- クラウトはゆっくりと愛機のザクウォーリアを旋回させた。
- そのシートに座ったまま、腕を上げて伸びをする。
- 月に潜伏したブルーコスモスの基地捜索の任務について1週間。
- 何の成果も得られず、またそれについて叱責があるわけでもなく、また同じような捜索を繰り返すだけで、正直退屈な任務だと思っていた。
- 今もまた指定されたポイントでそれらしいものは発見できず、所属する艦へこの任務についてからお決まりの内容の報告と、次の指示を受けるために引き返すところだ。
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- 彼は2年前の大戦の時に新人としてザフト軍に入隊し、ステーション2の防衛と移動任務に就いていた。
- そのため大変な戦争が起こったことは実感しつつも、自身は激しい戦闘とはほとんど無縁の状態で終戦を迎えたため、戦争の怖さというものを知らない。
- そんな彼がこの成果の上がらない捜索任務で緊張感を保ち続けるというのは、無理からぬことではある。
- 戦闘を経験した先輩などから、そんな甘い考えではいつかやられるぞ、と何度か注意されたことがあるが経験不足というか、実感が湧かないのだ。
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- そんな油断をしたクラウトが、熱センサーが急にとらえた異常を伝える音声に即座に反応できないのは当然だった。
- 熱センサーは地表の一部に異常な熱上昇をキャッチしていた。
- 場所は所属艦のほぼ真下で、艦は回避行動を取るも地表から上るビームをかわすには時間が足りなかった。
- 気が付いたときにはすでに陽電子砲が放った光が、彼の所属する艦を飲み込んでいた。
- クラウトは陽電子砲の一撃は難を逃れたが、艦の爆風で機体は大きくきしみ、巻き起こった衝撃波に飲み込まれていく。
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- 突然目の前で起こった出来事と、襲ってきた衝撃にクラウトの頭は混乱し、状況を理解できていなかった。
- 何とか機体を立て直すも、次に自分がすべきことが思い浮かばない。
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- 戦場では一瞬の判断ミスが命取りになる。
- それはルーキーだろうがベテランだろうが変わらない。
- 敵はその一瞬の遅れを好機と狙い、撃ってくるのだ。
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- 陽電子砲の攻撃跡から出てきたブルーコスモスのMSはまさに、絶好の的としてクラウトのザクを捉える。
- そして躊躇なく、ライフルの引き金が引かれる。
- 放たれたビームはザクの体を確実に貫き、機体は激しい爆音と炎に包まれる。
- クラウトはその炎の中で、緊張感のなさがこの結果を招いたということだけは何故か理解し、先輩の言う
- ことはこうゆうことだったのかとぼんやり思った。
- その思いと共に、全ては爆炎の中へと消えていった。
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PHASE-04 「届かぬ想い」
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- 旗艦ヴェルスパー内は騒然とし、あちこちで怒号や通信機の着信音がひっきりなしに飛び交っている。
- その中でイザークは不機嫌な表情を隠そうともせず、艦長席に座っていた。
- バルトフェルドからの(つまりはラクスからの)命令をあまりにも素直に受けすぎた己の甘さと、敵の攻撃に対する怒りで。
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- クルー達も予期せぬ攻撃に完全に浮き足立っている。
- 情報が交錯し、被害状況や敵戦力については一向に正確な情報が得られずまた怒鳴り散らしてしまう。
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- 「何がどうなっている、敵戦力の規模は、被害状況は、正確に報告しろ!」
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- イザークの怒鳴り声を通信で聞きながら、自分のMSコックピットの中で発進準備をしていたディアッカはやれやれと小さく溜息をついた。
- 実際ディアッカとて相手の攻撃には怒りを感じている。
- 意外とと言っては失礼だが、情に厚いイザークは尚のこと、自分の甘さに対しても苛立っているはずだ。
- だが八つ当たり気味に部下や同僚に怒鳴るのはどうだろう。
- フォローするこっちの身にもなってくれよなと苦笑しながら毒づいて、通信回線をONにする。
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- 「こっちは俺が出て状況を把握してくる。お前もちっとは落ち着いて俺達に指示をしてくれよ」
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- ディアッカはまるで自分が上官であるかのような台詞を吐く。
- 一瞬硬直したイザークだが台詞の内容を理解したのか、さらに顔を興奮で赤くしながら口を開きかけたところでディアッカは一方的に通信を切る。
- 相手が何を言おうとしたかなんて、聞かなくてもわかっていた。
- これ以上八つ当たりはご免だと心の中で呟く。
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- 大きく息を一つ吐くと、ディアッカは自分の気持ちも切り替えるようにMS隊に命令を飛ばす。
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- 「いくぞ、ジュール隊。とにかく今攻撃を受けてる部隊を援護して戦線を立て直すんだ。ディアッカ=エルスマン、ゲルググ、行くぜ!」
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- ディアッカの乗っている機体はザフト軍の次期主力機として開発が進められている機体だ。
- 今はまだ一部士官クラスの人間にだけ支給されている。
- そのゲルググに乗るディアッカに続いてジュール隊のMSが次々と戦艦から発進する。
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- イザークは怒鳴り声を上げようとしていたが、通信を一方的に切られて怒りが行き場を無くし、言われて確かに怒りに我を忘れて冷静さを失っていたことに気付く。
- 自分が隊長となってから幾度こうやってディアッカに支えられていただろうか。
- 感謝の念とふとそんな哀愁にも似た感覚が湧き上がるのを頭を振って振り払う。
- 今はそんなことを考えている場合ではない。
- 言われたとおり情報を早く収集して、的確な指示を送らねばならない。
- そしてMS隊の発進を渋い表情で見ながら、小さな声で呟く。
-
- 「死ぬなよ、ディアッカ・・・」
-
- MSの光が視界の中で散らばっていくのを見て、再び大声を上げて状況の把握を急がせた。
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*
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- プラントと月の中間に位置する宙域にて、第1防衛ラインを維持する部隊は、月での強襲の報を受けて意識を月方面に集中させた。
- よもや月の部隊が全滅するとは思えないが、攻撃を潜り抜けてくる敵がいるかも知れないというのが指揮官の判断だ。
- その判断は概ねにおいて正しい。
- 敵が全て月にいるのという前提がつけば。
- だが捜索部隊が戦闘中ということ以外の交信が途絶え、月に全ての部隊がいるともいないともわからないこの状況では、意識が月方面のみに集中するとそうではなかった場合に対応が取れない。
- しかも防衛部隊の大半で形成しているこの防衛ラインを万一突破されれば、プラントへの被害は免れない。
- 右目を眼帯で覆った隻眼の女性、ヒルダ=ハーケンは判断の甘い指揮官に舌打ちしながら相棒のヘルベルトフォン=ラインハルト、マーズ=シメオンと共にMSを駆り、月方面以外へ注意を向けていた。
- 彼女は月方面以外から敵が現れると踏んでいるのだ。
- それはいくつもの死線を越えてきた者の感だ。
- 時に戦場という極限状態ではその感の良さが生死を分けることもある。
-
- ヒルダとしては本音を言えばラクスの近くでその護衛、防衛任務につきたかったがラクスの傍にはキラがいるため、敢えてより戦闘のありそうなこの部隊へ志願していた。
- 最初見たときはこの優しくか弱そうな男が本当にあのフリーダムのパイロットかと訝しく思ったが、オーブ、メサイアと共に戦い、その力を目の当たりにしてきた。
- そして何よりラクスの彼を見るその表情が素直に認めさせた。
- ラクスが心の底から信頼し、唯一の想い人であることを。
-
- だがラクスへの忠誠心にかけては負けていないとの自負もあった。
- もちろんキラとラクスの間にあるのは忠誠というような関係ではないのは理解しているが、クライン派としてまた戦士としてのプライドがある。
- それを証明するためにも、ヒルダはその力をこうゆう時こそ示さなければと考えたのだ。
- マーズ、ヘルベルトも同じ気持ちだった。
-
- ふと集中力が反れたことを小さく自嘲して頭を振った時、レーダーが何かを捉えた。
- ヒルダはあわてて反応のあった方角、物体の確認をする。
- 捉えたのは明らかに人工的な熱を帯びて動く物体で、それは月方面からではない。
- だからいわんこっちゃないとヒルダは舌打しながら、艦へ通信をつなげて索敵を指示する。
-
- 管制オペレータがやがて対象を戦艦とMSを確認したと同時に、ミサイルの雨が部隊を襲う。
- 敵はこちらが身構える前に撃ってきたのだ。
- ヒルダらは敵の姿を捉えていたので、かろうじて攻撃をかわすことができた。
- だが対応の遅れた艦やMSは次々に被弾していく。
- 何とか撃沈を免れた指揮官は泡を食ったようにMSの出撃命令と迎撃命令を出すが既に遅い。
- ミサイル発射から間髪入れずに発進したMSがライフルを連射しながら迫る。
-
- 味方の艦、MSがまた次々撃墜される中、反撃の態勢を整えていたヒルダ達は仲間を叱咤激励するように敵MS軍の中に飛び込んだ。
- 得意の三位一体のフォーメーションで敵陣の中を順応無尽に駆け巡る。
-
- 「まったく、指揮官が聞いてあきれるよ!」
- 「大方権力に踏ん反り返って昼寝でもしてたんだろうぜ!」
- 「おかげで退屈しそうにないがな!」
-
- 3人はそれぞれ毒づきながら、またラクスのために戦えることに不謹慎ながら喜びを感じずにはいられなかった。
-
-
*
-
- プラント内、議長室。
- 最初の攻撃はすぐさま各評議会議員と軍関係者に報告され、間を置かずに臨時評議会を開くべく集結していた。
- 情報を整理しながら、評議会議員への説明をするバルトフェルドとダコスタ。
- それを受けてラクスを中心に次の手を模索する評議会。
- キラも素早く端末を操作し評議会の意見の集約と情報収集を行っている。
- 手元には既に第1防衛ラインも戦闘に入ったという情報も届いている。
-
- 情報収集をしながらキラは少し違和感を感じていた。
- 月面上での戦闘と、プラントと月の中間に位置する宙域での戦闘。
- 手痛い先制攻撃を受け、ザフト軍は甚大な被害を被ったことは確かだが、これまで沈黙を守っていたブルーコスモスが、ポイントの近くを捜索しても何もしてこなかった彼らが、ここにきて基地を発見されたわけでもないのに、プラントへは直接的には被害が及ばない場所で戦闘をしかけてきたことが気になった。
- 言いたくはないが、彼らの目的はプラントの排除のはずだ。
- だがこの戦闘ではその目的を果たすことはできない。
-
- もう一度戦闘空域とそれに伴うザフト軍の配置を確認してながら、キラは何かに気が付いたかのようにハッとした表情を浮かべた。
- 気にしすぎではとも思ったが、一度その考えが浮かぶとそれを切り離すことはできなかった。
- 今もしキラの考えが当たっていたとしたら、それは最悪の結果にたどり着くことを示している。
- そうなればここで何とかしようと必死になっているラクスや、何も知らずに平穏に暮らしているプラント市民の命が、笑顔が一瞬で消え去ってしまう。
- それだけは絶対にさせてはならない。
- キラは少し苦しげな表情を受けべたが、すぐに力強い決意を込めた表情をして顔を上げ、告げる。
-
- 「ラクス、バルトフェルドさん、万一に備えてフリーダムで待機します」
-
- ラクスは一瞬驚いた表情をして、そして悲しげな瞳でキラを見つめた。
- キラは優しく微笑んで、大丈夫だよと言う。
- いくら心配でも、そう言われればラクスはキラに何も言えない。
- ましてキラはそうあることを覚悟して今もストライクフリーダムを管理し、ラクスもその権限を与えているのだ。
-
- バルトフェルドも目を見開くが、戦闘域図を見てすぐにキラの意図を理解し、目配せして頷く。
- キラは力強く頷くと踵を返し、部屋の扉を開けた。
- ラクスは格納庫へと向かっていくキラの背中を見つめながら、ただ無事を祈ることしかできない自分が歯痒く思いながら、評議会メンバーへ向き直った。
-
-
*
-
- 防衛部隊との戦闘が確認されると、これまで岩陰でじっとしていた艦の中でクルー達の心の中をようやくという安堵と、これで相手を倒せるという喜びが満たしていく。
-
- 「よし全機発進だ。残らずやつらにぶつけてやれ!」
-
- 艦長も興奮を抑えきれない様子で上ずった声で命令を出し、MS部隊も意気揚々と発進する。
- 次々と発進するMSの半数は肩の部分に不釣合いな、機体と同じくらいの大きさを持つ発射砲を装備していた。
- その横にはそれが禁断の力であることを示すマークが刻まれている。
- それらは真っ直ぐプラントの方へ向かっている。
-
- 最終防衛ラインの部隊はレーダーにMSらしき機影をキャッチした。
- すぐさま部隊を展開し迎撃体勢を取る。
- ブルーコスモスの核ミサイルを装備していない部隊がこれに応戦、ここでも激しい戦闘が繰り広げられる。
- その戦闘を横目に核ミサイル部隊は一直線にプラントへと移動する。
- その不信な動きを偵察型ジンは捕らえていた。
- そして光学映像で敵が核ミサイルを保持していることに気が付き、すぐに議長室にも、戦闘中の最終防衛ライン部隊にも報告せれる。
- 月の部隊も、第1防衛ラインの部隊も全て陽動であることはこれで明らかになった。
- すぐさま核ミサイルの撃墜命令が下され、核ミサイル部隊を追撃しようとする。
- だが明らかにその命令を実行するには戦力に乏しい。
- 当然それをさせまいとブルーコスモスも応戦し、近づくことさえままならない。
- まさに両軍死に物狂いで戦闘を繰り広げるが、そうこうしている間にも核ミサイル部隊はプラントを射程距離内に捉える。
- そして躊躇せずパイロット達は引き金を引いた。
- 発射台からは轟音と煙を上げ、そこからミサイルが一直線にプラントへと向かっていく。
- それは破滅へのカウントダウンの開始を意味している。
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- ユニウスセブン、”血のバレンタイン”の再来。
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- かつてプラントと地球軍の全面戦争に発展した、悲劇の歴史。
- ラクスの元でそれをもう繰り返さないと心に誓ったのに、今またその悲劇が繰り返されようとしている。
- ザフト軍のプラント防衛ラインで戦闘をしていた兵士達は誰もがその未来に恐怖し、絶望した。
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- 最初から月の部隊も1次防衛ラインの部隊も、そして今自分達が戦っている部隊も、全てはあの光の刃をプラントに落とすための囮だった。
- それに気が付いたとて、今からでは到底間に合わない。
- ミサイルの数は相当ある。
- 戦闘空域との距離、プラント到達までの時間、さらに戦闘中の相手を振り切って迎撃するには、戦力があまりにも少なすぎた。
- まんまと敵の策にはまった悔しさではなく、予想される悲劇に対する絶望感が彼らを覆った。
-
- 一方、ブルーコスモスのプラント強襲部隊は大きな妨害を受けることなく、核ミサイルを作戦通りに放てたことに勝利を確信していた。
-
- −青き清浄なる世界のために。−
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- 狂気の合言葉と笑いがさらにザフト軍の絶望感を増幅していく。
- そこにいる誰もがプラントへの直撃を確信した。
-
- 外の状況を確認して当たってしまった最悪のシナリオにストライクフリーダムのコックピットで内心舌打ちしながら、キラは機体を発進してプラントを飛び出し、真っ直ぐ核ミサイルの方へ向かう。
- 最悪の事態を回避するために急いで、しかし頭は冷静に核ミサイルを射程内に捉えてビームライフルを放つ。
- 1,2発と撃ち落としたところでマルチロックシステムを作動させ、核ミサイルを撃ち落したタイミングから予測した推進力のデータを加算して、全てのミサイルをターゲットに合わせていく。
- そして全てのミサイルをターゲットロックすると、持ちうる全ての火力を一斉に砲火。
- 次々にミサイルをもらさず撃ち落していく。
- そして全ての核ミサイルはプラントに直撃する前に、宇宙空間の中で光を放った。
- 眩しさにザフト軍もブルーコスモスも目をそらす。
-
- その光が収まりようやく周囲の状況を目視できるようになると、その場にいる誰もが声を出せないほど驚愕した。
-
- プラントは無傷で何事もなかったかのように佇んでいる。
- そして消え行く残光の先には、青い翼を大きく広げた、白を基調としたカラーリングのMSがプラントの盾になるかのように立ちはだかっている。
- 認識コードが示すのは、MSパイロットであれば誰もがその噂を耳にしたことがあり、そして最も畏怖する存在。
- すでに伝説とも称されるストライクフリーダムの機影がそこにあった。
- そのコックピットの中でキラは核ミサイルを全て撃ち落せたことにホッとすると、凛としてブルーコスモス軍と向かい合う。
-
- 「あなた方の攻撃は阻止しました。これ以上の戦闘は無意味です。武装を解除してください」
-
- 核ミサイルを全て撃墜され、明らかに戦意を喪失し、動揺しているのが感じられるため、キラは一縷の望みを持ってブルーコスモスに呼びかける。
-
- だが彼らとてゆがんだ感情ではあるがプライドがある。
- その驚異的な力を目の当たりにし、一瞬言葉を失ったが、核ミサイルが全て撃ち落されたからといって、おめおめと引き下がることなどできるはずもない。
-
- 噂でしか聞いたことのない伝説のMSが1機。
- こちらのMS全機で一斉にかかれば、例え伝説のMSとて倒せるはずだ。
- たかが1機にコケにされてたまるか。
- キラの言葉に返って半ばヤケクソ気味の憤怒と薄っぺらなプライドが刺激され、彼らに攻撃の衝動を起こ
- させる。
- キラはまた少しだけ悲しげな表情を浮かべると、レバーを握る拳に力を込め、フリーダムを敵MSの方へとスラスターを噴出した。
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