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- 潜水艦<ロールフット>の中で男、カイト=イブキは瞑想するように、目を瞑って管制室中央にじっと座っていた。
- 艦長であるルッテ=ボルホビッチも無言で傍らに立っている。
- その沈黙が他のクルーに重苦しい緊張を走らせている。
- それはこの男の能力と冷酷さをよくわかっているからだ。
- カイトの言葉を平然と受け流せるのはここではルッテだけだ。
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- と、通信機に連絡が入る。
- どこかホッとしたような空気が一瞬流れるが、通信機を取ったオペレータは今度は怯えたような表情でカイトを呼ぶ。
- カイトはゆっくりと目を開いて立ち上がると、圧倒的な威圧感を放ちながら通信機を静かに受け取る。
- 通信の相手は予想通り、カガリ、アスラン、シンを仲間に引き込むためにオーブに潜入したイツキで、焦った様子で状況を報告している。
- いい訳じみた内容を聞き流して、最初の焦った感じから要するに失敗したから何とかしてくれという内容だとカイトは本題のみを受け取る。
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- 「しくじったのか。大口を叩いておいてそのザマとはな」
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- カイトはイツキからの通信に冷やかに応える。
- だがカイトは初めからイツキをあてにしていなかった。
- そもそもカガリやアスランを"FOKA'S"に引き込むことに否定的だったカイトは、自分が行けばその場で殺してしまいそうだと思っていたため、やる気を見せたイツキに行かせたまでだった。
- 我慢強い性格をしていないことを、カイト自身がよく理解している。
- 最もあてがわれた人員ではこの任務が成功することはないだろうと準備段階から冷やかに見ており、カイト本人にも任務を達成する気はなかったのだが。
- そんなことを考えている間もイツキの話は続き、APSを出すように要求してくる。
- カイトはわざとらしく溜息をつくとイツキに返す。
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- 「お前の尻拭いのために持ってきたわけではないんだがな」
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- お前がどうなろうと知ったことではない。
- カイトはいたって冷徹にそう告げる。
- 通信機の向こうで一瞬言葉に詰まったのがわかったが、イツキは吐きすてる様に反論する。
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- 「どのみちこのままじゃそっちもまずいだろ!」
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- 皮肉ってはいるが、イツキの言うように確かにこのままではまずい。
- 追われているのなら、このままイツキがこちらへの逃走を続ければこちらも見つかるのは時間の問題だ。
- カイトは我慢強くないと自負してはいても、それで冷静な判断ができないほど無能でもなかった。
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- 「いいだろう。APSを出すからさっさと戻って来い」
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- 考えを切替えそう言うと、カイトは通信を切る。
- その様子を黙って見守っていたクルー達を一瞥すると、まだ動こうとしないクルー達に低い声で命令を下す。
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- 「何を聞いていた。APSを出すと言っただろう。さっさと浮上させろ」
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- その威圧的な物腰はクルー達を震え上がらせ、その様子をルッテは溜息を吐きながら浮上命令を出す。
- クルー達は慌しく浮上手順を取り、ロールフットは海面にその姿を現す。
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- 「ディンを3機出せ。そのままロールフットは固定、イツキを回収する。後はブラッドの発進準備を一応しておけ」
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- カイトはテキパキと命令を出すと、また無言のままシートに腰を下ろす。
- その間もクルー達はキーボードに入力作業を続け、ロールフットのMS発射口が開くとそこからAPS動作のディンが空中へと飛び出す。
- しばらくするとディンの信号に反応したオーブ軍がムラサメで領域からの撤退を呼びかけてくる。
- その呼びかけにカイトは眉一つ動かさず、一言撃てとだけ命令する。
- クルーはまた慌しくキーボードに何かを入力すると、ディンは空中を旋回してとムラサメ向けてライフルを放つ。
- その素早い動きと正確な射撃に1機のムラサメが成すすべなく炎を上げ、鉄くずとなって海へと落ちていく。
- 他のムラサメはすぐに迎撃体勢を取り、ディンに向かって構えたライフルを一斉に撃つ。
- しかしディンはその全てを鮮やかにかわして、間隙をついてムラサメを次々に撃ち落していく。
- 相変わらず見事なまでの動きに、ロールフットのクルー達も感嘆を漏らして状況をじっと見守る。
- やがてインフィニットジャスティス、アカツキが戦闘空域に飛び込んでくるのが確認できた。
- 今度は2機がディンに攻撃を仕掛けるが、やはりディンは巧みにかわして反撃する。
- だがその攻撃を受け止め、或いはかわして先程のムラサメとは違い、互角に近い戦闘をするあたりはやはりオーブ最強の2機と噂されるだけはあると一同は納得してしまう。
- その戦闘が始まった時、イツキがロールフットに戻った。
- 息を切らせて管制室に入ってくる。
- それを見るなりカイトは冷たい視線で一瞥すると、挑発するように尋ねる。
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- 「大体の戦闘はAPSで片がつく。お前はどうするつもりだ?」
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- それからちらちらと戦闘中のモニタを見ながら無表情のまま黙る。
- それは暗に先程イツキが出ると言ったことに対する厭味でもあった。
- お前など出るまでもないと言わんばかりに。
- イツキは悔しさを押し殺すように拳をぎゅっと握り締め歯を食いしばり、やっとの思いで返事をすると踵を返す。
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- 「ブラッドで出る。俺が奴らを仕留めてやるさ」
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- APSと五分の戦闘を繰り広げているインフィニットジャスティスとアカツキを指して、そう吐き棄てた。
- そうしてイツキが駆け込んだロールフットの格納庫にはいくつかのディンに混じって、シルエットの異なる機体がそこに佇んでいる。
- X3-001R-"blood"。
- それがイツキが駆るMSの名だ。
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- 顔に怒りを滲ませたままそのコックピットに乗り込むと、素早くOSを起動させ発射口へと移動する。
- そしてヤケクソ気味に発進を宣言すると乱暴にレバーを引くと、ブラッドで飛び出していく。
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- 「イツキ=アライ、ブラッド、出るぞ!」
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- 飛び出すとイツキはPS装甲のスイッチを押す。
- 灰色の機体が見る間にその名の通り血のような濃い赤黒に染まっていく。
- 空中で一回転してモニタにインフィニットジャスティスの姿を捉えると、眉を吊り上げて唸り声を上げながら戦闘の光が見える方角へ加速した。
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PHASE-15 「黄金の盾」
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- アスランは冷静に2機のディンの動きを捉えながら、思い切った行動に出る。
- 1機のディンにリフレクターを飛ばして牽制すると、その間にもう一機に向かって加速、一気に距離を詰めビームサーベルを大きく振りかぶった。
- ビームサーベルを必要以上に大きく振りかぶったことで、インフィニットジャスティスには隙ができている。
- この距離で攻撃を受ければかわすことも防ぐこともできない。
- 危険な賭けだが射撃がことごとくかわされる以上、ディンがこちらに狙いを定めて攻撃するために、僅かに動きを止めた時こそ最大にして唯一のチャンスだ。
- アスランは敢えて隙を見せて慎重にだが大胆にその一瞬を突こうと全神経を集中させた。
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- だがディンはアスランの予想を覆し、大きく仰け反りながらインフィニットジャスティスと距離を取る。
- ビームサーベルが確実に届かない距離まで離れてようやく反撃に転じる。
- アスランは攻撃を中断しシールドで攻撃を防ぎながら、その動きに首を傾げた。
- あれほど正確な攻撃と回避行動を取れるパイロットがこの隙を見逃すなんて。
- それともそんなアスランの攻撃を読まれたのだろうか。
- アスランは悩むが、視界に同様に苦戦を続けるアカツキの姿が入り、ライフルを牽制で放ちつつ再び接近攻撃を仕掛ける。
- そして再び接近するとまた攻撃もせずに距離を取ろうと機体を加速する。
- 今度はそのままアスランも同じ距離を保って動いたが、結果は同じだった。
- インフィニットジャスティスを振り切ろうと、左右へ急旋回する。
- その間ライフルを撃つ気配は一向にない。
- アスランも何とかついていけたが予想以上にGの負荷がかかり危険を感じたため一旦離れる。
- 軽い脳貧血の様な状態で頭が少しボーっとするが、しかしおかげでアスランは確信した。
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- 「フラガ一佐、どうゆうつもりかはわかりませんが、彼らは必ず一定の距離を保ってこちらを攻撃しようとしています。その距離内に入れば攻撃してきません」
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- 頭を振って気を保つと同じく苦戦しているムウにそのことを知らせ、アスランはビームサーベルの切っ先をディンに向けて構え、そのまま突撃する。
- またGの負荷に顔を歪めるが、機体の機動性はこちらの方が上だ。
- 距離を詰めるわずかな時間の負荷に耐えれば攻撃は問題なく当たる。
- アスランは気迫で押し込むようにレバーを引き絞る。
- インフィニットジャスティスは懐に入り、ビームサーベルがディンの頭を貫く。
- その衝撃にディンは大きくその体を薙いだ。
- アスランはその隙を逃さず、ビームサーベルを両手に持ち替えるとその手足をもぎ取る。
- 四肢を失ったディンは成すすべなく海へと落下していく。
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- アスランはスローモーションのように、ディンのボディー部が落下するのをしばらく呆然と見つめる。
- アスランがボーっとしている間に、通信にはオーブ軍にそれを回収する命令が出ているのが聞こえてくる。
- その通信を聞いたアスランの頭の中では回収は任せて、残りのディンを撃つべく思考は動き出す。
- 未だ執拗に一定の距離を保って射撃を行うディンに違和感を感じながらも、もう一機のディンへ再び加速しようとレバーを引く。
- と、突然レーダーに新たな機影の反応があり、その方角から砲撃が迫る。
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- 「新手!?くっ」
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- 間一髪その攻撃をシールドで凌いだアスランはその信号を確認する。
- MSの信号はUNKNOWNを示し、その血を思わせる赤黒い機体は見たことも、また情報を得ているどの機体とも一致するものはない。
- 既に旧型となっているディンでこれだけの戦闘ができる組織の新型MSだ。
- この新型MSは性能が向上しているのは言うまでもなく予想されることなので、背中を冷たい汗が流れるのを感じる。
- その新型MSは両腕を水平に構えたかと思うと、その手首からビームが発射される。
- しかしディンと違って正確とは言いがたい、闇雲にビームを連射している感じで、冷静さを欠いているようにさえ見受けられる。
- この違いに戸惑いながら攻撃をかわすが、アスランはスピーカから漏れる自分の名を叫ぶ怒声はイツキのものだと気が付く。
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- 「どうゆうつもりだ。一体君達は何を考えている!」
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- オーブ代表首長の暗殺未遂ばかりか、オーブ軍への武力行使は国際的に指名手配の対象となる。
- アスランには組織の規模や技術力も気になるが、その目的が明確に見えない不安の方が大きく思わず尋ねる。
- しかしイツキは頭に血が上っているため、アスランの声が聞こえていない。
- あるのはアカツキ、そしてインフィニットジャスティスを撃つことだけだ。
- 撃って挽回しなければ、自分が危うい。
- イツキは意味不明な言葉を発しながら、ビームを帯びたアンカーをインフィニットジャスティスに向かって放ち、アスランは舌打ちしてそれをシールドで弾き飛ばす。
- アスランはイツキの乗るブラッドに集中したため背後ががら空きになってしまっていた。
- その背後を残ったディンに狙われ、すんでのところで気が付いたアスランは回避行動を取るが、ビームが右肩の辺りをかすめた。
- 直撃ではなかったがその衝撃はコックピットにも伝わりアスランは呻き声を上げる。
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- 一方のムウはアスランの言葉に呆気に取られたが、インフィニットジャスティスの動きに納得する。
- 自分もそれに続くべく士気を上げるが、新たに現れた新型MSに再び状況は劣勢に変わる。
- 新型MSはインフィニットジャスティスを明らかに狙っており、またディンとは違う動きを見せ行動パターンが全く読めない。
- いくらアスランでも、新型MSと超人的な動きをするディンを同時に相手にするのは少々厳しい。
- 自分が対峙しているディンにライフルを撃ちながら、ディンで手一杯になっている状況にムウは歯噛みして悔しさを露にする。
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- 「色々と、迷惑を掛けたな」
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- ムウは心底申し訳なさそうにキラに頭を下げる。
- ここはアークエンジェルの廊下。
- アークエンジェルはプラントからオーブへと戻る航行中だ。
- メサイアから戻ってから何かとバタバタしていたが、ここにきてようやく一区切り付き、記憶を取り戻してから初めてキラとゆっくり話す機会が持てた。
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- 少し記憶が混乱しているところもまだあるが、キラの判断がなければ本当に二度と戻れなかったかもしれない。
- カガリとキラの提案がなければマリューを守ることもできなかった。
- 何より自分がいない間もマリューを守ってくれたことに、改めて感謝していた。
- そんなムウにキラはにこりと笑って首を横に振る。
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- 「いえ、ムウさんが戻ってこられて、本当に良かったです」
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- キラも喜びを噛み締めるようにそう告げる。
- それから少しムウの居ない間のことを互いに話し合ったが、でもとムウは話題を変える。
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- 「お前はいいのか?」
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- ムウは以前と変わらない、本心を射抜くような視線で語りかける。
- キラとラクスの関係は、それまでの経緯を見ていなくても分かるほど互いを想い合っていることがよく分かる。
- そんな2人が離れ離れになることは相当な覚悟がなければできるものではない。
- そしてムウの中ではまだ戦うことを迷い、憂いを秘めたキラの姿が色濃く残っている。
- そのキラを救ったのはラクスだったことを、言われずともよく理解できた。
- だからこそキラがラクスと離れることでまた傷ついて塞ぎこんでしまわないか心配したのだ。
- そんなムウの心配はキラにも伝わった。
- キラは呆気に取られた後、少し頬を赤くして穏やかな表情でだが力強く頷く。
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- 「はい、大丈夫です。僕もラクスもやるべきことはちゃんとわかってますから」
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- 僕はもう一人きりではないんです、とキラは問題がないことを強調した。
- その言葉には迷いも無理をしている様子も感じられない。
- そんなキラにムウは成長を感じずにはいられない。
- 初めて会ったときは突然戦争に巻き込まれて、しかも訓練も受けずにMSのパイロットになってしまって仕方がなかったところもあるが、いつも悲しみを湛えてどこか力と心のアンバランスさを感じさせる少年だったのに。
- 俺のいない間に大人になっちまったんだな、と少しだけ寂しそうにキラを頼もしく見る。
- その間の姿を見られなかったのが惜しいくらいに。
- それより、とキラはそれを言いかけたムウを遮るように言った。
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- 「もうマリューさんの傍から離れちゃだめですよ」
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- 今度はムウが顔を赤くしてコラ、と拳を振り上げる。
- その様子にキラは悪戯っ子の様に笑ったまま、踵を返し捨て台詞というには暖かな言葉を残してムウから離れていく。
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- 「マリューさんを支えられるのは、僕じゃなくてムウさんだけですよ」
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- その言葉にムウは動きを止め、逃げるように無重力の中を滑っていくキラの背中を呆然と見詰める。
- だがその背中が廊下を曲がって消えると真摯な表情をして、軽く握った拳を胸にあてて、ああそうだな、と己に誓いを立てるように呟く。
- そして改めにキラに感謝した。
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*
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- ふと思い出されたキラとのやりとり。
- 今思えば、初めからキラは自分達に全てを託してプラントへ行くつもりだったなとわかる。
- キラがオーブを離れる時にも、同じ台詞を言われている。
- キラはその思いを自分へと返したのだと、ムウは思った。
- そしてキラがいない今、アスラン達をまとめるのはムウの役目であり、そのことに強い責任感を持っている。
- 何より今通信機から聞こえる、オーブ軍を指揮するその声を守ることは、ムウ自身にとって何より優先したい事項なのだ。
- ムウは操縦桿を握る手に力を込めると、アスランに張り付いているディンにライフルを放つと叫ぶ。
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- 「アスラン、ディンの方は俺に任せろ」
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- その言葉にアスランは一瞬戸惑った。
- 自分がこの新型MSを相手にするには、その方が作戦的には良いことはわかる。
- だがムウの腕を信用していないわけではないが、先程の戦法は体にかかる負荷が相当なものであることを身をもって知っている。
- キラと似てそうゆうところは自分で背負い込もうとするきらいのあるアスランだ。
- ディンの相手を自分に任せるように言う。
- だがムウはさも心外だという表情を浮かべて、逆にアスランを制する。
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- 「生意気な。俺は不可能を可能にする男だぜ!」
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- そう言うとアスランに向かってウインクして見せ、先程のアスランの動きに倣うようにビームサーベルを抜いて、今まで対峙していたディンとの距離を一気に詰める。
- ディンのライフルをアカツキに施された特殊装甲で跳ね返しながら一直線に突き進み、ビームサーベルはディンの腹を突き抜け、機体が激しい爆音にリズムを合わせるように飛び散っていく。
- 急激なGの負荷とその解放感に軽い眩暈を覚えるも、ディンを撃てたことに気持ちが奮い立ち、何とか意識は保てた。
- そしてアスランに向かって気丈に親指を立てて決めポーズを取る。
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- イツキは爆散するディンを信じられないものを見たように驚いた表情で見つめた後、我に返るとさらに怒りを露にして、インフィニットジャスティスに突っかかるようにビームサーベルで切りかかる。
- アスランはムウのその様子を見て、自分の心配性を少し自嘲し、ディンはムウに任せた方がいいと考えを改める。
- そしてすぐに気持ちを切り替えるとビームサーベルを構え、応じるようにブラッドに向かってバーニアを吹かした。
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