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- 黒いパイロットスーツに身を包んだカイトは、静かに怒りを湛えた表情でMS格納庫へと歩を進める。
- 新型の登場には彼も驚いたが、オーブ領海での戦闘でディンが落とされた時から今のAPSの限界を感じていた。
- プラントからの報告でも結局メンデルで迎え撃ったAPSはキラに全滅させられたと聞いており、プラントに戻った時には開発者を激しく叱責するつもりでいる。
- だが何よりカイトを不機嫌にさせているのはイツキの不甲斐無さだ。
- 己の力量も見極められず、結局インフィニットジャスティスに翻弄されるがままになったことに。
- それには怒りを通り越して呆れている。
- 元々期待はしていなかったが、これなら初めから自分が出るべきだった、とMSのコックピットに入り発進準備をしながら一人ごちる。
- そしてイツキは"FOKA'S"には不要だとカイトは残酷な決断を下す。
- カイトは同じ人工子宮から産まれた者でも、イツキのように並みのコーディネータ程度の力しか持っていない者が仲間であることに予てから疑問を抱いていた。
- この不始末はカイトにとって、そんな人間を処分するいい機会でしかない。
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- 「俺はできそこないじゃないことを証明してやる」
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- そう言うとMSの主電源ボタンを押し、機体にPSが展開され装甲が黒に染まる。
- その姿はまるで黒いジャスティスのようだ。
- 背中のリフレクターの形状こそ異なるが、機体の外観は明らかにジャスティスと同じだ。
- X3-001S-"Nightmare"、それがこの機体の名前であり、カイトの専用機だ。
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- 「カイト=イブキ、ナイトメア、発進する」
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- 修羅のごとき形相でレバーを引くと、青い海と空に全く映えないその機体は、海から上るミサイルの雨の中へ悠然と飛び出した。
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PHASE-19 「ナイトメア」
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- 両肩を切り落としたブラッドに、アスランは通信回線を開いて呼び掛ける。
- これ以上の抵抗は止めて投降するように。
- だがイツキにはその通信は耳に届いていない。
- 戦闘に破れた事実に呆然とするばかりだ。
- アスランは動きの止まったブラッドを見て呼び掛けに応じたものだと解釈し、拿捕しようと機体を寄せる。
- すると海中からの対空ミサイルの攻撃にブラッドごとさらされ、アスランは驚く。
- 明らかにインフィニットジャスティスを狙ったのではなく、その空域を狙って放たれたものだ。
- 味方ごと撃つ気なのか、それとも秘密保持のためにイツキを抹殺しようとしているのか、それはアスランにはわからないが相手はかなり冷酷なリーダーが指揮を取っていることだけは理解できた。
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- 味方のミサイル攻撃にイツキも初めは驚いたが、すぐに自分が置かれた状況を理解して自嘲する。
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- 「俺は"FOKA'S"でも用済み、か」
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- カイトの冷徹さは同じ組織に属し、これまで行動を共にしてきたイツキにはよくわかっている。
- メンデルでは幼いながらに様々な器具を体に取り付けられたり、体を切られたり、耐えがたい苦痛を味わってきた。
- 理由は失敗作、できそこないだからというのだ。
- その当時に何が失敗だったのかはわからなかったが、記憶にあるのは言葉の暴力と体中に残る傷の数の痛みだけだ。
- メンデルのブルーコスモス襲撃事件で運良く施設の外に出ることができたイツキだが、外の世界でも苦しいことばかりだった。
- 飛びぬけた能力があるわけでもなく、何をやっても長続きせず、荒れた生活を送っていた。
- そこを同じ境遇に産まれたという者達が集まった"FOKA'S"の誘いに乗り、成功体への復讐と共に苦境からの脱却を夢見ていた。
- だが"FOKA'S"でも立場はあまり変わらなかった。
- 年は組織でも最年長だが、ほとんどのメンバーにMS戦のシミュレーションに勝てず、システムの開発作業も遅く、いつの間にか雑用係のようになってしまっていた。
- イツキの脳裏に浮かんでくるのは苦しく辛い記憶ばかりだ。
- 自分は何のために産まれてきたのだろうとすら思ってしまう。
- 全てのことに虚脱感を感じたイツキは、味方のミサイル攻撃を避ける気力も失っていた。
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- PS装甲により機体にダメージはないが、爆炎の衝撃が激しいため、アスランはミサイル群の中から一旦は離脱する。
- だがブラッドはそこに残ったまま動こうとしない。
- 何発かのミサイルはブラッドを捉え、その度に機体は傷つき炎を上げていく。
- まるで生きることを諦めたように。
- それを見たアスランは動揺する。
- 彼を逮捕してカガリ襲撃の真相、そして"FOKA'S"の情報を得ることが今回の任務だ。
- 死なれては困る、何よりどんな相手でも目の前で死なれることは彼の望むところではない。
- 死なせるわけにはいかないと、アスランは意を決して再びミサイルの雨の中にシールドを構えて飛び込む。
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- その瞬間ブラッドのコックピットはビームに貫かれる。
- イツキはその光と熱に包まれながら、これで死ぬんだなとぼんやり考える。
- 失敗作という運命の渦に飲み込まれ、そこから抜け出せず、結局研究者達に玩ばれて産まれたできそこないの命でしかないと思い知らされた気がした。
- ならばこの世界から消えてなくなること、それが唯一の解放かもしれないと自嘲した笑みを浮かべながら、その思いと共にイツキは炎の中へと消えていった。
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- ブラッドがイツキ諸共粉々に吹き飛んだのと同時にミサイルの攻撃は止んだ。
- "FOKA'S"の狙いは味方であるはずのイツキを撃ち落すことだったことをようやく悟り、アスランは苦虫を噛み潰したような表情になる。
- そしてブラッドを貫いたビームが飛んできた方を振り返る。
- するとそこには圧倒的な威圧感を放って、黒いMSが浮かんでいた。
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- 「黒い、ジャスティス?」
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- アスランは驚き思わず呟く。
- そのシルエットは確かにジャスティスに見えるが、真っ黒な装甲とUNKNOWNのシグナルがジャスティスとは異なるMSだということを示している。
- そしてその機体から放たれている殺気に、対峙しているだけでアスランの背には冷たいものが流れるのを感じる。
- アスランは一応おとなしくオーブに連行されるように通信で呼び掛けてみるが、味方を撃った相手がおとなしく従うはずもない。
- ナイトメアは徐にライフルの銃口をインフィニットジャスティスに向けたかと思うとビームを放つ。
- アスランはあわてて回避行動を取り、インフィニットジャスティスもライフルを抜いて、2機はライフルを打ち合いながら弧を描くように空中を旋回する。
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- ムウ達も新たな新型MSに気が付きアスランの援護に向かうが、同じくナイトメアから発せられる威圧感にムウは攻撃を躊躇してしまう。
- シンとルナマリアも思わず尻込みするが、シンはレバーを強く握り締め葛藤する。
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- 約束したんだ、キラさんと。
- 俺は俺の戦いをするんだって。
- もう大切なものを無くさないために。
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- シンは意を決するとナイトメアを見据えてレバーを引いた。
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-
*
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- 無邪気に遊ぶ子供達を微笑ましく見つめながら、キラはシンの横に腰を下ろす。
- シンも子供達の様子に笑みを浮かべているが、心の底から笑っているようには見えない。
- どこか寂しげな雰囲気を漂わせている。
- 昔ラクスに無理をして笑っていると指摘されたことがあったが、こんな感じだったのかと苦笑する。
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- 「大丈夫だよ、僕も、君も」
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- シンはキラの言葉にハッと顔をキラの方を見る。
- だがキラは子供達の方を見つめたまま穏やかに言葉を続ける。
-
- 「僕も以前、手がこんなに血で汚れてるのに、何で自分は生きてるんだろうって悩んでたことがある」
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- シンはキラの言葉に悪戯がバレた子供のようにバツが悪そうな顔で視線を足元の砂の上に落とす。
- 自分の心が見透かされたみたいで。
- そんなシンに気付かないふりをしてキラは言葉を続る。
- 長い時間そんなことばかり考えて色んな人にも心配かけたけど、とそこは申し訳なさそうな声になるが、でもその時間は無駄じゃなかったとハッキリと言い切る。
- 大切なものに気が付いたから。
- 自分を見守ってくれる人達が、自分を必要としてくれる人達が支えてくれていたことを知ることができたから。
- 傷ついたキラにとって、それは必要で大切な時間だった。
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- 「でもラクスが殺されそうになった時、確かに僕は力を欲した。ラクスを守れる力を」
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- もしあの時ラクスが撃たれていたら?
- 思い出すだけでも体が震えてしまう。
- 2度と必要ないと、欲しくないと思っていた力を再び手に取ったあの時から、覚悟はできている。
- 自分が自分にできる戦いをすることを。
- 今度こそ守りたいものを守り抜くために。
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- 「思いだけでも力だけでもだめなんだ」
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- その言葉を噛み締めるようにキラは呟く。
- シンはキラから目を離せない。
- キラの言葉一つ一つがシンの胸に深く刻まれる。
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- 「君は君にできることをすればいいんだ」
-
- 本当に大切なものが何なのか、今なら君にもわかるでしょ、とそこでキラはシンを見据えた。
- 意志の強い真っ直ぐな瞳で。
- シンはキラの言葉に涙が溢れる。
- キラの強さと優しさに触れた気がして、自分のこれまでの行いを悔いる。
- 同時にいつまでも過去に捕われていては何もできないと、前を向いて進まなくてはならないことを改めて確認する。
- シンはかすれた声ではいと返事をし、キラは微笑んでシンの肩を優しく叩いた。
-
-
*
-
- イザヨイが加速したことに、アスラン達は慌てる。
-
- 「シン止めろ、迂闊に近づくな!」
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- だがシンはアスランの静止を振り切り、ナイトメアへと突っ込む。
- イザヨイはその機動力を生かして一気に距離を詰めると、斬艦刀を振り回す。
- だがナイトメアはその重厚感のある機体からは想像つかないほど俊敏な動きで攻撃をかわすと、イザヨイの横っ面に強烈な蹴りをくらわせる。
- そしてバランスの崩れたイザヨイを踏み台にするように足をかけて、インフィニットジャスティスに向かって飛び上がる。
- ナイトメアはビームサーベルを抜いて切りかかり、インフィニットジャスティスもビームサーベルを構えて2機はサーベルを打ち合う。
- アスランは攻撃を受け止めながら相手は強いと確信する。
- パイロットの強烈な殺気は先ほどからずっと感じているが、実際に刃を交えてその腕前も予想以上に高いと感じる。
- さらに機体のパワーもブラッドとは桁違いだ。
- 受け止めた攻撃はフルパワーでなければ吹き飛ばされていただろう。
- そんなインフィニットジャスティスのフルパワーで扱うにはパイロットの高度なテクニックと力が必要だ。
- だがここまで連戦を重ね、疲労の強いアスランはその力を長時間維持できず、徐々に圧されていく。
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- ムウは逸早くアスランの異変を感じ取る。
- いかに強力な新型相手でも、インフィニットジャスティスで簡単にパワー負けするのは不自然だ。
- そしてアスランがオーブ領海から休まず戦闘をしてきたことを思い出し、ムウは肩のビーム砲を放ちながらアスランを援護すべく加速する。
- アカツキの動きに気がついたカイトはナイトメアのシールドで体当たりしてインフィニットジャスティスを弾き飛ばすとアカツキの方に向き直る。
- そして背中のリフレクターのカバーが開いたかと思うと、そこから無数のミサイルを発射する。
- 爆撃の衝撃にアカツキはシールドを構えて防御し、一瞬動きが止まる。
- その隙にアカツキに向かって加速したナイトメアはビームサーベルを振り下ろす。
- ムウは持ち前の反射神経の良さで辛うじてコックピットへの直撃は避けたが、アカツキは右腕を切り落とされる。
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- その後ろから先ほど足蹴にされてムキになったシンが、雄たけびを上げて再びナイトメアに接近する。
- だが明らかに冷静さを欠いたその攻撃をかわすことは、カイトには造作もない。
- ナイトメアはアカツキの胴を蹴り飛ばすと、振り下ろされた斬艦刀を半身になって避け、振り向きざまに肩のビームブーメランを抜いてイザヨイ目掛けて放り投げる。
- その切っ先はイザヨイの後方から右足を捕らえて膝から下が失われる。
- 全身を揺らす衝撃にシンは舌打ちして反撃を試みようとするが、その瞬間エネルギー残量が残り少ないことを示すアラームがコックピット内に鳴り響く。
- そしてイザヨイの白銀の装甲が見る見る灰色の装甲へと、シフトダウンする。
- シンはしまったという表情をして、ナイトメアから距離を取る。
- シフトダウンした機体では素早く動き回ることも、攻撃を装甲やシールドで防ぐこともままならない。
- 無防備にも等しい状態だ。
- カイトはその隙を逃さすはずもなく、とどめを刺そうとビームサーベルを振りかぶる。
- シンは必死に後退しながら死を覚悟し、恐怖に顔を引きつらせる。
- その状況にルナマリアはシンを援護しようとにナイトメアに向かってビームを放つが、ムラクモもエネルギー残量が危険域に入ったアラームが鳴り始める。
- 蹴りの衝撃に呻き声を上げたムウも態勢を立て直しながら反撃を繰り出そうとするが、アカツキも同様にエネルギー残量が心もとない。
- APSディンの素早い動きについていくために機体の急加速を繰返したことで、思ったよりエネルギーを消費していた。
- アスランがイザヨイとナイトメアの間に割って入り、攻撃を辛うじて止めたことでイザヨイの撃墜は免れたが、戦況は明らかに不利だ。
- ムウは舌打ちしてこの状況を何とかしようと考えるが、手詰まり状態で焦燥ばかりが募る。
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- アカツキとイザヨイが簡単にあしらわれたことに、ブリッジで戦闘を見守っていたクルー達もマリューも言葉が出ない。
- さらにアカツキ、イザヨイ、ムラクモのエネルギー危険域を知らせるアラームが鳴り響き、一気に緊迫感が押し寄せる。
- マリューは険しい表情でモニタを見つめる。
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- 「ここは一旦引きましょう」
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- ノイマンはマリューの方を振り返り提案する。
- 3機のエネルギー切れもあるが、心配なのはアスランの体力だ。
- インフィニットジャスティスはその機体の特性からエネルギー切れの心配が無いとは言え、アスランはオーブ領海の戦闘から潜水艦の追撃、そしてまた休む間もなく戦闘を行ったのではいくらなんでも疲労の蓄積は否めない。
- 明らかにインフィニットジャスティスの動きは鈍っている。
- 万全の態勢ならまだしも、今の状況ではアスラン一人で対応するのは正直苦しい。
- しばし全ての状況を整理して考察すると、マリューはノイマンに頷き、メイリンには帰艦命令の信号弾打ち上げを指示する。
- 相手がさらにカードを隠し持ってていた場合は、最悪パイロットの全滅も有りえる。
- 撤退は任務の失敗を意味するが、パイロット達の命には替えられない。
- マリューは自分にも言い聞かせるように声を張り上げる。
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- 「この戦闘空域を離脱する、MSの収容急がせて!」
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- アークエンジェルからの信号弾にルナマリアは被弾しエネルギーの切れたイザヨイを抱えるように、アークエンジェルへと引き返す。
- シンは悔しさに顔を歪めるがエネルギー切れではどうしようもない。
- コンソールを叩きつけ顔を伏せて、ルナマリアにされるがまま連れて行かれる。
- アスランとムウも苦渋の表情で命令に従い、ナイトメアの攻撃を警戒しながら撤退する。
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- カイトはそれを追うでもなく、勝利の凱歌に浸るでもなくくるりとアークエンジェルに背を向け、ロールフットへ通信を送る。
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- 「ナイトメア戻るぞ」
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- その声にも喜びの気概などは一切感じられなかった。
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-
*
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- その頃オーブでは、拿捕したディンの調査を行っていた。
- アスランがコックピットだけ残して撃墜したディンの回収作業が終わり、ドッグへと機体を下ろす。
- その周囲を銃を構えたオーブ兵が取り囲み、慎重にコックピットを開く作業を行う。
- しかしディンのコックピットのハッチを開くとそこにパイロットはいなかった。
- これには取り囲んだオーブ兵も、ディンのデータ解析を請け負いその場に同席したエリカ達作業員も拍子抜けと同時に驚きを隠せなかった。
- 脱出装置の作動はもちろん、ハッチが明けられた形跡すらない。
- これは一体どうゆうことなのか。
- オーブではカガリの証言も元に"FOKA'S"という組織の存在は確認しているが、これではそれ以外は何の情報も得られない。
- そもそもディンを操縦していたパイロットはどこに行ったのか。
- 謎が深まるばかりだ。
- そこでふとエリカの頭にある考えが浮かぶ。
- だが頭を振ってその考えを振り払おうとする。
- いくらなんでもそれが可能だとは思わないし、自分で考えながら馬鹿げた発想だと思ったからだ。
- しかしそれを実現したとあらば恐ろしいことだ。
- 相手は相当な技術力を持っていることになる。
- とにかく事実を確認しなければと、エリカはすぐにディンのメモリに接続した端末を叩いて調査を開始した。
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