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- 第1戦闘配置の艦内放送に、クルー達に緊張が走る。
- 戦闘を恐れているわけではない。
- ここにいる誰もがその覚悟はあるものの、戦闘がないに越したことはないと思っている者ばかりだ。
- 戦闘を行わなければならい事態に、驚きと悲しみがそうさせるのだ。
- だが避けられない戦闘に悲しくもあるが、何もせずにただ見ていては何もならないことも、彼らは知っている。
- すぐに気持ちを切替えてテキパキと準備を始める。
- 格納庫内でも整備スタッフが慌しく駆け回り、MSの最終チェックやカタパルトの準備などを行っている。
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- 「やっぱりこうなっちまうか」
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- アカツキのコックピットに座りながら、少しやり切れない表情で諦め半分ムウが呟く。
- マードックも発進準備を手伝いながら残念そうに相槌を打つ。
- アークエンジェルの発進を聞いた時からそうなるだろうと思ってはいたが、いざ本当になると2人とも残念な気持ちを隠し切れない。
- マリューも苦渋の決断だっただろうことを思うと、切なさもこみ上げる。
- 一方でムウは同時に戦闘の作戦を考えながら、他のパイロットのことを気にかける。
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- 「あっちの坊主達のは?」
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- 坊主達とはシンとルナマリアのことだ。
- アークエンジェルに乗るMSパイロットはムウを含めて四人。
- 後の一人はアスランだ。
- 一部隊としては少数だが、単独でオーブ軍の複数小隊に匹敵するほどの戦闘力を持ったMSとパイロット達であり、少数精鋭の独立機動部隊の戦力としては申し分ない。
- だがシンとルナマリアが乗る機体は新型で実戦投入は初めてだ。
- 二人がパイロットとして優秀なことは誰もが認めているが、初めての機体では何かと戸惑うこともあり、機体の調整はより重要となる。
- 戦闘に出る以上は最大限の力を発揮し、何より全員が生き残ることを考えねばならないのだから。
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- 「入念にチェックしときましたよ、あいつらにはキラの穴を埋めてもらわなきゃいけませんからね」
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- アークエンジェルにとって、かつて彼らは敵だった。
- だがこれまでも思いを同じくする者は敵であっても受け入れ、共に戦ってきた。
- 敵、味方となったのはただその方法が、進む道が少しだけ違っていただけのこと。
- アスランもそうだ。
- 争いの無い平和な世界にしたいと心から願っている。
- だから誰もが温かく彼らを迎え入れ、そして事情を知る今、死なせたくないと思っている。
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- マードックは言いながら親指を立ててにやりと笑う。
- その仕草にムウは苦笑しながら、機体の整備は問題なしと心の中で太鼓判を押してカタパルトへと移動する。
- そして艦長からの発進命令が出ると、3機のMSは勢いよく空へと飛び出していく。
- それらを見送ると整備スタッフはすぐに次の作業へと移る。
- 発進カタパルトの整備、アークエンジェルの状態チェック、MSの補給や修理の準備等々。
- 彼らの作業は戦場において人目につくことは無い。
- だが彼らの力なくしてはMSは戦場を駆ける事も、戦艦が空を飛ぶ事もできはしない。
- MSが戦闘に出れば何の問題もなく戦えること、搭乗する戦艦が最大限の機能を発揮することが彼らの誇りだ。
- 彼らもキラとの誓いを胸に自分達の戦いをしているのだ、託された思いと共に。
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PHASE-18 「蒼き海の死闘」
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- キラとラクスはアークエンジェルのクルー達に別れを告げるためにマリュー、カガリと共にアークエンジェルへとやって来た。
- 既に伝えるべき人には伝えているが、アークエンジェルのクルーはラクスにとってももちろんだが、キラにとってはヘリオポリスから共に激戦を潜り抜けてきた大切な仲間達だ。
- 直接自分の口から伝えたいというキラの意思を尊重して、こうして残りの全員を集めての辞令の交付に同行したのだ。
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- キラがプラントに行くと言った事に一同はさすがに驚いた表情になるが、すぐに笑顔で頑張れよと声を掛けてくれる。
- それからキラとラクスは一人一人と握手、あるいは抱擁をしたりして別れを惜しむ。
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- 「しかしお前さんが今ではオーブの要人、今度はプラントの要人か、偉くなんたもんだよな」
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- マードックがキラの肩を叩きながら、そんなことは微塵も思っていないような態度でキラに話し掛ける。
- 他のクルーも話し方の差はあれ、概ね似たような感じだ。
- 普通であれば年下とはいえ上官に対して失礼な態度なのだが、キラはそうして気さくに話してくれる仲間達を嬉しく思う。
- キラは敬語で話されたりする方がむしろ気恥ずかしくてあまり好きではないから。
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- それからしばらくは皆で思い出話に花を咲かせるが、キラとこうして話ができるのが最後かと思うと、クルーの誰もが胸に切ないものが込み上げてくる。
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- 「キラ君がいなくなるの寂しいですね」
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- ノイマンが皆の気持ちを代弁するようにしんみりと呟く。
- 確かに一時キラがいないまま戦闘に出たことはあったが、ほとんどはキラに守られ、キラの意志に導かれるようにここまで進んできたアークエンジェル。
- まさにキラあってのアークエンジェルだったことをクルー達は感じている。
- それが欠けるというのは、大きな穴が開いたような喪失感と不安があり、ノイマンの言葉に誰もが静まり返る。
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- マリューとて同じ事を感じている。
- 艦長でありながらキラに頼ってばかりいたことをまた申し訳なく思いながら、今度からは頼ることができなくなることに不安を拭いきれない。
- でもだからこそマリューは自分自身も奮い立たせるように、ノイマンを優しく叱責する。
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- 「だからこれからは私達一人一人がしっかりしなければならないのよ、ノイマン三佐」
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- マリューに言われてそうですねと答えかけたノイマンだが、三佐と呼ばれたことに疑問符を頭に浮かべた表情でマリューを見つめ返す。
- マリューはその様子に苦笑してカガリに辞令交付を促す。
- それを受けたカガリは一歩前に出ると、凛とした声でアークエンジェルクルーに言い渡す。
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- 「アークエンジェル、及びそのクルーは明日よりオーブ軍独立機動部隊所属とする」
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- クルー達はその特権に伴い、階級の特進というのがカガリの配慮だ。
- カガリはその宣言と共に一人一人に頼むぞと声を掛けながら辞令書を渡す。
- 誰もが予想しなかった展開と、その責任の重さに緊張した面持ちになり、口数も少なくなる。
- そんな彼らをキラは苦笑しながら見つめ、言葉をかける。
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- 「皆さん、後をよろしくお願いします」
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- キラは万感の思いを込めて、あえて敬礼をした。
- けじめと覚悟と力を託すために。
- 遠く離れても、同じ未来を見つめて進む仲間たちだから。
- そんなキラの思いはノイマンやマードックを始め全員に伝わり、彼らも一斉に敬礼を返す。
- その光景をラクス達は優しく、そして頼もしく見守っていた。
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- アスランは自分の置かれた状況に舌打ちする。
- オーブの呼びかけにも応えずいきなり攻撃を仕掛けてきた連中だ。
- また戦闘になるだろうとは思っていたが、今度もまたあの奇妙はパイロットは正直相手にし辛い。
- 相変わらず一定の距離を保って遠距離からの攻撃だけを繰り返すディン、そして接近戦を仕掛るブラッドの連携攻撃にさすがのアスランも防戦一方だ。
- そこへレーダーに新しいMSの反応がある。
- と同時にディンに目掛けてビームが飛び込んでくる。
- ディンは素早い動きで旋回してかわすと、今度はビームが発射された方角に向かって攻撃を仕掛ける。
- イツキも別方向からの攻撃に驚き、そちらを振り返る。
- その先には2機のMSと1機のジェット機の機影が確認できる。
- シグナルはアークエンジェル配備のものだ。
- さらに後方にはアークエンジェルの影も見える。
- アスランがそれを目視するとムウから通信が入る。
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- 「アスラン、お前はその新型に集中しろ。ディンはこっちで叩く」
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- ムウは言いながらディンに向かって加速していく。
- その後ろをシンのイザヨイ、離れてルナマリアのムラクモがディンに向かって攻撃を仕掛ける。
- もちろんそれであっさり落ちてくれる相手ではない。
- だがディンは攻撃をかわし、そして反撃をしながら次第にインフィニットジャスティスから離れていく。
- シンとルナマリアが新型をうまく扱えるか気になったが、正確なディンの攻撃をしっかりかわし、あるいは防いでいる。
- それを確認したアスランは彼らも元々ザフト軍のエースパイロットだったことを思い出し、要らぬ心配だったなと一人ごちてブラッドへと意識を集中させる。
- そしてムウ達が飛んでいった方向とは逆に移動しながら、ブラッドに向けてライフルを放つ。
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- オーブの援軍には内心驚いたイツキだが、アスランを追い詰めたと思い込んでいるために湧き上がる自信がある。
- それは過信となって、冷静な判断力を失わせていた。
- ムウ達すら完全に侮ったイツキは彼らの取る作戦などまったく気にも留めなかった。
- インフィニットジャスティスの動きに釣られるように腕のビームを放ちながらインフィニットジャスティスを追い、ディンとブラッドの距離は徐々に開いていくことにも。
- それにより戦いはディン3機対アカツキ、イザヨイ、ムラクモのチーム、そしてインフィニットジャスティス対ブラッドの一騎打ちの構図になった。
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- そうしてこちらの立てた作戦通りにブラッドとAPSディンを引き離すことに成功すると、それまで牽制攻撃と回避に専念していたムウ達は反撃に転じる。
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- 「よし、俺達も仕掛けるぞ」
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- ムウの掛け声と共に、アカツキ、イザヨイがバーニアを吹かせてディンに迫る。
- ルナマリアはディンと対峙するシン達を援護しようと、急上昇したかと思うと遥か上空から海に向かって垂直に機体を走らせ、ジェットの上部にマウントされた高収束インパルス砲を放つ。
- だがディンはそれをあっさりかわしていく。
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- 「何なのよこいつらは!」
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- 初めてディンの動きを見るルナマリアは驚きと苛立ちに声を上げる。
- 元々同僚機であったディンの性能はよく知っているつもりだった。
- 侮ったわけではないが、自分が知りえる知識でその行動を予測し、ルナマリアの中では2射目で少なからずダメージを与えているはずだったのだ。
- だが目の前のディンは記憶の中の性能よりも遥かに高い機動力を発揮している。
- そしてディンらしからぬ動きの速さもそうだが、確実にロックしたはずの攻撃も、撃った先からかわされては苛立ちもする。
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- 「熱くなるな。奴らの運動性は尋常じゃない。遠距離の射撃では落とせん」
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- 既に戦闘経験のあるムウはそう言いながら、先ほどと同じ様に機体の加速を一気に上げると、機体同士が触れ合えるくらいの距離まで近づきビームサーベルを一閃、左足を切り落とす。
- コックピットへの狙いが少し外れたことに舌打ちするが、こうやるんだよ2人を一瞥すると再びディンに向かって加速していく。
- それを見たシンも牽制に一発ライフルを放つと、ムウに倣うようにエンジンペダルを一気に踏み込む。
- イザヨイの加速力はバーニアとスラスターに強化が加えられ、アカツキを凌ぐ。
- シンは急激なGに顔を歪めながらもあっという間に別のディンの懐に入ると、メインモニタである頭を掴む。
- そして掌からビームを光らせて頭部を破壊する。
- メインモニタを失ったディンは力なく海へ向かって落下を始める。
- それを確認したシンはもう1機も撃つべく意識をそちらに向けた。
- だがそのディンが頭のないまま突然甦り、再びライフルを構えたかと思うとイザヨイに向けてビームを放つ。
- 寸でのところで気が付いたシンはイザヨイに備えられたアカツキと同じ特殊装甲によりそのビームを跳ね返し、跳ね返ったビームはディンのライフルと右腕を破壊して、ディンは完全に戦闘力を失った。
- しかしイザヨイにダメージはないものの、メインモニタを失ったにも関わらず正確にイザヨイのコックピットを狙われたことにシンは驚きを隠せない。
- そしてまだ移動するだけのエネルギーは残っているディンは、イザヨイと同じ距離を保って周囲を旋回する。
- 武器はないためただ旋回しているだけだが、その奇妙な動きにシンは混乱する。
- そうして動きを止めたイザヨイの背後からもう一機のディンが攻撃を仕掛ける。
- 何の注意も払っていなかったイザヨイはビームを跳ね返したもののディンにそれは当たらず、衝撃はコックピットにも伝わり、シンは小さく悲鳴をあげる。
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- そこへルナマリアがシンの名を叫び、ムラクモをMS形態へと変形させると、頭と腕のないディンの上空から飛び込んでくる。
- そして振りかざしたビームサーベルで真っ二つに切り裂く。
- さしものディンも炎を上げて青い海の中へと散っていく。
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- 「シン、何をボーっとしてるの!」
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- 戦場でボーっと止まっていてはただの的だ。
- ルナマリアはそんなシンを叱責する。
- シンは我に返ったようにルナマリアに謝罪する。
- だがそんな中でもまだ攻撃は止んでいない。
- 今度はムラクモをターゲットに捉えたディンはライフルを連射してくる。
- ルナマリアはそれを避けようとせず、むしろその射撃に機体を投げ出すように移動させ、ムラクモに向かって放たれたビームは命中する。
- かと思うとそこから空中へ力なく拡散していき、ムラクモにダメージは無い。
- ムラクモはその装甲の表面に、ビームを拡散させる特殊装甲をマウントしている。
- これは集団戦法を得意とするオーブ軍が、密集地帯でのビームの反射は味方に被害をもたらす可能性も高いということを考慮したもので、ビームエネルギーを拡散させることでビーム兵器を無効化する、モルゲンレーテで開発された新しいシステムだ。
- その機能を使ってルナマリアはディンの攻撃を防いだのだ。
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- 向こうではアカツキがディンの胸にビームサーベルを突き立てているのが見える。
- それを見たルナマリアは残りも一気に叩くわよと叫びながら、高収束インパルス砲を脇に構えてディンに向けて放つ。
- ディンはそれを紙一重でかわしながら、正確にムラクモに向かって反撃、ルナマリアはムラクモのシールドでそれを受け止めながら再度インパルス砲を発射する。
- シンはその間隙を縫って、再び機体を加速させディンの懐に入る。
- そして背中の斬艦刀に手をかける振りかざすとそこから一気に振り下ろす。
- ディンは右肩から左足にかけて一本の線で分けられたように2つに分かれて、それから爆発で粉々に海に散っていく。
- シンは結局パイロットごと討たざるを得なかったことに、キラとは程遠い力の無さと胸の痛みに、苦しげな表情を浮かべる。
- そんなシンの様子をルナマリアも心配そうに見つめる。
- ムウも動きの止まったイザヨイを心配して機体のダメージはひどいのかと近づく。
- だが通信モニタに映ったルナマリアの切ない表情に全てを悟り、ムウは何も言わなかった。
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- 一方のアスランも決着をつけることを考えていた。
- アスランはこれまでの”様子見”の戦闘で、攻撃パターンもMSの性能も完全に見切っていた。
- また3機のディンが撃墜されたのを確認している。
- 目的はあくまで彼らの拿捕であり、これ以上戦闘を長引かせる意味は無い。
- アスランは意を決すると、抑えていたものを吐き出すように意識を解放する。
- 体の中で何かが弾ける音が聞こえると、より鮮明にブラッドの動きが見えるようになり、手に取るようにその予測行動がわかる。
- そうなれば実力の差は歴然だった。
- ディンに意識を切らすこともないアスランにとって、ブラッドの攻撃をかわすことは造作もないことだ。
- ブラッドの攻撃はインフィニットジャスティスには全く当たらず、形勢はいつの間にか逆転している。
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- 突然状況が反転したことにイツキは苛立ちを露にする。
- アスランの力量を見極められず己の力を過信したイツキは、自分の置かれた状況が信じられない。
- だんだんとイツキに焦燥ばかりが募り、攻撃には正確性を欠いていく。
- そしてついに不用意に接近戦をしかけたところで右のビームクローを手首ごと切り落とされる。
- さらにAPSディンが3機とも落とされたことを告げる信号の消失に、自分の敗北など微塵も想像していなかったイツキはひどく動揺する。
- その隙をアスランは逃さなかった。
- 素早く肩にマウントされたビームブーメランを放ちブラッドの右足の膝から下をもぎ取っていく。
- その衝撃にブラッドは空中でバランスを崩す。
- すかさずアスランは両手に持ち替えたビームサーベルを振り下ろし、ブラッドは両肩から先を失った。
- イツキは信じられないといった表情で、ブラッドのコックピットの中で呆然と固まる。
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- それを見ていたカイトはゆっくりと立ち上がり、ブリッジのドアの前に立つと振り返ることなく低い声で命令を飛ばす。
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- 「ナイトメアの発進準備をしろ。それからブラッドもろとも奴らに対空ミサイルの雨をお見舞いしてやれ」
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- それだけ言い残すとカイトはブリッジを出て行く。
- 暗がりで表情はよく見えないが、その口調には明らかに怒りを帯びている。
- ルッテでさえも寒気がするほどの声に、残されたクルーはまた慌しく操作を始めた。
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