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- イツキの襲撃後、シンの護衛を受けてカガリは軍司令部に入った。
- そこでは所属不明の潜水艦とそこから発進したディンのオーブ領海内への侵入を受けて、司令部に入っていたマリューが指揮を取っていた。
- 司令部のシフトになっていたメイリンも慌しく通信機を取り、情報集積と整理を行っている。
- カガリはすぐさまマリューに状況を確認しようと駆け寄る。
- だが確認するまでもなくそこで目にしたのは、モニタに映る3機のディンに次々と落とされるオーブ軍、そして苦戦するインフィニットジャスティスとアカツキの姿だった。
- イツキを追っていったはずのアスランが出撃していることにも驚いたが、たった3機のディンにオーブ軍がいいようにあしらわれ、あのアスラン達ですら苦戦を強いられる状況に危機感が高まる。
- カガリは侵入した潜水艦かMSから何か通信はなかったかを尋ね、マリュー達は表情を曇らせて無言で首を横に振る。
- 今のところ相手からの通信も、こちらからの呼びかけにも応じる様子はないため、マリュー達にはその目的がよく掴めないでいた。
- その様子にカガリは少し考えて、先程の事件をマリューに説明する。
- 語られた内容にマリューは目を丸くするが、予想以上に深刻な事態であることだけは理解できた。
- モニタの向こうでは苦戦を続けるアスラン達だが、ようやくアスランがディンを1機撃ち落し、司令部にも歓声が漏れる。
- その声に振り返ったマリューは、インフィニットジャスティスが落としたディンを回収するようにすぐさま指示を出す。
- こう状況が掴めなくては今後の対応も取りようがない。
- 少しでも情報を得るために、あのディンのパイロットを拿捕することは重要だと考えた。
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- そこへ暗号コードの通信が入る。
- 現在はメイリンとアークエンジェルの一部関係者のみが解読できるコードで、つまりプラント、もっと言えばエターナル回線からの通信を示している。
- メイリンはあわてて暗号を解読し内容を取り出す。
- そして驚きのあまり通信機を落としてしまった。
- マリューはメイリンの只ならぬ様子に何事かと尋ねる。
- メイリンは未だ信じられないといった表情で、恐る恐るその内容を報告する。
- それはキラとストライクフリーダムが消息を絶ったというショッキングなものだった。
- 詳細はメンデルにて謎の武装組織の襲撃を受け、メンデルの爆破と共に消息不明になったということだ。
- これにはマリューばかりか、カガリ、シンも驚きを隠せない。
- 今オーブに侵入しているMSは、カガリの話からして"FOKA'S"と名乗るキラの出生に関わる組織だと推測される。
- そしてプラントではあのキラが行方不明になる事件が起きている。
- どちらもキラに関わる出来事だけに、2つの事件は繋がっているのではないかと思ってしまう、宇宙と地球と遥か遠く離れた場所の出来事なのに。
- 何か自分達の知らないところで大きな力が動いているような、そんな不安にかつてデュランダルが秘密裏に進めていたデスティニープランを思い出す。
- 同じことが起こるとは思えないが、マリューには何か世界中を巻き込んだ事件が起こる予感がしてならなかった。
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PHASE-16 「飛び立つ翼」
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- マリューは戸惑っていた。
- 突然カガリに呼出されたと思ったら、そこにはキラとラクスがいた。
- ラクスがオーブに来ていることはニュースなどでも言っていたのでここにいることに不思議はないのだが、彼らの表情を見るとどうも再会を喜んでいる雰囲気ではない。
- 怒っている様子でも悲観的な雰囲気でもないが、重大な話をする嵐の前の静けさのような何とも言えない緊張感がマリューを襲う。
- だがそこは彼らの部下という立場とは言え、年齢も経験もそれなりに潜り抜けてきたものがあるマリューだ。
- 顔には出さず努めて平静にお呼びでしょうか、とカガリらの前に立つ。
- すると徐にマリューさんにこれを託します、とキラが一歩進み出て何かを手渡す。
- それはキラが着けていた階級章だ。
- そして驚く間もなくアークエンジェルの独立機動部隊への異動配備、マリューの部隊々長の任命書をカガリに読み上げられ彰状を差し出される。
- それは場合によっては独断によるアークエンジェルとその部隊の発進、指揮命令権をマリュー個人に与えるものだ。
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- 突然の任命と昇進にマリューは驚きの表情でカガリ、そしてキラの顔を見つめた。
- キラはそんなマリューに自分はプラントへ行くと告げる。
- 僕が抜けた後をマリューさんに託したいんです、とキラは真剣な表情でマリューを見つめている。
- カガリを結婚式から連れ出した時のように、例え非難に晒されようとも信念を貫き通すことができるようにと。
- まだ呆然とするマリューは、キラやカガリが自分を評価してくれるのは素直に嬉しいと思うが、その力はあまりに重く感じられた
- 故にマリューは固辞する。
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- 「私ではその力を扱いきれません」
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- キラやラクスがこれまで背負ってきたもの、これから背負おうとするものはとても大きく、そして困難なものだということはマリューにも容易に理解できる。
- それを少しでも支えられればとラクス暗殺未遂事件の後、アークエンジェルの艦長としてまた戦場に出ることを決めたのだが、それはキラの決断があったからであって、自分がそれを決断し、またそれを受け取るには自信がない。
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- キラ達にはマリューが固辞することは予想できていた。
- そして予想通りの結果に3人は思わず苦笑する。
- だがキラは引き継げるのはマリューしかいないと断言する。
- ”不沈艦”アークエンジェルの艦長として、ずっとクルーをまとめ引っ張ってきたのは間違いなくマリューだ。
- キラはヘリオポリスで出会ってから、マリューが艦長で良かったと何度思ったことだろう。
- マリューがアークエンジェルの艦長でなければ、生きてここに辿りつくことも、ラクスやカガリとも出会えなかったかも知れない。
- キラは万感の思いを込めてマリューに、ここまで引っ張ってきてもらってありがとうございます、と頭を下げ確信を持って本心を語る。
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- 「でもだからこそマリューさんが相応しいと思います」
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- マリューはその態度に今度は慌てた。
- むしろ感謝しているのはマリューの方であり、キラがいなければここに居ることも戦いの中生き残ることすら叶わなかったかも知れないのだ。
- ヘリオポリスで出会った時はまだ戦争を知らない子供で、コーディネータということを差し引いてもあまりに優秀であったためにMSでの戦闘を強いてしまったが、戦場に出るにはあまりに優し過ぎる少年だった。
- キラはいつでもアークエンジェルを守るために、自分の気持ちを殺して、犠牲にして戦ってきたのだ。
- その優しさ故に心が激しく傷つき、一度は廃人の様になってしまったキラ。
- その責任を誰よりも強く感じるのは他ならぬマリューなのだ。
- マリューはぎゅっと拳を握り締める。
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- ラクスはそんなマリューの手をそっと取り、そんなにご自分を責めないでください、と優しく微笑む。
- マリューさんのせいではありません、戦争というものがそうさせてしまったのです、とラクスは言葉を紡ぐ。
- キラはマリューさんが僕をMSに乗せてくれたから、僕は戦争に向い合うことができて友達を守ることができました、とラクスから引き継いでまた礼を述べる。
- そして僕にとって大切で信頼できる仲間でもあるマリューさんにやっぱり託したいと思うんです、とキラは言葉を続ける。
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- その言葉に、ああキラはそんな人間だったな、とマリューは心が軽くなった気がした。
- そして少しずつキラやラクス、そしてカガリの思いに応えたいと思い始めた。
- 彼らはマリューにとってもかけがえのない仲間であり、最大の恩人だと思っている。
- 自分が進む道がどんな結果になるか分からなくても、自分を信じて進む大切さをまだ少年、少女と呼べる時の彼らに教わったのだ。
- 同じ道を志す者としてもその恩を少しでも返したい。
- その思いがマリューの胸を熱くする。
- 様々な思惑を廻らせてマリューはしばらく考え込んだが、やがて力強く頷きお引き受けしますと3人と笑顔をかわした。
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*
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- 「色々と、迷惑を掛けたな」
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- プラントからの通信を受けたと同時に、正体不明のMSと潜水艦が撤退していく。
- オーブの理念は、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入せず、だ。
- その理念に従えば、領海外へ出たものをおいそれと追撃できない。
- だがこのまま彼らを放置することは、オーブ代表首長暗殺未遂の犯人をみすみす逃がすことになり、国際的にもオーブの立場としては不利な状況を作りかねない。
- アスラン達も通信の内容に戸惑い、またオーブの理念をよく理解する彼らだからこそ判断に困っているようだ。
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- マリューは思案の末、アークエンジェルの出撃を決意する。
- キラであればそう決断するのではないかとマリューは確信めいたものがあった。
- そしてキラに託された力は今この時こそ使うべきだと、託された時のことを思い出しながら強くそう感じたのだ。
- カガリにその意志を伝え了承を嘆願するが、そのための独立機動部隊で私にはその決断を止める権限を持っていない、とカガリは頷く。
- それを受けたマリューはすぐにその場にいたシン、メイリンにもアークエンジェルの搭乗命令を言い渡す。
- そしてアークエンジェルクルーへの緊急搭乗連絡、さらにロールアウト予定のオーブ新型MSの積み込みの打電、戦闘中のアスラン、ムウへも召集命令を行う。
- それができると決意を込めてマリューは背筋を伸ばし、カガリ、そしてその場にいる全てのオーブ軍の兵士達に敬礼をする。
- シンとメイリンもあわててマリューに倣う。
- それを受けたカガリ、そして兵士達も一斉に起立してマリュー達に向かって敬礼をする。
- その光景を少しだけ微笑んで見渡すと、ではと踵を返してマリュー達は部屋を走り去る。
- その姿が部屋の外に消えても、カガリはしばらく敬礼をしたまま扉を見つめ、祈りを込めて呟く。
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- 「ラミアス艦長、頼むぞ」
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- かつて自分が道を誤りかけた時のように、制約のある私に代わって事を成し遂げてくれと。
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- 「色々と、迷惑を掛けたな」
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- ディンの攻撃をかわしながら先程の負荷が回復したムウは、再びディンに向かって突撃する。
- 今度はサーベルで胴体を真っ二つに切り裂き、ディンは空中で炎の中に消え、その破片が青い海へと散っていく。
- ムウはGの負荷で声にはならなかたっが心の中でヨッシャーと叫び、ガッツポーズをとる。
- 呼吸を整えながらアスランの方を見れば、アスランはブラッドの動きを警戒して深く攻め込もうとしていない。
- ライフルのような武装らしきものは見当たらないが、腕からビームを放ちまた脚部にはカバーらしきものが動いて高収束ビーム口が顔を覗かせ、アスランはその攻撃を苦心してかわしている。
- 先程は指先からミサイルを発射していたのも確認している。
- それを見るとMSの装甲内に内臓した武器をマウントしているものと思われる。
- 実際腕や足は機体全体の構造からすればアンバランスな大きさであり、まだ武装を隠しているかも知れないことを考えると、相手の狙いがわかりにくくに迂闊には近寄れない。
- とにかく相手にマウントされた武器やその機体特性を分析しようというのがアスランの考えだ。
- 相変わらず慎重だね、とムウは溜息を吐きながらその戦闘を見守る。
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- その戦闘を少し苛つきながら見ていたカイトに通信が入る。
- 不機嫌そうにその通信を取ったが通信はプラントからで、その内容にカイトは驚いた表情を見せるがすぐに渋い表情で通信を切ると、そのままイツキへ通信を繋ぐ。
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- 「オーブを離脱する。一旦帰搭しろ」
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- イツキは警戒するアスランを、自分が追い詰めていると勘違いをしていた。
- 優勢なところをわざわざ邪魔されたと思ったイツキは不満を漏らす。
- だがカイトもアスランが初めて見る機体の性能を見極めるように、慎重に戦闘をしていたと評している。
- このままいけばいずれ形勢が逆転するのはカイトの目には見えているのだが、それを理解していないイツキにカイトは溜息を吐きつつ、端的に通信内容だけを説明する。
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- 「状況が変わった。宇宙ではメンデルとオッディスを失ったらしい。そしてキラ=ヤマトも一緒に消息不明になったということだ」
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- その内容にはイツキもさすがに驚きを隠せない。
- "FOKA'S"はメンデルにAPSの生産工場を作っており、その規模はかなり大きなものだ。
- 当然APSの護衛部隊を配備していたはずだが、メンデルを失ったということはそれらを全て失ったということになる。
- キラへの憎しみがさらに募るが、そのキラも消息不明であるため、調査を行うために一度宇宙へ戻って来いというのだ。
- "FOKA'S"にとって目標にキラの抹殺がある。
- そのまま死亡が確認できればそれはそれでいいのだが、だができればこの手で殺してやりたいという思いが"FOKA'S"には強くある。
- イツキはそのためには今撤退するのは致し方ないと何とか納得させ、渋々ながら<ロールフット>へと戻る。
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- 同じくしてアスランとムウにもメイリンからキラがメンデルで行方不明になったことが告げられる。
- アスラン達も信じられないといった表情で思わず動きを止める。
- その間にMSと潜水艦がオーブ領海から離れていく。
- それを追うべきか否か。
- 代表首長の暗殺未遂という重大事件を引き起こした犯人ではあるが、領海外へ出られてはオーブの軍人という立場から決断することができない。
- その時マリューの名で、独立機動部隊の召集命令が極秘辞令として転送されてくる。
- それはつまりアークエンジェルの発進を示すものだ。
- ムウは驚きの声を上げる。
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- 「アークエンジェル、出るのか!?」
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- 一方のアスランはその辞令を見て決意した。
- アークエンジェルと合流してからでは見失ってしまう可能性が高い。
- それでは何の解決にもならない。
- 逸脱した行動ではあるが、アークエンジェルが出撃すること事態が既に緊急事態なのだ。
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- 「フラガ一佐はアークエンジェルに戻ってください、私はこのまま彼らを追跡します」
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- アスランはそう言うと、その内容を素早く打ち込みアークエンジェルへと転送する。
- ムウはその言葉に最初驚いたが、同時にこいつが命令を無視するなんて珍しいな、と思わず口元に笑みを零す。
- そして実際ムウもここは追うべきだと考え、俺も行くぞとアカツキのレバーを引こうとする。
- だがアスランはアカツキのエネルギー切れを指摘する。
- 確かにコンソールを確認するとアカツキはエネルギー残量が危険域に入っている。
- このまま追っても追いつくことすらままならないだろう。
- その状況にムウは舌打ちしたが、アスランの腕は信用している。
- 一人で追わせたところで無謀に攻撃を仕掛けることはないだろうと判断し、結局アスランに従い任せることにした。
- ムウは無茶はするなよ、と言ってアークエンジェルの発進カタパルトへと戻る。
- アスランはムウにはいと返事をして、潜水艦の信号をトレース、その方角へ機体を発進させる。
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- その頃マリュー達も軍司令部からアークエンジェルへ到着する。
- すぐに発進準備に取り掛かる指示の内容をここに来る途中から考えていたマリューだが、いざ搭乗すれば
- 既に物資の搬入作業は完了しており、ブリッジに入るとクルーの配置も発進準備シークエンスも完了している。
- 後はマリューの号令を待つばかりの状態だ。
- その様子に少し唖然とするマリューだが、操舵席からアークエンジェルの副艦長でもあるアーノルド=ノイマンが顔を出し微笑む。
- 全てわかっていますよと言わんばかりに。
- その仕草にマリューは苦笑して、メイリンは急いでCIC席に座り、続いてマリューも艦長席に腰を下ろす。
- そしてマリューは傍らの通信用受話器を取ると、艦内の全てのクルーに向けてメッセージを流す。
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- 「本艦はこれより、オーブ代表首長暗殺を企てた犯人を追跡の任務に就く。これは独立機動部隊として初めての出撃であり、我々に課せられた使命は重大だが、それに臆することなく全力を尽くすように各員の健闘を期待する」
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- 大半はオーブ代表首長誘拐事件の時から行動を共にする者だ。
- 困難は百も承知。
- だがその先にある未来を誰もが信じ、また共に戦えることを誇りに思っていた。
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- 「エンジン始動、前進微速」
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- マリューの掛け声にアークエンジェルの足に久々に火が灯る。
- その間にアスランから転送された報告を読み、驚きの声を上げるが心の中ではすでにその行動を容認していた。
- マリューの方もアスランの腕と判断力を信頼おり、相手を見失わないためにはそれが最善だと思ったからだ。
- そしてドッグから外に出たところでアカツキの着艦を確認すると、少し緊張感を強めてその目的を再度告げる。
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- 「離水後最大船速、先行するインフィニットジャスティスと合流、代表首長暗殺未遂の犯人を追う!」
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- 犯人を捕まえることが、今宇宙で共に戦っている仲間を脅かす者達へと繋がる一本の線に思える。
- そのためにも自分達の行動は重要だと感じていた。
- マリューは不安を振り払う様に、そっと胸の階級章に手を当てる。
- そして力強く前を見据えると、凛とした声でアークエンジェルの発進命令を下す。
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- 「アークエンジェル、発進!」
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- そのマリューの掛け声と共に、アークエンジェルは水面から浮き上がり再び空へと飛び出した。
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