- 無数のデブリと小さな岩石に埋もれた、地球から最も離れたプラントのはずれの宙域。
- そこに浮遊している岩石の一つの中に作られた、誰も知らないMS組み立て工場。
- その脇にある会議室、僅かに手元のみ明かりが差し込む暗闇の部屋の中で、数人の男達が低い声で話し合っている。
- その明かりの中央にMSの設計図と、何かのデータなのか波形グラフを映し出しているモニタがある。
- そのグラフに対し何か修正の検証を行っている。
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- とそこに通信が入る。
- 何重にもロックされた秘密の通信回線で、内容は乱数コードによる暗号化もされている。
- その情報を読み取った男達は暗がりで表情は読み取れないが、慌しく検証を中断してキーボードを取り出し、何かを一心不乱に打ち込む。
- 打ち込んだデータはその工場で作られているMSへとインプットされていく。
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- 他に作業員は見当たらない。
- さして広くはないMSデッキには5機のジンだけが確認でき、ハッチが閉じているせいかパイロットの姿も確認できない。
- 会議室でデータを打ち込んでいる数人の男達だけしかこの工場にはいないようだ。
- そのジンに対して恐ろしいほどの速さでキーを入力し終えると、OSが起動されMSの目に光が宿る。
- 同時に戦艦の接近を知らせるブザー音が鳴り響く。
- 側面の外の様子を映すモニタにはザフト軍のナスカ級戦艦が映し出される。
- それを全て予想していたかのように鳴り続けているブザーを慌てるでもなく止めると、男達は頷きあいハッチ開放ボタンを押して、パイロットの搭乗を確認しないままMSを発信させる。
- 通信も指示も送ることはない。
- ただ無言のまま外を映すモニタのスイッチを入れて、MSの行方をじっと見ていた。
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- 発信したMSはならし運転をするように数回工場の周りを旋回すると、バーニアをふかして捕らえた戦艦へと向かって飛んでいった。
- MSを追いかけるカメラをONにすると、その様子を流しながら男達は何事もなかったかのように、先ほど中断したデータの検証に話を戻した。
- まるで結果を知っているかのように。
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PHASE-07 「怪事件」
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- 地球から最も離れたプラントのはずれの宙域に浮かぶデブリと小さな岩石帯。
- その中を行くザフト軍のナスカ級戦艦<フェルモース>。
- 彼らの任務は海賊の捜索。
- もうすぐ例のポイントだ。
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- 最初に起こった事件は1ヶ月程前、MS組み立て部品運搬の輸送船が襲われ消息を絶った。
- その時は大きなデブリか岩石の衝突事故だろうと思われたが、その確認と救援に来た部隊も同じ様に消息を絶った。
- その後もザフト軍の部隊をいくつか派遣したのだが、それらの部隊もことごとく消息を絶ち、行方も原因も未だ不明のままだ。
- この状況と最後に消息を絶った部隊から送られた映像から、正体不明のMSに襲われたのだということだけがわかった。
- また最初の事件から部隊が消息を絶ったポイントは少しずつだが確実にプラントへ近づいていた。
- これを放置することは評議会としても国防委員会としても見過ごすことはできなかった。
- そのため精鋭部隊を編成し海賊の発見、逮捕の決定が評議会で下された。
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- その部隊の隊長を務めるのは先の大戦でもクライン派として、メサイア防衛部隊を相手に6機のMSを撃墜したアレス=シューレンだ。
- 相棒のカラッサを旗艦々長として部隊を率い、危険な任務に対して臆することなく、またこの部隊を任されたことを誇りに二つ返事で引き受けた。
- クライン派としてラクスのために命をかけることができるのは、この上なく幸せなことだった。
- 従うクルー達も同じ気持ちで、今は皆、気持ちを高ぶらせている。
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- ポイントに向かって航行する中、突然MS接近のアラームが鳴り響き、艦内に緊張が走る。
- アレスは落ち着いてすぐさま数と機種の特定を指示する。
- オペレータはすぐに音声照合とシグナルを解析、光学映像をメインモニタへと回す。
- 確認できた敵はジンが5機。
- それ以外の機影、艦影は捕捉されていない。
- デブリ帯の中なのでうまく潜んでいるかもしれないが、熱源も音源も感知できないためそう近くにはいないと判断できた。
- 対してこちらはグフ、ザク合わせて25機。
- 撃退できぬ数ではない。
- 決して相手をなめているのではない。
- いくつもの死線を潜り抜けてきた自信と経験がそう語るのだ。
- 部下に激を飛ばすと、自らも専用機に乗り込み戦場へと飛び出す。
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- だがアレスも闇雲に戦いをしかけるつもりはない。
- クライン派としてラクスの意志を十分に汲み取り、理解もしている男だ。
- 戦闘の前に通信を全周波に設定して呼びかける。
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- 「こちらはザフト軍、シューレン隊。所属不明のMS、速やかに戦闘行為を止め通信回線を開け」
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- だがジンはその呼びかけに応えぬままライフルを構え、突然発砲した。
- アレスはとっさの判断でペダルを踏み込みライフルの上へと逃れる。
- だが反応が遅れた後ろの1機がライフルの直撃を受け、爆発、炎上した。
- それを見たアレスは一瞬呆然とするも、すぐに相手に対して憎悪を抱き、怒りに震える自分を抑えながら、すぐさま部隊に攻撃命令を出す。
- 自らもライフルを構え、ターゲットをロックに入れる。
- そして確実にロックしてアレスはもらった、と声を上げてビームを発射した。
- それは1機のジンに直撃・・・のはずだった。
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- ところが狙いをつけられたジンは、ライフルのビームを当たる直前に紙一重で機体を捻ってかわした。
- かと思うとすぐさま体勢を立て直してライフルをアレスの方へ向け、発砲してくる。
- アレスはバーニアの出力を急激に上げ何とか直撃は避けたものの、左足に被弾しバランスを失った。
- それを合図に全てのジンが一斉に攻撃を開始する。
- 直後からアレスの部下達も次々と被弾、その命を散らせていく。
- ジンの動きは予測を大きく上回る機動力を見せて、アレス達の反撃はかすりもしない。
- それは自分の知るジンの動きではない。
- かつて自分もジンを駆った経験からわかる。
- これだけの機動力を発揮してはパイロットが制御しきれないし、何よりパイロットの体がいくら強靭なコーディネータといってもその不可に耐え切れない。
- だが今目の前にいる敵はそのスピードで機体に振り回されることもなく操縦し、アレス達はどんどん追い込まれていく。
- 射撃も正確で次々に仲間のMSが撃ち落され、あたりに爆発の明かりが灯る。
- 何とか直撃はかわしていたアレスだが、手足をもがれ身動きも取れなくなった時、とうとうコックピットへの直撃を受けてしまう。
- そのコックピットの中で、アレスは信じられないといった表情のまま炎の中に消えた。
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- ジンはMSを全滅させると、間髪入いれずに艦に狙いを定める。
- カラッサも目の前に起こったことを信じられぬまま、迎撃命令も出せずにただ的になるしかなかった。
- ジンは相手を全滅させたことを確認すると、また素早い動きで何事もなかったかのようにそこから立ち去る。
- そしてその宙域には、無残な鉄くずと化したMSと戦艦の残骸だけが残された。
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-
*
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- 「また捜索隊が消息を絶ちました。これで7件目です」
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- イザークは苦虫を噛み潰したような渋い顔で、しかし”議長”ラクスの前であるので何とか平静を保って報告をする。
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- ここは国防委員会の司令室。
- ラクスはキラを伴って今後の軍の編成についての打ち合わせに、セイの元を訪れていた。
- その打ち合わせ中に告げられた報告。
- 以前からこの宙域で起こっていた行方不明事件を解決するために今回は精鋭の部隊を派遣し、これで事件は解決すると誰もが信じていた。
- だが司令部に入ってきたのは部隊の信号が途絶えたという事実だった。
- 向かった部隊は実戦経験も豊富で優秀な軍人だ。
- その彼らが消息を絶ったとなると、いよいよ事は深刻な事態へと向かっている事は確かだ。
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- 予想外の事態にイザークだけでなく、部隊に命令を下したセイ、部隊派遣の許可を出したラクスも驚きを隠せない。
- ラクスの傍らに控え立っていたキラも沈痛な面持ちでラクスの肩へ手を置き、ラクスもそっと手を重ねて大丈夫ですと哀しげに微笑む。
- キラはそのラクスの表情に胸を痛める。
- このところラクスの表情はずっと憂いを帯びている。
- それはバルトフェルドから行方不明事件と同時に知らされたとある科学者の殺人事件について。
- 無関係だと思われつつ、その事件後、何らかの関わりのあった科学者達が複数人殺害されていたのだった。
- それゆえに市民にも不安が広がり、ラクスら評議会はこの事態を収拾すべく奔走している。
- ただでさえ大変な時期に立て続けに起こる暗いニュースばかりでは、明るい表情が少なくなるのも無理はない。
- 何とか憂いを取り除きたいと思うキラだがこんな時、声をかけたり心配したりすることしかできない自分が歯痒かった。
- ラクスにとってはそれだけでもどれ程心が軽くなるかを知る由も無いが。
- そんなキラの思いを余所に、事件を重く受け止める彼らの重苦しい沈黙がこの空間を支配する。
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- 「ラクス様、ここはヤマト秘書官に捜索隊に加わっていただくことを提案します」
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- 考え込んでいたセイは急にラクスの方へ向き直ると沈黙を破り、キラとストライクフリーダムの出撃を要請した。
- 先日のキラの戦闘履歴を見れば、ザフト軍の1個師団で何とか応戦していた部隊を、たった一機で落としたのであるから要請は妥当と言えば妥当である。
- 少しだけキラを横目で一瞥するとすぐにラクスをまっすぐ射抜くように見つめる。
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- だがラクスは少しだけ顔をしかめて、その要請を却下する。
- キラを戦わせたくない、傷ついて欲しくないという私情が無いとは言えないが、キラは正規の軍属ではない。
- 軍に属するものだけが危険な目に会えばいいというわけではないが、軍はそれが仕事といえば仕事だ。
- 普段は威厳を持ちまた冷静に大局を見通す目を備えたラクスだが、キラに関することだけは冷静な判断を欠き、そして甘いと評価されている。
- それは逆にプラントの象徴とも言うべき存在のラクスにとって、唯一暖かな人間らしさが垣間見える瞬間でもあるので周囲はあまり言わないが。
- とにかくいくらキラを信じているとはいえ、やはり戦いに出れば少なからず心が傷つくことがわかっているラクスには、おいそれと要請を受け入れることを心が拒否するのだ。
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- 一方のキラはセイの発言にラクスとは違った方向で少し迷っていた。
- キラ自身に出撃する意志、用意はあるのだ。
- しかし自分が出撃することは、ラクスが少なからず悲しむことは想像に難くなかった。
- ラクスにこれ以上傷ついて欲しくないというのは切なる願いだ。
- だがこのまま何もできないことはキラ自身を苦しめた。
- 戦うことはキラ自身を苦しめるし、またラクスにいらぬ心配をかけることはわかっている。
- だが想いだけでは何もできないことも知っている。
- そうでなければ辛くとも、ヤキンドゥーエでもメサイアでも戦うことなどできなかったから。
- 何もしなければ、ラクスはきっと傷ついていくことだろう。
- それはキラの望むところではない。
- だから考えた末、キラは穏やかに微笑んでラクスの心を優しく包み、また不安も駆り立てる言葉を紡ぐ。
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- 「大丈夫だよラクス、ミヤマ国防委員長の言うことは間違って無いと思う。これ以上犠牲を出さないために今できる最良の判断をしないと。」
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- ラクスはその言葉に驚き、そしてキラにだけわかる悲しみの色を滲ませる。
- その表情にキラの胸は痛んだが、このまま何もしなくてもラクスの辛さは消えることはない。
- これは苦渋の決断だった。
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- そこへ通信が入り、内容がオペレータから報告される。
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- 「ポイントCC-1744にてウィッツ隊が所属不明の部隊と交戦中です」
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- 戦況は劣勢だとも付け加えられる。
- ウィッツ隊はシューレン隊の後方支援として展開していた部隊だ。
- シューレン隊を討ったジンはそのまま後方のウィッツ隊を発見するとそのまま攻撃をしかけてきたのだ。
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- オペレータの報告にわりましたと告げるラクスだが表情は冴えない。
- 劣勢という状況もそうだが、戦闘のポイントがわずかだがまたプラントへと近づいている。
- 最初に輸送船が行方不明になったポイントから、事件が起こるたびに報告されるポイントはプラント側へ近づいているのだ。
- そして今戦闘が行われていると報告されたのはプラント防衛網の最初のラインに位置する宙域だ。
- このまま放置すればいずれプラントにかなり近いところでも、市民達が正体不明の敵に怯える時がくるかもしれない。
- そうなれば由々しき事態だ。
- 悠長に構えている場合ではなく、早急に手を打たなければならない。
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- その報告を聞いたキラは決意を固めラクス、そしてセイに告げる。
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- 「ストライクフリーダムで出ます。発信準備の通達を」
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- ラクスはそんなキラに何も言えず、またプラントの安全を考えれば議長としてはキラの行動を止めることはできず、ストライクフリーダムの出撃許可を出すしかなかった。
- 未だ哀しげな表情を浮かべたままのラクスにキラは優しく微笑むと、大丈夫と軽く抱擁して部屋を後にした。
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-
*
-
- 「艦長!ヴィクターが堕ちます。このままでは!」
- 「そんなことを言っている間に弾幕を張れ!MSを取り付かせるな!」
-
- アーサーはボブの泣き言に怒鳴り返しながら、戦闘が開始されてからもう何時間も経ったのか、それともまだ何分しか経っていないのか、時間の感覚さえ失われていた。
- 確かに油断はあった。
- まさか前衛のシューレン隊がいとも簡単に全滅するとは思っていなかった。
- シューレン隊の信号が消えた後、突然現れた5機のジン相手の襲撃を受けて、捕らえるどころかこちらが全滅の危機を迎えていた。
- 味方のMSも落とされ今は必死に振り払うことしかできない。
- アーサーは必死に可能な限り生き残る術を考えていた。
- ミネルバを失ったようにまた自分が乗る艦を、そしてクルー達の命を失うわけにはいかなかった。
- だが旗艦は沈み、隊長も艦と共に戦死し、部隊は壊滅状態。
- 辛うじて主砲を失ったヴェルトールと数機の被弾したMSが残っているのみ。
- どんなに優秀な艦長であろうとなかろうとこれでは手の打ちようがない。
-
- 自分はミネルバで何を学んだと言うのか。
- 副官という立場に甘えて、艦が沈んだこと、クルーが死ぬことなど考えても見なかった。
- ところが実際にアークエンジェルとの戦闘に敗退し、タリアが艦をお願いといったあの切なげなしかし確かな決意の表情をアーサーは決して忘れることはなかった。
- 艦の責任を追うということ、それはクルー達の命を預かることに他ならない。
- そしてそれを果たしまた放棄するというのはどういうことか、あの時痛いほど知ったはずだ。
- だがこの状況で今の自分に何ができると言うのか。
- 今更ながら自分の無力さをこれほど呪ったことはなかった。
- そして悔しいが自らの死も覚悟した。
-
- その時だった。
- 突然どこからともなく発射されたビームがジンとヴェルトールの間を通過し、ジンは急旋回する。
- アーサーがビームの発射された先を目で追うと、そこにはストライクフリーダムがライフルを構えていた。
- キラがプラントからストライクフリーダムをフルスピードで駆って来たのだった。
- アーサーにはその姿は今はどんな天使の姿よりも頼もしく、ありがたく見えた。
-
- 戦闘空域に到着したキラは移動の疲れも見せず、まずは相手を牽制して被弾した戦艦から下がらせることを考えた。
- そして狙い通りの宙間にビームを放ち、ジンが急旋回したのを確認すると生き残った部隊に撤退を命じ、自身はライフルを構えて敵MSへと向き直った。
- そして素早い動きで相手がこちらに狙いを定めようとするのを機体を左右に振って翻弄し、死角へと回り込む。
- またキラは瞬時に相手の武装とメインカメラに狙いを定めロックし、キラならではの速さで火力を放った。
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- アーサーは先のブルーコスモスとの戦闘でも見たその動きに、勝てると確信を持った。
- だが次の瞬間、その思いは脆くも崩れ去る。
- 当たったと思われたストライクフリーダムの射撃はことごとくはずれていくのだ。
- 構えたライフルも、レール砲、ビーム砲を矢つぎ早に連射してもジンは軽快にかわしていく。
- アーサーを始め、ヴェルトールのクルーも予想外の展開に驚きと不安を隠せない。
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- だが目の前に起こった事実に最も驚愕しているのはキラ自身だった。
- 確かにロックしたはずのライフルの先からビームを発射し、しかし直後にモニタから姿が消え、紙一重でかわしていく相手MS。
- 自惚れていたわけではないが射撃の正確性においては自信があったし、そこまで素早い敵など今まで出会ったことがなかった。
- 実際単純なMSの機動性で言えば、性能差もあり完全にストライクフリーダムが上だ。
- だが相手をロックした時に生じるわずかな停止時間を読んでいるかのように、ロックした先から消えていく。
- それらが5機、こちらの射撃をかわしては個別に攻撃をしてくるので、狙いを定めることもなかなか容易ではない。
- 気がつけば徐々に追い詰められていることを悟り、キラは焦燥に駆られ始める。
- そんなキラを知ってか、ジンはストライクフリーダムに的を絞ると、また通常では考えられないスピードでライフルを発射しながら突進してくる。
- キラはくっ、と声をもらしてスラスターペダルを踏み込んで、展開したビームシールドで攻撃を受け止めるのがやっとだった。
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