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- イツキは行政府を飛び出すと、一目散に港口を目指して疾走する。
- 遅れて出てきたアスランが警戒しながら周囲を見渡すが既にその姿は見えない。
- くそっ!と舌打ちしながらアスランは地面に目を凝らし、今しがたついたと思われる足跡を見つけ、その後を追う。
- しばらく走ると海岸に面した崖上の木々の中を、巧みに走り抜ける人影を見つける。
- もし港から密航した船などに乗り込まれて、オーブ領域外へ出られるとやっかいだ。
- そうなる前にイツキを捕らえるべく、アスランも警戒しながらも迷わず林の中に飛び込む。
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- イツキは後ろを追いかけてくる足音に気が付き振り返ると、そこにはアスランの姿が確認できた。
- 舌打ちして走りながら身に付けていた小型通信機を取り出すと、どこかへ連絡を取る。
- 通信機の電源を入れるのに一瞬躊躇ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
- ここを切り抜けるためにも、今の状況とこれからのことを報告する。
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- 「しくじったのか。大口を叩いておいてそのザマとはな」
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- イツキの予想した通り、通信機の向こうでは冷たい男の声が響いている。
- イツキは同じ組織に属していながらこの男が嫌いだった。
- だが何をやっても敵わず、また冷徹で残虐なこの男を恐れ、従わざるを得ないのが現状だ。
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- 「うるさい、とにかく今はまだアスラン=ザラが追ってきてる。APSを出してくれ」
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- 先程から港近辺でもオーブ軍や警備兵の動きが慌しくなったのが、遠目から確認できる。
- この男に拝み倒してでも手を貸してもらわなければ、このままでは自分が捕まる。
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- 「お前の尻拭いのために持ってきたわけではないんだがな」
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- 相手はわざとらしく盛大な溜息を吐いて、皮肉たっぷりに応える。
- イツキは内心歯噛みする。
- これ以上この男にとやかく言わせないためにも、自分の失敗は自分で取り返す。
- でなければ今度はこの男に何を言われるか、何をされるかわかったものではない。
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- 「俺も出て奴らを始末する。とにかくAPSで俺が戻るだけの時間を稼いでくれりゃあいいいんだよ」
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- どのみちこのままじゃそっちもまずいだろとはき捨てるように叫び、返事が得られると、乱暴に通信機のスイッチを切り合流予定ポイントへと全力で急ぐ。
- このままでは自分が奴らに始末される。
- 失敗作として産まれ、まるで道具のように扱われた辛い過去。
- その過去から解放されるために足掻き、ようやくその機会を得るところまできたのだ。
- それができるまで死んでたまるかと、イツキは邪魔をしたカガリ、アスランへの歪んだな憎しみを増幅させた。
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- 一方のアスランはイツキの行方を追いかけながら、その正体を考察していた。
- カガリやオーブの首長らはこの国の理念を理由に、ブルーコスモスに狙われたことが数度ある。
- 最初はその可能性を疑ったが、アスランの鋭い洞察力はあの僅かな立ち回りでイツキがコーディネータであることを見抜いていた。
- イツキがコーディネータである点を考えるとブルーコスモスでないことは間違いない。
- また話の内容からすると単独犯ではないことがわかり、イツキが取り出した銃はかなり精密で最新鋭の機器であり、相当な技術を持った組織であると推測される。
- 何よりキラの存在や秘密を知っていることが気にかかる。
- キラの存在はオーブでも、プラント内でも名前こそ出ているが、姿や過去の経歴等は一切公にされていない。
- それを知っているのは自分を含めたごくごく限られた人物だけのはずだ。
- だがそれらの人間の中に自分が知らない者が混じっていることがひどく不安を掻き立てる。
- 何か自分の知らない大きな力が動いているように感じられ、アスランの心には言い様のない焦燥がべっとりと張り付いた。
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- そんな不安を抱えながらも、海岸が見下ろせる程の位置まできた時、海面に潜水艦が浮上するのが視界に飛び込んできた。
- その発射口が開いたかと思うとディンが3機飛び出す。
- その光景にアスランは思わず足を止め呟く。
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- 「潜水艦からディン!?やはりプラントの何らかの組織のメンバーか」
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- オーブの軍本部でも海底から現れた潜水艦、そこから発進したMSを捉えていた。
- 識別コードを確認するがモニタはUNNKOWNを示す。
- すぐに領域防衛部隊に連絡が入り、護衛艦とMS部隊が出撃する。
- オーブ軍のムラサメ部隊はディンが目視できるところまで近づくと、領域からの撤退を通信で呼びかける。
- だが無人であるディンが応えることは当然なく、空中を旋回するとムラサメ向けてライフルを放つ。
- その素早い動きと正確な射撃に1機のムラサメが成すすべなく炎を上げ、鉄くずとなって海へと落ちていく。
- 他のムラサメはすぐに迎撃体勢を取り、ディンに向かって構えたライフルを撃つ。
- しかしディンはその全てを鮮やかにかわして、間隙をついてムラサメを次々に撃ち落していく。
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- その様子を見ていたアスランは驚きで目を見開く。
- ディンであれ程の動きができるとは、なんてパイロットだ。
- あまりの見事な動きに率直にそんな分析、感想を抱いてしまう。
- オーブ軍得意のフォーメーション攻撃も全てかわし切り、攻撃はまったく無駄のない動きで正確にムラサメを捉える。
- たった3機相手にムラサメは既に5個小隊を失っている。
- このままでは守備隊の全滅は時間の問題だった。
- その状況にアスランはイツキの追撃を諦め、踵を返すと通信機で連絡を取る。
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- 「アークエンジェル、ジャスティス、アカツキの発進準備を。フラガ一佐にも連絡してくれ。出撃する」
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PHASE-14 「正義の剣」
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- アスランは自室に戻ると溜息を吐いた。
- デュランダル議長が亡くなったばかりで、世界情勢は混乱の真っ只中にある。
- オーブは比較的落ち着いているが、それでも今後のことを考えより良き世界を作っていくには、やらなければならないことは山積していた。
- アスランも正規のオーブ軍の軍人として守備隊の立て直しや、カガリの護衛任務等今は忙しい時だ。
- だがそれに不満があるわけではないし、それらの仕事には充実感があり忙しいことを辛いとは思わない。
- 溜息を吐いたのにはもっと別の理由がある。
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- 評議会からの要請でラクスと共にプラントへと入った、エターナルとアークエンジェルのクルー達。
- そこでラクスは最高評議会のメンバーとしてプラントに残るということを話した。
- アスラン達は驚きはしたが、ラクスの性格からしてその結論を出すだろうということはある程度は予想もしていた。
- キラも動揺した様子は無く、同じようにわかっていたことなのだろう。
- それから数日はキラとラクスは人前に姿を見せなかったが、おそらく別れを惜しんで2人きりでいるのだろうと思い、あえて何も言わなかった。
- あれほど想い合った2人が離れることは、他人事であっても胸に痛みを覚えたから。
- そしてラクスとそれを慕うエターナルクルー達を残して、アークエンジェルはオーブへと戻った。
- キラも一緒に。
- キラとラクスは別れ際にお互いに寂しそうに見詰め合っていたが、2人が結局言葉をかわすことはなかった。
- ただ力強く頷いて、キラがアークエンジェルに乗り込んだ姿が印象的だったことを思い出す。
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- あれから一月近く経つ。
- キラは何事もなかったかのようにオーブの主要人物として、カガリと共に色々と走り回っている。
- またプログラム技術の高さからモルゲンレーテの技術開発も手伝っており、いつ休んでいるのかと思うほど仕事をしている。
- それが寂しさを紛らわせるためであるなら休みを取ろうという気はおそらく無く、いつか倒れてしまうと心配してアスランはキラに忠告するが、キラは笑って大丈夫と返すだけだった。
- 今日も変わらず忙しくしていたのを見たので、それがアスランにとって心配の種であり、溜息の理由であった。
- そんなことを考えながら着替えをしていると、部屋の呼出し音が鳴る。
- こんな時間に誰だろうと首を傾げながらスイッチを押すと、そこにはキラの姿が確認できた。
- キラはいつもと変わらず穏やかな微笑みを浮かべて、話があるんだけど入ってもいいかなと訪ねる。
- アスランは珍しいなと思いつつ、深く考えることはなくキラを招き入れる。
- 2人はお茶を飲みながらしばらくこれからのことを談笑した後、キラは突然切り出した。
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- 「僕はプラントへ行くことにした」
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- 表情はにこやかだが、その瞳は真剣そのものだ。
- アスランは驚いて声も出ないが、頭の片隅では話とはこのことだったと何とか理解した。
- アスランが固まっている間もキラの話は続いているが、その内容はアスランの頭には入っていない。
- ただキラがプラントへ行くということのリスクの高さに、アスランはやっと言葉を搾り出す。
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- 「何を言ってるんだ、お前は・・・」
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- アスランは言いかけてはっとする。
- アスランにとってもそのことはできれば思い出したくない過去であり、キラにとっても大きな傷であることをわかっていたので言うことを躊躇った。
- キラにもアスランの云わんとしていることはわかっている。
- キラはヤキンドゥーエの戦いでも、メサイアの戦いでもラクスの味方でこそあれ、ザフト軍つまりはプラントとは敵対する勢力のエースとして戦っている。
- ましてコーディネータでありながら、地球軍に籍を置いた唯一人の人物でもある。
- プラントの人達がそれを知ればただで済むとは思えない。
- アスランはそのことを心配し、キラにどううまく伝えればいいか悩んだ。
- それに気付いたキラはそんなアスランの気持ちに感謝しながら、それでも僕は実感したから、と俯いて続ける。
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- 「ラクスがザフト軍に追われているって聞いた時、あの時は間に合って本当によかったけど、またフレイみたいなことになったらって思うと、堪らなく怖かったんだ」
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- その言葉にアスランは息を飲む。
- 大切なものを失う辛さはアスランにもよくわかっている。
- その喪失感が時に人を狂気に走らせることを、自らも体験したのだから。
- キラがひどく傷ついたことも。
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- 「だがら僕はラクスの傍に居たいんだ。大切な人を守るために」
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- ただキラも我侭でこの話をしているつもりはなかった。
- カガリを、オーブを心配する気持ちも確かで、でも全てを一人で守れると思うほど自惚れてもいない。
- カガリに、オーブに必要なのはきっとトップを取って変われる存在ではなく、影で支えられる存在。
- ウズミの意志を継いだわけではなく、それでも”キラ様”と呼ばれる自分では相応しくない、と顔を上げてアスランを見据える。
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- 「だから君に頼みたいんだ」
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- キラはこの上なく真剣な瞳でアスランを射抜く。
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- 「カガリとそれを支えてくれる人達やこの国のことを」
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- 君が居てくれるから僕はオーブを離れる決心ができたんだ、とまたにっこり笑う。
- キラはこれを伝えるために、その想いを託すためにアスランの元を訪れたのだった。
- キラの言葉にアスランは驚いた表情のままだが、変わらないなと思っていた。
- 相変わらず少しぼーっとしたところがあるが、何においても優秀で一度決めたことは最後までやり抜くその姿勢は幼年学校の頃から少しも変わってはいない。
- かつて自分がトリィを渡した時とは立場が反対だなと思いながら、だがあの時よりも渡されたものは大きく、お互いの距離はずっと近くに感じられた。
- 何故なら目指す未来は二人同じだと確信しているから。
- 途中すれ違ってしまったこともあったが、今確かに固い絆で結ばれているのだから。
- アスランはしばらくの間の後、ああわかったと深く頷き、キラに笑顔を向けた。
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- アスランがアークエンジェルの入っているドッグに着くと、向こうからはムウが走ってくるのが見えた。
- ムウの方もアスランに気付き、格納庫へ向かいながら並走して状況を尋ねる。
- 深刻に捉えたアスランとは対照的に、明るい調子で慎重すぎるんじゃないのとおどけてみせる。
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- 「俺とお前が2人とも出るなんて、よっぽどの相手か」
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- 普段は陽気な兄貴分としてふざけたような態度も度々見受けられるが、基本的に能力は高くそれを鼻に掛けないことから慕う者は多い。
- 今もそうやって、深刻そうなアスランの気をほぐそうと笑顔で話し掛けているのだ。
- アスランはその明るいキャラを羨ましくも思い、またやるべき時にはやるこの男を尊敬もしていた。
- だが今のアスランにはその態度は逆効果だ。
- 状況を実際に見ていないのだから仕方ないと思いつつ、アスランは眉をひそめて小さく息を吐く。
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- 「はい、短時間でムラサメの小隊が5つ全滅しました。このままでは守備隊の全滅は時間の問題です」
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- ですからオーブ防衛軍の援護に私達も出撃する必要があると判断しました、とムウの質問に先程の自分の分析も交えて応える。
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- ムウの方も慎重すぎると評しながらアスランの判断力には一目置き、頼りにしている。
- そのアスランが迷わず即答したのだ。
- 事態は予想以上に切迫したものだと理解したムウは笑顔をすっと引っ込めると、その後は無言でアークエンジェルの格納庫、アカツキのハンガーへと走りリフトへと飛び乗る。
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- アスランも上昇したリフトからコックピットへと飛び移り、OSのスイッチを入れる。
- できれば2度と乗ることのないようにと思っていた。
- メンテナンスこそ定期的に行っているが、実際に発進するとなると2年振りで緊急事態でなければ感慨に浸ってしまいそうだ。
- それでも指や体が発進手順を覚えており、ひどく使い慣れた感じで迷わず手際よく操作していく。
- その感覚に複雑な心境だが、とにかく今はオーブ軍を援護することが先決だ。
- アスランは頭を振って雑念を払うと、発進カタパルトへとインフィニットジャスティスを移動する。
- 外のモニタを見れば、ムウも反対側の発進カタパルトへアカツキを移動させている。
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- 「アスラン=ザラ、ジャスティス、出る!」
- 「ムウ=ラ=フラガ、アカツキ、出るぞ!」
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- 準備が整うと戦時中どれだけ言ったかわからない台詞を再び口にして、アークエンジェルから飛び出す。
- インフィニットジャスティスとアカツキがオーブ近海の上空へと抜けると、既に数十機のムラサメ、M1の破片やオーブ艦の残骸が海の藻屑と化し、煙を上げていた。
- アスランは予想以上の被害に舌打ちして、インフィニットジャスティスを加速する。
- そのままムラサメとディンの戦闘に割り込み、1機のディンの死角へと旋回して射程に捉えてロックし、ライフルを撃つ。
- アスランの頭では、これで1機の動きを抑えて他の2機をという計算を立てていた。
- だがアスランの攻撃はすんでのところでかわされる。
- そしてディンはかわしたかと思うと素早くライフルを構えて、反撃に転じてくる。
- アスランは驚愕すると同時に、辛うじてシールドで攻撃を受け止める。
- シールドで防いだので機体には大したダメージはないが、その衝撃はコックピットを揺さぶる。
- アスランは呻き声を上げたが、すぐに機体の体勢を立て直し反撃に転じようと、ディンを正面に捉える。
- しかしその対極からもう1機のディンが、インフィニットジャスティスに攻撃を仕掛けてきて、それに気がついたアスランはまたすんでのところで方向転換してかわす。
- それを境に2機のディンによる集中攻撃が始まり、アスランはその攻撃をかわすのがやっとだ。
- 苦戦を強いられているアスランに驚きながら、ムウも援護しようとして1機のディンに阻まれる。
- その攻撃を辛くもかわしながら、ライフルで反撃する。
- だがこちらもロックしたはずの相手が攻撃をかわし、素早く反撃に転じる動きに苦戦し、シールドに攻撃を受けた衝撃で揺れるコックピットの中でムウは思わず叫ぶ。
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- 「何てパイロットが乗ってんだよ!」
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- アスランもムウも自惚れているわけではないが、オーブ軍のトップエースだ。
- その自覚は各々あり、周囲も期待と信頼を寄せている。
- また機体の性能も相まって、シミュレーションでは2機でオーブ軍の1個師団を相手に五分の戦闘ができていた。
- そんな2人がたった3機のディン相手に苦戦する姿に軍本部も驚きを隠せない。
- 2人が負けることがあれば、オーブ軍は総崩れとなることは必至だ。
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- アスランはチラリとアカツキも苦戦しているのを見て、キラがプラントに行くと告げに来た時のことを思い出す。
- そこで託されたカガリ、そしてオーブを支えること。
- その言葉がアスランを奮起させる。
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- キラと約束したんだ。
- オーブは俺が守ってみせる。
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- アスランは意識が弾けたようにクリアになると、状況を冷静に分析し始める。
- そして機体の機動力はインフィニットジャスティスの方が上だと判断すると、アスランは操縦桿を強く握り締め、腰のビームサーベルをアンビデクストラ・フォームにして構え、ディンに向かってスピードを上げた。
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