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- シンはマリュー達と一緒にアークエンジェルに到着すると、すぐにパイロットのロッカー室に向かう。
- 戦闘が目的ではないが、オーブ軍の呼びかけに応えないまま攻撃を仕掛けてきたテロリスト相手では戦闘が行われる可能性が高い。
- 思わぬ形で自分専用の新型MSに乗ることになりそうだが、実戦は2年振りだ。
- 前の戦争で嫌というほど戦闘を繰返し、本来の目的を見失っていっただけに、また同じ事を繰り返すことが今のシンは正直怖かった。
- 自分は戦うべき相手を見誤らずに、しっかり戦えるだろうか。
- 冴えない表情のままシンはロッカー室の扉を開ける。
- そこには既にパイロットスーツに着替えたルナマリアが何かを考え込んでいたが、シンに気が付くとホッとしたような笑みを浮かべて近づく。
- そしてアークエンジェルが発進するなんて何があったの、とシンに尋ねる。
- アークエンジェルが発進するのは余程のことだと、ルナマリアを始め関係者は誰もが知っていることだ。
- だがマリューの艦内放送はあったものの、ルナマリアは詳しい事情をまだ知らされていないため、余程のこととは何なのか気になっていた。
- 代表首長暗殺未遂事件は大変な出来事だが、それだけではアークエンジェルが国外に出てまで追う理由にはならない。
- ルナマリアにはマリューがそう判断するとは思えなかった。
- その内説明はあるのだろうが、ルナマリアはそれ以上の事態とは何なのかが気になって仕方ない。
- シンは着替えをしながら、手短にこれまでの経緯を話す。
- "FOKA'S"という組織がキラを殺すために仲間になれと言ってきたことを。
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- 「まさか仲間になるとか、言ってないわよね」
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- ルナマリアはシンの肩を掴んで心配そうに尋ねる。
- シンはルナマリアが本気で心配してくれているのが伝わり少しだけ嬉しくなるが、その言葉にまた自分の中にもやもやとしたものが生まれる。
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- 「いや、キラさんを討ちたいとは思わなかったけど、俺すぐに答えることができなくて」
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- シンはその時の心境を漏らす。
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- 「代表が答えてくれなかったら俺はまた騙されて、ついていってたのかな・・・」
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- 言ってから自分の言葉にショックを受け、力なく項垂れるシン。
- かつてデュランダルの甘い言葉を信じ、何が正しいのかを知ろうともしないでただ戦った記憶が胸を締め付ける。
- ルナマリアは雨の中に捨てられた子犬のようなシンを切なそうに見つめ、大丈夫よと声をかける。
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- 「誰だって急に変なこと言われたら戸惑うわ。でも貴方は今ここに居る」
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- 騙されてない、ちゃんと前を見て大事なものを見失ってないと力強く励まして微笑む。
- その笑顔を見上げてシンはまた心が軽くなる。
- シンもそうだねと言って微笑むと、仲間にできないとわかるとカガリを暗殺しようとしたこと、司令部でキラが行方不明になった通信が入ったことで、マリューがアークエンジェルの発進を決断したことを説明する。
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- キラが行方不明になったというのには、ルナマリアも目を見開いて驚く。
- キラの実力は敵対したこともある彼らだからその凄さもわかっている。
- 俄かには信じ難いことだ。
- シンもそれについてはまだ詳細は聞いていないためハッキリしたことはわからないが、アークエンジェルが出撃するには十分な事だと納得する。
- 追っているのはそれほど危険な相手かも知れないということに。
- そしてルナマリアはラクスのことも心配になる。
- ラクスが落ち込む様子も想像できないが、ラクスほどキラのことを信頼し、想っている人物はいないだろう。
- そのキラが行方不明になったショックは計り知れない。
- そこへ艦内放送が響き渡る。
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- 「インフィニットジャスティスを確認。現在所属不明のMSと交戦中。パイロットはMSデッキにて待機、総員第一戦闘配置」
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- 放送を聞き嫌な予感が的中していしまったことにシンは眉をひそめる。
- ロッカーの扉を閉めるとしばらく何か考え込んだ様子でじっとその扉を見つめ、それから唐突に行こうとシンは無表情にMSデッキへと走り出す。
- ルナマリアはそんなシンをできれば止めたかったが、それではシンが前に進もうとするのを邪魔してしまう気もして結局何も言えない。
- ルナマリアも迷いを振り払う様にシン後を追ってMSデッキへと急いだ。
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PHASE-17 「新しい力」
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- 久しぶりにオーブに戻ったということで、ラクスはキラと共にマルキオ邸へと足を運ぶ。
- 海岸で遊んでいた子供達は2人の姿に気が付くと我先にと駆け出して次々に飛びつく。
- 久しぶりに帰ってきた優しいお兄さん、お姉さんに会えて本当に嬉しそうだ。
- 二人は飛びついてくる子供達をしっかり受け止め微笑み返す。
- 子供を見ていたルナマリアもそんな2人に気がつき笑みを零す。
- 子供達の声にシンやメイリン、カリダも顔を出し再会を喜び合う。
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- 二人はこれからプラントに行き、また会う機会はほとんどなくなってしまうだろう。
- それならば今日はささやかながらパーティを開きたいというカリダの提案に、子供達は歓声を上げる。
- その歓声を微笑ましく聞きながら、ルナマリアはラクスに近づき話し掛けようとする。
- 色々と彼女なりに悩むことがあり、相談したいことがあったからだ。
- だが子供達は準備ができるまでキラとラクスに一緒に遊ぼうとおねだりを始め、ルナマリアは言葉を飲み込む。
- そんなルナマリアに気がついたラクスは子供達に、少し用がありますので先にキラと遊んでいてくださいな、と自分を足元で見上げている子供の頭を撫でてやりながらルナマリアに向かって微笑む。
- キラも気が付いてラクスに同意し、子供達に向かって行こうと声を掛けて歩き出す。
- それでも名残おしそうに振り返りながらキラに連れられていく子供達に苦笑して、後から必ず参りますからと言うとようやく子供達はラクスから離れていく。
- そうしてラクスはルナマリアの方に向き直り、ではお茶でも飲みながらお話致しましょうと言って家の中へと入っていく。
- ルナマリアは呆気に取られながら、さすがラクス様と苦笑してラクスの後を追い、それからお茶を持って二人テラスへ出る。
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- 「でも本当にキラさんは凄いですね」
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- テラスでルナマリアはラクスが淹れた紅茶を畏まって味わいながら、ポツリと呟く。
- その向かいに腰掛けながらラクスが微笑みながら、何がですかとその真意を確認する。
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- 遠くからはキラと子供達の笑い声が聞こえる。
- キラもオーブに居たとは言え、プラントから戻ってからはアスハ別邸で仕事をしていたためほとんどこっちには来ていない。
- 心なしか子供達の声がいつもよりはしゃいでいるように聞こえるのは、久しぶりに遊んでもらえることが嬉しいからだろう。
- 先ほどラクスから中々離れようとしなかったことなど忘れたように笑顔が零れている。
- シンはその様子を少し離れた所から目を細めて見ていたが、子供達に呼ばれて笑顔で輪の中に入っていく。
- それを微笑ましくラクスとルナマリアは見ていたが、またルナマリアは憂いを帯びた表情で話し始める。
- キラと話をするまでシンは本当に見ていられない程、落ち込んでいた。
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- 「自分を殺そうとした相手に、自分から手を差し出すなんて」
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- 私ならきっとできません、と少し首を傾けて自嘲する。
- そのキラの行動が深い闇を彷徨っていたシンを救い出した。
- ルナマリアにとっては感謝の気持ちでいっぱいだ。
- ラクスはその時の様子を思い出して笑みを零したが、すぐに表情を曇らせてキラは強くなりましたと言葉を紡ぐ。
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- 「以前のキラは、シンさんよりもっとひどい状態の時がありました」
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- それから少しだけ悲しい目になり視線を落として、当時のキラの様子を語り始める。
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- 「あの時のキラは戦争でたくさんの大切な人を失ったことに、また自身がたくさんの命を奪ったことに傷つき、自分の存在に絶望していました」
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- それはラクスにとっても最も辛く、苦しかった時間。
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- 「心が何もかも受け入れるのを拒絶したような、話し掛けても何も応えない時期が続きました。それは周囲の私達にとって辛い時間でしたが、何より辛かったのはキラ自身です」
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- 全てを抱え込んで、眠れば悪夢に襲われ、生きているのか死んでいるのかさえわからない状態もあった。
- それを思うとラクスの胸は激しく締め付けられた。
- その原因の一端も自分にあると。
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- 「キラは優しい方ですから。ずっと全てを自分のせいにして自分を責めつづけて、また失うことを極端に恐れていました」
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- そこまで話してラクスはふうっと息を吐く。
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- ルナマリアは驚いた表情で本当ですかと尋ねる。
- 会って少ししか話をしていないが、キラは常に優しい笑みを浮かべて落ち着いた雰囲気の人だ。
- 見た目は正直あの伝説のフリーダムのパイロットというのが信じられないくらい若くて綺麗な顔立ちなのだが、心の広さ、信念の強さに、ラクスが信頼するのも単にMSの操縦技術が凄いだけではなくてそうゆうところなんだろうと一人納得していた。
- その伝説の、ある種のアカデミー時代から憧れでもあった人物が廃人の様になっていたなんて想像もつかない。
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- 「その時ラクス様はどうなさったんですか?」
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- ルナマリアはそんなキラに対してどんなことをしてあげたのか気になった。
- 自分もシンに何かできることがあればと参考にしたいと考えたのだ。
- するとラクスは淡く微笑んで私は何もしていません、と答えた。
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- 「ずっと傍にいて見守っていただけです。キラが心を開いてくれるのを、ただ待っていただけですわ」
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- ラクスは時に静かに歌い、時に優しく語りかけ、決して強制はせずただ傍でじっとキラから話してくれるのを待っていた。
- それで少しでも心の傷が癒えるように祈っていたのは確かだ。
- だが自分自身で乗り越えなければ、いつまでたっても前に進むことはできない、そして心は誰にも強制することはできない。
- それはシンも同じだ。
- 彼らに必要なのはそんな周囲の優しさと時間なのだ。
- それは事実だろうと頭では理解できるルナマリアだが、見ているほうは辛くて切なくて耐えられないのではないかと思う。
- ルナマリアの苦しくなかったかという問いに、ラクスは無言のまま微笑んでキラの方へと視線を向ける。
- ルナマリアも追いかけるとそこにはキラの笑顔があった。
- あの笑顔を見れば満たされた気持ちになりました、とラクスに惚気られてルナマリアは目を丸くする。
- ラクスとて苦しくないわけでは、辛くないわけではなかった。
- だがようやくキラが笑ってくれた時の喜びは、それまでの苦しみが全て報われたような、何ものにも変え難い幸福な瞬間だった。
- ルナマリアは改めてラクスのキラへの想いの深さと同時に凄さを実感した。
- 同時に自分がこの先シンを支えて行けるだろうかと不安になる。
- シン程ではないがルナマリアもMSのパイロットとして戦う力以外にはそれほど自信があるわけではない。
- ルナマリアの表情に影が差したのを感じたラクスは優しく励ます。
- ルナマリアさんなら大丈夫ですわ、とラクスが自信満々に言うのでルナマリアの方がキョトンとした表情で理由を尋ねる。
- するとそんなにシンさんを思ってらっしゃるのですから、と満面の笑顔で言われてルナマリアは顔を真っ赤にした。
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- 「ふん、追いつかれたらしいな」
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- ロールフットは海底からレーダーでインフィニットジャスティスを捉えた。
- オーブ軍は他国の争いに介入しないと謳っているため追ってこないかも知れないとルッテは考えていたが、それは甘かった。
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- 「今度こそ奴を仕留めてやる」
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- "ジャスティス"は"フリーダム"と並んで最強と称されるMSであり、その伝説的な強さはプラントでも有名だ。
- "フリーダム"のパイロットはキラだということは当然周知の事実だが、世間一般には謎の人物とされている。
- だが"ジャスティス"のパイロットであったアスランは世界中で名も顔も広く知られている。
- キラとは違う意味で"FOKA'S"も当然よく知っており、キラを除けばMSパイロットのトップエースだと認知している。
- 先程の戦闘でそのアスランを押していたと思っているイツキは意気揚々とブリッジを出て行く。
- その様子にカイトは溜息を吐きながらクルー達に冷たく指示を出す。
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- 「ディンを3機出せ。邪魔になるようならブラッドごと撃っても構わない」
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- カイトの言葉にクルー達は一瞬凍りつくが、へたに逆らえば自分も撃たれかねない。
- 背中に冷たい汗を感じながら作業を行い、ディンを発進させる。
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- アスランの方でも潜水艦の機影をレーダーに捉えていた。
- その直後先ほどの新型MS、その後方からディン3機を確認する。
- ディンをまたあの奇妙な動きをするパイロットか、と渋い表情で呟きながら威嚇射撃を放つ。
- そこでまたアスランは驚く。
- 威嚇射撃のため狙いを外していたとは言え、ディンは全く避ける素振りすら見せなかった。
- 片や新型は威嚇射撃に反応して、避けたような素振りを見せると手首の辺りからビームクローを出して接近してくる。
- まるで死ぬことを恐れないようなその動きに、ディンのパイロットがどんな訓練を受けたのか気になるが、今は目の前の戦闘に集中しなければとアスランは操縦桿を握り直す。
- ディンのライフルをかわしながらアスランもビームサーベルをアンビデクストラ・フォームで構えると、ブラッドに向かって加速した。
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- 「シン君、行けるわね?」
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- マリューはMSのコックピットの中で発進準備をするシンに確認する。
- 自らMSのパイロットを志願したとは言え、今のシンは非常に危うい精神状態にあった。
- パイロットとしての優秀さはマリューとて認めている。
- 唯一、キラの駆るフリーダムを倒したパイロットであり、それを目の前で見たのだから。
- だがキラが傷ついていた時のことをよく知るマリューは、その時のキラほどではないとは言えストライクに乗っていた時のキラとダブって見えるところもあり、本音ではシンを出撃させたくはなかった。
- それは軍人としては甘い考えであり欠点だが、同時にマリューの長所であり優しさでもある。
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- 「大丈夫です。やれます」
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- シンは気丈に答える。
- 実際今は迷っていられる状況でないことを、シンなりに理解している。
- アークエンジェルのMSパイロットは4人しかいない。
- 自分が出なければそれだけ他のパイロットに負担がかかることになり、何よりルナマリアが危険に晒されることだけは避けたかった。
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- 「その機体では初めての実戦だ。無理はするなよ」
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- 発進する以上はあてにするがな、とムウもシンを気遣いながらアカツキで発進する。
- それを見ながらシンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
- そして管制から発進可能の声が響くと、目を開いてレバーを目いっぱい引いてカタパルトを滑走する。
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- 「シン=アスカ、イザヨイ、行きます!」
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- シンの新しいMS、イザヨイ。
- 初めて飛び出す空の下で、その白銀の装甲が太陽の光を眩しく反射する。
- アカツキの2号機として開発されたその機体は背中に2本の斬艦刀を背負い、接近戦に主眼を置かれたMSだ。
- 6枚のスラスターで加速と方向転換の俊敏な機動力を実現している。
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- 「ルナマリアさん」
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- シンの発進を見送りながらマリューはルナマリアを呼び止めると、少し切なげな表情でシン君を頼むわね、とシンのフォローをお願いする。
- マリューの言葉にルナマリアは力強く頷いてバイザーを下ろすとフットペダルを踏み込み、バーニアの推進力を一気に上げる。
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- 「ルナマリア=ホーク、ムラクモ、出るわよ!」
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- そしてアークエンジェルから勢いよく飛び出すジェット機。
- 次期オーブ軍の主力MSとして開発中のプロトタイプがルナマリアの新しい機体だ。
- MSへの可変機構も持ち、その背に背負った超高収束インパルス砲と両翼の脇に備えられたロングレンジレールガンに見られるように、遠距離戦に主眼を置いたMSだ。
- 新型の2機はアカツキの左右にピッタリ付くと、戦闘の光の方角へと急ぐ。
- そこには4機のMS相手に苦戦するインフィニットジャスティスの姿があった。
- 先ほどの戦闘を見ていないルナマリアは、インフィニットジャスティスで苦戦するほどの相手に緊張が高まる。
- 一方のムウはインフィニットジャスティスを取り囲むディンの動きを見て、オーブ領海で戦闘したディンと同じ戦法を取っていることに気が付く。
- その上でシンとルナマリアに作戦を言い渡す。
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- 「奴らは距離を保って正確な射撃をしてくるが懐に入ると脆い。俺とイザヨイが接近戦で叩くぞ。ムラクモはランチャーで援護を」
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- ディンをジャスティスから引き離すんだ、と言いながらアカツキは一気に加速して戦闘空域へと飛び込む。
- シンもはいと返事をして続こうとするのを、ルナマリアが引き止める。
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- 「シン、気をつけてね」
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- もっと言いたいことはたくさんあるのだが、今のルナマリアにはこれが精一杯だった。
- だが今のシンにはそれだけでも十分だ。
- 言葉ではなく、込められた想いがシンの心を軽くする。
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- 「ああ、ルナも気をつけて」
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- 少し表情を綻ばせると、イザヨイもスラスターから零れる光の帯を残して戦闘空域へと飛び込んだ。
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