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- 「それは本当ですか?」
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- マリューは驚いて思わず声を大きくして尋ねる。
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- アークエンジェルはMSを回収後オーブへは戻らず、近くの浅瀬に停泊していた。
- そこで今後の対応を考えるべく、秘密回線を使ってオーブのエリカ達との通信を試みた。
- オーブ領海で拿捕したディンのパイロットから何か情報が得られたか確認するためだ。
- だが返ってきた答えは意外なものだった。
- ディンにはパイロットが乗っていなかったと言うのだ。
- ブリッジに集まったメンバーも一様に驚きざわめきが起こる。
- モニタの向こうではエリカが神妙な面持ちで、ディンの調査結果を読み上げる。
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- 「はい、オーブを襲ったディンは操縦を無人で行うオートメーションシステムを持っているものと思われます」
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- 宇宙でキラが苦戦をしたのも、消息不明になった時の相手も無人で動くMSの軍勢だと知らされ、さらに衝撃が走る。
- キラの実力は誰もが認めるところだ。
- 詳しい状況はわからないが、そのキラでも苦戦を強いられ、今消息不明となっている。
- そんな相手に自分達だけで太刀打ちできるのか、クルーの間に不安が湧き上がってくる。
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- 「ですから、機体スペックの限界値まで引き出した動きができたと思われます」
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- パイロットに掛かる急激なGの負荷や疲労などを考慮する必要がありませんから、とエリカは続ける。
- その調査結果にムウは納得する。
- 実際あれだけの動きをずっと続けることはできないことを自ら体験している。
- 生身の人間ではGの負荷に耐え続けることはできない。
- 一騎当千のMSといえど例外は無く、人が操縦する以上機体ではなく操縦者の耐性や操縦者の力量次第でその能力は大きく変わってくるのだ。
- その限界値が実質無限になるのだから、機体の性能は大きく跳ね上がるのは言うまでもない。
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- しかしモルゲンレーテでもそれ以上の解析は進んでいない。
- システムのアルゴリズムを解析できれば所詮はプログラム、その相手に対して有効な対応策というのも考えられるが、データに強力なロックが掛かっており、それを解除することがなかなかできないのだ。
- エリカはこんな時にキラが居ればと思ってしまう自分に自嘲して、今も全力で解析作業を行っていると応えるのが精一杯だ。
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- マリューもエリカもしばらく何かを考えて黙り込むが、マリューが思い出したようにプラントの状況を確認する。
- それについてはエリカの横にはいるレドニル=キサカからプラントの状況を知らせてくれる。
- キサカはカガリの養父でありオーブの前代表首長を務めたウズミからお目付け役を任された、カガリに最も信頼の厚い人間の一人だ。
- 彼もキラがオーブを離れる際に、キラが担っていた役割を引き受け、今はオーブ軍の司令長官としてカガリを支えている。
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- 「プラントからはそれ以降情報が入ってこない。あちらもまだ何も掴めていないというのが現状だろうな」
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- アークエンジェルとエターナル間の回線は繋がっているが、定期的に連絡を取り合う約束になっているわけでもない。
- 有事に備えてキラがネットワークの構築を行い、何か連絡を取るべきことがあった時だけ使用することになっている。
- そのため何ヶ月も使われなかったという時期もあり、連絡がないということは、現時点でそれ以上の連絡すべき情報がないと考えるのが妥当だ。
- こちらもイツキを殺されて"FOKA'S"に関する情報としては何も得られていない。
- 今この状況でオーブも襲撃を受けたと知らせても、いたずらに混乱を拡大させるだけだ。
- しばらくはプラントには連絡を入れないことを、マリューとキサカは確認し合う。
- エリカとキサカの後ろには少し離れて険しい表情でやり取りをカガリが黙って聞いていたが、一通り話し合いが終わったのを確認するとモニタの前に進み出て渋い表情でマリューに声を掛ける。
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- 「ラミアス艦長にはすまないと思うが、もう少しやつらに対して何らかの対応を考えてくれ」
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- ただ無理はするなとカガリの精一杯の配慮に、わかりましたとマリューは敬礼をして、通信モニタの電源は切られた。
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PHASE-20 「人ならざる意志」
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- モルゲンレーテの開発ルーム。
- キラはここでこれまで自分が携わった開発データ等を引き継ぐために、まとめと整理を行っている。
- 本職はオーブ軍の士官としての仕事があるが、エリカがシステムの開発協力を要請しており、できる範囲でという条件でキラはその仕事を引き受けていた。
- 既に新しいネットワークの構築や新システムの開発をいくつか完成させているが、現在開発中のものをプラントに持っていくことはできない。
- そういうわけで残っているプログラムやテストの仕様書等を作っているのだ。
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- そこにエリカがコーヒーの入ったカップを持ってお疲れ様と声を掛ける。
- キラはありがとうございますとカップを受け取り、何時間もずっとパソコンに向かっていたことに気が付いて小休憩に入る。
- それからしばらく2人はこれからのことについて談笑するが、エリカが本音をポツリと漏らす。
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- 「でもキラ君がいなくなると、開発がどんどん遅れていくから大変になるわね」
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- モルゲンレーテとしては重大な人材の損失ね、とエリカは苦笑する。
- エリカの言葉にキラは照れ笑いを浮かべてそんなことないですよ、と謙遜する。
- だが実際キラの能力はずば抜けている。
- オーブ軍にその籍を置くキラは、モルゲンレーテの開発協力は合間の作業でしかない。
- それでいて他のどのスタッフよりも早くプログラムを完成させるのだから、モルゲンレーテからの依頼は当然の如く増え、エリカが惜しがるのも無理はない。
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- 「貴方さえよければ私達はいつでも戻ってきてもらいたいし、残ってもらってもいいのよ」
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- エリカは茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。
- それはキラにその意志が全く無いこともわかっていて、それでも頼りたい時は頼ってもいいんだというような、親心のようなものだ。
- その心遣いがキラには申し訳なくも思うが、心が温かな気持ちで満たされていく。
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- そこへエリカの意見に同調しながらキサカが現れる。
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- 「準備は済んだか?」
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- キサカはキラとラクスを宇宙へ上げる手配を行っている。
- シャトルとプラント側とのラグランジュポイントの調整は完了したので、後はキラの準備が完了すれば出立の日時を待つだけだ。
- 今日中には仕上がりますよ、と時間を確認したキラは手にしていたコップを置くと再び作業にかかる。
- そんなキラの姿を目を細めて見つめるキサカはウズミから聞かされた話を思い出す。
- キサカはカガリをウズミが引き取った時、唯一傍にいた人物だ。
- 本当の親のことも兄弟のことも全て知った上でずっとカガリを見守ってきた。
- 最初会った時はまさか彼がそうだとは思わなかったが。
- それから共に頼れる仲間として共に戦い、ヤキンドゥーエの戦闘後はとても見ていられない状態の時に罪悪感を覚えたこともあったが、キラが立ち直ったことには安堵し嬉しかったことを思い出す。
- その後すぐにユーナとの結婚からカガリを救い出した時から、キラはカガリをずっと支えてくれていた。
- キラがいなければカガリはオーブの代表首長としてここまでやってこれなかっただろう。
- キサカは口元に小さく笑みを浮かべて、キラに向かって直立不動の姿勢を取る。
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- 「今までカガリを支えてくれてありがとう」
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- それからキサカは頭を深々と下げて礼を言う。
- キラは驚いてキサカの方を振り返り、慌ててそんなと手を横に振る。
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- 「キサカさんが今までカガリを守ってきてくれたおかげで、僕達は会うことができたんです」
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- それはキラの偽らざる思いだ。
- 自分の両親、本当の両親のことなどショックを受けた事実はたくさんあったが、血の繋がった兄弟がいることでどれだけ救われただろう。
- 相変わらず謙虚なキラに苦笑しつつ、キサカは君がいなくなることで折角減った心配の種が一つ増えるがな、と顔を上げる。
- そんなキサカにキラは笑って、今のカガリなら大丈夫ですよと太鼓判を押す。
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- 「ウズミさんの意志を継いだのは間違いなくカガリです。カガリならきっと立派な指導者になりますよ」
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- 未来の姿を想像して遠い目をしながら、確信めいたものがキラの中にはある。
- 色々な過去がわかって苦しんだこともあったが、それでもカガリが血を分けた姉弟で本当に良かったと思っている。
- ほとんど同じ時を過ごせなかったが、家族が姉弟が自分にもいるということはやはり嬉しい。
- 事情を知りながらずっと影から見守っていてくれた自分の両親やウズミ、キサカといった人達に、キラは感謝してもし切れない気持ちでいっぱいだ。
- それらの思いも込めて、キラは深々とキサカ、エリカに頭を下げる。
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- 「カガリをこれからもよろしくお願いします」
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- 自分もそうだが、多分これからもカガリは色々な壁にぶつかることだろう。
- けれどもその度にキサカやエリカ、幼い頃から見守ってくれていた人達、そしてオーブに残る親友や仲間がきっと支えてくれると信じて、数日後キラはラクスと共にプラントへと旅立った。
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-
*
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- 「オーブからアークエンジェルが発進しただと?」
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- 地球軍ビクトリア基地の司令室にて部下の報告を受けた男は、驚きに声を上げた。
- 男の名はジェフ=ラインバック、現在のビクトリア基地の司令官だ。
- 前のロゴス狩りの戦闘後、燻っていたブルーコスモス派の主だった幹部と内部抗争の末、地球軍をブルーコスモスからの脱却に導いた指導者の一人だ。
- 結果ブルーコスモスやロゴスの息の掛かった幹部、士官はその立場を追われ、功労者であるジェフは地球軍の准将としてビクトリア基地の司令を任された。
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- 報告資料に目を通したジェフはアークエンジェルの写真を見て、渋い表情を作る。
- 地球軍がロゴスの支配から脱却したとはいえ、ナチュラルとコーディネータの間に遺恨が消えたわけではない。
- ジェフ自身恨みの感情もないが、心の奥ではどこかコーディネータを敬遠しているのは確かだ。
- そして地球連邦政府との関係改善よりも、プラントと独自に友好関係を築くことに力を注いでいるように見えるオーブに対しては、あまり好意的な印象はもっていない。
- ましてアークエンジェルは公にはされていないし罪状も曖昧になっているが、地球軍を脱走した艦だということは周知の事実だ。
- 結果的に正しかったとはいえ、オーブ代表首長の誘拐等の問題行動も確認されており、その艦の発進情報には思わず身構えてしまう。
- 敵だという認識も無いが前例もあることだし一応監視をしておいた方が良いか、と頭の中で考えその指示を伝えようと口を開きかけたその時、激しい揺れがが司令室を襲う。
- 揺れはすぐに収まったが、爆発による振動だとすぐに推測できた。
- ジェフがすぐに何事かと基地管制に問い合わせると、慌てた様子で一人の兵士が報告を行う。
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- 「現在第3防衛大隊、第5,6,7小隊が何者かの攻撃を受けて全滅。さらに第1,3小隊も壊滅状態です」
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- 兵士の報告にジェフは目を見開く。
- ビクトリアは度々ブルーコスモスの残党やザラ派を名乗るコーディネータのテロ組織に攻撃を受けたことがあり、それ自体に特別驚きの感情はない。
- だが予想以上の被害に、敵は相当な大部隊で攻めてきたと推測を立てる。
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- 「浮き足立つな!まずは正確に状況を知らせろ、敵の戦力は?」
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- ジェフに促され、兵士はさらに言いにくそうに報告する。
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- 「それが、バビが10機とアンノウンMS1機です」
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- これにはジェフも愕然とするしかない。
- 多少の被害はともかく、たったそれだけの戦力で攻められて既に5つの小隊が壊滅させられたことが、にわかには信じ難い。
- 自分達の力を過大評価しているつもりもないが、相手はどれほど優秀なパイロットが操縦しているのかと考えてしまう。
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- 「MS部隊をそちらに集結させろ。それから周辺に母艦があるはずだ。機影を確認しろ。とにかく落ち着いて事態の収拾にあたれ」
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- そう言いながらも、予想を遥かに越えた事態にジェフも動揺は隠せない。
- とにかく今の状況を切り抜けるために気持ちを落ち着かせようとする。
- そうやって管制室へと急ぎながら、ジェフの頭の中からはアークエンジェルのことが完全に忘れ去られていた。
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-
*
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- オーブとの通信を終えてマリューは頭を抱える。
- カガリの頼みは理解でき、また自分もそうすべきだとは思っているのだが、如何せん情報が少なすぎる。
- 結局潜水艦はロストしたままでこれからどこに向かえばいいのかもまだわからない。
- しかも相手はプログラムで動くだけに強敵で、かつ説得は無意味で戦闘は不可避だ。
- 疲れも恐れも知らぬ戦闘マシーンに果たして太刀打ちできるのか。
- 人ならざるものとの戦いに、いかにパイロット達を信頼していても不安に思う。
- 重苦しい沈黙にシンも苛立ちが募り、ついブリッジの壁を八つ当たりするように蹴って、ルナマリアに窘められる。
- しかしルナマリア自身にも不満が胸の奥につかえたようなモヤモヤとした感覚があり、シンを制する口調はいつもより弱い。
- それがシンにルナマリアの心境を伝えてしまい、シンにはさらに苛立ちが募り拳を握りしめる。
- その様子をクルー達も傍観することしかできない。
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- そこに緊急回線で通信が入る。
- エリカから新しい情報が送られてきたのかと思ったが、通信はミリアリアからだった。
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- 「ミリアリアさんから?」
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- マリューは送信者の名前に驚くが、とりあえず通信を受信するように指示するとその内容にさらに絶句してしまう。
- その内容とはビクトリアに所属不明の武装組織が攻撃を開始したというものだ。
- 黒いジャスティスらしきものを見たという内容もあり、基地を攻撃したのは自分達が追っていた部隊だとすぐにピンと来る。
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- 地球軍基地ビクトリア。
- 宇宙への道<マスドライバー>を有する、地球軍にとって重要な拠点だ。
- それだけに防衛網も厚く、そうそう攻略できるところではない。
- そこを攻めるのは他の仲間と合流したのか、それとも無人で動くMSの力で攻略可能と判断したからなのか。
- いずれにしても大胆な行動で、相当な自信がなければできないことだ。
- しかしその目的が皆目検討もつかない。
- 基地を占領して領土拡大でも図ろうというのだろうか。
- カガリ達との接触の話を聞く限りそれはなさそうだが、いくら腕に自信があるものでも、相当な大部隊であっても、非常にリスクの高い選択である。
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- 「おそらく、マスドライバーを使って宇宙に上がるつもりでしょう」
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- そう言いながらアスランがブリッジに入ってくる。
- 戻ってきてすぐに休息を取るように言い渡されたアスランは部屋に入るとすぐに寝入ってしまっていた。
- 数時間ほどのことだが、アスランは寝入ったことに鈍ったのかなと独りごちて苦笑を浮かべると、休んですっきりした体を起こし、ブリッジへと急いだ。
- 今の状況を逸早く把握したかったからだ。
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- アスランは心配する仲間達に大丈夫と微笑んで、発言の理由を説明する。
- 失敗作と自らを名乗ってはいるが、彼らはコーディネータである。
- プラントと地球が今は和平に向けた動きをしているとは言え、ナチュラルとコーディネータの確執がなくなったわけではない。
- ブルーコスモスほどでなくても、ナチュラルとコーディネータが普通に話をできるようになるにはまだまだ時間が掛かるのが現実で、地球ではザフト軍の占領地以外にコーディネータの居場所はない。
- だが地球のザフト軍基地や駐屯地ではキラやラクスに隠れて無人機動のMSを開発できる程の施設はなく、またプラントの管理下にある施設において彼らに知られないようにすることはおそらく至難の業だ。
- 仮にあったとしてもその場所は非常に限定的で規模も小さなものになる。
- ならばスパイ活動で潜む者が地球にいたとしても、彼らの本体は宇宙にいると考えるのが妥当だ。
- そして本体と合流や連絡を取るためには宇宙に上がる必要があり、マスドライバー施設を抑えるか使うつもりではないか、というのがアスランの意見だ。
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- 「私はアークエンジェルはビクトリアに向かうべきだと思います」
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- アスランはマリューに進言する。
- ビクトリアは今アークエンジェルが停泊しているところからそう遠くは無い。
- 彼らをこのまま易々と宇宙へと上げるわけにはいかない。
- そのためにアークエンジェルは出撃したのでしょう、とマリューに問い掛ける。
- そのアスランの言葉にマリューを始め、ブリッジの雰囲気が一変する。
- マリューは戸惑いつつも整備に艦とMSの状態の確認を取る。
- マードックから修理は完了してますぜ、と威勢の良い返事が返ってくる。
- ブリッジに集まったクルーの視線を一身に浴びる中、マリューは悩んだ末に決断する。
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- 「本艦はこれよりオーブ代表首長の暗殺未遂犯を再度追跡します。機関最大、進路地球軍基地ビクトリア」
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- 艦長席に腰を掛けながらマリューは迷いを振り切る様に声を張り上げる。
- ムウがそんなマリューの肩を叩いて大丈夫だと微笑むと、アスラン達に向かって指示を飛ばす。
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- 「よし、パイロットは搭乗機にて待機だ。次は必ずあいつらを捕らえるぞ」
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- ムウの指示にアスラン達パイロットは頷き合って、駆け足でブリッジを後にする。
- その足音を頼もしくも複雑な心境で聞いていたマリューだが、彼らを信じるしかないと腹をくくる。
- これまでもそうやって戦いを切り抜けてきたように。
- そうしてアークエンジェルは一路ビクトリアへと向けて、再び飛び立った。
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