- モニタの向こうで、タクミは少し疲れたようなやつれた表情だった。
- オーブ近海での戦闘を終えたタクミは、デュランダル派が地球に構えている地下基地へと何とか戻ってきた。
- 戦闘直後はまだ気が張り詰めていたため自分でも意識していなかったのだが、やはり連戦の上での連敗続きと、仲間を全て失ったことは想像以上に彼に疲労を与えていた。
- そしてそれをバンに報告しなければならないことを考えると、余計にげんなりとした気分になり、それが表情に表れていた。
-
- 一方通信を受けたバンの方はと言うと、タクミ達の働きにはさほど関心が無く、また期待もしていなかったため、興味無さげにとりあえず聞いていた。
- 一応指示は出したものの自分の準備で手一杯で、彼らに気を向けている暇など無いというのが本音だ。
- だからバンには彼の心労などどうでも良かった。
- 結局ケルビムを落とすことが出来ず、しかもタクミ以外はMIAという惨敗の結果は予想していた範疇の出来事であり、いかに意気消沈していようとも労いの言葉を掛ける義理も気も無い。
- それどころかバンの性格なら不機嫌そうに激しく叱責するか、冷めた目でネチネチと厭味をくれるかのどちらかの反応を示すのが普通だと思われた。
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- にも拘らずバンの機嫌は悪く無い。
- むしろ上機嫌な部類に入るほど、その声には明るさが含まれていた。
- それは彼がキラを討てたことが大きい。
- 唯一その存在を否定しながら実力は認めていた目標。
- それを倒し越えることが出来たのだから、バンの気持ちが高揚しているのは無理も無かった。
-
- タクミは激しい叱責を覚悟していただけに、少し肩透かしを喰らったように目を見開く。
-
- 「こっちはこっちで忙しいからな。それに地上でも次の作戦の準備が必要だ。その辺の物資などは送るから、それを受け取りながらお前は適当に地球軍と遊んでいろ」
-
- バンはタクミの功罪など目もくれず、とりあえずまた次の指示を適当に与える。
- 実際彼は準備で忙しかった。
- 次にターゲットにするのは、綺麗事を並べて人類を唆し、キラをその手中に収めて世界に君臨する者とバンの目には映っている、キラと同じくらい彼が忌み嫌う相手。
- バンは世界に君臨すべき存在なのは自分だと信じて疑わない。
- キラを討ち取った今、その思いは一層強まったと言っていい。
- だからその立場から引き摺り下ろすことが次の望みだ。
- そしてその相手に戦闘を仕掛ける準備の最終調整を行っている最中なのだ。
-
- 「目標の設定は勝手にすればいい。とにかく俺は宇宙で忙しい。地上のことはそっちで好きにやれ」
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- それだけ言うと、バンは通信を切った。
- まるで遊園地に連れて行ってもらえると約束された子供のように楽しげな表情すら浮かべながら。
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- 通信が切られた向こう側では、タクミがやはりげんなりした様子でぐったりと肩を落とした。
- とりあえずバンに厭味を言われずには済んだが、あまりこちらに注意を払っていないと思うと、それはそれでこれからの作戦に対するモチベーションが上がらない。
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- 実はバンに報告していないことがあった。
- オーブ近海での戦闘から連れて帰った、相手MSパイロットの捕虜のことだ。
- タクミは、未だ治療室で眠っているその捕虜のことを思い返す。
- 本当にどうして自分は、あの戦闘から引き上げる時に、海上を漂っているところを助けたのか分からない。
- どうせ敵となった者だから、放っておいても良かった筈なのに。
- だが拾ったものは仕方が無いと、ここに連れてきたのだ。
- そしてギルビットはタクミが基地に着くなり、そいつを自分の元へよこせと言ってきたのだ。
- しかもそのことはバンに告げるなと言うのだ。
- 何所で捕虜を連れ帰ったことを知り、何故1人の捕虜を彼が欲するのかはよく分からないが、裏で色々と根回しをする彼のことだ。
- 何か使い道でも閃いたのだろうと結論付けると、治療を命じたのだ。
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- タクミはゆっくりと腰を上げると、治療室の前までやって来た。
- 精神的な疲れのカウンセリングでも受けようかとも思ったのだが、自分が連れてきた相手がもし目覚めていれば顔をつき合わすことになる。
- それはしたくないという思いがタクミにはあった。
- 心のどこかで自分のしたことを後ろめたく思う気持ちがあるのかも知れない。
- だがタクミはその自分の心とは向き合おうとせず、しばし扉の前で逡巡した後、結局治療室に寄らずに宛がわれている私室に戻ることにした。
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- 「まあ、せいぜい俺達の役に立ってくれ」
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- タクミは精一杯の皮肉を込めて扉に向かって呟くと、ふらふらとした足取りで自分の部屋の方へと消えた。
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PHASE-38 「戦い呼ぶもの」
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- セントルーズは再びEPSEM本部のある月のマンティウスクレータに接近していた。
- ここに来るのはMSの強奪以来だが、バンに特別な感慨など無い。
- そして今度はMS強奪など小さな作戦に過ぎなかったことを、世界中に知らしめるためにここに来ていた。
- これまでは過激な武装テロ組織の活動としか世間に認知されず、そのため表舞台に出ることが出来なかったが、今日ここから自分が人類で最も優れた人材であることを証明し頂点に立つ。
- MSのコックピットの中でそのイメージを頭に思い描くと、バンはフットペダルを思い切り踏み込んだ。
- そのまま機体を加速させて部隊の先頭に立つと、相手の射撃がぎりぎり届くところまで一気に接近するとそこで制動をかける。
- それは相手への牽制、威圧にいつでも反撃が出来るようにという意味合いも込められているが、何より攻撃は一切当たらないという絶対的な自信を持っているからだった。
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- 本部で武装したMSや戦艦の接近の知らせを聞いたラクスは、すぐさま司令室へと入り迎え撃つ準備を整える。
- ESPEMは地球圏の各国家からの出向者で部隊を構成しているため、本当ならばここにはバン達に対抗する戦力はほとんど無い筈だった。
- しかし本部の上空にはESPEMに所属する多くのMSや戦艦が防衛網を張っている。
- 地球連邦政府とプラントの発表があった直後、ESPEMの出向者のほとんどにはケルビムのレイチェル達のようにそれぞれの軍隊へ帰還せよという命令が出ていた。
- その命令に従い、ESPEMからは多くの兵士が此処を出て、一時はその人の行き交いに混乱も見られたし、部隊の編成が著しく乱れた。
- しかし決して少なくない数の心ある者はその命令を拒否し、ESPEMに残ったのだ。
- ナチュラル、コーディネータ関係なく。
- ラクス達の唱える平和な世界にこそ真実を見出した者達だ。
- そうして残った者達が、ラクスとESPEMの意志を守るために、バン達の前に立ちはだかっているのだ。
- そんな彼らを心強く思いながら、ラクスはモニタに映る奇妙な仮面を着けた男と向き合った。
-
- 「貴方々は此処が何処で、自分達が何をしようとしているかお解りですか?これは国際的な犯罪行為です」
-
- ラクスは強気に言い放つ。
- 既に地球連邦政府はコーディネータとの絶縁を宣言しているため、ラクスの言葉が果たして何処まで効力を持つか疑問は残るが、確かに地球圏統一条約において、ESPEM本部への無断進入、武力侵攻は禁止されていた。
- 宣言にこの条約の破棄は盛り込まれていないので、一応は有効ということになる。
- 尤も今の世界の情勢では張子の虎も同然だが。
-
- 言われたバンはラクスの考えなどお見通し言わんばかりに言葉を聞き流すと、嘲るように言葉を紡ぐ。
-
- 「だが、これからコーディネータとナチュラルの間で大きな戦争が起こる。そのためにはESPEMはむしろ邪魔な存在だ」
-
- 明言こそされていないが、地球連邦政府、いや最早ブルーコスモスのヴォードのと言っていいだろう、ナチュラル側の意志と、プラントのジャックを手中に収めたジール、コーディネータ側にとって、それは事実だ。
- どちらも戦争を起こして、お互い相手を滅ぼしたいと思っている。
- それでも準備は進めつつもすぐに行動を起こせなかったのはESPEMの存在が大きいのだ。
- そのためどちらも目障りに思っており、いずれは潰しに掛かるであろうことは目に見えていた。
- そのことに聡いラクスが気付かない筈が無い。
- 分かった上でそれでもこうして戦争を阻止すべく頑張っているのだ。
-
- だがラクスの顔色は冴えない。
- ESPEMの置かれた微妙な立場をついて来るあたり、唯の戦争屋でなく、政治のやり取りにも長けた相手だということに、一筋縄ではいかない相手だと言うことが緊張感を増幅させる。
-
- しかしそれ以上にラクスには、顔を青くさせるものがあった。
- それは声だ。
- 通信機から響く声は、キラのものだった。
- ラクスの頭は一瞬混乱する。
- 何故キラが自分達に対して攻撃しようとしているのか、どうして自分と通信機で向き合っているのか、という疑問が頭の中を駆け巡るが答えが出てくることは無い。
- 青白い顔でモニタに映るバンの仮面を見つめることしか出来ない。
- キラとそっくりの声でありながらキラでは無い男の声に、ラクスは背筋が寒くなるのを感じていた。
-
- 「貴方は、何者です?」
-
- かつてこれほどまでに1人の人間に対して恐怖を感じたことは無かった。
- それなのに目の前にいる男は、全身から発する負のオーラと、あまりにもキラに似すぎている声でラクスの心を飲み込んでいく。
- キラではある筈が無いと分かっているのに、まるでキラに裏切られてしまったような戸惑いと、キラを信じていないかもしれないという自分への猜疑心と罪悪感がそう思わせるのだ。
-
- ラクスの怯えたような問い掛けに、バンはにやりと口の端を持ち上げると、おどけたように声を上げる。
-
- 「おいおい、ラクス=ヤマト事務総長ともあろう方が、自分の夫の声も分からないのか」
-
- バンの言葉に、本部のオペレータ達にも、対峙しているMSパイロット達にもざわめきが走る。
- 確かに声はキラとよく似ており、キラが話をしているようにも聞こえる。
- だとするとキラが何故可笑しな仮面をつけて、ESPEMを襲撃しようとするのか理解出来ない。
- その本人だと主張するような台詞が戸惑いに拍車をかける。
-
- しかしラクスは逆に違和感を強く持った。
- キラは普段おっとりとした雰囲気の中に、自分がこうだと決めたことは最後までやり抜く強さを持っている人だ。
- 何より自分のことよりも他人のことを気遣い傷つく優しい人だ。
- だが目の前の相手からそれは全く感じられない。
- 確かに声はキラとよく似ているが、モニタ越しに感じられる雰囲気も到底キラとは思えない印象ばかりが強くなる。
- 少なくとも自分の知るキラではない。
- いや、キラという人物はたった1人しかいないのだから、彼はキラではありえないということに確信が持てたラクスは勇気を取り戻した。
-
- 「貴方はキラではありません。キラならばそのようなことを言う筈がありませんし、戦火を広げるような行動は致しません。キラの名を語るのはお止しなさい」
-
- 自分の気持ちを弄んだことよりもキラの名を語り、キラの存在を虚ろにしようとすることに対して怒りを含んだ声で、ラクスはキッパリと言う。
-
- ラクスが否定することは、バンにとって非常に腹立たしく感じられた。
- 不本意ではあるが自分の声はキラと同じの筈だった。
- それなのに何を根拠にか、ラクスはキラでは無いとハッキリ告げたのだ。
- まるで自分の存在を否定されているかのような怒りが湧き上がり、バンは自分の存在意義を自分で確認するためにキラとの比較を、キラの否定を捲し立てる。
-
- 「俺こそが最高のコーディネータ、唯一そのオリジナルだ。そうキラ=ヤマトではない、キラ=ヤマトを越える存在だ!」
-
- 仮面の下からラクスをキッと睨みつける。
- そして気持ちを切り替えるように怒鳴り声を上げる。
-
- 「とにかくその本部は今後俺達が使う。真に世界を平和にするためにな。大人しく明け渡してもらおうかっ!そうすれば手荒なことをするつもりは無い」
-
- 幾分冷静さを取り戻したバンは、無条件降伏を求めた。
- これこそがバンが通信をしてきた目的であった。
- だが言葉とは裏腹に、バンは大人しく譲り受けるつもりなど無かった。
- 世界の平和やギルビットの思惑など、はっきり言えばどうでも良かった。
- 今の彼の頭にあるのは、この戦闘の混乱に乗じてラクスを抹殺することだけなのだから。
- バンの思惑など知らないラクスは、果たして彼の思惑通りに毅然とした態度で拒否する。
-
- 「ここは世界の平和を実現するため、人々が自らの力でそれを成すための意志が集う場所。その言葉に簡単に応じるわけにはいきません」
-
- 予想通りの言葉に、バンは安堵の笑みを浮かべる。
- これで攻め入る理由が出来た。
- 後は本人を討ち取るだけだ。
-
- 「交渉決裂、だな」
-
- バンはそう呟いて口元に悪魔のような笑みを浮かべると、いきなりドラグーンを背中から切り離す。
- そして相手が構える前に、10機のMSを破壊した。
- MSを燃やす赤い炎が、闇に潜む月をくっきりと浮かび上がらせる。
- それを合図として、デュランダル派のMSが一斉に戦艦から発進してくる。
- 先のバンの仰々しい演説にくわえて先制攻撃を喰らったESPEM軍は浮き足立った。
- 部隊の人員も減った中で結局再編されないままのため、うまく統率も取れていない。
- その隙を突いて果敢に攻めるデュランダル派。
- 最初の攻撃で生き残ったESPEMの兵士達は、何とか反撃をと雄叫びを上げて個々に立ち向かっていく。
- だがESPEMの劣勢は変わらず、次々と機体は炎の塊と化す。
-
- その光景を見つめながら、ラクスは拳を握り締めた。
- 世界から戦争を無くそうと訴えながら、結局その願いのために多くの人の命が失われていくことに。
- そしてその命令を発したのは自分であるということに。
- キラが傍に居ない今、心が折れそうになる。
- しかし失われた人達も今ここで自分を支えてくれる人達も、自分が指し示した道を信じてくれたのだ。
- その気持ちを無為には出来ないと、何とか奮い立たせてモニタをしっかりと見つめ、せめて早くこの戦いが終わってくれればとそっと祈りを捧げた。
- しかしラクスの願いとは裏腹に、人々の命を飲み込む真っ赤な炎はどんどん広がっていくばかりだった。
-
*
-
- ミライはごくりと唾を飲み込んだ。
- 決心したことだが、やはりいざとなると緊張する。
- それを目の前にして立ち竦むが、頭を振って自分に喝を入れると足を踏み入れた。
-
- ミライが足を踏み入れたのはオーブの収容施設。
- ここにヒューは搬送されていた。
- もうすぐ自分は宇宙に戻り、ヒューとはもう会えないと思われた。
- その前に胸の中にあるもやもやとした気持ちの正体を知るために、ミライはもう一度ヒューに会いに来たのだ。
-
- ヒューは暗がりの部屋の中で、宛がわれたベッドの上に寝転がりじっと天井を見つめていた。
- 思えば戦いに明け暮れるばかりの日々で、こんなにじっくりと考えたことなど無かったかも知れない。
- これまでの自分の行動を振り返ると、後悔や反省ばかりが思い起こされる。
- それを思うと、顔は自然と苦しいものに歪んでいく。
- そこに人の気配がして、ヒューははっとして上半身を起こし、僅かに出窓がある扉の方を険しい表情で見つめて身構える。
-
- 「こんにちは、私はミライです。そちらにいらっしゃるのはヒューですか?」
-
- 扉の向こうから聞こえたのはミライの声だった。
- ヒューは驚きに息を飲むが、しばし間を空けて肯定の返事をする。
- すると安堵したような溜息が聞こえた。
- ヒューも穏やかな気持ちになって、少しだけ自分が勾留されていることを忘れた。
- 決して甘い雰囲気などないが、しばらく他愛も無い世間話をする2人。
- だがミライがここに来た目的は、そんな話をすることではない。
-
- 「貴方はどうして武装組織に入ったのですか?」
-
- ミライはストレートに疑問をぶつけた。
- 戦うことがやはりどうしても正しいことだと思えないミライは、ヒューやザイオンが自ら軍やテロに入って戦うことを選んだのか、その理由が知りたかった。
- それを知ることが出来れば、自分がこれからどうすれば良いか見えるかも知れないと思ったから。
-
- ヒューは問われて少し戸惑ったが、やがてポツポツと話し始める。
-
- 「俺の両親は内紛に巻き込まれて殺された。その時は俺は何とか生き残ったが、次は自分が死ぬかも知れないと思った。だから自分の命を守るために戦い、火の粉を振り払う力を欲したんだ」
-
- 聞きながらミライは気持ちは分からなく無いと思った。
- 自分もフリーズに乗ったのは、他の誰かを守るために力が欲しいと思ったから。
- 確かに力が無ければ、暴力を振りかざす相手から悲しみ嘆く人を守ることなど出来はしない。
-
- それが何故ESPEMを攻撃するということになったのか。
- ミライは続けてその質問をする。
- 自分の身を守ることとESPEMを攻撃することがどうしても結びつかない。
-
- 「ラクス=ヤマトの思想は立派だが、人の意識はそこまで追いついてはいない。現に俺は子供の頃から戦いの中にいた、戦争を無くそうと訴えている間中ずっとだ。奴は現実を何も分かっちゃいない。それに理想を掲げながら、お前達のような軍隊を保有している。だから俺は信じない。人の意思で戦争を捨てる世界が実現出来るなんてことはな」
-
- ミライの質問に答えながらヒューは次第に感情的になり、最後は吐き捨てるように言葉を紡いだ。
-
- じっとヒューの言葉を聞いていたミライは、ヒューが全てを吐き終えると、ゆっくりと言葉を返す。
-
- 「母様は何も分かっていないわけではありません。分かっているからこそ理想を掲げ、それを守るための力を持とうとしているのです」
-
- ミライはラクスの思いを代弁する。
- 言いながら今ようやく両親が目指していたものが何なのか見えた気がしていた。
- 苦しい悲しい現実を知るからこそ、実現するために様々な手を打ち、困難でもその道を貫こうとしているのだと。
-
- 「母様ってどういうことだ?君は一体」
-
- 一方のヒューはラクスのことを母と呼んだミライに驚いた。
- 弁明の言葉などほとんど耳に入らず、ミライが何者なのかということにばかり思考が働く。
- 問われてミライはしばし逡巡したが、大きく息を吐き出すと意を決して自らの正体を明かした。
-
- 「私の名前はミライ=ヤマト。ラクス=ヤマトの娘ですわ」
-
- ミライの正体を知り声も出ないヒュー。
- その驚きを余所に、ミライは少し切なげに言葉を続ける。
-
- 「母様の、そして私の願いは、誰も戦うことなく、戦いで悲しむ人が居なくなる世界。ですがそれは夢を見ない世界ではありません。ですから例え理想論だと言われようとも、自らの手で平和な世界を築きたいと願うのですわ」
-
- それだけ言うと、ミライは踵を返してゆっくりと扉から遠ざかる。
-
- 「俺を討たないのか?」
-
- 去っていこうとするミライの背を追って、ヒューが問い掛けた。
- 自分は父を殺した組織の者で、憎き仇の筈だ。
- 討たれたいわけではないが、それでも彼女に許しを請う言葉も分からない今、それ以外に贖罪の方法が思いつかない。
-
- 「もし貴方を討っても、誰かが還ってくるわけではありません。ただ悲しさや虚しさが残るだけです。ですからここで終わりにします」
-
- 儚げな笑顔を浮かべて答えると、ミライはその場を後にした。
- 迷いが晴れたわけではない。
- だがこの先困難に立ち向かうためにも自分はとにかく一度母の元に戻らなければ、という使命感にも似た感情が彼女を突き動かしていた。
- そして純粋にヒューともう一度話が出来たことは、嬉しく思っていた。
-
- ミライが立ち去った後も、ヒューはじっと考え込んでいた。
- 一体自分は何のために戦っていたのか、何が望みだったのか、あらためて自分自身と向き合う。
- そしていつのまにか原因と目的が摩り替わっていたことに気付く。
- それは後悔となってヒューの心を激しく苛まし、悔恨の呻き声を零す。
- ただの理想論だと思っていたラクスの言葉、そしてミライの言葉が、深くヒューの胸に突き刺さっていた。
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