外の風に当たってきます」
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- それだけ言うと、戸惑い佇むエデューの脇を擦り抜けて艦の出口へと歩を進める。
- 相変わらず暗い影を背負ったような小さく見える後姿。
- 言葉とは裏腹に全く大丈夫そうに見えないその背中に、エデューは言うべき言葉を見出せず、ただ見送ることしかできない自分を歯痒く思い、じばしその場に立ち尽くしていた。
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- ミライは力なく足を伸ばして砂地へと降り立った。
- そこは今まで見たことも無い世界だった。
- 月明かり以外の光は一切無く、一面見渡す限り濃いグレーに染まった砂の海が広がっている。
- もう一歩踏み出せば、完全に闇の中に飲み込まれてしまいそうだ。
- しかしその闇が今は逆に心地良い。
- このまま闇に同化できれば少しは楽になれるかも知れないと、誘われるように歩を進めた。
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- 結局ミライは1時間以上は歩き続け、ケルビムが大分小さく見えるところまで来た。
- 時折砂を巻き上げて吹く夜風に顔をしかめながら、目の前にそびえる砂でできた小山を登る。
- 途中足を取られて転びそうになりながらも無心で頂上を目指した。
- 小山の頂上まで来ると、少し息を切らせながらゆっくりと月を見上げる。
- そこにはほとんど丸い十六夜の月が見えていた。
- 煌々と白銀に輝いて見えるその月を見て、ミライは綺麗ですわと零すと、少しだけ気分が落ち着いた。
-
- 地球に降りてからこうして空を見上げるのは初めてだ。
- 昼間の青い空と違って、夜の黒い空は宇宙が近くなったようなそんな重苦しささえ感じられる。
- 地球から見上げる夜空はこんなに苦しいものだったかと記憶を辿ると、昔オーブに行った時、父と母と姉と兄と、並んで綺麗な星空を見上げたことが思い出される。
- まだ10歳になるかならないくらいの時だったが、その時は満天の星空に心を奪われ、はしゃいでいたなと懐かしそうに、だが寂しそうな笑顔を浮かべる。
- けれどもその時自分を抱きかかえてくれていた父の手に、触れることはもうできないのだ。
- そのことを思うと胸が鋭いナイフで抉られたような痛みが走り、うっと思わず胸を手で押さえる。
- 時折吹き抜ける夜風は心地よく感じられるが、結局思い返されるのは父との楽しい思い出ばかりで、胸は一層苦しさを増す。
- 自分は何と現実を知らなかったのだろうと改めて思い知る。
- 戦争で人が死ぬと言うことは誰かがそれを悲しむものだと想像はしていたが、こんなにも辛い気持ちは体験したことが無い。
- 父の言っていたことがこうゆうことだったのかと言うことが、おぼろげながら分かってきた気がする。
-
- だがそれは分かったとてもう遅い。
- 苦しみは後から後から溢れてきて、ミライの視界は次第に涙に歪んできた。
- それを手の甲でゴシゴシと擦って泣くのを耐えると、ミライは歌を口ずさむ。
- 溢れる思いを堪える為に、父が一番好きだと言ってくれた歌を。
- その歌声は父への思いで溢れる鎮魂歌で、まるですすり泣いているように砂漠の夜空に響き渡っていた。
-
-
- この世界に生れ落ちた時から
- 私を支えてくれたのは
- 大切で 大切な人達
-
- 強い風に吹かれて 躓きそうになった時も
- 佇む私の背中押して
- 次の一歩を踏み出せる
- ほらもう 怖くない
-
- いつも優しく抱きしめくれるその手は
- 私の中の記憶を呼び覚ます
- こんなにも愛されていることを
-
-
- この世界の色を覚えた時から
- 私に教えてくれたのは
- 大切で 大好きな人達
-
- 激しい雨に打たれて ずぶ濡れになった時も
- 凍える体を温めるように
- 零れる雫を拭ってくれる
- ほらもう 震えない
-
- いつも温かく包んでくれたその手は
- 私の中の温もりを呼び起こす
- こんなにも満たされていることを
-
-
- 私が好きなのは
- 私の手をすっぽりと覆ってしまう
- 貴方の大きな手
-
- いつも私を受け止めてくれるその手は
- 私の中の微笑みを呼び起こす
- こんなにも幸せな今があると
-
-
- 噛み締めるように歌い終えると、突然背後でパチパチと拍手する音が聞こえた。
- ミライは弾かれたように振り返る。
- そこには見知らぬ男が柔和な笑みを湛えて立っていた。
- 歌うことに集中していて人が近づいたことに気付かなかったことを少し恥ずかしく思ったが、それ以上にこの見知らぬ男に対して必要以上に強い警戒心を抱いた。
- 訝しげに目を細めると1歩後ずさる。
-
- 「ご、ゴメン驚かせて。でもあんまりにも綺麗な歌声だったんで、つい聞き入ってしまって」
-
- 男はミライが驚きと警戒心丸出しで見つめてきたことにしろどもろどになりながら、手を体の前に突き出してブンブンと振る。
- 他意は無く、本当にただ歌に聞き入ってしまっただけだということを強調して。
- それでも身構えられたままの姿に、もっとうまく説明できなかったのかと内心自嘲して、参ったなあと頭をポリポリ掻いた。
- その仕草はどこかあどけなささえあった。
-
- その男とはヒューだ。
- ヒューは昨夜、あっさりと敗北して帰って来たグロッグ達に驚愕した。
- 手強い相手であることは自分も相対して知っているのだが、それにしてもたった数分でガルゥ5機を失うなど、彼らの実力を知るヒューにとってありえないことだ。
- 逆に言えば、それだけ相手の力が高いということを示している。
- 初めて相対した時はMSを動かすのもやっとという感じだったのに、この短期間で恐ろしいほどレベルアップしたのを実感し、さらに上のレベルへと上がったらしい。
- 初めからしぶとい相手だとは覚悟していたが、自分の予想を遥かに超えたスピードで成長している。
- そのため自分もグロッグの力になれることは何か無いかと思案し、先ずはケルビムの動向を探るため予想される進路上にある町へと使いに出てきていた。
- そしてその途中で砂漠の中に立つ人影が見えたのだ。
- 不審に思ってその影の方へゆっくりと近づいたヒューだったが、その光景を見て思わず息を飲んだ。
- そこには1人の少女がいて、心に響く、そんな透明な旋律で歌を歌っていた。
- 月明かりに照らされるその少女は天女かと思うほど綺麗で、思わず見惚れてしまった。
- そして今もまだ、胸が破裂しそうなほどドキドキと脈打っている。
- 愁いを帯びた表情が頭上から照らす月に陰影を落として、神々しくさえ見える。
- いまだに落ち着かない心臓を必死に宥めながら、ヒューは神妙な面持ちでそう感想を告げる。
-
- 「でも、悲しそうな歌だった」
-
- 綺麗な旋律、歌声だと思ったのは確かだが、何故かとても胸が締め付けられるようなそんな感覚に襲われた。
- それを素直に言わなければいけない。
- そんな気がするほど。
-
- ミライは苦笑を浮かべると、視線を月の方へとまた移す。
- ヒューに言われて、確かにそうかも知れないと1人納得する。
- 歌は歌い手の想いを乗せて奏でられると、母に教わっていた。
- だからミライは常日頃、自分の想いを込めて歌うように心掛けていた。
- 歌を聴いてくれる人達への感謝、慈しみ、そして幸福の願い。
- それらが届きますようにと。
- それが彼女の人気の秘密でもあるのだ。
-
- 強く意識した訳ではないが、父のことを考えながら歌っていたのでそう言った感情が無意識の内に入ったのだろう。
- 歌は素直にそれを表現したのだ。
-
- 「はい、父が、死にました」
-
- 自嘲気味に、ポツリと答える。
- そこで改めて父が死んだのだということを自覚する。
- これまでは心のどこかでそれを否定していた。
- 現実を受け入れきれず。
- だが人に説明するためにそれを口にした時、あれは現実のことなのだと強く実感した。
- たちまち傷ついたような色が彼女の表情に浮かぶ。
-
- それを見てヒューは内心しまったと自戒する。
- その容姿や服装からも、おそらくここの町の人間ではないだろう。
- そんな少女が何故こんなところにいるのかよく分からないが、おそらく今も続く紛争に巻き込まれて、そこで父が死んだのだと勝手に解釈した。
- ここには紛争から逃れて来たのだろう。
- そんな悲しみを掘り起こすようなことを言ってしまった、自分の発言を悔やんだ。
- 少し気まずい沈黙が2人の間に流れる。
-
- 「でも、いつまでも悲しんでいても、お父さんは喜ばないと思う」
-
- とても長いような、しかし実際には短い時間であった沈黙に耐え切れなくなったヒューは、ポツリと呟いた。
- 確かに少女のことは気の毒に思う。
- しかしこれまでにもそんな人間はたくさん見てきた。
- 自分だって戦争で大切な仲間を何人も失っている。
- 厳しいようだが、それを嘆き悲しんでも死んだ者は帰って来はしない。
- ならば生き残った自分達にできることは何か。
- 前を向いて必死に生き抜くことだけだ。
- ヒューはそう信じている。
- それが彼をここまで生き延びさせた要因の一つだ。
-
- 「そうですわね」
-
- ミライはヒューの方に視線を向けずにそれだけ返す。
- 心のどこかでは分かっていた。
- きっと父なら苦笑して、僕のことで悲しむんじゃないよと叱りそうだ。
- だが自分のせいで死んだ父に、そんな無責任な発想はしてはいけないと自分を責めていた。
- 父のことをまた思い返しながら、それを他人に言って欲しかったのかも知れないと、頭の片隅で考えた。
- その表情には先ほどよりもずっと儚い切なさが浮かんでいた。
-
- じっとミライを見つめていたヒューは、その愁いを帯びた横顔が驚くほど大人びて見えて、またドキリと心臓を跳ね上げる。
- まるで幼い少年が初恋をした時の様にドギマギして次の言葉が見つからない。
-
- 「もう行かないと。夜は冷えるから気をつけて」
-
- なんとかそれだけの言葉を搾り出すと、ヒューはくるりと踵を返し数歩小山を降りた
- だがそこで相手の名をまだ聞いていなかったことを思い出す。
- ピタッと足を止め、半身で顔をミライの方へと向ける。
- それから少しだけ思案した後、勇気を出して名前を尋ねた。
- 少し距離が離れてしまったので、先ほどよりも大き目の声で。
-
- 「俺の名はヒューリック=ネイサー、皆からはヒューって呼ばれてる。君の名は?」
-
- ミライも自分の名前を聞かれて、ようやくマジマジとヒューの顔を見た。
- これまでは何所に行っても彼女のことを知らない者はいなかった。
- 名前を聞かれることは彼女にとって新鮮だった。
- 月明かりが彼の整った顔立ちを一層美しく照らしている。
- こんなに自分と話をする人の顔を、綺麗だと思ったことは無い。
- それを自覚した瞬間、ミライは思わずドキッと頬を染めて胸に手を当てる。
- その動揺を抑えつつ小さく深呼吸をすると自分も名乗ろうとしたが、ファミリーネームは何故か知られたくないと咄嗟に思い、ファーストネームだけを答える。
-
- 「ミライ、と申します。ヒューさん、ありがとうございます」
-
- ニコリと少し首を傾げて、ヒューに感謝を述べた。
- その時は自分でも驚くほど、本当に自然に笑えた。
-
- ケルビムの人達のことは嫌いではないし皆良い人だ。
- しかしやはり彼らにとって自分は英雄キラ、そして彼らの上司たる事務総長ラクスの娘であり、どうしても一線を引いて接してくる。
- そうでないのはエデューくらいなものだ。
- だがエデューはあまり気の利いた言葉は掛けない。
- だから自分の辛い気持ちを吐露できて、また普通の励ましを受けたことは、今のミライにとっては何より気持ちが楽になった。
- その感謝と喜びが表情に表れたのだ。
-
- まだ悲しみの色は映っていたが、さきほどよりもずっと儚さは消えうせていた。
- その愛らしい笑顔がまたヒューの鼓動を跳ね上げる。
- これ以上は本当に心臓がもちそうに無い。
- 照れ隠しのようにじゃあとミライに背を向けると、急いで駆け下りる。
- そしてジープに飛び乗りながら、自分自身に湧いた感情にヒューは戸惑いながらも、ニヤニヤと笑みが零れた。
- まさか彼はミライがケルビムの、しかもフリーズのパイロットなどとは夢にも思わず、もう会うことはないだろうと思いながら、また会えたら良いなと思っている自分に苦笑せずにはいられなかった。
-
- 1人残ったミライの元に、擦れ違うようにエデューがバギーでやって来る。
- ヒューが去って行ったのとは正反対の方角から。
- だからエデューには、そこにヒューがいたことに気が付かなかった。
-
- 「おい、心配したぜ。隊長達も心配してるからもう帰るぞ」
-
- エデューに促されたミライは、名残惜しそうにヒューが立っていたあたりを見つめてから、エデューの方を振り返る。
-
- 「はい、ご心配をお掛けしました」
-
- そう言って淡く微笑んだ。
- ミライは少し憑き物が落ちたような表情をしていた。
- 先ほどからの変わりように、エデューはここで何かあったのかと首を傾げるが、とにかく少しは気持ちが晴れたことには素直に安堵した。
- そのまま理由を尋ねることは無く、ミライを乗せるとケルビムへとバギーを走らせた。
-
- その助手席でミライはヒューのことを考えていた。
- 少しだけ胸が高鳴るのを感じるが、それは決して嫌な感じでは無かった。
- ミライもまた、ヒューがフレアのパイロットだとは考えもしなかった。
- 優しそうな人柄がその考えに至らせなかった。
- またお会い出来るでしょうか、と思っている自分に驚いて、内心で自嘲する。
- 行きずりの町でたまたま見かけた、名前しか知らない人と再会するなど奇跡にも近い。
- それでも先ほどの端正な優しそうな顔を思い返し、小さく思い出し笑いを零した。
-
- だがこの時はまだ知らなかった。
- 2人の間に残酷な運命が待ち受けていようとは・・・。
-
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