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- ビクトリア基地に取り残されたルッテ達を拿捕することは難しくなかった。
- 武器も持たずにマスドライバーを目指していた彼らの誰もが、カイトに切捨てられたことにショックを受け、抵抗する気力も失っていた。
- ルッテだけはカイトに対する怒りで喚きながら多少暴れていたが。
- とは言いながらかなりの被害が出たビクトリアの惨状に、地球軍も誰もがショックを受け、疲弊していた。
- アークエンジェルの援護がなければどうなっていたか分からないという事実も、地球軍の兵士達のプライドを大きく揺るがした要因の一つであり、疲弊感を増大させた。
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- そのアークエンジェルは辛うじて原型を留めた港の端に着陸し、ジェフはマリューらを迎え入れた。
- 一部士官の態度はあまり歓迎しているといった雰囲気ではないが、マリュー達もそれらを真っ直ぐに受け止め、基地へと足を踏み入れる。
- これからのこと、特に拿捕した捕虜について話し合うためだ。
- そして話し合いの結果、捕虜の身柄は地球軍に預けるということを条件に、ジェフとマリューは共同で尋問を行うことに決めた。
- 結果的に地球軍基地で拿捕しているが、アークエンジェルの協力を受けたことと、攻撃された理由や背景にある事情が何もわからないというのが、地球軍側が条件付きの同席を許可した理由だ。
- それからジェフら地球軍士官にマリューとムウ、アスランが同席してルッテに対して尋問を行う。
- だが裏切られたという思いから、興奮してカイトの批判めいた言葉ばかりがルッテの口から出てくる。
- 支離滅裂で時折何を言っているのかわからないところもあるが、彼らは元ザフト軍の正規の軍人で、"FOKA'S"の誘いに乗って軍を逸脱し、協力関係にあるだけということがわかった。
- 肝心の"FOKA'S"についてはその組織の構成も指導者についても、ほとんど何も知らないに等しい状態で、その状況に彼らは溜息を吐くしかなかった。
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- 尋問の後、ジェフは破壊されたマスドライバー制御施設を視察し、思ったよりひどい状態に再び溜息を吐く。
- 基地の被害も甚大だが、肝心のマスドライバーが使えなくては宇宙へと上がった者達の追撃もできない。
- ジェフは肩を竦めてマリューを見、マリューも思わしくない現状に小さく溜息を吐く。
- アークエンジェルもここでは最低限の補給しか受けられず、また宇宙へ上がるためのブースターはモルゲンレーテで管理してある。
- マリューも一度オーブに戻り、これまでの状況の報告と今後の対策の練り直すことを決める。
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- またマリューはオーブに戻る前にミリアリアに再び連絡を取り、客観的な意見も欲しいという要望を受ける形でミリアリアはアークエンジェルに同行することになった。
- 乗り込んだ直後は久しぶりの再会の喜びを分かち合ったが、アークエンジェルの発進経緯や、その間の戦跡を聞いてすぐに表情は曇る。
- それらを伝える側のミリアリアにとっても楽観視できる状況ではないのだ。
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- まだぎこちないながらお互いにこれから成すべきことをする決意を示す敬礼を交わし、ジェフの見送りを受けてアークエンジェルは飛び立つが、その艦内は重く沈んだ空気に包まれていた。
- これまでも任務を果たせなかったことはあるが、今回ほど戻ることに気が進まないのは初めてのことだ。
- 叱責されることは恐れていない。
- ただクルーの誰もが自分達の任務を果たせなかったことに、責任を強く感じているのだ。
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- 「アークエンジェル推力最大、これよりオーブに帰還する」
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- そう命令するマリューの声はいつになく重く、クルー達の耳に響いた。
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PHASE-24 「出口の見えない迷路」
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- オーブ官邸の一室でキラとラクスは穏やかな笑みを浮かべて並んで座っていた。
- 本人達はただ普通に座っているだけなのだが、何と言うかとても絵になる光景だ。
- そのため二人の向かいに座るメイリンは、少しばかり緊張気味だ。
- キラは苦笑しながらもっとリラックスしてと言うが、大げさに言えば絵の中の世界に迷い込んだような感覚のしているメイリンにはなかなか難しい注文だ。
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- アスランと共にザフト軍を抜けて、取り巻く環境の変化、180度物の見方が変わったことに戸惑っていたメイリンは、気さくに話し掛けてくれるラクス、色々と気を使ってくれるキラにも助けられてきた。
- 憧れでもあった人達に、しかも優しく接してもらったことにメイリンはとても感激し、そして改めて尊敬の念を強く抱いた。
- 一方のキラとラクスも、人手不足のアークエンジェル、エターナルにおいて、彼女の情報解析の能力には随分と助けられた。
- 二人にとってメイリンは、他のクルーと何ら変わらない大切な仲間なのだ。
- メイリンも二人は仲間だという意識はあるが、それでも自分の上官というか、まだまだ雲の上の人という認識は消えない、むしろ強まっている。
- その二人と自分だけが同じ空間に居るというのが、緊張の一端にある。
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- そんな雰囲気の中で、三人はこれまでの思い出話やこれからのことについて談笑していた。
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- 「本当に君はオーブに残っていいの?」
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- 僕達としてはありがたいけど、とキラは談笑の最中、心配そうに尋ねる。
- キラとラクスは明日プラントへと渡ることになっている。
- プラント出身であるルナマリアやメイリンは、希望すれば一緒にプラントへ帰ってもいいということは事前に話をしてあった。
- それに対してルナマリアは、傷心のシンの傍に居たいという事ですぐに辞退の連絡があった。
- だがメイリンは考える時間を下さいと言って返答を保留していた。
- 今日はその答えをメイリンが告げに来たのだ、オーブに残るというその意志を。
- 緊張していたのはそのせいでもある。
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- 薄々はメイリンの答えをわかっていたキラ達だが、成り行きでザフト軍を離反することになり、しかも一時は反逆者、戦死扱いを受けただけに心配せずにはいられない。
- そして両親はプラントにおり、面会したラクスはとても心配しているということをメイリン、ルナマリアにも告げていた。
- だがキラの問いかけにメイリンは笑って答える。
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- 「はい、ラクス様やキラさんみたいにはなれないですけど、それでも私は私ができる戦いをしようと決めました。誰かに決められた事をするだけでなく、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、そして自分の意志で何をすべきか決めて、私もラクス様やアスハ代表のお手伝いをしたいんです」
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- 両親には心配をかけて申し訳ないと思いますけど、と言いながらメイリンは真っ直ぐな瞳でキラとラクスを見つめる。
- その表情には迷いは一切見られない。
- キラ達がそうであるように、あの慰霊碑の前でこれからの戦いに覚悟を決めたのは彼女も同じなのだ。
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- キラとラクスはメイリンの決意の固さを悟り顔を見合わせて頷き合うと、キラは徐にメイリンに一枚のディスクを差し出す。
- メイリンは不思議そうな顔で差し出されたディスクを受け取り、裏返したりして見るが何の変哲も無い普通のディスクに見える。
- キラから何も言い出さないため、メイリンはこれは一体何なのか尋ねる。
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- 「それは僕らを繋ぐ力なんだ」
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- キラの抽象的な表現にメイリンはますます不思議そうな表情でディスクを見つめる。
- そんな様子にラクスはきちんと説明しなければわかりませんわとやんわりキラを諭し、キラは苦笑して頭を掻きながら内容の説明を始める。
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- 「それはオーブとプラント、厳密にはアークエンジェルとエターナルを結ぶ通信システムなんだ」
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- アークエンジェルとエターナル間の通信は一応ターミナルを通じた電文で行うことができるが、中継点を介する分雑音が入りがちで、今はテキスト通信のみが行われている。
- ただそれでは必要最低限のことしか伝えられず、相互のやり取りには時間がかかる。
- また盗聴の心配もあるため、キラが極秘裏に二つの艦を専用回線で繋ぐシステムを構築したのだ。
- これにより盗聴の危険性を排除し、音声と映像によるリアルタイム通信も可能としたのだ。
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- 「私達は共に同じ未来を選び進む者同士として、例え離れていてもお互いに協力し合うことは必要だと思っています。これはそのための力とお考え下さい」
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- キラの言葉を補うように、ラクスが説明する。
- それらの説明を相槌を打ちながら聞いていたメイリンだが、それを何故自分にという思いが浮かんでくる。
- 話の内容からしてあまりオープンにはできない機密事項のようで、メイリンには自分との関わりがいまいち掴めていない。
- その疑問はキラの次の言葉で解決することになる。
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- 「このシステムのアークエンジェル、オーブ側の管理を君にお願いしたいんだ」
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- メイリンはキラの頼みに目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
- 自分はアークエンジェルのクルーではない。
- もちろん必要であれば任務をこなす気構えはあるのだが、ラクス達のグループでも新参者であるという自負があるメイリンにとって、その大役は荷が重過ぎる気がしている。
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- 「それはミリアリアさんの方が・・・」
- 「うん、でもミリアリアには別のことを頼んだんだ」
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- 言いかけたメイリンをキラが制する。
- 本来であれば経験も豊富でキラに信頼も厚いミリアリアに依頼するのが妥当な線だが、ミリアリアには既にキラから別の依頼をしてある。
- 正式な辞令はまだメイリンには聞かされていないが、ミリアリアはアークエンジェルを離れ、ミリアリアのポストにはメイリンが着くことで、実は事前にカガリ、マリューとは合意しているのだ。
- 尤も強制するつもりもキラにはなく、後は本人の意志次第ということでメイリンの意志を確認していたのだ。
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- 「私なんかで務まるでしょうか」
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- メイリンは答えを求めたわけではないが、不安げにキラに尋ねる。
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- 「君以外に適任者はいないよ」
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- キラは柔らかい笑みを零しながら、力強く断言する。
- アスランから聞いている、ザフト軍脱走時の機転と、情報の解析能力をキラはかっている。
- それにキラにとってメイリンもミリアリアと同じくらい信ずるに足る人物として既に認識されている。
- ラクスも同様で二人に躊躇いはない。
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- 「アークエンジェル側は君だけが全ての操作をできるように設定してある。これからの設定は君に全てを任せたい」
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- それはアークエンジェルとの通信はメイリン抜きではできないことを意味している。
- そのことに責任の重さを痛感するメイリンだが、キラとラクスの言葉、思いを反芻する内に、自分を頼りにされたことが嬉しい気持ちの方が強くなる。
- 同時にその気持ちに応えることは、何より自分が望んだことであることを改めて思い出す。
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- 「わかりました。精一杯頑張ります」
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- しばらく考えた末にメイリンは笑顔を見せて大きく頷き、キラとラクスも晴れやかな笑顔でそれに応えた。
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-
*
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- 「そうか、オーブでも大変なことになっているな」
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- 通信機の向こうでバルトフェルドが神妙な面持ちで零す。
- オーブに戻ってきたマリュー達はカガリに事の詳細を報告した。
- あまり著しい成果ではないためマリューも歯切れは悪かったが、カガリはそんなマリュー達の労を労う。
- 元々無理難題であっただけに、マリュー達の能力が無いわけではないことを、カガリは誰よりも理解している。
- だがこう状況が見えなくては今後の対応も取りようがない。
- プラントも似たような状況だということに、カガリはプラントとの連携も不可欠と判断し、互いの現状を確認し合うという結論に至った。
- それはバルトフェルド達も同じ考えだった。
- 通信を繋ぐと丁度連絡をしようと思っていたところだと、バルトフェルドは相変わらずな笑みを零した。
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- まずはバルトフェルドから、プラントに入っている情報について提示される。
- キラが飛び出すきっかけになった4つの単語、メンデルの爆発は核によるものであるということが新たに報告された内容だ。
- そして心配されるキラの行方については未だ消息不明で捜索中、メンデルで発見されたのは戦闘で撃ち落された一部パーツのみ、という状況に一同の落胆と不安が一層濃くなる。
- キラを信じてもいるが最悪の事態も頭を過ぎり、それぞれが心の中でその考えを否定する。
- またラクスは爆発の瞬間を見て気を失って倒れたという出来事に、メイリンは動揺して添付ファイルの操作を誤ってしまう。
- カガリ達も驚きの声を上げる。
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- キラもラクスも戦争で心に大きな傷を背負い、互いにそれを支え合いながら絆を深めていった二人の想いの強さを、傍で見てきた彼らはよく知っている。
- それだけにラクスのショックは痛いほどわかる。
- そしてラクスはおっとりしていそうな雰囲気の中に強い意志を秘め、人前ではほとんどその凛とした表情を崩すことがなかった。
- 人々の象徴であることに責任を持ってその立場を貫き、キラ以外の人の前で決して弱音を見せることは決してなかったのだ。
- そんなラクスが人前で気を失ったというのだから、カガリ達が驚くのも無理は無く、ラクスの心の傷は計り知れない。
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- 一方のバルトフェルドもメイリンの報告に内心驚きを隠せない。
- カガリやアスランが仲間に引き込まれようとしたこともだが、状況が不利だったとはいえ、アスラン、ムウ、シンという前の大戦で両軍のトップエースとして活躍したパイロットが揃っていながら、MS戦に敗退したということにだ。
- それは相手はそれだけの性能のMS、そしてパイロットがいるということになるため、無人起動のMS相手だけでも苦しいザフト軍、プラントにとってキラ不在の今は由々しき事態だ。
- そしてそんな相手がキラを憎み、その命を狙ってこの宇宙にまだ存在するということに、危機感を覚えずにはいられない。
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- どうにも暗い話題ばかりで通信機越しにも重苦しい雰囲気が互いに伝わるが、バルトフェルドには他にわからないことがある。
- それはキラが狙われる理由以上に、キラとラクスが勝手な行動を取ったり、物をはっきりと言わなかったり、らしくない状態であったということだ。
- そこがどうにも引っ掛かっているのだ。
- バルトフェルドは勧誘を受けたカガリ達なら何か知っているのではと、自らの疑問を口にする。
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- 「お前達は何か知っていることは無いか」
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- アスランとカガリはバルトフェルドに振られて、深刻な表情でお互いを見つめ合う。
- それについて、確かに二人は思い当たるところがある。
- 最初の暗殺未遂事件でイツキはキラの出生について語っていた。
- バルトフェルドから送られた4つの単語もそうだ。
- 今回の一連の事件にはいずれも、キラの出生に関連することが事の発端として上がっている。
- キラの出生に関わる秘密は全てではないが彼らも知っている。
- それにカガリは当事者でもある。
- カガリとアスラン、それにラクスは今回の事件の根底にあるものを少なからずわかっている、数少ない人物ということになる。
- だがそれはキラにとって大きな心の傷だ。
- 4年前の戦争後、キラが心を閉ざしたことに大きな影響を与えている。
- それを知るからこそ、重要な情報であることは理解できても、すんなりと口をついては出てこなかった。
- カガリとアスランにはラクスがはっきり物を言えない気持ちがよくわかった。
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- 「俺達にもわからないことがあるので、少し整理する時間を下さい」
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- アスランはカガリの方を見て頷くと、申し訳そうな表情で言葉を搾り出す。
- 事実、アスラン達が知る以上に事態は動いている。
- デリケートな情報でもあるだけに、勝手な憶測で判断し、無用な混乱を避けるべきだとアスランは判断した。
- 同時に仲間を裏切っているような背徳感も覚えて、胸中は複雑な思いが渦巻きその表情は冴えない。
- 黙って後ろで聞いていたムウも、渋い表情でアスランの意見に心の中で同意していた。
- 端的にしか知らないムウにとっても、その口から話すにはあまりに重い話だということは理解している。
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- バルトフェルドはそのアスランの態度に、キラにとても重大な秘密があるということは理解する。
- それがキラにとって心の傷であるということも。
- バルトフェルドは何もわからない今の状況ではその情報こそが唯一の鍵になると考えるのだが、仲間の傷を掘り返してまでという気にはさすがになれない。
- 気を取り直すように一つ息を吐くと、苦笑いを浮かべていつものように飄々とアスランに告げる。
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- 「わかった、整理できたらまた報告してくれ」
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- ただアスランから報告があることは当分無いということは、直感的に感じていたが。
- そしてそれ以上情報が無いことを確認すると、新たに情報を得られた時点で再び連絡することを約束して、情報交換は終了となった。
- カガリは最後にラクスのことを頼むと、黒いジャスティスを宇宙へ逃してしまった事を危惧する。
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- 「十分警戒してくれ」
- 「ああ、そっちもな」
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- バルトフェルドはそう応えると通信機の電源を落とす。
- モニタが完全に暗くなると、バルドフェルドは眉間に皺を寄せて深い溜息をつく。
- オーブの対応が悪いわけではないが、結局大した情報は得られず、プラントとしてはラクスの口から語られるのを待つしかない。
- その状況に自分の力の無さを噛み締め、バルトフェルドにしては珍しく苛立たしさを露にして右手で机を思い切り叩きつける。
- 傍らではダコスタがそんなバルトフェルドの態度に、内心ビクビクしていた。
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