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- こちらディアッカ。ポイントM-883では何も発見できない」
- 「わかった。疲れてるところすまんが、次のポイントの捜索に当たってくれ」
- 「了解。次のポイントを捜索する」
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- メンデルのあった宙域では必死の捜索が続いている。
- 誰もが衝撃を受けたメンデルの消失。
- 到着した捜索部隊の中でも年かさの兵士達はその惨状に血のバレンタインを思い出し、嫌悪感が込み上げてくる。
- 不幸中の幸いだったのは、このメンデルは数年前に破棄されて、今は無人で機能を停止しているコロニーだということだ。
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- バルトフェルドはラクスが医務室に運ばれるのを見送った後すぐに行動に移す。
- ダコスタに命令してすぐさま動ける部隊をメンデルの調査に派遣できるように召集させる。
- 評議会議員達もキラの捜索以外に無人MSのデータ等が残っているかも知れないと考え、メンデルへの調査・捜索隊の派遣がすんなり承認された。
- ディアッカも賛同し、進んで捜索部隊に加わった。
- MSのものと思われる破片を拾い集めてはそれがストライクフリーダムのものかどうか確認する。
- それが違うと確認できるとホッとした溜息を吐くと同時に、見つからなかった失望が胸の中に膨れ上がり、慌しく次の破片を拾い集めるという作業の繰り返し。
- 作業者の疲労は単純作業であればあるほど蓄積が早い。
- ディアッカにも焦りと疲労が重く圧し掛かる。
- だが根を上げてはいられない。
- ショックで倒れたラクスを救えるのはキラだけだとわかりきっている。
- そして情けなくもあるが、キラとストライクフリーダムがいないということは、プラントの守りがそれだけ薄くなるという危機感を持っている。
- 返事をしろキラ、とディアッカは思わず呟きながら残骸の中をストライクフリーダムを探しながら進む。
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- 一方のバルトフェルドにはもう一つ気になることがあった。
- メンデルは核爆発で消失した。
- そしてストライクフリーダムはニュートロンジャマーキャンセラを搭載している。
- あの核爆発がストライクフリーダムの核が反応したものなか、そうでないのか。
- バルトフェルドを始めイザークやディアッカといったクライン派の面々は、希望も含まれているがストライクフリーダムが爆発したとは思っていなかった。
- だとするとそこで考えられたもう一つの可能性。
- ストライクフリーダム以外にも核が存在するという事実。
- そういう意味では非常に複雑な状況には立たされていた。
- この無人MSを使うテロリスト集団は核を保有しているという由々しき事態に。
- クライン派でない評議会議員達にすれば、ストライクフリーダムが核爆発を起こしたということの方が話は簡単に済むのだ。
- だがそうでないというのならプラントの危機は今尚去っていないということになり、何か対策を取らねばならない。
- だからどちらにしても、ストライクフリーダムがどうなったのか確証を得る必要があるのだ。
- しかしプラント一つ分の破片が宙を漂っている。
- さらに100機もの無人MSの残骸もその中には混じっている。
- そこからストライクフリーダムに関するものを見つけることは困難極まりない作業だ。
- それでも彼らは見つける必要があった。
- プラントのために。
- ラクスのために。
- 何よりキラを助けるために。
- バルトフェルドは目を細めて議長室で朗報を願いながら呟く。
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- 「お前はラクスを残しては、逝けないよな?」
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PHASE-12 「消えた光」
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- メンデルの消失と共に目の前から消えたストライクフリーダム。
- ラクスはそれにショックを受けて倒れてから眠り続けていた。
- 時折苦しそうな呻き声を上げて、その度に医師らは慌しくラクスの様子や機器のチェックをする。
- ラクスが運び込まれてから既に丸一日が過ぎようとしていた。
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- ラクスは夢を見ていた。
- 哀しい哀しい夢を。
- その夢の中でキラはラクスにずっと後ろ姿を見せていた、振り返ることなく。
- 手が触れそうで触れられない距離で。
- やがてその後姿が少しずつ遠ざかっていく。
- その後ろがどこか寂しげで、ラクスはその名を呼び必死に手を伸ばす。
- だがキラの後姿はどんどん遠ざかっていって、やがて闇の中で小さな点になると眩い光のスパークの中に消えた。
- ラクスは悲鳴を上げる。
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- そこでラクスはゆっくりと目を開いた。
- しばらくはぼんやりとしていて自分がどこに居るのかよくわからなかったが、意識が覚醒するに従って議長室で倒れてここに運ばれたのだということを理解する。
- そこでふっと一息ついたが、夢の内容を思い出し弾かれたように体を起こす。
- 未だ夢と現の狭間で揺れる心は、議長室で見た出来事も夢なのだと思いたかった。
- キラは無事に帰って、いつものように優しく微笑みながら心配掛けてゴメン、と言ってくれると信じたかった。
- 同時に自分も心配をおかけしてゴメンなさい、と謝らなければと思った。
- そのためにラクスは無意識にキラの姿を探す。
- 若い女性看護士がラクスの様子に気付き、まだ無理をなさらないでくださいとゆっくりとラクスの体を横たわらせる。
- まだ完全には状況を把握していないラクスは反射的にありがとうとされるがままにまた横になると、現実を否定するように尋ねる。
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- 「キラはどちらですか?」
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- キラと話がしたいのですとラクスはぎこちない笑顔を浮かべて看護士を見る。
- 看護士は困った表情で返答に窮する。
- キラとはストライクフリーダムに乗っているパイロットだということは知っている。
- その人物がラクスの恋人であることも。
- その正体は明らかにされていないがそれが返って想像力を掻きたて、噂としてあっと言う間に広まりその存在はプラント内でも広く知れ渡っているからだ。
-
- だが現状ラクスはストライクフリーダムが消息を絶ったことにショックを受けて気を失ったと聞いた。
- それから詳しいことは聞かされていないが、もし見つかったのならばすぐにでも連絡が入ると思われる。
- 事実を言うことはまたラクスにショックを与えてしまうだけだということは、誰が見てもわかることだ。
- しかし看護士は潤んだ目で自分を見つめるラクスに、軽はずみに嘘はつけないと思った。
- 苦しそうに言葉を選びながら、看護士は答える。
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- 「キラ様は・・・まだ見つかって・・・いません」
-
- その言葉にラクスはことさら驚いた様子で目を見開き看護士を見つめる。
- その目は嘘だと言って、と訴えているようにも見えた。
- 居たたまれなさに看護士は目をキッと閉じるとラクスから顔を背ける。
- その仕草にその言葉が嘘でないこと、夢であって欲しいと思ったことは現実だったことを理解する。
- 信じたくない気持ちと葛藤しながら、ラクスは泣きそうになるのを必死に耐えて視線を天井へ移すと、そうですかとだけ微かに呟く。
- ラクスは静かにこれまでの世界が崩れていくような感覚さえ覚えていた。
- 看護士はラクスのキラへ想いの強さを垣間見、かけるべき言葉が見つからない。
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- そこに看護士よりは少し年かさの女性医師、エミリー=ベルストアが部屋に入ってきてラクスが気が付いているのがわかると、看護士の肩を叩くと席を外すように促す。
- エミリーの神妙な面持ちに看護士は事情を理解し、わかりましたと深く一礼すると扉を開けて医務室を後にする。
- 看護士の様子に大体のやり取りを察してそれを見送った後、エミリーは傍らの椅子に腰を下ろすと大事な話があります、と複雑そうな表情で切り出す。
- ラクスはキラのことを教えてくれるのかと一瞬期待するが、またエミリーの表情から嫌なことばかり想像してしまい思わず眉をひそめて何でしょうかと返してしまう。
- ラクスの表情の変化を見てエミリーは少し躊躇った。
- キラのショックを明らかに引きずっているラクスに、この事実を告げれば混乱することは必至だ。
- ある意味最も残酷な報告をすることに成りかねない。
- だが葛藤の末、これは医師として告げねばならない義務だと意を決して話し始める。
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- ボーっと聞いていたラクスだが、その予想だにしなかった内容にラクスの思考は一気に現実へと引き戻される。
- 聞き間違いかと確認したがエミリーはそれを否定する。
- ラクスは別の驚きで言葉も出ない。
- 焦点の合わない瞳は宙を泳いでいる。
- 今のラクスには何が現実で何が夢なのかわからない。
- 何故こうゆう事態になったのか整理できない。
- エミリーから見ても混乱しているのが手に取るようにわかる。
-
- 「すぐに結論を出す必要はないと思います。大事なことですし、先ほどあのようなことがあったばかりですから」
-
- エミリーはキラが助かる可能性はないと思っている。
- 聞いた話では核爆発に巻き込まれて消息を絶ったということだ。
- それを考慮して、ラクスを気遣いやんわりとじっくり考えるように言う。
- 前から少し眩暈等があったようだとの話も聞いているので、まだ目覚めたばかりの今は休養を取る方が先決だと。
- ラクスははいと答えたが、その言葉は頭に入っていなかった。
- 色々な思いが溢れてきてラクスの思考は混乱しながら、眠ることなどできそうになかった。
- だた確かなのは、キラへの想いがさらに募ったことだ。
-
-
*
- 議長室では議長抜きで臨時評議会が行われていた。
- メンデルの核による消失という予想外の事態に議員達も一様のショックと戸惑い隠せない。
-
- 「やはり地球軍に所属したことがあるというヤマト秘書官を、ラクス様の推薦だからと傍に置いておいたのは間違いではなかったか」
-
- 誰かが呟く。
- それに乗じてキラに対する抑えていた不信感がタガが外れたように噴出する。
- キラは実はブルーコスモスのスパイでは、等という台詞も聞かれて話し合いは紛糾する。
- そんな議員達に内心溜息を吐きながら、リディアは凛として反論する。
-
- 「ですがそのヤマト秘書官がいなければ、ラクス様はプラントに戻ってこなかったのですよ」
-
- ラクスが初めてキラを紹介した時のことを思い出す。
- アスランとの婚約を解消していたという事実にも驚いたが、新しい恋人だと紹介されたことにはもっと驚いた。
- ラクスはハニカミながら今までもこれからも最も信頼し、頼りにしている存在だとも言った。
- その表情は幸せに満ちたもので、それは今まで見たこともないほど綺麗だった。
- 今ならラクスがあれだけ信頼していたもの肯ける。
-
- 「それに今プラントの新興産業を支えているのはヤマト秘書官の技術力です。それを失うことはプラントの技術の危機でもあるのですよ」
-
- 今プラントを繋いでいるネットワークもキラが構築したものだ。
- これによりプラント間の連絡がよりスムーズに行われるようになった。
- またキラが加わることによって、今進められている不妊治療の研究も一段と進歩を見せていた。
- それに関しては明らかにヤマト秘書官に頼っているではありませんかと、リディアはピシャリと言い放つ。
- イザークもそんな議員達に意見する。
-
- 「ヤマト秘書官がいなければ、我々は既にブルーコスモスの核で滅びていたかもしれません」
-
- ヤキンドゥーエの戦いでも先のブルーコスモスの襲撃でも、キラがいなければ核がプラントを消し去っていただろう。
- 本来は自分がそれを成さなければならなかったことに歯痒い気持ちを抱かないわけでもないが、それでも何度もその命を奪おうとした自分を、プラントを救うためにその身を挺してくれたことに感謝してもしきれない。
- 何よりラクスが心から信頼しているのは、傍から見ていてもよくわかる。
- そして自分も彼と交流して、キラがスパイなどとはどう考えても在りえないと思っている。
- その意見に同調するようにセイが発言する。
-
- 「そう彼は非常に能力が高い」
-
- そのことに他の評議会議員達も反論の余地はない。
- リディア、イザークも少々意外な表情でセイを見るが、すぐに納得顔で肯く。
- 議員達も一様に押し黙る。
- だがその自ら発した言葉を今度は否定する様にセイは言葉を続ける。
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- 「ですがこうも考えられませんか。その能力を振りかざして、やがてプラントを乗っ取るつもりだと」
-
- その言葉に議長室はまた騒然となる。
- 確かにキラの能力の高さは周知の事実だ。
- 新興技術にしろMSの操縦にしろ、プラントでも髄一の能力の持ち主だ。
- これ程多岐に渡って秀でた能力を持ったコーディネータはこれまで見たことも聞いたこともない。
- プラントの生まれであるならば迷わず最高評議会議長に推薦するところだ。
- その事実がセイの発言をただの冗談と笑っては済ませられない。
- リディアとイザークは何を馬鹿なと声を上げるが、他の議員達にはまたキラへの不信感だけが大きく広がっていく。
- その喧騒の原因となった言葉をバルトフェルドは聞き逃さなかった。
- わずかに疑惑を抱き、バルトフェルドはその隻眼でセイの方をちらりと見る。
- しかしセイの表情は無表情で何を考えているのか読めなかった。
-
-
*
-
- ラクスはエミリーが出て行った後も、告げられた事実が頭の中をぐるぐると回っていた。
- 何も考えないことなどできないのだが、しかし何を考えて良いかもよくわからない状況だ。
- その状況のまま既に半日は経っている。
- 相変わらずキラのことは何もわからないが、あれから時間が経ったことで少しは冷静さを取り戻していた。
- とにかく一度落ち着かなければと一つ深呼吸をすると、ラクスはゆっくりと目を閉じる。
- するとその目の前には優しく自分に微笑みかけるキラの顔が、耳には自分の名を呼ぶキラの声が、手には自分を温めるキラの温もりが甦ってくる。
- それらはラクスの脳裏にしっかり焼きついていた。
- それが嬉しくもありまた切なさが募る。
- 最初に出会ったときから変わらない、否それは今もずっと増し続けているキラへの想い。
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- ふとそこでラクスは考える。
- いつから自分はキラに支えられてきたのだろう。
- 4年前オーブに共に降りたときは傷ついたキラを支えたい、癒したいと思い付き従っていたはずなのに。
- キラが笑顔を取り戻すたびに自分の心が温かな感覚に満たされて、いつのまにか自分が癒されていた。
- キラに幸せになって欲しいと思い隠していた剣を渡す羽目になるまで、自分のほうが幸せを感じていたのではないか。
- そして2年前、キラは再びその手に剣を取った時から涙を流すことはなくなった。
- 同時に弱さを見せなくなった。
- それからのキラは大抵はいつも穏やかに微笑んで、決意を秘めた力強い瞳をしていた。
- それはキラが大きな悲しみ、痛みを乗り越えたからでもあるが、同時にラクスの手を離れたようにも感じられて寂しくも思っていた。
- プラントに戻る決意をした時も、キラと離れ離れになることには本当は胸が張り裂けそうな程辛かった。
- それをキラが優しく抱きしめてくれて共にプラントへ行くと言ってくれた時、どれほど嬉しかったか計り知れない。
- キラがいるからプラント最高評議会の議長という激務をこなせると改めて思う。
- 自らを強いと思ったことのないラクスだが、キラがいなければこんなにも自分は弱いのだとことを自覚せざるを得ない。
- こんな自分がキラのためにできることは何なのかと、そのことが次第に思考を占め、キラと過ごした時間が頭の中を駆け巡る。
- そこで2年前オーブの慰霊碑の前で彼が口にした言葉がふいに思い出される。
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- −一緒に戦おう−
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- それはラクスに向けて紡がれた言葉ではない。
- キラはラクスに好意を寄せる言葉や、労わるような言葉ばかり向けていた。
- それはラクスの心をいつも満たすのだが、ラクスはその言葉に甘えすぎていた気がした。
- 平和な未来を共に築くと誓ったはずなのに、自分がその先頭に立つと決意したはずなのに、キラがいなければ何もできないなんて。
- それを思うとラクスの目から一筋の涙が零れる。
- キラのいない切なさと、自分の不甲斐なさが溢れ出して。
- だがその涙と共に迷いが晴れた気がした。
- 自分はキラのために、何より自分自身のためにまだ何も戦っていないではないか。
- 銃を取るばかりが戦いではない。
- 何よりキラへの想いはこの程度で揺らぐほど小さなものではない。
- それを思うとラクスは決意し目を開く。
- そしてベッドを勢い良く起き出すと、人を呼び何かを依頼する。
- やってきた若いザフト兵はそれを聞いて驚いた表情をするが、わかりましたと畏まる。
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- 「では準備をお願いします。私は歌います」
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- それが私の戦いですから。
- ラクスは力強い表情で宣言する。
- その切ない程の強い想いは、今はここにいない愛しい人へと向けられていた。
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