- わずかにモニタから漏れる明かりのみが差し込む暗闇の部屋の中。
- 4人の男がそのモニタを囲んで、モニタの向こうの男の報告を聞いている。
- しかし男達の表情がはっきりとは見えないが、だんだんと険しいものになっていくことだけはそれを取り巻く空気からわかる。
- モニタの向こうの男はそれを意に介さないように、淡々と結果を報告する。
- その告げられた結果というのは、この秘密工場から送り出したジンが全て撃ち落されたということと、ストライクフリーダムとの戦闘記録だ。
- そしてその内1機はコックピットを捕獲された、ということだった。
- それを聞いた一人の男が忌々しそうに拳を机に叩きつけ、声を荒げる。
-
- 「ちっ、あの男はこれを上回る力があるっていうのか!」
-
- その言葉にその右隣にいた男も苦痛を受けたような苦い表情を浮かべる。
-
- 「それにしても捕獲されたのは痛いな。奴の力からすればセキュリティシールドが突破され、解析されるのは時間の問題だ」
-
- その向かい側の男は捕獲こかくされたことに関心がないように、前向きな意見を述べる。
-
- 「だがこれまでの雑魚とは違ってかなり優良なデータが得られた。APSの問題部分もわかったことでより優良なアルゴリズムを組むことができる」
-
- 彼らは無人で操縦するシステムをと呼称し、その頭文字を取って<APS>と呼んでいる。
-
- 興奮する男の正面では対照的に別の男が眉一つ動かさず冷静に今後の対策を口にする。
-
- 「やはり秘密保持のために自爆装置を備えておくべきか」
- 「既に情報は渡ったっちまったのに今更意味ないだろ!」
-
- 未だ興奮冷めやらぬ男は後手に回った対策案に、吐き捨てるように叫んで今度は机の側面を蹴りつける。
-
- 「だがこれ以上情報が漏れないようにする手立ては考えておかねばな」
- 「それよりも奴を倒せるようにアルゴリズムを改良する方が先だ!」
-
- そんな男達の会話をじっと聞いていたモニターの男は、これ以上の不毛な言い争いを遮るように、一つの事実を告げる。
-
- 「所詮大量生産のプログラムされた機体だ。それだけで奴には勝てんさ」
-
- 確かにAPSは機体の性能を100%引き出すことが可能だが、臨機応変に機体を操縦することができないという欠点もある。
- システムの予想を超える動きや行動に対しては全くの無防備になってしまう。
- 全ての行動をプログラムによって制御しているのだから、プログラム以外の動きをすることはできず、こればかりはどうしようもない。
- その点においては、人が操縦する方が遥かに高い順応性を示すのだ。
- そのことに男達は俯き黙り込んでしまう。
- モニタの男はそれでも問題ないというように、冷静に次の指示を出す。
-
- 「確かに情報は漏れてしまったが、チャンスはまた作れる。さっき仕込んだからな、そこは抜かりない。それよりも次は確実に仕留められるように、例の機体の調整を急ぐんだ」
- 「俺は構わんが、本当に使うのかあの力を?」
- 「奴の能力もさることながら機体の性能も間違いなくずば抜けている。あの性能を超える機体でなければ奴には勝てんさ」
-
- 今更怖気づいたかと少し嫌味たらしく言うと、言われた男はムッとした表情を作り誰がと反論する。
- その反応に満足そうに微笑むと、後は頼むと言ってモニタの光が消えた。
- モニターが消えると、未だに興奮した男は何事かぶつぶつ愚痴りながら、しかしノートパソコンを持って部屋を後にする。
- 他の男達は備え付けの端末を起動し、何かデータを打ち込んでいく。
- そのモニタにはMSらしき機体の図面が映し出されている。
- 格納庫のような場所には1機の見慣れぬMSがそこに佇んでいた。
-
PHASE-09 「過去の傷跡」
-
-
-
- キラが無人で動くジンと戦闘してから1週間。
- 格納庫の一角で捕獲したジンのコックピットにコードやら端末やらをつないで、キラはデータの解析に集中していた。
-
- プラントに戻ったときにはラクスに怪我はないかと心配そうに抱きつかれ、その仕草を愛おしく抱きしめたキラだが、悠長にそんなことをしているわけにはいかない。
- ラクスもそれをわかってキラの無事が確認できると無言で頷き、キラはすぐに状況を説明した。
- 戦ったMSにはパイロットが乗っておらず無人で動く機体であるということ。
- キラの報告にラクスも当然信じられないという反応を示したが、キラが嘘をつく人間ではないことを知っているし、何よりキラの苦戦がその信憑性を高めた。
- すぐさまバルトフェルドの指示で解析チームが組まれたが、かなり強固で特殊なデータのロックがされているらしく、なかなか組み込まれたプログラムやデータを抽出することができないため、数日のちにはキラに解析チームの主任になるように要請がきて今に至る。
-
- 元々ハッキングを趣味にしていたキラは難なくロックを解除し、次々にプログラムソースやデータを抽出、解析端末に落とし込んでいく。
- だがこれを作った技術者は相当用心深い人間のようだ。
- データの一つ一つにロックがかけられていて、その度にキラがロックを解除してデータを抽出せねばならず、解析作業は順調とはいかなかった。
- プラントの安全を守るためにもザフト軍がこの機能、無人MSに対抗できる力を得るためにこの作業は急がなければならない。
- そのためキラは抱えていた他の開発は他人に任せて、解析作業に専念していた。
-
- プラントの時間で夕刻を終わろうという頃、そこにラクスがバルトフェルドとダコスタを伴って作業場に現れる。
- 今日行われていた評議会が終了したのだ。
- 名前を呼ばれたキラは呼んだ相手が誰か声でわかるので、にっこり微笑むと作業を一時中断して、呼んだ本人へと近づく。
- そしてバルトフェルドらにラクスのスケジュールを確認する。
- スケジュールの管理調整は一時的だがバルトフェルドに引き継いでいる。
- だがキラが独自に構築した専用システムで行っていたため、キラのサポートがなければバルトフェルド達も使いこなせなかったので、こうして日に一度は確認しにくるのだ。
- ここに来るのはそのためだけではないが。
- 確認が終わるとラクスが無理をなさらないでくださいねと心配そうに言えば、キラは大丈夫と優しく微笑む。
-
- ここ数日、無人MSの解析作業に加わってからキラはラクスと行動を共にしていない。
- 評議会で解析は最優先事項と判断されたため、キラは泊り込みで作業を続け家にも帰っていない。
- お互いに寂しい気持ちはあるが今生の別れでもあるまいし、平和のために必要なことだからと頭では理解しているのだが、キラはすぐに無理をする。
- そのストッパーを自負するラクスとしてはその役割を果たそうとこうしてキラの様子を見に来るのだ。
- そして自分自身もキラの顔を見ておきたくて。
- 尤もキラにしてみれば自分がいない間にラクスが無理をしないかと不安なのだが。
- それを言うとラクスが拗ねるので敢えて言わないキラであった。
-
- 二人は少し談笑すると、ラクスはキラに無理をしないように再び念を押す。
- キラが苦笑しながらもわかったと頷いたのを満足そうに微笑むと、ではまた明日と作業場を後にする。
- キラもラクスも無理をしないでねと声を掛けて、名残惜しそうにラクスの後姿を見つめた後作業に戻る。
- それから今日のノルマをようやく達成したのはそれから一時間後だ。
- キラが今日はここまでにしましょうと声をかけると、作業場の緊張感が解け安堵の声があちこちから上がる。
- その様子を苦笑しながらみたキラは、僕もやっぱり休みは必要だねと一人ごちた。
-
- お疲れ様と解散した後の夜、キラは作業場に与えられた個室の仮眠室で昼間抽出したデータを整理していた。
- 昼間はデータをサーバに落とし込む作業ばかりしていて、内容の確認やらをしていなかったので、抽出したデータを調査しやすいように種類別や調査済みのものなどをディレクトリ毎にまとめていた。
- その作業をしながらキラは、一つのデータのなかにさらに厳重なロックで何か隠されたものがあることに気が付いた。
- 昼間はとにかくデータの抽出を優先的に行っていたために気が付かなかった。
- キラはより重要なデータが入っているに違いないと思い、そのデータのロックをはずし、内容を確認した。
- それを見たキラは最初自分の目を疑った。
- 目を見開きもう一度データを凝視した。
- しばらくキラは肩を小刻みに震わせながら画面を見つめていたが、やがて勢いよく立ち上がった。
- そして椅子が倒れるのも気に留めず踵を返すと、急いで部屋を駆け出していた。
- 部屋の電気も、端末のディスプレイからも光が漏れたまま・・・。
-
-
*
-
- ストライクフリーダムの格納庫の中。
- 起動や操縦はキラにしかできないようになっているが、機体の修理や調整はさすがにキラ一人ではできないため、クライン派の信頼ある整備士達が定期的にメンテナンスを行っている。
- その作業を指揮するのはダコスタの仕事だ。
- 今日は月に一度行う定期メンテナンスの日で、作業チームの指揮をキラから預かったマニュアルを元に行っていた。
- 先日出撃後に修理、メンテナンスをしたところなので特に問題箇所も無くメンテナンスは終了した。
- そこにパイロットスーツに身を包んだキラが入ってくる。
-
- 「キラさん、どうしました?」
-
- 通常はキラが格納庫に来るときには事前に連絡が入るが、ダコスタはキラが来るとは聞いていなかったため不思議に思い尋ねた。
- キラは考え事をしていたためすぐにダコスタに声を掛けられたことに気が付かない。
- 不審に思ったダコスタが肩を叩いてようやく気が付く。
- そしてダコスタに気が付かなかったことにかバツが悪そうにしながら、重い口調で答える。
-
- 「フリーダムで出ます。準備をお願いします」
-
- メンテナンスは終わってますよねと確認は入れて、キラは発進の準備に取り掛かる。
- ダコスタは心底驚いたという表情でキラの台詞を確認する。
-
- 「えっ!?ですがラクス様からは何も伺っていませんが」
- 「急ぎの用なのでラクスには僕から伝えるように話しておきましたので」
-
- ストライクフリーダムはラクスの許可がなければ発進できないようになっているため、それでもしぶるダコスタに無人MSの解析に必要なんだと告げる。
- 少し心が痛んだが、全くの嘘ではないことだからと自分を納得させる。
-
- 心なしかキラからは暗いというか悲壮な雰囲気が漂っているが頑なに発進する、ラクスの許可はあるというキラにダコスタは反論する術を持たない。
- コックピットに進むキラに大丈夫かとダコスタは問うが、キラは大丈夫、と大丈夫そうにない小さな声で返してストライクフリーダムに乗り込む。
- そしてストライクフリーダムは起動して、格納庫を飛び出していった。
- それを心配そうに見送った後、ダコスタはバルトフェルドに一応報告しておこうと、通信機を手に取った。
-
-
*
-
- バルトフェルドはラクスを自宅に送り届けた後、ザフト軍施設内にある私室で趣味であるオリジナルのコーヒーブレンドの研究に勤しんでいた。
- 今日の出来を自画自賛で香りを楽しんでいるところに、通信機に連絡が入る。
- せっかくいいのができたのに邪魔するのは誰だと心の中で毒づきながら、渋々通信機をONにする。
- モニタに映った相手はダコスタだがその表情には困惑の色が見て取れ、これは何かあったと通信モニタに向き直り先を促す。
- ダコスタはいちいち律儀に敬礼をしてから、先ほどの出来事を報告した。
-
- 「バルトフェルド隊長、先ほどストライクフリーダムが発進しました」
-
- ダコスタからの報告にコーヒーカップをコーヒーが零れるのも構わずに大きな音を立てて置いて、心底驚いた様子で無事な方の目を見開いた。
-
- 「何だと、そんな予定は聞いていないぞ。キラが乗って出たのか?」
-
- 誰もが操作できないようにロックされているし、そのロックをはずせるのはキラ唯一人のはずであるからそれは間違いないのだが、バルトフェルドにはキラが勝手にストライクフリーダムを動かしたことが信じられなかった。
-
- 「はい、何でも無人のMSの解析に必要だとかで。火急にラクス様の許可を得たと話されたので、我々も止めなかったのですが」
- 「それをラクスから聞いたのか?」
- 「いいえ、キラさんからラクス様の許可を得たと伝えるよう話されたということです」
-
- それを聞いてバルトフェルドはおそらくキラは嘘をついていると確信めいたものを感じた。
- 無人MSの解析はともかく、キラがラクスの許可を得たと言うのは考えにくい。
- キラが率先してストライクフリーダムに乗りたがらないことも、ラクスが乗せたがらないことも知っているから。
- それでもキラがラクスに黙って乗るということは何かよほどのことがあったのだと、バルトフェルドは推測を立てる。
-
- 「わかった、発進したものを今更騒いでもどうしようもない、とにかくこっちも準備してラクスを連れて議長室へ向かう。評議会メンバーと国防委員会の幹部に召集連絡を出してくれ」
-
- そう言って通信を切りかけたが、キラは直前まで無人MSの解析作業をしていたはずである。
- キラが勝手にストライクフリーダムを動かすには、それだけの理由があったはずだ。
- そう考えると、無人MSの解析データは無関係ではないと思われた。
- バルトフェルドは一瞬でそこまで思考すると、ダコスタに命令を追加する。
-
- 「それとキラが解析していたデータがあるだろう。それの調査もだ、頼むぞ」
-
- それだけ言うとバルトフェルドは一旦通信機を切り、伝える内容を考えて溜息を吐いて通信機のスイッチを入れる。
-
- その頃ラクスはキラがきちんと休んでいるか心配しながら、私もきちんと休んでおかないとキラに怒られますわと苦笑して、今日は休もうと着替えをしていた。
- キラに言われていることもあるが、このところ気分の優れない日が続いていることをラクス自身も自覚していた。
- 私が倒れてはキラに無理しないでくださいと言っても説得力がありませんものねと苦笑する。
-
- そこに緊急用通信機に連絡が入る。
- 評議会議長であるラクスにはすぐに連絡が取れるようにと、通常の通信機の他に評議会メンバー等が緊急時に使用する緊急用の通信機がラクスの邸宅には備え付けられている。
- その通信機に入ったということで、評議会で何か問題があったのでしょうかと少し緊張してラクスは通信機を取る。
- 通信の相手はバルトフェルドだった。
- 彼の姿にザフト軍に何か問題があったのかと首を傾げ、何事か尋ねる。
- バルトフェルドにしては珍しく少し慌てた様子で返事を返す。
-
- 「キラがフリーダムで勝手に発進した。とにかくすぐに迎えに行くから用意しておいてくれ」
-
- それだけ言うとバルトフェルドは返事も聞かず椅子から腰を上げながら通信を切る。
- 一方のラクスは呆然として言葉も出ず、モニタの前で固まっている。
- あのキラが勝手にフリーダムを動かすなどありえないことだ。
- 何かの間違いではないかと思うが普段の習慣なのか、体の方は出られる様にいつもの評議会用の服装に着替えていた。
-
- それから数十分程して車が大きな音を立てて邸宅の前に横付けにされる。
- そしてバルトフェルドの予想通り、とりあえず準備はしているもののまだ信じられないといった表情のラクスを見て、有無を言わず手を引っ張り部屋から連れ出される。
- ラクスはわずかにちょっとバルトフェルド隊長、と反応するも抵抗する力はなく、バルトフェルドにされるがままに車に乗り込み議長室へと入る。
- そこには既に評議会メンバーやイザークらが集まっており、キラが飛び出したと言うのは本当だということをラクスはぼんやりと理解した。
-
- 「キラはどうなっているのですか?行く先はわかっているのですか?」
-
- ラクスは集まっている面々に向かって強い口調で尋ねる。
- キラが心配で泣いてしまいそうで、気持ちを強く保とうとしなければすぐに崩れてしまいそうだった。
-
- 「現在ストライクフリーダムが向かったと思われるコースを、発進角度から割り出しているところです」
-
- イザークが応えると、バルトフェルドが引き継いで調査内容を伝える。
-
- 「キラは無人MSの解析データを見ていたから、そこに何かヒントがあるかも知れないと思ってな。そっちはダコスタに調べさせてる」
-
- そこにダコスタが現れる。
- キラを行かせたことを申し訳ない表情を浮かべながら、先ほどまでキラの仮眠室の端末を調べていたその結果を報告する。
-
- 「端末が立ち上がったままになってまして、おそらく直前まで見ていたと思われるデータをコピーしてきました」
-
- だからそう時間はかかりませんでしたと言って、コピーしたデータを議長室のスクリーンに映し出す。
- それを見てラクスは驚愕した。
- 映し出されたのは4つの単語とメッセージ。
-
- 『人工子宮』
- 『ヒビキ』
- 『最高傑作』
- 『犠牲の兄弟』
-
- 『君の生まれ故郷にて全てを知る。真実はそこで待つ』
-
- イザーク達は何のことかと首を捻り論議するが、ラクスは目を見開いたまましばらく動けなかった。
- ラクスを含めこの単語の意味を理解できる人間は限られている。
- その中には当然キラも含まれている。
- ラクスはキラが何故突然飛び出したかを理解した。
- そしてその行き先も。
- それがわかったラクスはキラの行き先を唐突に命令を下した。
-
- 「調査MSを至急メンデルへ向かわせてください!」
-
― SHINEトップへ ― |
― 戻る ― |
― NEXT ―