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- 「久しぶりだなラクス、元気だったか」
- 「はい、カガリさんもお元気そうで」
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- オーブ国内アスハ邸で二人は再会の挨拶をかわす。
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- メサイア陥落後、プラントで最高評議会に参画することになったラクスは、準備をするために一度オーブへと戻ってきた。
- その準備には親しい者への挨拶も含まれており、オーブ軍准将としての仕事をするため先に戻っていたキラとマルキオ邸で合流し、共にカガリの元を訪れた。
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- カガリはラクスとの久しぶりの再会ということもあり、しばらくは現状の愚痴を言ったり思い出話に花を咲かせたが、話が一区切りつくと神妙な面持ちでキラに切り出す。
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- 「単刀直入に言おう。キラ、私に代わってオーブの代表首長になる気はないか」
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- キラはその言葉に僅かに息を飲んでカガリを凝視する。
- だがキラにとってはその要請はある程度は予想していたことだった。
- アークエンジェルで海底に潜んでいた頃から、ハッキリとは口にしなくてもそれらしいことを話されたこともある。
- ただカガリ本人に今は強い意志と、オーブの代表首長としての自覚もあり、このタイミングで本当にその話をされると思っていなかったため、そのことに少し驚いていた。
- すぐに気を取り直したキラはにっこり微笑んでその返事をする。
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- 「それはできないよカガリ。この国は君でなければ良い方向へは進んでいけないよ、きっと」
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- キラはやんわりとカガリの要請を拒否した。
- 血縁は違うかも知れないが、カガリは紛れもなく元代表首長で育ての親であるウズミの子だと思っている。
- その意志を継げる者はカガリをおいて他にないというのが本音だが、断る理由はもう一つあった。
- それは自分の出生の秘密。
- 産まれは特異でも、自分は特別ではない普通の人間だと思っているが、秘密を知った人がそう思うとは限らない。
- コーディネータというだけでも複雑な問題なだけに、無用な混乱を避けるためにもキラは自分は表舞台に出るべきではないと思っている。
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- カガリも要請はしたもののその答えを予想していた。
- さしてリアクションを取るわけでもなく、そうかと小さく呟いてソファーの背もたれに体を預ける。
- しばしの沈黙の後、カガリは双子の弟と親友に本音を漏らす。
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- 「私なんかよりキラの方がずっと能力もあって冷静な判断ができる。また危うく国を焼くところだった私に、国の代表が務まるだろうかと思うと不安なんだ」
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- だからお前の方がいいんじゃないかと思ったんだ、と付けて苦笑する。
- カガリの言葉にああ、そうゆうことかと納得したキラも苦笑して、自分の思いも吐き出す。
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- 「それは僕だって同じだよ。自分の考えや判断が正しいかなんて後にならないとわからないから。それでも自分で考えて決めて進む道を僕らは選んだ。だから僕らはデスティニープランを阻止したんだ」
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- 最後の言葉のところで改めて決意するように、少しだけ握った手に力を込めた。
- そして迷うことなく、カガリに宣言する。
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- 「だから僕はプラントに行って、僕ができる戦いをしようと思う」
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- それは突然のことで、カガリは一瞬自分の耳を疑った。
- 代表就任の要請は断られるとしても、自分と共に平和のために力を尽くしてくれるものだと信じきっていたカガリにとっては寝耳に水の話だ。
- だがキラ、そして隣にいるラクスも穏やかな表情ながら真剣な目をしているところを見ると、2人の間では既に周知の事実で固い決意のようだ。
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- 「なっ、プラントって、お前」
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- カガリはやっと言葉を搾り出して飛び出さんばかりの勢いで机に手をつき、前のめりに立ち上がるが驚きのあまり次の言葉が出てこない。
- キラはあまりに予想通りのリアクションに苦笑して、だがハッキリと言葉を続ける。
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- 「オーブからは離れることにはなるけど、僕らの目指す道は同じだから」
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- キラは微笑みを崩さず、ポケットから何かを取り出しカガリに手渡す。
- それはオーブ軍の襟章だ。
- アークエンジェルが正式にオーブ軍に配属された時、カガリから渡された権力という力。
- それを僕以外の相応しい人に、と付け加えて。
- 同時にそれはキラの決意の固さを表していた。
- カガリしばらくその襟章をじっと見まがら、自分の情けなさやら寂しさで涙が出そうになったが、何とか我慢する。
- やがてそれをぐっと握り締めると俯いたまま小さく返事をする。
- ラクスはそんな二人のやり取りをキラの隣で見ていてふふっと笑みを零す。
- そしてカガリの名を呼び、真剣な目でその潤んだ瞳を見つめて告げる。
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- 「カガリさんなら大丈夫ですわ。一緒にがんばりましょう」
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- カガリさんと一緒なら私もできそうな気がしますからと励まして。
- カガリはその無垢な笑顔と言葉にまた救われた気がした。
- 頑張らなければという決意と、本当に自分にもできる気が沸いてきて、今度こそ力強く頷いた。
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PHASE-13 「災いの来訪」
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- オーブ行政府内にある代表首長室。
- カガリはここで黙々と書類にサインをしていた。
- 今日は会議もなく朝からずっとその仕事をしている。
- いつものことだが目を通せだの、サインをくれだのという書類は毎日山の様にあり今日も例外ではない。
- だが量がいつもの3倍近くはあった。
- さすがの量にカガリもげんなりしながら取り掛り、昼近くなってようやく左に置いている未承認の書類と、右に置いている承認済の書類の高さが同じくらいになった。
- そこでサインをしていた右腕と目に軽い疲労を覚え、右手を軽く振って目頭を押さえた。
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- そこでふと思い出された、キラがプラントへ行くと宣言した時のやり取り。
- あの時は本当に驚いたとか、懐かしいなあとか、本当はラクスと離れたくなかっただけじゃないのかといったことを考え始め、思考はどんどん脱線していく。
- そんなことを考えていると、突然扉からノックの音が聞こえて思わずビクッとしてしまう。
- カガリはそんな自分に苦笑いして、過去へとタイムスリップしていた思考を現実へと引き戻し、ちょっと休憩だと一つ息を吐いて席を立ち上がり扉を開ける。
- そこに立っていたのはアスランとシンだった。
- 2人とも神妙な面持ちで立っていたのでに、カガリも心なしか身構える。
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- 「カガリに客だ。といってもどうにも妙な奴だがな」
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- アスランは硬い表情のままでことの詳細を告げる。
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- それはつい先ほどの出来事。
- 一人の男が突然カガリとの面談を求めて行政府にやってきて、入り口で警備員と押し問答をしていた。
- そこにたまたま軍本部からモルゲンレーテへと戻る途中のアスランとシンが通りかかり、何事か尋ねた。
- 警備員が事情を説明し、溜息を一つついたアスランが説得しようと前に出る。
- 素性のハッキリしない男を国の代表と面談させるなど、どんなことが起こるかわからないしまずありえない。
- ようやく世界は一つの方向へ進もうとしているが、まだまだ微妙な情勢は続いているだけに、カガリにもしものことがあっては再び世界は混沌としてしまう。
- 男の事情は知らないが、ここはどうにかして追い返すしかない。
- だが男はアスランとシンの姿を確認すると、怒りを露にしていた男は打って変わってその表情にあまり好ましい印象を与えるとはいえない粘着質な笑みを浮かべ、キラのことについて大事な話があると言った。
- 怪訝な表情で顔を見合わせたアスランとシンは、疑問点は多々あるがキラの名を出した点を無視できないと判断し、カガリに報告することにしたのだ。
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- 話を聞いてカガリも不信感を覚えたが、内容が内容だけにこのまま追い払うことは得策で無いと考えた。
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- 「わかった、とにかく会ってみよう」
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- カガリの意見に賛同してアスランは頷き、だが相手を100%信用できないことから対談の条件を提示する。
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- 「念のためだ、君に万一何かあっては困るからな。俺とシンも同席するように話してみてくれ」
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- カガリもアスランの言わんとすることが理解でき同意する。
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- 「ああわかった、それが対談の条件だと言おう。とにかく行くぞ」
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- そう言うとキビキビした行動で応接室へと向かう。
- アスランとシンも慌ててその後を追った。
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*
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- 応接室に入ると男は先ほどの押し問答など忘れたかのように、ソファーにゆったりと腰を掛けリラックスしていた。
- 男は扉の開いた音に気が付くとアスランの話したとおり、あまり好ましくない笑顔を浮かべて不躾に、時間がかかりましたねと暗に待たされたことを皮肉る。
- それにカガリが一応小さく謝罪すると、男は悪びれる様子もなくイツキ=アライと名乗る。
- カガリは何とか相手を嫌悪する表情を押し隠すと簡単な自己紹介をしてソファーに腰掛け、イツキに机の向かいの席に座るように促す。
- アスランとシンはカガリの両脇に控え立つ。
- そのことにイツキは何も提さず、挨拶もそこそこにカガリに促された席に腰を下ろすと唐突に切り出す。
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- 「キラ=ヤマトのことは言うまでもくご存知、ですね」
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- 自分達のことを気にも止めずに話を切り出すとは、その話題も唐突で説明足らずではあるが、どうにも回りくどいことは苦手なタイプのようだとアスランは分析する。
- 自分達が同席することを説明する必要はなかったのはありがたいが。
- 隣をチラリと見ると、同じような感想を抱いたのかシンも少し困惑の表情を浮かべており、心の中で溜息を吐く。
- その間にもイツキは捲くし立てるように言葉を続ける。
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- 「キラ=ヤマトはコーディネータなのに、何故貴方はナチュラルなのか。同じ双子でありながら、キラ=ヤマトの方が優れていると見なされ、悔しいとは思いませんか」
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- そして一呼吸置くとその瞳を怪しく光らせ言葉を繋ぐ。
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- 「獅子の娘カガリ=ユラ=アスハ、いや、カガリ=ヒビキ」
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- 最初は何を言っているのかと訝しくばかばかしい話だと思って聞いたカガリは、その名前を呼ばれた瞬間に目を見開いて激しく動揺する。
- アスランも同様に衝撃を受けたが、すぐに懐の銃に手をやり、いつでも抜けるように構える。
- 一瞬にして部屋の中をピンと張り詰めた空気が覆い被さる。
- 間を置いてカガリも何とか気持ちを落ち着かせるように、低くドスを聞かせた声で唸る。
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- 「何故その名を知っている。お前、何者だ」
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- その名を知る者はカガリを含め、キラとその近しい人物でなければ知らないはずだ。
- キラとカガリが双子であるということも、事実と決定付けるだけの物証はないため、公にはしていない。
- それらを知っているということは、今目の前にいる人物は警戒すべき者であることを示している。
- アスランはこの男をカガリに会わせたことを軽率だったと自分を責め、その責任感からも警戒心を強め、男の行動を見逃さないように意識を集中させる。
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- そんな2人の様子を呆然と見つめるシン。
- シンにはその会話の重要性と目の前で何が起きているか理解できていない。
- それは当然といえば当然だ。
- シンはキラとカガリの出生の秘密を知らないのだから。
- だが突然張り詰めた緊張感をまとったアスランを見て、本能的に目の前にいる男は危険な人物だと感じ取り警戒する。
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- イツキはそんな警戒心を隠そうともしない二人に視線を移すと、気分を害した風はなく含み笑いを浮かべて話題を変え、今度はアスランをじっと見てまた唐突に話を切り出す。
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- 「アスラン=ザラ、貴方は戦争でキラ=ヤマトに負け続け、友を殺され婚約者も奪われた」
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- アスランは目を見開いて僅かに動揺する。
- 確かにキラとは戦争で二度もすれ違い、敵として戦ってしまったが、今でも紛れもなく親友だと思っている。
- だがイツキの言ったことは事実でもある。
- 敵として相対した時、自分の仲間を傷つけ死に追いやった。
- そのことがアスランの胸に苦い思いを広げていく。
- しばらくアスランの動揺を楽しむように眺めていたイツキは、やがてシンに視線を移して言葉を続ける。
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- 「シン=アスカ、貴方も大切な家族を殺され、望む未来を潰された」
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- シンも何かに気付かされたように、あっと声を漏らし動揺する。
- そのために一度は激しく憎悪し、殺そうとしたことを。
- 互いに同じ未来を目指すために手を取り合うことを誓ったが、それが正しかったかどうか悩んでいることに、自分自身に不快感を覚えてしまい思わず顔が苦渋に歪む。
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- 含み笑いを浮かべたまま、イツキはそんな2人とカガリに衝撃的な内容を告げる。
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- 「我々はキラ=ヤマトに憎しみを持ち、キラ=ヤマトの存在を認めぬ者。お前達も我々の同志となれ。一緒にその憎しみをぶつけ、恨みを晴らさないか」
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- キラ=ヤマトを消し去ってと、恐ろしいことを世間話でもするかのように話すイツキに、カガリは言い様も知れぬ不快感と恐怖を覚えた。
- アスランは何をバカなことをと思うが、すぐには言葉になって外に出てこない。
- そのことがいっそう彼の不安を掻き立てる。
- 心の奥底ではキラに対する憎しみが未だに残っているのかと。
- シンも反発を覚えつつ、何故反発するのか明確な理由を見出せずに、イツキの言葉と自分の感情に戸惑う。
- 沈黙が流れ不穏な空気が部屋の中を支配し、アスランもシンも嫌な汗が背中を流れ落ちる。
- その沈黙を破ったのはカガリだ。
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- 「確かにキラは優秀だし、私などよりずっと良い指導者になれる、それだけの力を備えているだろう」
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- 戸惑う2人の気配に逆に冷静さを取り戻したカガリは、穏やかな口調に話し始める。
- 突然話始めたカガリに、イツキばかりかアスランとシンも驚き、一斉にカガリに視線を向ける。
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- 「でもコーディネータだからとか、ナチュラルだからとか、そうゆうことはどうでもいい」
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- 確かにコーディネータの方がより優れた能力を発揮できるし、病気にもなりにくいことは事実だ。
- そのことを羨ましく思っていたわけではないが、キラに話したことがある。
- それに対してキラは苦笑して、産まれた時から何でもできるわけじゃないと言ったことを思い出す。
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- 「キラは確かにたくさんのことができる可能性を持っているだろう。だが私には私だからできることがあることを知っている。それはキラも私も双子であっても異なる人間だからだ」
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- イツキは反論されると思っていなかったのか、カガリの言葉にさらに目を見開く。
- その様子には気にも止めず、カガリは先ほど思い出したキラとのやり取りに苦笑して、プラントで頑張っているであろう弟と親友に思いを馳せながら、そんな彼らを今更ながら誇らしく思う。
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- 「キラだけが人を殺したわけじゃないし、キラはそのことから逃げずに平和のために戦っている。その憎しみをぶつけ合っても争いはいつまでたっても終わらないことに気付いたから、私達もキラも今できることを精一杯やっているんだ」
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- そこで一呼吸してカガリは毅然とした態度で答えを返す。
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- 「だからその誘いには断じて乗れない」
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- その答えを聞いてアスランも少し目を伏せ、自分を叱責する。
- カガリの言ったとおりだ。
- 自分は何を戸惑ったんだ。
- キラは苦しみながら、苦しいことがわかっていながらそれでも平和のために戦う道を選んだんじゃないか。
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- −殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで最後は本当に平和になるのかよ!−
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- いつか少女に言われた言葉が再びアスランの胸を熱くする。
- シンも戸惑いや迷いが消えたわけではないが、復讐をしたところで失われた者が還ってくることはないことを、その行為は虚しく自分を苦しめるだけだということを思い出す。
- 同じ過ちだけは繰り返してはいけないと、カガリの意見に無意識に頷く。
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- イツキはカガリの言葉を驚いた表情で聞いていたが、しばらくの沈黙の後、そうかと笑みを一瞬にして引っ込めると、態度を一変させ冷たい瞳でカガリを睨む。
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- 「ならば裏切り者は排除する」
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- そう言って突然大きめの電子手帳らしきものを取り出したかと思うと、それが銃の形へと変形する。
- 慣れた手つきで掌の上でそれを握ると、カガリに銃口を向ける。
- アスランはカガリの名を叫び、素早く自分の体を盾に、カガリの体を抱きかかえて部屋の柱の影へと飛ぶ。
- 刹那、銃声が鳴り響き、カガリが座っていたソファーには銃弾の後が浮かび上がる。
- シンはその音に反応して机をイツキの方へと蹴り上げる。
- イツキは後方へソファーを後ろ向きのまま飛び越えて机をかわすと、今度はシンに向かって発砲する。
- シンもイツキがソファーの後ろへ飛んだのを見て、自らもソファーの裏へ飛び込み銃弾をかわす。
- その行動にアスランとシンの視線がはずれたのを確認したイツキは迷わず踵を返し、部屋の扉を蹴破り、走り去る。
- その音を聞いてアスランはすぐに自分のポケットにある小型通信機を手に取り、行政府の警備室へ指令を飛ばす。
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- 「こちらはアスラン=ザラ。代表首長に危害を加えようとした男が逃走した。すぐに緊急配備を」
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- 返事を確認せず通信を終了すると、カガリの方へ向き直り怪我はないかと尋ねる。
- ああ、大丈夫だとカガリは微笑んでみせる。
- お前が守ってくれたからな、とは心の中でだけ呟いて。
- アスランはカガリの無事に心から安堵し、思わずホッと溜息を吐く。
- だがすぐに事態の収拾を図るべき次の行動に移る。
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- 「シン、お前はカガリを連れて軍本部へ行け。事態を報告するんだ」
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- 護衛も兼ねてなと、アスランはシンに指示を出しながら懐の銃を取り出しその手に取る。
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- 「わかりました。アスランはどうするんです?」
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- シンはアスランの指示に頷きながら、予想はできていたが一応確認のために聞いておく。
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- 「俺はともかくあいつを追う。後は頼む」
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- シンの問いかけにそう答えると心配そうに見つめるカガリに一つ微笑んで、アスランはイツキを追って部屋を飛び出した。
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