- C.E.73、彼らはプラントに上がる友との別れの前の語らいをしていた。
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- 「本当に行くんだな、プラントへ」
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- 紺色の髪を風に揺らしながら翠の瞳を細め、アスラン=ザラは言った。
- その横には赤い瞳を不安げに揺らし、だがその胸に確かな決意を秘めたシン=アスカがぎこちなく笑っている。
- オーブ代表首長として著しい成長を遂げた、獅子の意志を継ぐ金髪の少女、カガリ=ユラ=アスハを始め、他にもアークエンジェルやエターナルで共に戦った、志を同じくする大切な仲間達が集っている。
- ここオーブのマスドライバー施設の船乗り場に。
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- つい先日、たった一つ奇跡のように残った小さな慰霊碑の前で、手を取り共に戦うことを誓った。
- 戦場を駆けることではなく、何度でも吹き飛ばされた大地に花を植え続けるという戦いを。
- だからプラントへ行くというその覚悟は理解できたし、止めようという気もなかった。
- だが彼、キラ=ヤマトがコーディネータとはいえプラントに行くということは他の人間が行くのとは訳が違う。
- 最初の開戦時はオーブの学生であのGシリーズ強奪事件、ヘリオポリス崩壊事件の時に初めてMSに乗った。
- 地球軍のパイロットとして。
- コーディネータでありながらその敵であるナチュラルの、である。
- そしてそのままザフト軍と戦い、プラントの歌姫、ラクス=クラインの導きでフリーダムを強奪してヤキンドゥーエを撃ち、また今度はオーブの軍人としてメサイアを落とし、ザフト軍とは常に敵対する道を歩いてきたのである。
- その事実が知れればプラントに快く受け入れられるはずがないし、最悪それだけでは済まないかもしれない。
- そのことを少し心配し、再確認してみたのだ。
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- それでも彼の決意は揺るがない。
- 鳶色の髪を風が巻き上げたが、紫紺の瞳に決意を宿らせた彼はそれを意にも介さず、力強く頷いた。
- 多分今も幸せそうに寄り添う彼女、ラクスがいるからだろうということは頭の片隅に置いやる。
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- それもあるかも知れないが、もちろんそれだけではない。
- アスランはもちろん、長く行動を共にしたアークエンジェルクルーの大半はオーブに残るし、何よりラクスを支えられる唯一の存在でもあるのだから。
- プラントを導く上でも、その先頭に立つラクスを支える存在は必要不可欠だ。
- だからキラはプラントに行く方がいいかも知れないとも思った。
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- 何も永遠の別れではない。
- 平和が訪れたならまたいつでも会うことができる。
- これからプラントの指導者になるラクスも、オーブの母たるカガリもそのための道を模索し、自分達もそれを共に探し支え合っていくのだから。
- だからサヨナラは言わない。
- 地球と宇宙と遠く離れても、同じ未来を見据えて共に歩いていくのだから。
- 親友達は固い握手をして微笑むと、キラとラクスは皆に背を向けシャトルに乗り込んだ。
- 平和のために戦い続けるその誓いを残して。
- そして残った彼らはシャトルが発射しても、光が空の彼方に消えるまでその先を見つめていた。
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- それから2年、平和へ向けて彼らは少しずつだが確実に復興へ向けて歩み続けていた。
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PHASE-02 「穏やかな日々」
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- モルゲンレーテのMS(モビルスーツ)の開発デッキ。
- ここで現在のオーブ軍の主力MS<ムラサメ>に変わる、新たなMSの開発を行っていた。
- 1機はムラサメの可変機能と基本思想を引き継ぎかつ、火力、機動力を向上させる仕様で設計、組み立てが行われている。
- そのプロトタイプは薄い赤を貴重としたカラーリングで、火力は通常のビームライフルを持たず、超高速インパルス砲を背面に装備させることで向上させ、機動性はもう一機の新型専用MSと同じくスラスターを折りたたみ式に6枚持ち、加速力を向上させる仕様だ。
- もう一機は銀と黒を基調にしたドラグーンシステムは持たないが、アカツキタイプの2号機として開発が進められている。
- その2機の完成を間近に控え、その配属、配備の事前手配に訪れた、少しくせのあるセミロングの黒髪を手で押さえながらその機体を見上げる、マリュー=ラミアスは小さく溜息をついた。
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- 本当はこんな力が無い方がいいのだけれど。
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- しかし力なくして守るべきものが守れない無責任なことは許されない。
- 平和のために力はあるべきではないけれど、その平和を脅かすものから守るためにはまた力が必要だった。
- 矛盾したことかもしれないが歴史の闇に埋もれていの暗殺事件の夜の当事者として、再びアークエンジェルの艦長として指揮を取った時から理解しているし、今もその覚悟を持ち続けている。
- それが戦い続ける理由でもあるし、戦いたくない理由でもあった。
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- 「あまりMSの開発は気が進まれませんか?ラミアス准将」
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- 思わず気持ちが顔に出てしまっていただろうか。
- MSの開発施設でその開発途上の機体を見て切なげな表情は、どう見ても不釣合いだ。
- MSの開発主任であるエリカ=シモンズに声をかけられ、マリューの意識は現実に舞い戻り、あわてていいえとやんわり否定する。
- エリカはそんな様子を苦笑しながら、マリューの横に並び同じく機体を見上げる。
- そしてできればこんな物無いにこしたことありませんものね、といたずらっ子の様に笑ってみせる。
- その笑顔にマリューもまたにっこり笑って、まあそれはそうですわねと返す。
- でも開発を止めようとは、今は思わない。
- 初めて出会ったときは無垢な少年だった紫紺の瞳に強い意志を持った、最も頼るべき存在。
- マリューはその彼がプラントに行く際、オーブでの”権限”を受け継いだ。
- レクイエムの破壊に向かったときは上官だったかつての少年。
- その彼は自分が守るべき人とすべきことをするためにオーブを離れた。
- その時数々の戦いの全てを見守り、またずっと”不沈艦”アークエンジェルの艦長を務めてきた彼女なら適任だろうと、キラは自らに与えられた権限をマリューに譲渡した。
- そしてアークエンジェルは独立機動部隊として、その判断においてアークエンジェルの発進、権限の行使を認められたのだった。
- その期待と力の大きさに最初は戸惑ったが、彼と別れ際にアークエンジェルクルー達と誓った平和への願いと戦い。
- その誓いを果たすため、彼女はそれを引き受けた。
- 自分達はあの代表誘拐事件の時のように、例え周囲が批判し、間違っていると叫ばれても自分達が信じた道を進み、信念を貫くために。
- だがそれを支えるためには力が必要だ。
- それを受けてエリカ達とも話し合い、新たなMSの開発へと着手した。
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- 「シモンズ主任、あっちでマードックが呼んでますよ。何だか〜、また〜、面倒なことみたいですよ〜」
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- そこへところどころ間延びした声で、後ろから声が届く。
- そこにはウェーブのかかった金髪を首筋まで伸ばし、顔に大きな向こう傷を持った男が近づいてくる。
- 間延びしたような声なのは、両手を高々と上げ背伸びをしながらこちらに歩いてきたから。
- 彼はムウ=ラ=フラガ、”黄金の盾”アカツキのMSパイロットにして、アークエンジェルMS隊の隊長を務める。
-
- その様子にマリューもエリカも苦笑しながら、エリカはそれじゃと声をかけムウに指差された方へと小走りに去っていく。
- それを見送りながら、ムウは新しい機体を見上げて歓声を上げる。
- だが顔は笑っていない。
- 戦うために力は必要だが、むやみと強い力は持つ必要は無い。
- 記憶を無くして敵として戦ったこともあったが、宇宙へ上がった、自分のいない間に大人へと成長した青年にそれを教えられ、そして救われた。
- 記憶を取り戻し、真に生きる理由を思い出させてくれたと思っている。
- そんな彼もまた”権限”、そして”支える力”を受け継いだ一人だ。
- マリューの恋人としても、何かと気苦労の多い彼女のサポートをしている。
-
- 「今日の講義は全て終了ですか、教官」
-
- マリューは少しからかう様に聞いてみた。
- 恋人でもあるムウの前では素直になれる自分がいて、気持ちが安らぐ。
- ムウは若きオーブ軍のMS操縦教官を務め、次代を築く彼らの成長を見守っている。
- アークエンジェルは通常時は出撃することはまずないので、彼らは他の仕事も任されているのだ。
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- 「まあね、なかなか教え甲斐のあるひよっ子達だよ」
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- オーバーに肩をすくめながら皮肉なのか本音なのか、こっちはこっちで大変さ、と訴えてみる。
- 実際初めてMSに乗る者を教えるのはなかなか大変だ。
- 敵を撃つ技術ではなく、自らの身を守る生き延びる方法をまずは叩き込まなければならないから。
- 若い兵士達は勇気と無茶を履違えて儚くも命を散らしてしまうことが多々ある。
- それが戦場とうい場所だ。
- 何度も死線を潜り抜け、地球軍時代から髄一のエースパイロットであるムウだからこそその怖さがわかり、また未来を紡ぐ大事な人材を失わせるわけにはいかないと強く感じている。
- それは彼にしかできない、彼の戦いでもある。
- だから大変ではあるが、やり甲斐も感じており断じて今の仕事を止めようとは思わないのだ。
- その仕草を微笑ましく見つめながら、マリューはそっと寄り添う。
- ヤキンドゥーエの戦闘で死んだと思っていた愛しい人が帰ってきたのだ。
- その時の嬉しさは言葉では表すことはできない。
- ムウも再び傍にある温もりに、今という幸せを噛み締めていた。
- 今の立場、仕事は大変だがお互い支えあうからこそ、頑張ることができる。
- それは傍から見ても微笑ましい光景だ。
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- とエリカが遠くから声をかけてくる。
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- 「シン君を見ませんでしたか。見かけたらすぐにこちらに来るように伝えてください」
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- ムウは二人の時間を邪魔されたことを少し恨めしく思いながら、確かに新型専用MSのパイロットにして主設計者の姿が見えないことに気がついた。
- 彼はアークエンジェル所属のパイロットであるが、現在は彼が乗りこなすには性能不足のMSしかないため、元愛機の設計をフィードバックしその開発を今は中心に行っている。
- しかしこの頃、ふと行方をくらますことがあった。
- しばらくすると同じく新型MSの開発員を兼ねる彼の恋人と戻ってくるし、このところは普段から暗い表情が多くなっていたので少しでも気分転換になればと特に誰も何も言わないのだが。
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- ともかく今は彼がいないと開発が進まない状態になっているらしい。
- マリューはわかりましたと告げると、すでに目的の書類等の手続きは済んでいたので、アークエンジェルへ連絡を取りながら戻り始めた。
- それにムウも並んで続き、サボりは程々にってことですか、と今のアークエンジェルクルーの状況を思い出し、苦笑いした。
- そこへ行けば自分もその中にどっぷりつかるのだが・・・。
-
-
*
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- アークエンジェルブリッジ、そこのCICに座る赤みがかった桃色の髪を後ろでまとめた、女性と呼ぶ方が相応しくなった容姿のメイリン=ホーク。
- 現在アークエンジェルの待機中であるメイリンは、実は少々暇を持て余していた。
- アークエンジェルのCICと言ってもアークエンジェルは緊急時などにしか発信はないため、通常時はオーブ軍司令室の通信管制を担当する。
- それでも無人にするわけにはいかず、交代でアークエンジェルの警護ということでブリッジに数名入る。
- だが戦闘もなく実質今はアークエンジェルの”お留守番”をただしている状態で、しかも艦長は不在とくれば、クルー達は本を読んだり音楽を聴いたりしながら思い思い時間を潰しているというところだ。
- 最もやることさえきちんとやっておけば特に煩く言わない艦長である。
- 甘くみているのではなく、互いに信頼し合っているからこそのこの光景なのだ。
- そしてメイリンも例に漏れず、今日の作業は全て終了したため、毎月欠かさず読むファッション雑誌をじっくりと読んでいた。
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- そこへ通信を知らせる発信音が鳴る。
- 珍しく鳴った通信機の音に少し驚いて、メイリンはスイッチをONにする。
- その相手はラミアス艦長その人だった。
- 見られているわけではないのだが、あわてて姿勢を正して通信に出てしまう。
-
- 「シン君はそっちにいないかしら、いるならすぐに開発ドッグに戻るように言って欲しいのだけど」
-
- 通信内容に何故か少しホッとして、デッキ内を見渡し近くにいるクルーにも確認してみるが所在はわからなかった。
- 素直にいないというとを告げると通信相手は小さな溜息をついて、見かけたら伝えてということともう少ししたら戻るからというこを告げて通信を切った。
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- 優しい包容力のある艦長と言っても、やはり相手にする時は多少緊張する。
- 今座っている席は元々CIC担当だったミリアリア=ハウの席であったのだが、平和のための戦いを誓ったとき、唯一戦争に巻き込まれてからずっと傷ついていく彼を知る友人でもあるから、彼女はあえてアークエンジェルには残らず、彼の望みもあって”自由”と”世界を見る目”を受け継いだのだ。
- 今はまたフリーカメラマンとして世界各地を飛び回り、その目で見たこと聞いたことを伝えてくれる。
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- そんな彼女とアークエンジェル、またプラントのエターナルとの通信を管理、維持するのがメイリンが受け継いだ”繋がり”という名の力。
- プラントに家族も居るが、アスランの脱走を手引きしたということで裏切り者のレッテルを貼られた。
- ラクスがプラントに戻ったことで罪状は消えたが、憧れた人の役に立ちたいと、願いが叶わなくても平和のために自分もできる戦いをしようと、あの慰霊碑の前で誓った。
- それは彼女の誇りであり、そして憧れた歌姫や前に進む力をくれた青年との約束でもある。
- だからオーブに残ったことを後悔していないし寂しくなんかない。
- 姉を始め、信頼できる仲間たちに囲まれているのだから。
- 自分が進むべき道を進んでいるのだから。
-
- はたと感慨深げになった頭を振って、メイリンは通信機を手に取った。
- シンのことを誰よりも思う姉に連絡するために。
- そう行動しながら、もう捜しに行ってるかも知れないな、と思ったことは彼女の心の中にしまったままにしておいた。
-
-
*
-
- 2年前の戦争で吹き飛ばされてしまったオーブの慰霊碑と花畑。
- 終戦からまた新たに慰霊碑を建て、花を植え、今はまた色鮮やかに咲き誇っている。
- 黒い髪に赤い瞳を持つ青年は、あの日誓いを立てた慰霊碑の前に立っていた。
- 嫌だったけどずっと気になっていたあの場所で、暗闇を彷徨っていた自分を光に導いてくれたあの人との約束を果たすためこの場所に花を植え、オーブを守るために決意した。
-
- −吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ。−
-
- この慰霊碑の前で紡がれた言葉。
- その彼と誓ったこと。
- その戦いを続けていくこと。
- そうしてシンは”戦う力”を託された。
- 花を吹き飛ばすことではなく、花を植えその場所を守る力。
- そして自分にもまだ花を植える手と力は残っているはず。
- そう信じて花を植えて、オーブもまた以前の穏やかさを取り戻し、人々にも徐々に明るさが戻ってきた。
- だが自分はどうだろう。
- 確かに花を植え、慰霊碑の建て直しを手伝った。
- しかしそれ以外に自分は力をどう使えばいいのかわからなかった。
- オーブを憎み、戦争を憎み、過去を憎み・・・。
- 戦う力しかもたず、戦うことしかできず、今の自分は本当に戦えているのだろうか、あの人達と一緒に。
- 慰霊碑の前で俯き、無力な唇を噛み締める。
-
- 「やっぱりここにいた、シン」
-
- シンと呼ばれた青年は赤い瞳を揺らめかせ、ハッとして振り返った。
- 青年の名はシン=アスカ。
- かつてザフト軍のスーパーエースと呼ばれ、最速のMSデスティニーを操った経歴の持ち主だ。
- レクイエムの攻防戦でかつてシンの上官、今や”正義”の英雄と称されるアスラン=ザラに敗れた後、そのアスランに連れられ故郷であるオーブへと戻っていた。
-
- 声をかけた女性はルナマリア=ホーク。
- アカデミーからのシンの同期で、シンの後にインパルスを操り、共に戦場を駆け抜けた。
- その最中に想いを通い合わせ、今では互いに大切な存在だ。
-
- シンがあの人の手を取り、そして誓い合った未来への希望。
- そのために何かしなければと一度は彼の心に光が射した。
- しかし実際彼は一度オーブで家族を失ってから、他人に対して攻撃的で相手を攻撃することで自分を保とうとしているきらいがあった。
- それが故に戦うことでしか存在を見出せず、表現できず、今平和への道を歩き出しながら再び迷っていた。
- 自分には戦うことしかできないからと、オーブ軍、アークエンジェル所属の軍人になり少しは道が開けたようだが、全ての迷いは消えず、半年ほど前から暇ができると必ずこの場所に来ていた。
- そして自分専用のMS開発が進むに連れて、その回数は頻度を増していた。
- 自分の道が見つかるように祈りながら、自分は今生きていていいことを確認しながら、あの人とそして今は亡き人々への誓いが守られていることを確かめるために。
-
- そんなシンを哀しく思いながらも、支えられるのは自分だけだと気持ちを切り替えた。
- かつてあの人にもこんな時期があったが、最愛の人が傍で支え、再び未来へと歩き出したのだと聞いたから。
- 自分は彼女ほど優しくも強くもないけれども、彼の一番の理解者ではいられると信じているから。
- 自分も”支える力”を受け継いだのだから。
-
- 二人はただ慰霊碑を見つめ、そして祈りを捧げた。
-
- そんな二人の背後から近づく影が二つ。
- その気配に二人は少し驚いたように振り返り、その人物を確認し苦笑する。
- その影の持ち主達も先客に気づき、穏やかに微笑みながら横に立った。
- 一人は金髪で活発そうな橙色の瞳を持つ女性。
- オーブの獅子の娘にして、今や世界の母とまで呼ばれる現オーブ代表首長カガリ=ユラ=アスハ。
- もう一人は紺色の髪に翠の瞳を持つ青年。
- ”正義の剣”を持つ者にして、大戦の英雄アスラン=ザラ。
- 今はオーブの対プラント外交次官として本名で公に前に立ち、奔走している。
-
- 代表であるカガリは普段公務などで忙しいためなかなか来れないが、毎月一度は時間を作り必ず訪れている。
- 仕事もあったためカガリ自身はここで誓いを立てられなかったが、その後で双子の弟と親友とアスハ邸で話をし、平和への誓いを誓った。
- その時に立場的には上にいたカガリだが、平和への道を切り開く”道の担い手”を引き継いだと思っている。
- あの結婚式での代表拉致事件以降、ずっと支えられていたことに感謝し、また能力の高さと心の強さから彼の方が代表に相応しいのではないのかと思っていたからだ。
- だが彼は愛する人とともに宇宙へと旅立った。
- 彼らを見ているとその方がいいと思えたからそのことに何も言わなかった。
- だからこそ一層今のこの立場に相応しくあるように邁進し、ロゴスの盟主、ロード=ジブリールをめぐるザフトとの戦いからオーブを建て直し、真に争いの無い世界を築くために全力を尽くしている。
- そしてアスラン、シンと誓いを立てたというこの場所で自分もまた、彼らとの誓いを立てたように、自分自身を確認し、気持ちを奮い立たせるのだった。
- そのため敢えてまた綺麗に整えられた合同慰霊碑ではなく、この小さな慰霊碑に花を供え、祈りを捧げる。
-
- アスランはSPも兼ねているためこうして一緒に訪れるのだ。
- またアスランにとっても、ここは親友と誓いをした大切な場所でもある。
- 自分の弱さのせいで彼と道を違え、また傷つけてしまったから。
- 受け継いだ”支える力”と託された”想い”と共に、アスランは彼の分までオーブで平和のために自分の戦いを貫き、そして愛しい存在を支えるのだと訪れる度に確認し、自分に言い聞かせている。
- 事情と立場が立場なだけに互いに想いを封印しているが、目指す未来は同じだから、いつかはまた一緒になれる日が来る。
- アスランもカガリもそう信じている。
- だから今は焦らなくていい。
- そのためにそれぞれの立場で、自分のすべき戦いをしているのだから。
-
- 祈りを捧げた後先客の、ようやく少年を脱した年頃であるシンを見て、アスランとカガリは少し心配そうに2人を見つめた。
- ヤキンドゥーエ戦の後のキラ程ではないが、あのときの彼の様な儚さがあり、それを心配しているのだ。
-
- 慰霊碑を再建した後、その危うさを見ていられなくてオーブ軍への入隊を勧めたのはカガリだ。
- それまでシンとの関係はギクシャクしたものだった。
- それがキッカケで普通にお互い話しかけられる存在になった。
- 最初に話を持ってきたとき、シンは照れ隠しで余計なことするなよと言ったが、頬を赤くし口元がにやけていたのは印象的だった。
- それを思い出して少し苦笑する。
-
- 「まだ迷ってるのか、シン」
-
- 押し黙ったまま沈んだ表情のシンを心配して、アスランが声をかける。
- 反応はなかったが、その声に抑揚のない声が返ってくる。
-
- 「わからないんです、自分がこんなことしてて正しいのかって」
-
- 大切な家族を奪われたことで力を欲し、やがて自分が奪う側に回ったことに気づかず、望む未来を履き違えてたくさんの人を傷つけ、それでもこうやって生きている。
- 戦うことしかできない自分が、それでも生きる価値があるのか。
- 彼の悩みと心の傷は深かった。
-
- アスランとカガリにもその気持ちがよくわかった。
- 二人もかつて同じように悩んで、道を踏み外しかけた。
- カガリは望まぬ結婚と条約の締結。
-
- アスランはザフト軍への復隊。
- それでも信じた道を進み、色々な人に助けられて今あの時の決意も無駄じゃなかったんだと思える、遠回りはしたけれど。
-
- 「あ、シンとルナだ!」
- 「アスランとカガリもいるよ」
-
- 突然子供達の声が聞こえ、と同時にあっと言う間に子供達は4人に群がる。
- その後ろから青みがかった黒髪を風になびかせる少し年かさの女性、カリダ=ヤマトが子供達にやんわりと注意しながらやって来る。
- 4人は遠慮なく体当たりしてくる子供達に苦笑しながら、頭を撫でたりしてカリダに挨拶をする。
- そんな彼らに今日は天気もいいし皆でお祈りをってマルキオ様が、とカリダは笑って応える。
-
- この子供達はいずれも戦争に巻き込まれて親を亡くし、マルキオ導師に引き取られて過ごしている。
- キラの母、カリダはそれを手伝う格好で同じ家に住んでいる。
- ヤキンドゥーエの戦いの後、ブレイク・ザ・ワールドが起こるまで、キラとラクスも共に生活していた。
- だが彼らは自分達の信じる道を行くために旅立ち、今はここにいない。
- その変わりというわけではないが、オーブに住まいも無く、またかつてのキラと同じように戦争に傷ついたシンを、行き場に困っているルナマリアとメイリンをマルキオ導師、そしてカリダは暖かく迎えてくれた。
- そんなシンを、カリダは新しい息子のように見守っている。
- このところ元気の無いシンを心配していたカリダは、今の様子のシンを見て戦争直後のキラと重なって見えた。
- そして彼の悩みを理解し、そっと優しく包み込むように言葉を紡ぐ。
-
- 「焦らなくていいのよシン君。今は戦争をしていないわ。じっくり悩んで、決めて、そして自分の足で自分のペースで歩き出せばいいのよ」
-
- キラがそうだったように、と付け加えて。
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- その言葉にシンは一滴の涙を流す。
- 自分を不甲斐なく思いながらも、その暖かな本当の母親に包まれているような温もりに。
- ルナマリアも敵わないという表情で、微笑ましく見守っている。
- そんなシンを子供達が慰めるように声をかけていて、アスラン、カガリは優しく微笑む。
- 今はまだ傷が癒えなくても、これ以上傷が増えることはない。
- 穏やかに風が吹いているここには、争いはない。
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