- 議長室にようやく偵察隊からの報告が入り、モニタにその様子が映し出される。
- 誰もが早く状況を知りたかっただけに、その瞬間に一斉にモニタの方を振り返る。
- メンデルとは距離が離れているため時々ノイズが走るが、そこには100機近くものザクやグフに囲まれ、右足を失いながら奮戦しているストライクフリーダムの姿がはっきり確認できる。
- そのモニタの中でストライクフリーダムは火気を放ち何機かのザクを撃ち落とすが、背後からの攻撃をかわしきれずに今度は左腕を失う。
-
- 思わぬ光景にラクスはキラの名を声に出し、そこに近づこうとするかのようにモニタに向かって数歩踏み出す。
- キラが先の戦闘で苦戦している様子はまだ記憶に新しい。
- つまり相手はあの時と同じ無人で動くMSだと判断できた。
- しかも今度はMS数の桁が違う。
- それはつまり、キラの命がより危険にさらされているということを示している。
- それだけでも眩暈がしそうなのに、先ほどからラクスは軽い頭痛や吐き気がだんだんとひどくなっていた。
- また立ち眩みを覚えて思わず頭に手を当てる。
- フラフラとしたラクスをバルトフェルドが支え、周囲の議員達はラクスに大丈夫かと声をかける。
- ラクスは気丈に大丈夫と答えるが、その表情は青ざめて冴えない。
- リディアもその様子を心配してキラを助ける必要があると判断し、セイにザフト軍を援護に出すように要請する。
- 実際プラントの新しい技術の仕組みはキラによって確立されており、リディアもキラを失うことはプラントにとって大きな損失であることを最も強く感じる人物の一人だ。
- だがセイはその要請をまたも拒否する。
- リディアは何事かと抗議の声を上げるが、ラクスやバルトフェルド達が何か言いたげな表情ながら辛そうに俯くのを見て、周知の事実だと理解知り事情の説明を求める。
- それは先の無人MSと初めてキラが戦闘した時にもやり取りされた出来事。
- 改めて説明された事実にリディアだけでなく、初めて聞く議員、それにザフト兵達は愕然とする。
- ザフト軍の大部隊よりも、ストライクフリーダムの方が戦力になるということに。
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- イザークやディアッカは内心歯軋りしていた。
- キラにはいつも助けられているというのに、ラクスのために命を投げ出す覚悟も出来ているというのに、こんな時に役に立たないなんて。
- 本当は今すぐ兵を率いて飛び出して行きたいところだが、多くの兵を無駄死にさせるほど状況を理解できないわけでもない。
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- 議長室は重苦しい沈黙で包まれる。
- モニタの向こうではそんな空気を知らぬまま、ストライクフリーダムが奮闘する姿が今も流れている。
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PHASE-11 「失敗作」
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- オッディスはメンデルを勢い良く飛び出すと、その宇宙を駆ける感覚が、体に掛かるGが心地よく堪らなく嬉しくなった。
- 一頻り大声で笑うと、一転獲物を狙う獣のように鋭い視線でストライクフリーダムを睨む。
- そして一直線にストライクフリーダムに向かって加速する。
- その間にオッディスはキーボードに何かを入力する。
- するとAPSはストライクフリーダムへの攻撃を止め、一様に距離を保ったまま周囲を取り囲む。
- それを確認するとプリテンダーはAPSの合間をぬってその中に飛び込み、ストライクフリーダムにビームライフルを構えて放つ。
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- キラは無人MSの動きに変化があったことに首を傾げ警戒するが、メンデルから出てくるMSをレーダーが知らせる。
- MSのシグナルはUNNKOWNを示し、新型!?、とキラは呟く。
- そのレーダーが示す方角から放たれるビームに素早く振り向くと、残った右のシールドで防ぎながら腰のレールガンで反撃する。
- プリテンダーも背中の翼を開いてスラスターを噴射して、急旋回でかわす。
- オッディスはプリテンダーの反応、機動性の感触に口元をにやりとさせて、再びビームライフルを構えてさらにストライクフリーダムに近づく。
- キラもビームライフルを構えて互いにライフルを打ち合い、そのビームを弧を描いてかわしながら距離を詰めては離れていく。
- キラはその戦闘しながら、モニタに映ったMSをよく見ていた。
- 1機だけ異なるMSの形状、そしてその動きと反応が無人MSとは全く異なり、キラはこれが隊長機で有人であると確信する。
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- 「君は誰だ。何故こんなことをするんだ!」
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- キラはその攻撃をかわしながら必死に呼びかける。
- 戦わずに済めばと思う気持ちもあるが、それよりも自分の過去を知っていること、無人で動くMSを使ってザフト軍を攻撃してきたことの真相を確かめたい気持ちの方が強い。
- 応答はなかったが、キラは諦め切れず何度も呼び続ける。
-
- オッディスはその呼びかけに怒りが込み上げてきた。
- 事情を知らないキラからすれば致し方ないことなのだが、オッディスにはキラを憎む明確な理由がある。
- その独りよがりな思い込みがオッディスの神経を逆撫でした。
- キラの呼びかけには応じるつもりはなかったオッディスだが、怒りに我を忘れ乱暴に通信機のスイッチを入れるとよく聞いておけとばかりに、低い声でゆっくり応える。
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- 「俺はオッディス=バラッティ。Failer of Kira's 、"FOKA'S"<フォーカス>の一員。キラ=ヤマトの失敗作にして貴様を憎む者だ!」
-
- 自分はキラのことを知っているのに、キラは自分のことを知らない事実に、失敗作として苦痛の日々を味わい、その犠牲の上に成り立ち生まれたくせにと独りよがりの憎しみを増幅させる。
- 自己中心的な考えだが、オッディスにとってはそれこそが今キラと対峙する理由だ。
-
- 「俺も貴様と同じように人工子宮から産まれた」
-
- キラは目を見開いて言葉を無くす。
- まさか自分以外にもそんな人間がいるということが俄かには信じられずに。
-
- 一方のオッディス自身はそのことについてどうこうというつもりはない。
- だが同じ生まれでありながら違う結果で誕生し、成功作と失敗作に分かれたことが許せない。
- 自分が望んだものを相手は持っているのだから。
-
- 「だが俺は研究者が望むDNAを持たず、髪や瞳の色が違うということで失敗作の烙印を押された!」
-
- オッディスは憎しみを込めて、声を荒げる。
- コーディネータとしての能力はむしろ高い方で、組織内でもその立場は強い。
- だが最高のコーディネータを望む研究者達に取っては、一つでも欠けたものがあればそれは失敗作だ。
- 現に左右の瞳の色が異なり、ここでは確認ができないが左右の感覚が極めてアンバランスなのだ。
- それが常にコンプレックスとなり、オッディスの胸に刺さって抜けない棘のようにしこりを残してきた。
-
- その間も激しくビームの雨を降らせるプリテンダーの攻撃をかわしながら、キラはハッとして反撃に転じようとする。
- だがそこで、目の前のMSを撃つことにキラは躊躇いを覚える。
- 彼もまた犠牲者なのだと。
- 自分と同じように命を弄ばれ、その存在に翻弄された存在だと。
- 一つ違うのは自分は成功作と呼ばれ、彼は失敗作と呼ばれていること。
- 自分という存在を生み出すために犠牲になった兄弟。
- その話を聞かされたことはあるが、実際にその人物と会ったこともなく、犠牲という言葉から全員死んでしまったものと思っていた。
- その真偽はともかく、オッディスの言葉はキラの心を激しく揺さぶる。
- 撃たねばならないと頭では分かっていても、心のどこかはそれを激しく拒否する。
-
- 「他に標本のように飾られた奴もいた。それもこれも貴様という存在を産む為に」
-
- 思い出すだけで身の毛がよだつ過去の記憶が、オッディスを支配する。
- 組織に入るまで自分でも忘れていた苦痛しか思い出せない幼少の過去。
- 何年も前に一度見た、自分の兄弟だったというものの成れ果て。
-
- その光景はキラの脳裏にも甦ってきて、嫌悪感が込み上げてくる。
- メンデルで見た、おぞましいホルマリン漬けの数々。
- あれらが全てキラという存在を創り出すための犠牲の成れ果てだということに。
- キラはそれから目を反らすようにキッと目を瞑る。
- だがその光景は閉じた瞼の内側にしっかりと焼きついてしまい、またすぐ目を開くと荒く呼吸をする。
-
- 「その犠牲の上に成り立つ貴様が!」
-
- オッディスの悲鳴の様にも聞こえる叫びがキラの心を突き刺す。
- 忘れていたわけではない。
- だがその事実を認めるにはあの時のキラの心はあまりにも脆くて。
- 無意識に記憶の底へと追いやって、今まで過ごしてきていた。
- そのことにキラ自身が驚愕し、思考を混乱させる。
- ひどく許しがたい罪を犯してしまったような感覚に、キラはまともに操縦できる精神状態ではなくなりつつあった。
-
- 一方のオッディスは叫びながら対峙するキラとストライクフリーダムの能力の高さに舌打ちする。
- キラの存在を認めたくないあまり、相手の力をを低く見積もってしまっていたようだ。
- だがオッディスもコーディネータである。
- 実際相手の力を見抜く判断力は優れたものがある。
- プライドから1対1で決着を着けることを望んでいたが、それに拘ってキラを撃てなくては元も子もない。
- さすがは唯一の成功作にして最高のコーディネータと心の中で毒づいて、キーボードを操作する。
- すると動きを止めていたAPSの目が光り、ストライクフリーダムとプリテンダーの周囲を旋回し始めると、ストライクフリーダムに向かって攻撃をする。
-
- オッディスの言葉に集中力が欠けているところに、ストライクフリーダムはAPSに背後から攻撃を受けた。
- 左スラスターの一部が砕け、その衝撃はコックピットにも影響を与える。
- 小さな破片がコックピット内に広がりキラを襲い、漏電した電撃が走る。
- ストライクフリーダムも大きくバランスを崩していた。
- オッディスはチャンスとばかりに凶暴な微笑みを浮かべて、ビームサーベルを振りかぶり襲い掛かる。
- だがキラはその痛みに返って周囲を冷静に見渡す落ち着きを何とか取り戻す。
- そして思い出す、自分が撃たれても彼は救われないことを。
- 彼を救うためには今自分が撃たれるわけにはいかない。
- 瞳に決意と力が戻ったキラは、プリテンダーの攻撃が届くまでの僅かの時間に自分が取れる行動を冷静に分析する。
- その中で放ったドラグーンの制御をまだ失っていないことに気が付いたキラは、ドラグーンを操作してプリテンダーの死角へと移動させる。
- そしてプリテンダーを十分に引きつけると迷いを振り切り、その背後からドラグーンのビームを発射する。
- それはプリテンダーの頭部、両腕、左足、左のバーニアを的確に捉え、プリテンダーはその各部を?ぎ取られる。
- その内のどこかが主動力の配線に影響を与えたようだ。
- そのままPS装甲の電力がストップ、機体がグレーに染まり動きを停止する。
- 予想しなかった衝撃にオッディスは最初何が起きたか理解できなかった。
- だが目の前のモニタがノイズしか映さなくなり、ライフルの発射トリガも反応しなくなったことに、ようやくプリテンダーが大破したことに気付く。
- オッディスは何かを溜めるように大きく息を吸い込むと絶叫した。
-
- 「ちくしょーーー!!」
-
- キラは少し肩で息をしながらプリテンダーが機能を停止したことを確認すると、まだ止まないAPSの攻撃をかわしながら背を向ける。
- そしておそらくメンデルにはこの無人MSのデータや、ひょっとしたら製造工場のようなものがあるかも知れないとキラはメンデル内部に侵入することを決めた。
- 正直まだ自分が何をすればいいのか迷いはある。
- だが勝手に飛び出してきた自分を心配しているであろうラクスのことをふと思うと、自分は死ぬわけにはいかないということだけはハッキリと認識できた。
- そう、僕は帰らなきゃ。
- 今度はその思いがキラを突き動かす。
- 再び操縦桿をしっかり握ると、残ったAPS落としつつメンデルの港口へと近づいていく。
-
- オッディスは大破したプリテンダーのコックピットで怒りと悲しみに震えていた。
- このまま自分が完敗することなど認めたくなかった。
- 欠陥品と呼ばれ虐げられた苦痛の日々が甦ってくる。
- 失敗作は成功作に勝てるはずはないと。
- 所詮は捨てられる運命なんだと誰かの囁きが聞こえた気がして、オッディスは悲鳴ともつかぬ叫び声を上げる。
- そして弾かれるようにプリテンダーの状態をチェックを始め、僅かに動力が残っているバーニアが点火することを確認すると、奇声を上げてレバーを引いてペダルを踏み込み背後からストライクフリーダムに体当たりする。
-
- 「なっ!?もう決着ついた!これ以上君が傷つく必要はない!!」
-
- キラは突然の衝撃に驚いたが、それはまだ攻撃を諦めないプリテンダーだとわかると戦闘を止めるように説得する。
- だがオッディスは聞く耳を持たない。
-
- 「うるさい!俺は貴様がいる限り、失敗作でしかないんだよ」
-
- それは完全な逆恨みだ。
- だが失敗作の烙印を押され、そのために虐げられた過去を持つオッディスにとってはその事実は最も憎むべきものであり、恐れている事実だ。
- キラを否定すること、キラを消すことが自分が認められる唯一の方法だと信じてこれまでやってきた。
- それこそが人生の全てと言っていいほどに。
- そしてオッディスは自分達の組織のリーダーを思い出す。
- 失敗を許さず冷徹で、キラを消すことに、キラを越えることに対して自分よりも異常に執念を燃やす男を。
-
- 「どうせ俺も組織にはもういられない。このまま俺と一緒に貴様も死ね!」
-
- そう金切り声で叫ぶと、オッディスはシートのカバーを開いてナンバーキーを出現させると素早く数字を入力する。
- キラは必死に振り払おうとするが、ストライクフリーダムも左腕を失っているためうまく引き剥がせない。
- そのままメンデルの港口に飛び込み、中の壁に押し付けられるように激突、機体の軋む音と体に襲い掛かる衝撃にキラの呻き声が漏れる。
- その状態で2体の動きが止まると、オッディスは涙を一筋流しながら笑った。
- 穏やかに寂しげに。
- それはオッディスにとって産まれて初めて安らかな気持ちになれた瞬間で、哀しくも苦しみから解放された救いだったかも知れない。
-
- その直後、プリテンダーから光が膨れ上がる。
- それはストライクフリーダムを飲み込んで、巨大な衝撃波と共にメンデル全体に走る。
- キラも何が起こったのかわからないまま激しい光の中に意識ごと包まれていく。
- その眩いばかりの光は激しい爆音を伴いメンデルを多い尽くすと、起こった時とは対称的に静かにその輝きを失っていく。
-
- プラントの議長室では背後から撃たれてスラスターを損傷したところも、大破したプリテンダーに体当たりをされたところからしっかり見ていた。
- その度にラクスの心はひどく掻き乱されて、気が気でなかった。
- そしてメンデル内へ消えたと思ったところに突然起こった光の破裂。
- 遠くからその様子を映していた偵察型ジンにもその衝撃波が届き、モニタにノイズが走る。
- 完全に光が治り、モニタが回復した時にはメンデルは宇宙からその姿を消していた。
- 評議会の面々、バルトフェルドやイザーク達も直面した事実に声が出ない。
- その事実が示す光の輝きと衝撃は、核爆発が起こったことを意味していた。
- ストライクフリーダムが核エネルギーで動いていることから、最悪の事態を誰もが思い描く。
- ラクスも目の前で起こった出来事が信じられないという思いとともに、信じたものが世界が音を立てて崩れていくような感覚を覚える。
- しばし呆然と固まっていたが、間を置いて事情を理解したラクスはやがて悲鳴をあげて、ついに頭痛と気持ちの悪さに耐え切れなくなりその場に倒れこんでしまう。
- 周りの評議会員やザフト兵達は今までに聞いたことのないラクスの悲鳴と、その状況に誰もが驚愕し慌てる。
- バルトフェルドがすぐさま抱き起こしてラクスの名を呼ぶが、ラクスは目を瞑ったまま反応しない。
- リディアは医者を連れてくるように声を張り上げると、ザフト兵はあわてて議長室を飛び出していく。
- 他の議員達も焦った様子でその周りをオロオロしている。
- そんな中でセイだけは取り乱すことなく議員達を宥めている。
- その間もキラの名前を呟きながら、ラクスの意識は闇の底へと落ちていった。
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