- 議長室では慌しく人が行き来し、雑踏の中にいるかのように人の声が飛び交っている。
- そんな中で一人神妙な面持ちで席に座りじっと俯いているラクス。
- こちらに来る前から少し気分は悪かったのだが、ここに来てからもどうにも調子はよくない。
- だが多少気分が悪いからと言って今は休んでいる場合ではない。
- 小さな嘔吐感を無理やり飲み込んで、少しボーっとする頭でキラの心配ばかりを考える。
- 事情を少しだけ知っているバルトフェルドやディアッカが大丈夫かと声をかけるが、ラクスは俯いたままええとしか応えられない。
- バルトフェルドもディアッカも、今は報告を待つことしかできない。
- リディアもそんなラクスを心配そうに見ていたが、意を決してラクスに近寄り尋ねる。
-
- 「ラクス様、何故ヤマト秘書官がメンデルに向かったとお考えですか?これだけの軍を動かしてやっぱりいませんでした、では問題になるかと思いますが」
-
- リディアのみならずキラの調査隊を出すことは理解できるが、何故メンデルなのかということは評議会メンバーは誰もが疑問に思うところだ。
- ラクスとキラにとって何か事情があるのだろうとは思われるが、いかにラクスといえど私情で軍を動かされるのは困る。
- 現にセイは真っ先に異を唱えた。
- それをラクスにしては珍しく無理矢理押し通したのだから。
- リディアの質問に形の良い眉をひそめるが、ラクスは何も言えない。
- そして表情には明らかに悲しみと苦渋が浮かんでいる。
- ラクスにはキラにそれはとって最も辛い過去だとわかっているから。
- ラクスも全てを聞いたわけではない。
- だが第2次ヤキンドゥーエ戦の後、キラが廃人の様になってしまったのは、多くの人の命が戦場で散ったことと、メンデルで知った過去のことが関係していることは想像に難くなかった。
- それはその時にカリダから聞いたラクス、カガリ、アスラン、そしてキラ本人だけが知る過去。
- キラが普通の人と違う生まれ方をしたこと。
- そのことをキラは自分の出生に関わる秘密を敵であったラウ=ル=クルーゼから聞かされた、という話をムウから聞いていた。
- そのやりとりの内容はラクスは知らないが、そのことがキラの心に今も影を落としていることをラクスだけが知っている。
- その悲しみをラクス以外にはわからないように上手に隠していることも。
- 否、キラにとってみればラクスにも隠しているのだが、ラクスはキラの嘘や隠し事はすぐに見抜いてしまうから気づいただけだ。
- 彼は自分の出生を良しと思っていないことを。
- 先ほど上げられた単語はどんな武器よりも深く彼の心を抉ったに違いない。
- そして自分のことをこの世界にあってはならない存在だと言った、彼の苦しみを蒸返すには十分だっただろうことは想像に難くない。
- 今ではそんなことを微塵も見せないが、優しすぎる彼がまたこのことで心に傷を追うのは自分にとっても辛いことだから。
- ラクスは表情を歪めたままリディアに曖昧に、おそらく今回の事件の真相を確かめに言ったのですわ、と答える。
- リディアは答えに納得したわけではないが、初めて見るラクスの苦渋の表情に息を飲みこれ以上は何も聞くまいと心の中で決める。
- 事情を知らない者でもそれがキラとラクスにとって余程の意味を持つことが理解できたから。
- リディアはそれ以上何も言わず、ラクスの傍を離れてセイにラクスの変わりに状況を確認する。
- セイは先ほど反対した時とは打って変わって穏やかな表情で報告を受けている。
- その話では偵察型のジンを数機メンデルに向かわせたということだ。
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- 「事情はともかく、先ずはヤマト秘書官の行方をしっかり確認しましょう」
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- リディアはラクスを慰めるように、また自分達が真実を知る上でもそれが必要だと確信していた。
- ラクスは小さく返事をして、ただキラの心の傷がこれ以上大きくならないように組んだ手に力を込めて祈る。
- また襲ってくる軽い立ち眩みを必死に我慢しながら。
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PHASE-10 「孤独な戦い」
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- キラはラクスの予想通りメンデルに向かっていた。
- そのストライクフリーダムの中で自然と思い出したくも無いことが思い出される。
- かつてメンデルで言われた言葉、突きつけられた真実。
- 自分が普通の人と違う産まれであること。
- 全ての力を持って産まれてきた最高のコーディネータ。
- 人が創りし人工子宮から産まれた唯一人の人間。
- ヤキンドゥーエの戦場で激しいまでの闇に囚われ、憎悪をぶつけてきた男が言った言葉がキラの脳裏に甦る。
-
- −在ってはならない存在だというのに−
- −数多の兄弟の犠牲の上に生まれた唯一の成功体−
- −人の夢、その素晴らしき結果−
- −知れば誰もが望むだろう、誰もが君のようでありたいと−
- −故に許されない!君という存在も−
- −それだけの業、重ねてきたのは誰だ!?君とてその一つだろう−
-
- 自分は世界に生まれてくるべきではなかった命。
- 特別であるが故に誰からも羨ましがられ、嫉まれ、認められない存在。
- 戦争の原因であるとすら錯覚した自分に秘められた力。
- そのために一度は世界を見ることを、それらを受け入れることを拒否した。
- それでも支えてくれた人達がいるから、もう自分の存在を否定しない。
- 傷つきながらも前を向いて、この世界で生きていくことを決意したのは2年前。
-
- −正義と信じ、判らぬと逃げ、知らず、聞かず!!その果ての終局だ!!もはや止める術などない!!そして、滅ぶ!!人は、滅ぶべくしてな!!−
- −引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で!!何を信じる、何故信じる!?−
- −まだ苦しみたいか!?いつかは……やがて、いつかはと!!そんな甘い毒に踊らされ、一体どれほどの時を戦い続けてきたっ!?−
- −もう誰にも止められやしないさ!この宇宙を覆う憎しみの渦はなぁ!!−
-
- 確かに人は簡単に誰かを疑い、憎み、平和を望みながら争いが途絶えることがない。
- 新たな戦いを予感し、そのことに痛みと絶望を覚えたのも事実。
- けれどもそうじゃない世界を選択することもできる。
- そうでない未来こそを僕らは望み、信じている。
- だからデュランダル議長のデスティニープランを阻止した。
- キラはそれらを一つ一つ自分の決意を再確認するように思い返しては、クルーゼの言葉を頭を振って追い払おうとする。
-
- 僕は僕だ。
- どんな生まれだろうと、僕は誰とも変わらないただの一人の人間なんだ。
- それでも僕を産むためにたくさんの兄弟が犠牲になったというのなら、僕はその顔も名前も知らぬ兄弟達に償うためにも今を生きる。
- 自分では自覚していないけれど、本当に僕に言われたような”最高”の力があるのなら、それを使ってでも平和な世界を作りたいんだ。
-
- −解りはしないさ!誰にも!−
- −所詮、人は己の知る事しか知らぬ!!−
-
- かつて感じた孤独感がキラの胸を再び突き刺す。
-
- 僕が戦うのは誰かにわかってもらうためじゃない。
- 二度と誰かを傷つけない、傷つかない未来を創りたいだけなんだ。
- 悲壮なまでの決意を改めて心に誓い、その痛みに耐えるようにキラはストライクフリーダムの操縦桿を握る手に力を込めた。
-
-
*
-
- メンデルに熱源接近の警報が鳴って監視モニタに目を移せば、そこにはストライクフリーダムの姿が映しだされた。
- そのモニタを確認したその鮮やかな翠の髪が眩く光っているようにも見える男、オッディス=バラッティがいかにも嬉しそうな表情でモニタを見つめていた。
- 長い間探していた思い人にようやく出会えたかのように。
- だがその口をついて出る言葉は、そんな雰囲気に似合わないものだ。
-
- 「フリーダムが本当に来たな、情報どおりだ。俺が殺っちまってもいいのか?」
-
- 手加減なんかできねえぞと、通信モニタに映っている相手に向かって髪と同じ翠の眼を光らせて無邪気に尋ねる。
- モニタの向うにいる男は暗がりにいるためか表情を見て取ることができないが、そんなオッディスに頼もしそうに答える。
-
- 「ああ構わない。そのためにお前にあれを与えたんだからな」
-
- ああ、あれね、とオッディスはまた新しい玩具を与えられた子供のように嬉々とした表情で壁の向こうの格納庫にちらりと視線を向けて相槌をうつ。
- その格納庫にはオッディスの搭乗機がある。
- オッディスにとってはようやく調整が終わった自分の機体で出撃する初陣になるかも知れないのだ。
- それも相手はあのキラ=ヤマトなのだから、気持ちが高ぶるのは無理なかった。
-
- 「でもまあ最初は小手調べだな」
-
- 興奮を何とか抑えつける様にそう言うと手元にあったスイッチを押す。
- そうしてその表情を見る者があったならば不快感を覚えるような、厭味たらしい笑いを含めて呟く。
- 外のモニタには全部で100機ものザクとグフが港口から飛び出していく。
-
- 「こいつら相手にどこまでやってくれるかな?」
-
- 本当にやつがAPSをやれるんならなと付け加える。
- オッディスの元にもAPSジンが5機、ストライクフリーダムにやられたという情報は届いていたが、実際に見てみなければ信じられない。
- 自分も開発に携わっていただけに、その事実を認めたくないというのが本音だ。
- 実際にはそれでは自分の出番がなくなるだけに、心境は複雑なのだが。
- モニタの向こうの男はオッディスの浮かれた雰囲気に呆れながら、まあ見れば分かると苦笑と僅かな悔しさを滲ませて口元を歪める。
- そして自分は見なくてもわかるとでも言うように、通信を終えようとする。
-
- 「それじゃ後は頼む」
-
- オッディスはストライクフリーダムがAPSに善戦こそしても、すぐにボロボロにやれらるものだと決め付けていたので、男が結果を確認してから戻るものだと思っていた。
-
- 「何だ、折角のショーを見ていかないのか?」
-
- ちょっと驚いた表情で男の映るモニタの方を振り返る。
- そして大画面で一緒に見た方が楽しいだろ、とウィンクしてみせる。
- そんなオッディスにモニタの向こうでは苦笑混じりにに溜息が一つ零して、これ以上は付き合ってられないとばかりにあっさり拒否する。
-
- 「ああ、結果はこっちで見ている。良い結果を待っているよ」
-
- 君が出れば結果は同じことになるだろうしなと付け加える。
- そしてこっちの仕事も忙しいのさと言って通信は切られた。
- 既に聞こえないモニタに向かって仕事熱心なことでと皮肉るが、オッディスはそちらには興味なさそうに、楽しみにしていた映画でも見るような無邪気な表情で外のモニタに視線を戻す。
-
-
*
-
- キラはメンデルをモニタで捉えられるところまで近づいた。
- キラの中に何ともいえない緊張感が漂い始める。
- 無人操縦の仕組みを作った人間は多分自分をメンデルに誘ったであろう事を、キラは飛び出した時から予想していた。
- おそらくそのための罠を仕掛けていると踏んでいた。
- それも無人MSの戦力を。
- その戦力に対応するため、先の戦闘で得たジンの解析データをOSに素早く書き込む。
- その作業が済むと、航行の速度を落としてゆっくり警戒するように辺りを見回しながらメンデルへと近づいていく。
- と、レーダーがメンデルから飛び出してくる熱源を感知する。
- そのレーダーが指し示す方向にキラは目を向けた。
- そこにはメンデルの港口がありその中から多数のMSが飛び出してくる。
- その数はザクとグフを合わせておよそ100。
- キラはそれらを無人MSと当たりをつけると、感覚をクリアに研ぎ澄ませて光源をロックしてライフルの引き金を引く。
- そのMSは先に戦闘したジンとは比べ物にならないほどの機動力でライフルをかわすと、ストライクフリーダムの周りをあっと言う間に取り囲む。
- そして正確な一斉射撃でストライクフリーダムに、ビームが降り注ぐ。
- キラは小さく呻き声をあげて何とかシールドと回避行動で直撃をさけたが右足に被弾、これを失ってしまう。
- しまったと舌打ちしながら、ストライクフリーダムの反応に違和感を感じたキラは小首を傾げる。
- だが今更そんなことを気にしている暇はない。
- その機動力と反応の速さに予想通りと見切りをつけたキラは、迷いを振り切るように判断する。
-
- 「だったら、ザクとグフのスペックで解析データを!」
-
- キラは叫ぶとペダルを踏み込み、一気に追い縋る無人MSを一旦引き離す。
- ある程度の距離を取ると素早くキーボードに入力し、行動解析データの値をザクとグフのスペックに修正していく。
- その間も無人MSはストライクフリーダムとの距離を詰め、ライフルを撃ってくる。
- キラは後ろを気にすると、ドラグーンを起動し敵の動きを牽制する。
- 先頭の数機はドラグーンの攻撃で大破し、その爆煙が一瞬目くらましのようにストライクフリーダムの姿を包む。
- その間に入力を終えたキラは一度ドラグーンを戻すと、1機のザクにライフルで狙いを定めて攻撃を試みる。
- 解析データでロック後の回避行動を予測した攻撃は、正確にザクのコックピット部を貫き爆散する。
- 続けてライフルを放って1機、2機と撃ち落し、解析データの予測に手応えを得たキラは反撃に転じる。
- 数機ライフルで落とすと再びドラグーンを起動し5機一度に行動不能にして、全ての火力を駆使して休まず攻撃を続ける。
- だが相手は数が多い。
- また何機か撃ち落したところで無人MSは四方に散開し、攻撃が手隙になった方角から数十機が一斉に射撃する。
- キラはその方角にライフルを向けるが、相手のビームが届く方が早かった。
- 左腕に1つのビームが直撃し、今度は左腕が爆発、失ってしまう。
-
- 「フリーダムの反応が遅い!?」
-
- キラは左腕の爆発の衝撃に呻きながらキラは吐き捨てると、ドラグーンを操りストライクフリーダムをビームで覆いながらまたキーボードにデータを入力する。
- 入力が終わると乱暴にキーボードを除け、またドラグーンを散開させながら胸部のビームを放つ。
- ビームはグフに当たったが、それでもキラの感覚では自分がビームの発射をイメージしてからコンマ何秒か遅く感じられた。
- それでキラはこの戦闘を始めてから感じていた違和感を確信した。
- キラの操縦に対して、ストライクフリーダムの反応が遅いということ。
- OSのデータを修正してみてもそれは変わらなかった。
- 周囲の状況は冷静に見えているキラだが、この不調の原因が思いつかない。
- 突然飛び出してきたがメンテナンスは終了していたし起動時のチェックでは問題がなかった。
- その原因を反芻するが、その間も相手からの攻撃は続いている。
- キラの反応そのものがストライクフリーダムのそれを越えてしまったことには気が付かず、また戦闘に意識を集中すると右足と左腕を失った機体のバランスを制御しながら、紙一重で攻撃をかわしていく。
- そしてキラはくっと苦悶の表情で残った右手でビームサーベルを抜いてMS群の中に飛び込み、鬼気迫る表情で雄たけびを上げて無人MSを薙ぎ払う。
-
- その戦況をじっと見ていたオッディスは、ストライクフリーダムの動きが突然変わったことに目を見張る。
- そして先ほどまでとはうって変わって、APSのMSが次々に落とされていくのに驚く。
- だがすぐにその表情をいやらしい笑みに変える。
-
- 「なるほど、APSじゃ歯が立たないってのは本当らしいな」
-
- 予想が覆されたことには怒りを一瞬覚えたオッディスだが、そうでなけりゃ倒し甲斐がないからなと、一転して嬉しそうな表情で格納庫へと無重力空間を泳いで移動し、そこに佇むMSの足元に立つとその機体を見上げる。
- 深い緑の装甲に間接部を灰色、フレーム枠を赤ラインで染めた少し毒々しい感じも受けるMSがそこにある。
- その背中には黒い6枚の翼を持っている。
- これはオッディスが数週間このメンデルに篭って調整してきた彼の愛機だ。
- その調整作業を振り返って自画自賛しながらしばらくその機体を満足そうに見渡してから、床を蹴りコックピットに向けて飛び上がる。
-
- 「さあて、それじゃあ真打登場といこうか」
-
- 悪魔のような笑みを浮かべてコックピットのシートに腰を下ろすと、電源スイッチを入れる。
- コンソールには"G.U.N.D.A.M"の文字が浮かび上がり、機体の目には赤い光が宿る。
- X3-003S-"Pretender"、それが彼の愛機の名だ。
- オッディスはこの『偽者』という名を持つMSを気に入っていた。
- 翼の数や武装、カラーリングこそ異なるが、その形状はフリーダムの流れを組むものであり、自分の存在とマッチしていて相応しいではないかと、この機体を渡された時は背筋がゾクリとするような笑みを浮かべていた。
- その時と同じの気持ちの高ぶりがよりキラへの憎しみを増幅させ、その目指すべき相手が居る戦場へと駆り立てる。
-
- 「オッディス=バラッティ、プリテンダー、行くぜ!」
-
- そう言うとオッディスはプリテンダーのメインスラスターを噴射して、メンデルの港口から飛び出した。
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