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- アークエンジェルの登場で一時はカイトも混乱したが、地球軍がアークエンジェルに向かって発砲したのを見て、思わず苦笑を漏らす。
- 明らかにアークエンジェルは自分達を追ってきたものであり、地球軍にとっても共通の敵であることは間違いない。
- その利害の一致からアークエンジェルと共同戦線でも張られれば、状況は間違いなくカイト達に不利な方向へと転がっていた。
- だが結局地球軍はつまらないプライドや柵でアークエンジェルとの共闘を拒否。
- 戦局はお互いに他の戦力を全て的に回す格好の乱戦状態へと突入した。
- これで一番救われた形になったのは、ここに争いの火種を持ち込んだ元凶とも言えるカイト達なのは皮肉としか言い様が無い。
- カイトはそんな地球軍を、所詮は思考が短絡なナチュラルの集まりと鼻で笑い、冷めた視線でアークエンジェルに向かって発砲する地球軍の光景を一瞥すると、まだ点にしか見えないアークエンジェルのMSに背を向け、再び地球軍の施設を破壊しながら一直線にマスドライバーを目指す。
- 強敵に打ち勝つことを渇望するカイトだが、わざわざ今来た道のりを後戻りしてまで無駄な時間を食うことは、望むところではないからだ。
- その点は冷静に現状をわきまえる男だ。
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- そんなカイトの思惑など露知らず、アークエンジェルから発進したインフィニットジャスティスは、いきなり地球軍のMSにライフルを撃たれる。
- 攻撃されたことを視界に捉え反応したアスランは、辛うじてシールドで防ぐ。
- 続いて飛び出したムウ達も同様に地球軍の砲火に晒され、ビームの合間を縫うようにあちこちを飛び交うバビを追う。
- だが当然攻撃をかわしながらでは思ったようにスピードは上がらない。
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- 「やっぱりこんなの無茶苦茶ですよ」
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- シンは怒りとも呆れともつかぬ声で絶叫する。
- 自分達を狙う相手を撃たずに、その相手を狙う敵を撃てというのだから、シンでなくとも文句の一つも言いたくなる。
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- 「諦めるな、お前がキラから教わったのはそんなことじゃないだろう」
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- アスランも無茶だということは重々理解している。
- 昔であればこんなことをしようとは思わなかっただろう。
- だがキラやラクスは正しいと信じた道を、無茶とわかっても突き進み事を成してきたことをアスランは見てきた。
- そんな彼らと同じ未来を目指し、共に戦うことを決めたアスランには迷いはない。
- 無茶とわかっていても、正しいと思うこと、すべきことを信じてただ突き進むのみだ。
- それはシンとて同じだと思うからこそ、アスランはシンを叱責する。
- そしてキラの名を出されればシンもそれ以上反論できない。
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- 「ああ、もう!やればいいんでしょ、やれば!」
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- シンはヤケクソ気味にそう怒鳴ると、雄たけびを上げながら唯一傍にいたバビに、イザヨイの機動力を活かして地球軍の攻撃を掻い潜って接近、機体の胸部にその手を捻じ込み、掌から発した光で破壊する。
- 先の戦闘ではディンをパイロットごと撃ったことに胸を痛めたシンだが、パイロットが乗っていないとなれば話は別だ。
- 迷うことなく一撃で仕留め、バビは大きな爆発音を立てて黒い煙の塊と化す。
- その光景を目の当たりにした地球軍のパイロットは思わず攻撃の手を止める。
- 地球軍の兵士達もアークエンジェルへの攻撃命令には少なからず戸惑いを覚えていたが、上官の命令に従うのは軍人にとって最重要事項であり、命令が出た以上彼らの行動を非難する理由は無い。
- だが実際にイザヨイに助けられた格好になったことで改めて疑問が大きく膨らみ、地球軍兵士は攻撃を躊躇ったのだ。
- アスランはその隙にとばかりに攻撃の止んだポイントを一気に突き抜け、既に基地の半分以上を進んだナイトメアを追い縋る。
- だが今度はバビがアスランの前に立ちはだかり、さらにそのバビとインフィニットジャスティスを狙った別部隊の砲火が再び行く手を阻む。
- この状況にさすがにアスランも苛立ちが募り思わず叫ぶ。
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- 「地球軍は本当に状況がわかっているのか!」
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- その頃MSが発進したアークエンジェルは基地の港上空、MSや防衛設備の射程範囲内で地球軍の猛攻に晒されていた。
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- 「艦長、アークエンジェルだけでは回避行動を続けられません。一度防衛ラインの射程外まで下がるべきです」
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- 地球軍の砲火で激しく揺れるアークエンジェルのブリッジの中で、ノイマンは操縦桿を必死に操りながらマリューに進言する。
- いかにノイマンが優秀な操舵手だとしても、図体の大きい戦艦で満足に弾幕を張ることも出来ない状況では回避行動にも限界があるというものだ。
- だがマリューは頑として聞き入れない。
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- 「だめよ、これ以上下がったらそれこそアスラン君達が集中的に狙われるわ。後退はあくまで微速、港の防衛ラインギリギリのところまでよ、いいわね」
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- ノイマンにいつになく強い口調で指示を出す。
- この場に留まることで少しでもMSへの攻撃を減らそうというのが思惑だ。
- それが無茶だとしても、彼らを見捨てるようなことはできない。
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- 尤もマリューとてこのまま沈むつもりはない。
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- 「それと付近に必ず母艦が居るはずよ。それを探して」
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- 母艦を抑えることができれば、それをネタに再度交渉をすることも、空域からの離脱も考えられる。
- マリューの指示にメイリンは悲鳴を堪えて返事をすると、探索機能のチェックや操作を行う。
- だが地球軍からの砲撃がレーダーやモニタに映り込み、こちらも思うようにはいかない。
- メイリンに死の恐怖と焦りが徐々に込み上げてくる。
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- 一方その様子を遠くから見つめるミリアリアは、3軍での乱戦状態に危機感を募らせる。
- アークエンジェルから発進した、良く見知った真紅と黄金の機体と、初めて見る白銀と薄い赤の機体。
- どの機体も発進した途端に地球軍からの集中砲火に晒される。
- だが彼らは地球軍には反撃しようとせず、先に地球軍を攻めたバビを撃墜した。
- ジェフとマリューのやり取りのことは知らないが、アークエンジェルもMSも地球軍に向かって攻撃を仕掛けていないことから、おそらく彼らは地球軍に攻撃をするつもりは無いだろう。
- だが地球軍は見境無く相手を攻撃しているようにも見える。
- このままではアークエンジェルやパイロット達は非常に危険だ。
- ミリアリアは自分がどうするべきが思案する。
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- ミリアリアはアークエンジェルの通信回線を中継して、オーブのカガリやキサカ達、一部の高官のみに繋がる回線の使用方法も知っている。
- だがそれらは緊急時の連絡先となっているため、基本的には使用しないように注意を受けていた。
- しかし今孤立状態のアークエンジェルを救えるのは、頭に思い描いた人物唯一人であることを確信もしていた。
- それに自分の役割はプラントやオーブに真実を伝えることでもある。
- しばらく自分がこれから取る行動に対して葛藤するが、やがてミリアリアは意を決して他の取材班からこっそり離れると、その回線へ通信を接続した。
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PHASE-22 「過去と現在の間で」
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- オーブ行政府にある代表首長の専用執務室。
- そこにある秘密回線の通信機が突然鳴り出したことに、書類へのサインに忙殺されていたカガリはビクッと反応して慌しく席を立つ。
- アークエンジェルから新たな情報が送られてきたものと思ったからだ。
- だが通信相手がミリアリアであることに驚く。
- ミリアリアがこの回線への通信方法を知っているのはカガリも知っているが、驚いたのは通常使用禁止ということで彼女は今まで一度も使ったことがなかったからだ。
- あまりに突然のことにミリアリアが何で、と疑問を呟くカガリだが、その声を掻き消すようにミリアリアが捲くし立てる。
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- 「アークエンジェルが大変なことになっているわ」
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- それからビクトリアでの乱戦の状況を詳しく説明する。
- アークエンジェルの名前が出たことで、カガリが抱いた疑問は一瞬で吹き飛び、ミリアリアの通信に食い入る様に耳を傾ける。
- 流石はジャーナリストとして活動しているだけあって、ミリアリアの説明は要点をまとめて分かり易い。
- だがそんなことに感心する間もなくカガリは絶句する。
- マリューを初め、アークエンジェルのクルーには無理を言っているのは重々承知していたが、よもやそのような事態に陥っていようとは、正直そこまで考えてはいなかった。
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- 「一体アークエンジェルが出撃するなんて何があったの?」
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- ミリアリアは事態は切迫していることはわかっているが、事実を伝えるためには、場合によっては取材チームに協力を要請するために真実を知っておかなければならないと考え、自らの疑問を口にする。
- その問いかけに一瞬どうするか迷ったカガリだが、また状況を知らせてもらわなければならないことを考えて、アークエンジェルが出撃するに至った経緯を簡単に説明する。
- ミリアリアはカガリが襲われたことや、アスラン達でも苦戦する組織の存在に驚いたが、何よりキラが行方不明になった事態には驚きと戸惑いを隠せない。
- キラの強さはラクスやカガリ同様、ミリアリアも絶大な信頼を寄せている。
- それが覆される事態になったのだから、それが信じられないのも無理はない。
- だが同時にそれがミリアリアに一層の使命感を抱かせる。
- 彼女もキラに命を救われた、導かれてここまでやって来れたと思っている人間の一人だ。
- そんなキラに今の役割を指名されたことは誇りでもある。
- 今こそ、その務めを最大限に果たすことが何よりもキラへの恩返しになるとミリアリアは思い、通信したことは正解だと確信を持つ。
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- アークエンジェルが誘拐事件で潜伏していた頃に後から合流したミリアリアだが、その時は色々と批判を浴びたものだ。
- だが先の戦争が終わってその評価は掌を返したように反転した。
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- ようはそうゆうことだ。
- その時は間違っていると批判を受けても、自分の信念を貫き通せば心無い批判は受け流すことができ、やがては正しい未来へと繋がるのだとミリアリアは信じている。
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- 「わかった、私はこのままアークエンジェルの様子を見守るわ」
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- 何かあったらまた知らせるから、とミリアリアは通信を切ろうとする。
- それをカガリが呼び止め、一呼吸置いてから有難うと告げる。
- そんなカガリにミリアリアは笑みを零して、頭を振る。
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- 「私は私ができることをするだけだもの。それがキラとの約束だから」
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- ミリアリアの思いにカガリは納得し、嬉しさが込み上げてくる。
- それはカガリの中にもある、平和への願いと行動力だ。
- 同じ未来を目指す仲間達にそれが浸透していることは、今のカガリを何よりも勇気付ける。
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- 「私もだ。私ができることをする、それがキラと誓った、私の戦いだ」
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- カガリは力強く告げるとお互いに頷き合い、もう一度有難うと言って通信を切る。
- 状況を約束どおり知らせてくれたことと、自分を奮い立たせてくれたことを感謝の言葉に込めて。
- それから少しだけ目を閉じて思いを噛み締めるようにその場から動かなかったが、目を開くと勢い良く執務室の扉を開け、自らの戦いの場へと急ぐ。
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*
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- ビクトリア基地は蜂の巣を突いたように大騒ぎとなっていた。
- 先行するナイトメアがついに最終防衛ラインまで侵攻したからだ。
- 圧倒的な数の差がありながら、敵の侵攻を阻止できない事実に自分も含めた地球軍の無力さを痛感し、歯軋りする。
- そこにジェフ宛に通信が入ったとオペレータから報告が入る。
- だが指揮官である自分が戦況の指示をせずに通信に出ている暇など無い。
- ジェフは苛立ちも手伝って、声を荒げる。
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- 「何だこの状況で。後ですると伝えろ」
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- だがオペレータはそんなジェフに言いにくそうにしながらも、通信相手の名前を口に出す。
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- 「それが、オーブ代表首長から緊急の用があるとのことですが・・・」
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- オーブ代表首長からという言葉にジェフは目を見開き、思考が防衛線の指示から脱線する。
- 何故代表がここに直接通信を送るのかといった疑問も沸き起こるが、さすがに一国の代表からの通信を無視するわけにはいかない。
- その前に思い出したように傍らの副官にその後の防衛線の指示を任せると、渋々といった様子で、だが緊張気味に通信に出る。
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- 「地球軍ビクトリア基地司令、ジェフ=ラインバック准将です」
- 「オーブ代表首長、カガリ=ユラ=アスハだ」
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- 名乗られるまでもなく、モニタに映った顔を見ればわかる。
- まだ20歳そこそこの少女を脱したばかりの女性だが、プラントとの停戦条約を始め、地球、プラントとの数々の和平交渉を行うその手腕はジェフの耳にも伝わり、その顔を知らぬ者はいないだろう。
- そんな人物を目の前にすると改めて緊張し、背中に汗が流れるのを感じる。
- だがそこは年はカガリの倍もあるジェフだ。
- 顔には出さず、カガリの次の言葉を待つ。
- カガリはそんなジェフの緊張など知らず、ある程度ジェフの予想した通りの言葉を告げる。
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- 「そちらに我が軍のアークエンジェルがいることと思うが、現状を教えて頂きたい」
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- 既にアークエンジェルは攻撃を受けていることを知ってのことだと、ジェフは即座に理解する。
- 本当のことを言えば国を巻き込んだ外交問題に成りかねない。
- だが自分達に否があることを認めれば、それが一番の大問題になってしまう。
- 何とかうまい説得をと考え、状況の説明を試みる。
- 自分達の行動は間違っていないと自分自身に言い聞かせながら、それが自分になのかカガリになのかわからないが、若干の嫌悪感を抱きつつ、ジェフは淡々と答える。
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- 「アークエンジェルは我が基地上空へ何の通達も無く現れました。基地防衛を主な任務とする我々とすれば、わけのわからぬ侵入者は攻撃するのは妥当だと判断しています」
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- 地球軍から見れば脱走艦でもあるアークエンジェルは犯罪者で、領域への不法侵入以外にも攻撃を受ける理由はある。
- そのことを付け加えたジェフの回答は、至極尤もなことで間違ってはいない。
- 但しそれは平常時における場合、という言葉が頭に付く。
- それはカガリにもわかっていることだ。
- だがカガリはジェフの行動を責めず、ただじっとジェフの言葉に耳を傾けた。
- しばしの沈黙の後、カガリはわかったと静かに呟く。
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- 「貴官らの行動は軍の規律に従ったものであり、それは間違いないだろう」
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- これにはジェフの方が驚く。
- 間違った行動ではないと言いながら、その行動を激しく責められるものと覚悟していたからだ。
- そうゆう意味では肩透かしをジェフの方がくらった格好だ。
- とは言えカガリが地球軍の行動を容認したことで心配された外交問題は杞憂に終わりそうだ。
- そのことにジェフは胸を撫で下ろす。
- そこにだが、とカガリが言葉を続ける。
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- 「今貴官ら討たねばならないのは誰なのか、本当に見えているのか」
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- カガリは静かに、だがその裏に強い意志を込めてジェフに尋ねる。
- それは暗に、今の状況でアークエンジェルを攻撃しているのは本当に正しいと思っているのか、と問うている。
- その何とも言えない威圧感に気圧されながら、ジェフは言葉に詰まる。
- アークエンジェルは敵ではない、むしろこちらを助けてくれているいう行動は目の当たりにして理解もしている。
- ただ感情論として脱走艦のレッテルを貼られているアークエンジェルを味方と認めたくないというのが事実なのだ。
- そのことがジェフに後ろめたい気持ちを抱かせ、次の言葉が出てこない。
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- 「過去を振り返るなとは言わない。それはそれで大事な事だ。だが過去に捕われ過ぎては今やるべきことができず、未来が訪れなくなる。そのことは忘れないで欲しい」
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- カガリはそこまで言うと、ジェフの返事を待たずに通信機の電源を落とす。
- 一度もアークエンジェルに攻撃をするなということや、オーブは味方だということは敢えて一言も言わなかった。
- 心の中では叫びたいほどだったが、立場的に上に立つカガリが、上から言うだけでは何の解決にもならない。
- ジェフが、いやジェフだけでなく一人一人が自ら考え、自らの過ちに気が付かなければ、いつまで経っても自分達の目指す場所へは程遠い。
- そのことに気が付いて欲しいという願いも込めて、カガリはそういった態度を取った。
- アークエンジェルにとってまたも過酷な道を選んだことに僅かに罪悪感も抱くが、それは彼らを信頼しているからであって、そのことはお互いに理解している。
- 最初からカガリの行動に圧倒されっぱなしのキサカと他の首長達だが、苦渋の決断だったことを表情に滲ませているのを見て、誰もが改めてカガリの指導力に敬意を払い、労いの言葉を掛ける。
- その気遣いが神経を磨り減らしたカガリの心をやんわりと包んでくれる気がして、自然と笑みが零れた。
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- 一方モニタの消えた通信機の向こうでは、ジェフが目を瞑って必死に考えていた。
- カガリの言葉が重くジェフの心に圧し掛かる。
- アークエンジェルが脱走艦であることは消えない事実だ。
- だがかの艦はその後、世界のために多くのことを成してきたことを知っている。
- 過去の事実に対する毅然とした気持ちと、過去の柵に捕えられて、目の前にある真実が見えていないのではないかという気持ち。
- 2つの相反する感情がジェフの中で激しく揺れ動く。
- 今の状況を打破するために自分は何をすべきなのか、2つの間に揺さぶられながら必死に葛藤する。
- そうしてジェフが迷っている最中も戦況は悪化の一途を辿っている。
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- 「敵MS、マスドライバーのコントロール施設に接近」
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- そのオペレータからの報告を聞いた時、迷いが消えた。
- ジェフは意を決して目を開くと、凛とした声で部下達に命令を下した。
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- 「アークエンジェルへの攻撃を中止せよ。以後我々はアークエンジェルを味方として認識、これと共闘し、マスドライバー施設に接近する侵略者を捕えよ」
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