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- 小高い丘の上から一眼レフのカメラを構えて、地球軍基地の港を写真に収める女性の姿がある。
- 彼女の名はミリアリア=ハウ、フリーのカメラマンだ。
- 彼女は今ビクトリアに来ていた。
- 新しいビクトリア基地の司令官は脱ブルーコスモスを宣言した人物で、実質現地球軍の中心人物である。
- そんな人物に地球軍の今の情勢と、現状のブルーコスモスに対する意見を取材するためだ。
- なかなか取材の許可が下りなかったのだが、粘り強い交渉の末ようやく取材させてもらえることになり、今回は他のマスコミ取材班に同行する形でビクトリアへの入場が許可されたのだ。
- 今はその前にビクトリア基地全体の構造を収めておこうと、基地が見下ろせる丘で取材班と共に下準備と撮影を行っているところだ。
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- 「そういえばアークエンジェルがこの辺の海域を飛んでるらしいぜ」
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- 撮影機材のチェックをしながら、同行者の一人が別の一人にそんな噂話を囁いているのがミリアリアの耳にも聞こえる。
- ヘリオポリス崩壊戦からの不沈艦、オーブ代表誘拐事件等、何かと話題の尽きないいわくつきの戦艦だ。
- 一度出撃したとあらば、その行動はマスコミ関係者には格好のネタとなるだろう。
- そんなかつて搭乗していた戦艦の名前に、ミリアリアはそっと眉をひそめる。
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- ミリアリアは一般人でありながらアークエンジェル、そこを介してエターナルやプラントと連絡を取れる唯一の人物だ。
- 今でも時々連絡を取っている。
- その内容は訪れた地区の情勢だったり、そこに生きる人達の戦争の傷跡や未来に向けての活動など、カガリやラクスが今後の政治に必要となる、目指す未来に重要と思われる情報だ。
- キラとの約束でその情報を専用の直接回線で必要に応じてアークエンジェル、エターナルへと送っているのだ。
- 専用回線を使っているのは回線の機密を守るためと、以前のように単独活動を行うアークエンジェルと連絡を取り易いようにするためだ。
- だが前の戦争が終わった後、アークエンジェルは有事の際以外は出撃しないということで、ずっとオーブのドックで待機したままだったはずだ。
- それが出撃したということは何か良からぬことが起こったのだろうか。
- アークエンジェルのことを人がどう噂しようと構わないのだが、ミリアリアの胸に一抹の不安が過ぎる。
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- その時突然大きな爆音が響き渡る。
- かと思うと大地は激しく揺れ、ミリアリアの思考は一気に現実に引き戻され、他の同行者同様地面に伏せる。
- まだ続く耳鳴りに顔をしかめながら、揺れが収まったのを確認して恐る恐る顔を上げると、眼下に見える港から火の手が上がっているのが見える。
- ミリアリア達のすぐ頭上をMSが通り過ぎ、その煙の合間を縫うように基地上空へとその身を躍らせている。
- その中には見慣れぬ黒いMSの姿が確認できる。
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- 「黒い、ジャスティス?」
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- その真っ黒のMSを見てミリアリアは思わずそう呟く。
- ミリアリアはジャスティスのことをよく知っている。
- 戦時中はその真紅の機体にしばしば助けられ、パイロットはオーブで平和への活動の中核を担っている。
- 機体は今はアークエンジェルに配備されているはずだ。
- よく見ればリフレクターの形状は異なり、何よりも機体の色が違うのだが、思わず呟くほどジャスティスとよく似たシルエットが煙の中に浮かび上がっている。
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- しばしその機体に見とれたミリアリアに仲間達が声を掛け、慌てて彼らの後を追い避難する。
- その後ろから再び爆音が響き地面が揺れる。
- それは未だ激しい戦闘が続いていることを示し、一刻も早くこの場を立ち去らなければ自らの命が危ない。
- 気になることはありつつも、ミリアリアも必死に車へと駆け寄り
- 飛び乗りそこから走り去る。
- その車内でアークエンジェルは地球軍に攻撃を仕掛けた組織を追って出撃したのだということが、ミリアリアにはピンときた。
- ならば彼らにはこのことを伝えなければとミリアリアは専用の通信機を手に取り、アークエンジェルへ通信を送った。
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PHASE-21 「真実を伝える力」
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- ミリアリアはいつになく緊張していた。
- これまでも緊張する場面には何度も遭遇してきたが、これほど人と会う事に、それも知り合いと会うのに緊張したことはおそらくないだろうと頭の片隅で考える。
- 理由はキラが上官としてミリアリアを呼出したからだ。
- キラとミリアリアはヘリオポリスのカレッジ時代からの友人で、共に悲しい出来事を経験しながら戦争と戦い、乗り越えてきた大切な仲間だ。
- しかしながらキラは能力の高さとその決断力から、次第に中心人物として頭角を現していき、立場上はミリアリアはキラの部下ということになった。
- だが彼の優しい性格は、中心人物で上から命令を出す立場でありながら尊大な態度を取ることは少しもなかった。
- 大切な仲間、友達として以前と変わらぬ態度で互いに接していた。
- そんな彼が突然上官として部下であるミリアリアを呼出したのだから、呼出された方も緊張するというものだ。
- 恐る恐るミリアリアが部屋に入ると、キラはいつもと変わらぬ笑顔で出迎える。
- 否その笑顔は当初ミリアリアが知っていた無邪気なものではない。
- 戦争でいくつもの傷を負いながら、それを乗り越えてきたことを示す、見てきた者にはわかる、大人びた優しい穏やかな笑顔だ。
- その笑顔を見てミリアリアもホッとした気持ちになり、勧められたソファーに腰掛ける。
- そしてキラが淹れた紅茶を飲みながら、2人はしばらく昔話に花を咲かせる。
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- 「ミリアリアはどうしたい?」
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- ふいにキラが話題を変えて、ミリアリアは戸惑った表情を見せる。
- デュランダル議長と一戦を交える時は自分の信じる道はキラ達と同じだから再び軍に入ることに、アークエンジェルのCICシートに座ることに抵抗は無かった。
- だがその戦いも終わり、再び平和への道を歩みだした世界では他にやりたいことがある、というのがミリアリアの本音だ。
- その内に除隊はするだろうが、脱走兵だった時とは異なり今は正規のオーブ軍に籍を置いている。
- まして人手不足のアークエンジェルではすぐには無理だろうと、ミリアリアは諦め半分に考えていた。
- 何より今この状態を放り出して下船することなど、彼女の望むところではない。
- だから自分の本音を言っていいものかと、友達と部下の間でミリアリアの気持ちは揺れ動き、なかなか切り出すことができない。
- しばらく返事を待ったキラだが、ミリアリアの心境を察して助け舟を出すように話を切り出す。
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- 「実はミリアリアには軍を離れてもらいたいと思って」
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- キラの言葉にミリアリアは驚き目を見開く。
- 艦を降りられることに嬉しさ半分、キラから言われたことにショック半分だ。
- 嬉しいのは自分の望みを思ったより早く叶えられるから。
- ショックなのはまるで自分がアークエンジェルには必要ないと言われたような気がしたからだ。
- もちろんキラにその思惑は無く、ミリアリアもそんなことはないだろうとすぐに自分の考えを訂正したが。
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- 「要するに、クビってこと?」
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- とはいえその真意がわからないミリアリアは、キラにその意思を確認する。
- 呆けた表情で発せられたミリアリアの言葉にキラは慌ててゴメン違うよと首を横に振って、自らの胸の内を語り始める。
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- 「僕はプラントに行くことに決めたんだ」
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- また唐突に話題を変えたかと思うと、そんな衝撃の内容をあっさりと言うキラに、ミリアリアは今度こそ全ての感情を驚きに染めてまじまじと見つめる。
- 言葉もないとはこうゆう状況を言うのかとそんなことを頭の片隅では考えながら、返す言葉を必死に探すが見つからない。
- 目を見開いたまま、口をパクパクと動かすだけだ。
- そんなミリアリアの態度に苦笑しながら、カガリには既に許可は取ってあるよ、とキラは続ける。
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- 「僕はプラントでラクスと一緒に頑張る道を選んだんだ」
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- ミリアリアはキラがラクスの名前を言った時に柔らかい表情になったのを見て、ああと納得した。
- キラが戦争で傷ついた時からラクスとの絆をどんどん深めていったことを知っているミリアリアにとって、2人が離れるのは心配の種だった。
- またキラが感情を捨てたように、笑顔を無くすのではないかとお節介ながら心配したからだ。
- だからキラとラクスが一緒にいることはミリアリアにとっても喜ばしいことだ。
- あたしが心配するまでもなかったか、と独りごちる。
- その間もキラは自らの思いを綴り、ミリアリアは黙って聞いている。
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- 「僕やラクスはプラントで、カガリ達はオーブでその責任を果たすために自由に世界を見て回ることができない」
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- 本当は世界中の色んな人達と話をして、望みを聞いてそれから道を決めたい、それがラクスやカガリの目指す未来ではあるが、責任ある立場に就くと実際それは難しい。
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- 「だから僕達の変わりにその目で世界を見て、それを教えて欲しいんだ」
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- 人は同じ未来を夢見ながらそれぞれの道を行き、それが時としてすれ違いを生み戦争が起こる。
- それは彼らがこれまでの戦いで学び、知ったことだ。
- 辛いことだがそれが現実なのだと。
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- 「同時にラクスやカガリが何を考え、何を成そうとしているのか、皆に真実を伝えて欲しい」
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- そんな悲しい出来事を少しでも無くそうとキラ達は道を模索し、一つの道を見出した。
- それが世界の色々な所へ赴き、人々の思いを自分達伝えてくれること、自分達の想いを正確に伝えてくれること。
- それができる人物を選び、その想いを継いでもらうこと。
- それがミリアリアというわけだ。
- キラは緊張を含んだ真剣な瞳でミリアリアを見据える。
- しばらく真剣に見詰め合った2人だが、ミリアリアがふっと息を零して表情を崩し、キラに応える。
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- 「いいわ、やってあげる。本当はあたしも軍を抜けたいと思ってたんだ。それにキラの望みと私のやりたいことは同じみたいだし」
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- ミリアリアは一口紅茶に口をつけてからウィンクして同意を示す。
- キラはホッとしたような表情でゆっくり背もたれに体を預けた。
- ミリアリア同様、キラも緊張していたのだ。
- それを見たミリアリアがポツリと呟く。
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- 「キラがぞっこんのラクスも大事な友達だしね」
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- その言葉にキラは顔を赤くしてうろたえる。
- そんなキラの様子にミリアリアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
- そうゆうところは変わらないわね、とミリアリアは呟いて少しだけヘリオポリスに居た時のことを思い出し瞳に悲しい色を浮かべる。
- だが慌ててその幻想を頭の中から追い払う。
- 何より辛い思いをしてきたのはキラだと知っているから、自分ばかりがいつまでも過去のことを振り返って悲しんではいられない。
- それを止めるために今日ここからまた新しい一歩を踏み出すのだから。
- 心の中で思いを自己完結させたミリアリアは笑顔で手を差し出す。
- キラに託された想いをしっかりと受け止めるという決意と、これからも大切な友達であるということの意思表示だ。
- キラは少し照れて不満そうにしながらも、差し出されたその手をミリアリアの想いに応えるように力強く握り返した。
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*
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- カイトは地球軍のウィンダムを立て続けに撃ち落しながら、手応えの無さに溜息を吐いた。
- 戦闘が開始されてから間もなく数時間が経過しようとしている。
- その間にもう何十機撃ち落したか数え切れない。
- APSバビも地球軍のMSを全く寄せ付けていない。
- 突破できるとふんだからこそビクトリア基地への攻撃を決めたのだが、こうまで簡単にいくと逆に物足りなさを感じるくらいだ。
- カイトは張り合いのない戦いに再び溜息を吐く。
- その光景を海中から見守っていたルッテは胸を撫で下ろす。
- カイトがこれだけの戦力でビクトリアを攻めると言った時はどうなることかと思ったが、この分ならほとんど被害を出さずに作戦は成功しそうだ。
- 込み上げる興奮を何とか抑えながら戦況を見守っている。
- 彼らはアスランの予想通り、ビクトリアのマスドライバー施設を抑えるためにここを攻めていた。
- カイトは先のアスラン達との戦闘で傍目には圧勝したように見えるが、その力の脅威を理屈ではなく本能的に感じ取っていた。
- それが撤退する彼らを追撃することを思い留まらせた。
- その自分の感情に苛立ちながらも、どのみち彼らを仲間にできないのならばこのまま地球に居ることは得策ではないと、宇宙へと戻る算段を探りながら、ここビクトリアのマスドライバーを使用する考えに至ったわけである。
- ルッテらロールフットのクルーもコーディネータで、プラントは故郷だ。
- 地球のカーペンタリア基地に駐屯となってから長くプラントには戻っていないが、戻れるものなら戻りたいと思うのは人として当然の帰巣本能と言うところか。
- 彼らの興奮は久々に故郷に戻れる喜びからくるものだ。
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- そこへ、基地上空に突然アークエンジェルが滑り込んでくる。
- これにはカイトも驚き思わず動きを止めてしまう。
- 一方のジェフはそういえばアークエンジェルが出撃したという報告を受けていたなとぼんやり思い出しながら、よもやここビクトリアに来るとは想像もしていなかった。
- 戦いに気を取られアークエンジェルの接近に気が付かなかった自分も含めて管制オペレータを叱責しながら、気を取り直したジェフはすぐさま通信機を手に取りアークエンジェルへ通信を送る。
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- 「こちらはビクトリア司令、ジェフ=ラインバックだ。アークエンジェル、どうゆうつもりだ」
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- 敵対国ではないとは言え、アークエンジェルの行動は領域内への不法侵入だ。
- ジェフの疑問は尤もである。
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- 「本艦はオーブ代表首長の暗殺未遂犯を追ってここまできました。現在貴官らが交戦中のMS部隊です。よって我々は援護致します」
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- マリューは臆することなく凛としてその目的を告げる。
- 返ってきた返事にジェフは呆気に取られた表情を苦虫を噛み潰したような表情にゆっくり変えると、低い声でマリューに告げる。
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- 「アークエンジェルはすぐに転進したまえ、ここは地球軍の領域である」
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- 正直アークエンジェルの援護は有り難い、だがアークエンジェルに対する脱走艦という不信感が消えていないことも事実で、その援護を素直に聞き入れることがジェフにはできない。
- それにジェフにも、ジェフだけでなく地球軍にもプライドがある。
- 戦艦が1隻増えたところでこれだけの物量では大差は無いとも思うし、たかが1隻の戦艦に助けられたとあっては地球軍の、ひいては自分達の無能ぶりを証明するようなもので、それだけは避けたいとの思惑もある。
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- 「警告に従わない場合は、貴官らも敵として攻撃対象と見なす」
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- ジェフは苦渋の表情でモニタ越しにマリューを睨みつける。
- 予想外の通達にマリューは目を見開くが、必死に説得を試みる。
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- 「しかしこのままではそちらの被害は甚大なものになります。協力しろとは言いませんからこちらが作戦行動を取る許可を」
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- だがジェフは聞く耳を持たない。
- 尚も食い下がるマリューの目の前で、ジェフは付近のMSにアークエンジェルを狙い撃つようにハッキリと命令を出す。
- その命令を受けた地球軍の兵士は戸惑いながらも、アークエンジェルに向けてライフルを放つ。
- ビームは命中こそしなかったが、艦首や装甲をかすめて空へと消え、その衝撃はアークエンジェルを襲う。
- そして尚もMSはアークエンジェルに銃口を向けている。
- マリューはシートの肘掛を掴んでその衝撃に耐えながら、歯噛みする。
- どうすればジェフはわかってくれるのか、そんな思いがマリューの思考を支配する。
- 煮え切らないマリューの態度にムウは叱咤を込めて通信で叫ぶ。
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- 「艦長MSを出せ、俺達が何とかする」
- 「駄目よ、地球軍に損害を与えては。本艦の目的はあくまで"FOKA'S"を捕える事よ。地球軍を撃つことではないわ」
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- ムウの通信にマリューは驚いた表情を見せるが、すぐに厳しい表情で提言を却下する。
- この状況でへたに出撃しても地球軍の砲火に晒されるだけだ。
- そんな危険な状況へパイロットを送る出すことをマリューは躊躇うことも、却下の理由の一つだ。
- だがムウも譲らない。
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- 「要は地球軍に損害を与えずに奴らを撃てばいいんだ。このままじゃアークエンジェルは沈むぞ」
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- 言われてマリューは言葉に詰まる。
- へたに地球軍を攻撃すれば、それが引き金となってまたオーブと地球軍の間に戦争が起こりかねないことはムウとてわかっている。
- かといってこのまま何もせずにただ的になってはそれこそ意味が無いことをマリューもわかっている。
- 時間にして僅かだがマリューは必死に状況と自分達の目的を天秤にかけて、止む無くムウの言ったとおりに自分の意見を撤回することに決める。
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- 「出撃を許可します。但し地球軍に対しては一切危害を加えないこと、いいわね」
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- マリューは強い口調でムウに、他のパイロット達に念を押す。
- ムウは少しだけ笑みを零して任せろと応じて通信を切る。
- その笑顔が今のマリューの胸には痛かった。
- マリューの下した決断に、シンとルナマリアは唖然としてコックピット内で揺れに耐えながら文句を叫ぶ。
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- 「あいつらだけ攻撃して、地球軍の攻撃はかわすだけなんて無茶な」
- 「だいたいアークエンジェルなんていい的じゃないですか。MSのシールドだけじゃ防ぎきれませんよ」
- 「だがやるしかない。またオーブを、世界を戦乱の渦に巻き込むわけにはいかない」
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- それを止めるために今俺達はここに来たはずだ、とアスランは叫ぶ。
- アスランとてシンやルナマリアの言うことは尤もだと思う。
- だがそれでもやらなければまた同じ過ちを、同じ悲劇を繰り返してしまう。
- そうならないために今アスランの目にははっきりと戦うべき、討つべき相手が見えており、以前のような迷いはない。
- 2人を誤った道に進ませないためにも自分がそれを示さなければとアスランは使命感を燃やして、まだ渋るシンとルナマリアを宥めながら、先陣を切って四面楚歌の戦場へ飛び出した。
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