- 国防委員会の司令室に映し出された映像に、声が出る者はいない。
- 誰もが疑わなかったストライクフリーダムの圧勝。
- 今度こそこれで事件は解決、と安堵の息をついていた。
- だが目の前で繰り広げられるのは、先の戦いでもブルーコスモス1個師団相手に単機で勝利をもたらした勇姿ではなく、わずか5機のジン相手に苦戦を強いられるストライクフリーダムの姿だ。
- 放たれる攻撃はことごとくかわされ、敵の攻撃をビームシールドで何とか凌いでいる状態だ。
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- ラクスはもう気が気ではない。
- 機体の性能とキラの実力であれば負けることは無いと、心のどこかでは思っていた。
- だからこそ出撃の許可も出したというのに。
- 心配なのは戦い相手を傷つけたことに対するキラの心の傷だったはずなのに。
- キラの命そのものが危機にさらされているなど想定外だ。
- ラクスは普段ではありえないほど顔面蒼白になっていた。
- キラの出撃連絡を受けてやってきたバルトフェルドは、自分がラクスの表情を読み取れたことに事態は相当切迫していることを理解した。
- キラ以外でラクスの表情からその感情を読み取れるのは、経験上ラクスの気持ちに余裕が無い時だけだ。
- つまりラクスは心情的に追い詰められた状態であることを示している。
- そしてラクスにとってはもちろんだが、実際技術顧問にも就いているプラントの現状を考えても、キラの喪失は大きい。
- これは何とかしなければとバルトフェルドは必死に頭を巡らせて、キラを助ける援軍を送ることをラクスに提案する。
- その提案にラクスは我に返り、ようやく少しは冷静な頭を取り戻す。
- 頭を振って動員可能な隊の掌握と部隊の編成を指示する。
- イザークも積極的に指示と掌握した部隊の編成案を作成しラクス、そしてセイに見せる。
- キラを失うことは重大な損失だと素直に思ったからだ。
- そしてそれは事実だ。
- 周囲が思っている以上にプラントをまとめるラクス、それを物理的にも精神的にも支えるキラの存在は大きい。
- だがセイはその提案を否定する。
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- 「何故ですか、ミヤマ国防委員長!」
-
- ラクスが掴み掛からんばかりの勢いでセイに詰め寄る。
- セイばかりかバルトフェルド、イーザクもその勢いに圧されながら、何とか平静を保ったセイは憮然と言い放つ。
- ラクス自身も自分がどんなことをしているかおそらくわかっていない。
-
- 「ヤマト秘書官がストライクフリーダムを駆って対応できない敵を、ザフト軍のどの部隊が対応できるというのですか?先の戦闘でもヤマト秘書官とストライクフリーダムが今プラント内で髄一の兵士であることが証明されています。それはラクス様が一番おわかりでしょう」
-
- そう先の戦闘でキラとストライクフリーダムはザフト軍1個師団を凌ぐ程の戦闘力を見せている。
- そのキラが苦戦する相手に、キラを援護できる部隊など残念ながら今のザフト軍全軍を投入する程の大部隊でなければならず、それは現実的にできない。
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- 言われてラクスは息を呑んだ。
- キラを助けたいが、確かにキラを上回るほどの戦力はザフト軍には無いに等しい。
- 下手に援護に向かわせれば返ってキラの足を引っ張りかねない。
- キラは味方を守りながら戦うだろうから。
- それはキラをさらなる窮地へと追い込むことに他ならない。
- またキラを助けるために他人を犠牲にしてもなどという気も毛頭無い。
- まさに打つ手なしの状況に、ラクスの顔は再び蒼白になっていく。
-
- その事実にイザークも複雑な心境だった。
- 自分やザフト軍が、軍人ではない一人の男を援護する戦力にもならないことに。
- ラクスがそのために苦しんでいることを実感しながら、自分も何の力にもなれないことに憤りと情けなさを感じていた。
- いつもあの男には屈辱ばかり味あわされている。
- 帰ってきたら一発殴らせろとなどと考えながら、心中とは裏腹に悲痛な表情で戦闘スクリーンを見つめる。
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- バルトフェルドも普段の陽気な雰囲気を出す余裕が無い。
- ましてキラもラクスもこれからの世界には必要な人材だと強く感じ、また彼らの進む道を信じる者として何かをしなければと思うのだが、強く思えば思うほど打開策が見つからない。
- 気持ちばかりが焦るがどうしようもない。
- 今はキラが自分で切り抜けることを信じるしかなかった。
- バルトフェルドは初めてこれほど自分が無力であるということを思い知らされた。
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- セイだけが冷めた表情でキラの戦闘を見て、またラクス達のうろたえぶりを見つめていた。
- そのことを知る余裕さえ今のラクスにはない。
- 映っている映像を見ながら、ラクスは悲壮な表情でたたキラの無事を祈るしかなかった。
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PHASE-08 「難敵」
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- キラは自分が防戦一方の展開になったことに、戸惑いと焦りを感じていた。
- 最初は何とか攻撃をかわせていたが、次第にビームシールドで防御しなげればならなくなっていた。
- そして5機のジンは最初個々にストライクフリーダムに向かってきたが、時間が経つにつれて互いが連携を取るようにフリーダムの死角へと回り込んでくる。
- シールドで防御しながらキラは必死に考えた。
- 相手を傷つけたくないからとコックピットを狙わず、武装やメインカメラのみ撃ち落す戦いをしてきたが、それができるのは圧倒的な技量の差があるからだ。
- それができないということは、その技量差がないことを示している。
- そのことを自覚したことはないが、少なくとも相手より劣っていることはないと、心のどこかでは自惚れていたかもしれない。
- そんな自分に舌打ちする。
- それに相手を殺さないように配慮していると言いながら、自分が死んでは元も子もない。
- そんなことになればラクスがどれだけ悲しむか、自惚れているつもりもないが容易に想像できる。
- いや自分の想像以上かも知れない。
- それに死ぬことは怖く無いけれど、彼らをここで止められなければまた犠牲になる人が増える。
- これまでの状況を鑑みて、自分がここで何とかしなければならない。
- このまま今死ぬわけにはいかないと、キラの中に責任感にも似た覚悟が芽生えつつあった。
- そのためにはとにかく今の状況を打破しなければとキラは思考を巡らせる。
- ピンチであることには変わりないがまだ頭は冷静に状況を把握しているし、目の前もクリアに見えている。
- キラは防戦しながら、ジンの行動パターンを頭の中で分析していた。
- それから持ち前のキー入力の速さで素早く行動パターンの解析ソフトを作成しデータを入力する。
- するとどうやらジンはフリーダムと一定の距離を保って、攻撃をしていることがわかった。
- ならばとキラは攻撃の間隙をぬって腰のビームサーベルを抜くと、全開でペダルを踏み込んで加速し正面にいる1機のジンに狙いを定め猛然と迫った。
- 当然ジンはこちらを攻撃しながら距離を取ろうとし、他のジンも援護するように撃ってくるが、キラは螺旋を描いて機体を振り回し相手に的を絞らせない。
- 元々ストライクフリーダムは機体そのものの加速力、機動力においてジンと歴然とした差がある。
- 回避行動を取りつつも、あっさりビームサーベルが届く距離へと近づいた。
- これなら当たるとキラは今度こそ確信を持った。
-
- だが他のジンが執拗にフリーダムを狙い、またレーダーがロックされたことを示す。
- 背後からロックされたことに気がつくと、キラの背中に戦慄が走る。
- 避けなければやられる。
- しかしキラは自分と接近したジンとの位置関係に気を使ってしまう。
- もし今自分が攻撃を避ければ間違いなく目の前のジンに攻撃が当たる。
- 相手にしてみれば味方に被害が及ぶかも知れないのに。
- 敵はそのことに気が付いていないのか、それともその犠牲を厭わないのか。
- どちらにしても、ストライクフリーダムか僚機のジン、いずれかに攻撃が当たるのは明々白々だ。
- 一瞬自分が避けた時のことを想像し、ほんの僅か避ける事を躊躇ったが、自分も今死ねないものを背負っている。
- キラは紙一重で機体を捻るように上半身を無理に横に向けてかわす。
- コックピットにもその無理な負荷による機体の軋む音が響き、キラは顔を顰める。
- 同時にストライクフリーダムを捉えていたライフルが、今までストライクフリーダムの影に隠れる形になっていたジンに直撃する。
- それはちょうど機体の胸のあたり、コックピットの位置するところだった。
- キラは思わず悲壮な表情になる。
- そのジンのパイロットの状態を想像して。
-
- だがジンは攻撃で胸部の装甲ははがれ、胸から損傷した首のコードやらを剥き出しにしながら後ろへバランスを崩すも、すぐ何事もなかったかのように体制を立て直して再びライフルを構えて発砲する。
- それを見たキラはあわててペダルを踏むが、予想外の展開の連続に今度こそ反応が遅れてしまった。
- 左肩あたりを被弾し、肩の装甲の一部が削り取られる。
- 反射的に損傷箇所を確認したが、駆動部には問題ないようだ。
- 左腕のシールドはしっかり機体の前に構えることができ、システムも異常を検知しない。
-
- だがキラの頭はホッとすることなく混乱していた。
- コックピットに攻撃が直撃したのにパイロットが生きていることに。
- いや生きている可能性がないわけではないし生きているのならばそれはそれで嬉しいことなのだが、何事も無かったかのように動いていることが信じられない。
- あの攻撃でコックピットの中のパイロットが無傷だとはどうしても考えられない。
- まだ執拗に放たれる攻撃を辛うじて防ぎながら、キラは必死に雑念を振り払おうとする。
- そこに胸部を損傷したジンが執拗にライフルを構えてストライクフリーダムを狙い打つ。
- それをビームシールドで受け止めながら、キラの良い目は離れていくジンの破損した胸部をはっきりと捉え、再び驚愕する。
- コックピットの中が丸見えになるほど胸の辺りに大きな穴が開いていたが、そこから見えたのはボロボロになった無人のシートだけだった。
- 攻撃で人が投げ出されたのかと、キラはその周辺の宙域に思わず人の姿を探した。
- だがそれらしきものはモニタにもレーダにも映っていない。
- そして当のMSはそんなことお構いなしにまだ執拗にライフルを構えて攻撃を仕掛けてくる。
- パイロットが乗っていないにも関わらず、だ。
- 再びキラはジンの攻撃をかわすことに集中しようとする。
- だがキラはジンの動きを視界に捉えながら、思考は別のことに向いていく。
- どう考えてもおかしすぎる状況、パイロットが操縦していないのに動くMS。
- その事実にキラの思考は一つの結論に辿り着いた。
- つまり相手は最初から無人で動いていたのではということに。
- はっきり言ってこの事実を目の前にしてもまだ半信半疑だ。
- そんなことが本当に可能なのかと驚愕ばかりが湧いてくるが、今はそのことを深く追求している場合ではない。
-
- キラは一瞬のうちに葛藤する。
- この状況を切り抜けなければその答えも見つけられないだろうことはわかっている。
- 自分は覚悟をしたはずだ、戦い続けることを。
- 無人であればコックピットを攻撃しても誰も死なない。
- それならばコックピットを狙わない理由はない。
- ならばとキラは開き直って鍔迫り合いをしているジンを機体のパワーに任せて弾き飛ばすと、素早くライフルを構えてコックピットを正面に捉える。
- そしてロックと共にライフルの引き金を引いた。
- さしものジンも体制を崩した状態からは避けきれず、今度こそ放たれたビームは確実に機体を貫いた。
- ジンの中心部から光が零れ、花火の様にバラバラに散らばっていく。
- その様子を見てキラは自分の行動にわずかながら違和感と胸の痛みを感じた。
- フリーダムを手にしてから一度もしたことがなかった、相手MSのコックピットを狙うことを。
- その光景にストライクに乗ったばかりの頃を思い出す。
- もうあんな思いを二度としたくないから、何と戦わなければいけないか気が付いたから、相手のパイロットの命を極力奪わないようにコックピットを避けて攻撃してきた。
- 戦争だから仕方ないと逃げないために。
- 戦闘中だということを忘れて、キラの胸を色々な思いが駆け抜け締め付ける。
-
- その思考を余所に、残りのジン4機はまだ攻撃をしかけてきていた。
- すんでのところで気が付きかわしながら、この4機も無人で動いているのか確認するために、再びキーボードに指を素早く走らせる。
- 結果行動パターンは既に撃ち落とした1機と差異はないことを示している。
- それも驚くほど同一のアルゴリズムに基づいて行動しているのだ。
- それは全てのジンが無人で動いていることを示している。
- それがわかったところでようやく完全に冷静さを取り戻し、今は余計なことを考えている場合じゃない、とキラは自分を叱責する。
- そしてこれ以上ラクスやプラントの人達を傷つけないために戦うという最大の目的も思い出し、キラは今度こそ迷いを捨ててジン達に狙いを定める。
-
- そこからは圧倒的だった。
- それまでの苦戦が嘘のようにキラはジンを翻弄し、次々にジンに接近してはビームサーベルを突き立てていく。
- ジンは機体の中心部から爆散し、破片が星屑のように宙を漂う。
- キラはそこに人がいないことを確認するように一瞥して、小さく安堵しながら再び操縦桿を引いて次の相手へとストライクフリーダムを走らせる。
- そして残り1機となるとキラは躊躇わず接近し、メインカメラと四肢を切り落とす。
- さすがに無人で動くMSでもあちこちのコードや動力部が壊れれば動けず、機能を停止した。
-
- アーサーは苦戦していたストライクフリーダムをヤキモキしながら見ていたが、突然動きがよくなったことに驚くと同時に、すぐさま相手を撃ち落として戦闘が終わったことにホッと胸を撫で下ろした。
- クルー達にもようやく助かったという安堵感が溢れる。
- キラはようやく戦闘が終わったことを確認すると、久しぶりに生き残ったことにホッとしている自分に苦笑する。
- そしてビームサーベルを収めると、キラは胴体だけになったジンを抱える。
- コックピットのメインコンピュータにはにはおそらく無人で動くためのアルゴリズムやネットワーク構成があるはずだと考えた。
- コックピットだけ残したのはそれを調べるためだ。
- おそらくこれまで何人ものザフト兵が行方不明になったのはこの無人のMSにやられたからだと容易に想像がつく。
- 実際今しがた自分もかなり苦戦したのだから。
- 無人で動くのだから、パイロットの限界を考慮する必要が無い。
- 機体のポテンシャルを文字通り100%に引き出していたのだから、旧式のジンでも最新型以上に動けるのは当然だ。
- いかに最新型と言えどもそれを動かすのは人間だ。
- 機体を加速した時にかかるGや負荷に耐えるには限度がある。
- そのため機体の限界速度はもっと高く制限されていても、人の体がついていなかいためそこまで出せないのが実状だ。
- ある意味ではそれを解消したといえるシステムだ。
- それに戦いがここで終わってくれればいいが、キラにはこれで終わるとは思えなかった。
- このシステムはMSがあれば疲れを知らず、死を恐れず、それでいて人材を失うという痛みも伴わず、いくらでも優秀な兵士を作り出せるという恐ろしい一面も備えている。
- これ程の技術をこのまま終わらせるはずがない。
- おそらくこれは何かのテストなのだと確証はないが、確信めいたものを感じ取っていた。
- 今後ザフト軍が対応する上でも、このアルゴリズムの解析は重要になる。
- それのサンプルとして確保することを、キラは最後の1機になった時に考えたのだ。
-
- 生き残った部隊にも撤収を指示して、キラは宙域を後にする。
- その指示を畏まって受けながら情勢を理解していないアーサーは、ストライクフリーダムの抱えたジンの残骸を見て、あんなもの何をするんだと首をかしげて見送った。
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