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- 「テツ、無理に前に出るなよ」
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- APSがあらかた片付けてくれる、とホドスはテツに嗜めるように告げる。
- 普段表情を全く変えない、仲間内からも鉄仮面と呼ばれるホドスだが、テツに対してだけは優しく話しかける。
- テツは不服そうな声を漏らすが、そのホドスの気遣いが嬉しくもあり仕方なく返事をする子供の様には〜い、と応える。
- だがテツ自身もこれが初陣だ。
- ポイズンも初めてシミュレーションではなく、実際に動かしている。
- 戦場で活躍したいという気持ちと共に、自分にやれるのかという不安も同居している。
- 大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるように呟いてAPS部隊の最後尾に位置して戦場を興奮と恐怖で見つめる。
- その中でAPSの攻撃を切り抜けてきた1機のゲルググに気が付くと一瞬焦った後、照準を慎重に合わせてライフルの引き金を引く。
- 射撃は見事にゲルググを貫いて、光となって弾ける。
- テツはその光景に少しだけ驚いて、だがすぐに歓声を上げる。
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- 「良い感じだ、だが調子にはのるなよ」
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- それを見ているホドスが賛辞を述べ、同時にルーキーにありがちな増長を抑えるようにテツを諭す。
- だがホドスの忠告はテツの耳には届いていなかった。
- テツは俺だってやれるんだと手応えを掴んでいた。
- と同時に自分を一人の戦士として認めようとしなかった男に対してやったりの表情を浮かべる。
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- 「大丈夫だホドス、俺も戦果を上げてあいつらに俺達だってやれるんだってところを見せてやる」
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- 無茶はしないから心配するな、と言うとテツは嬉しそうな表情のままレバーを引いて戦争の光が交錯する宇宙へと尾を引いて飛び去る。
- ホドスは舌打ちをしてしょうがない奴だと言いながら、口元は楽しそうに笑っている。
- ホドスも心の内はテツと同じことを思っていたから。
- 俺達もやれるんだってことちゃんと見せないとな、と心の中ではテツに同意する。
- それにようやく巡ってきた呪われた体の元凶を消し去る機会を得たのだ。
- 顔には出なくとも内心は憎悪と興奮に満ちている。
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- ホドスは"FOKA'S"の仲間になったとはいえ、相変わらずホドスは左半身が不自由ということでその頭脳は買われているが、組織内でもその扱いは決して良いとは言えない。
- テツも"FOKA'S"内、それも人工子宮から産まれた者の中でも最年少の若さと、MSパイロットとしてのシミュレート適正の成績の悪さで立場は低い。
- そんな2人にとってこの戦いは自らの立場を確固たるものにするチャンスだ。
- 意欲的なテツにホドスはMSのパイロットとなれるように持てる全ての知識を叩き込み、テツは必死の努力でその立場をようやく勝ち取った、"FOKA'S"には珍しい苦労人だ。
- この2人の絆は"FOKA'S"内の誰よりも固い。
- テツは自分を鍛えてくれたホドスのためにも戦果を上げて、ホドスの凄さを認識させるんだという思いもある。
- ホドスも自分と違い影を背負っていないテツには、他のメンバーにはない何かを感じていた。
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- この愚かな世界の終わりを見るまで、絶対に死ぬなよ。
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- ホドスは真摯な表情で、テツへの思いを馳せた。
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PHASE-27 「対峙する痛み」
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- ディアッカは焦っていた。
- 頭では分かっていたことのはずだが、実際にこれだけの戦力差がありながらこうまで相手にやられては自分が情けなくもあり、腹立たしくもある。
- そしてキラがいない今、自分達だけで持ちこたえなければならないのに、このままではそれもままならない。
- しかも新型の1機を最後方に配置され、出し惜しみされていると感じている。
- それは何ものにも変え難い屈辱だ。
- だがその状況を覆せないのでは焦りも尤もである。
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- その時通信でイザークがディアッカの名を呼ぶのが聞こえる。
- それには少し驚いて相手の名を呼び返すが、自分の上官とはいえ今は自分が生き残れるかどうかすら瀬戸際の状況だ。
- 彼に構っている暇などない。
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- 「悪いけど文句なら後にしてくれよ、こっちは必死なんだ」
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- イザークはディアッカの予想以上に焦った声に、居ても経ってもいられなくなる。
- 普段のイザークなら仮にも上官に向かってその口の聞き方は何だと、ディアッカにであっても怒鳴るところだ。
- その辺りは律儀なイザークなのだが今はそんな素振りもなくすくっと席を立つと、怒鳴るでもなく静かに尋ねる。
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- 「俺も出る、それまで持ちこたえられるな?」
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- イザークの言葉にディアッカは今度は心底驚いた。
- 近頃この親友は自分の予想外なことを言うことがある。
- 今だってそうだ。
- その気遣いが嬉しくて思わず顔がにやけてしまいそうだったが、ディアッカは叫び返す。
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- 「バカヤロー!」
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- もうディアッカの頭の中には上官だとかそんな関係はすっ飛んでいる。
- あるのは彼の身を案じる唯の友人としてだ。
- イザークもディアッカの思わぬ反論に驚きの表情を見せる。
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- 「お前はこれからもラクス様の元にいなきゃ駄目だろ!」
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- グフのヒートロッドを辛うじて盾で受け止めて呻き声を漏らしながら、ディアッカは叫び続ける。
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- 「例えキラが戻っても、2人にはお前の力が必要なんだ。大人しくそこで指示を出してろ!」
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- ディアッカは多分自分がこの戦闘で命を落とすだろうことを予感し、覚悟した。
- それなのにイザークが自分の援護にくるということは、イザークをも巻き込むことに他ならない。
- キラは生きてきっと戻ってくる、そしてプラントを助けてくれる。
- ディアッカもそう信じて疑わなかった。
- そしてその時仕事以外でラクスを支えるのがキラならば、仕事でラクスを支えるのに必要なのはイザークだと信じている。
- だから命に代えてもここは自分だけで食い止めなければ。
- プラントの未来のために。
- ディアッカは雄叫びを上げて、グフに突っ込みビームグレイブを突き立てる。
- そしてその爆炎見ながらお前が出なくても大丈夫なんだよ、とウィンクして見せてゲルググをさらなる戦闘へと駆る。
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- イザークはディアッカの言葉に再びシートに腰を下ろすと唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握り締めた。
- 部下であるディアッカに反論されたからではない。
- 自分の力量を見極められない程、イザークは状況が見えていないわけでもない。
- イザークのMSパイロットの力量はディアッカと同等かそれ以上だ。
- ただ親友を見殺しにすることができなかっただけだ。
- 自らも死ぬかもしれないということを覚悟したうえで。
- それを悟られ、ここで親友の死を見届けるしかない自分に憤りを感じての態度だ。
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- そのイザークの様子に、ゴンドワナのある信号をキャッチしたオペレータは恐る恐るイザークを呼ぶ。
- イザークは予想通り何だ、と声を荒げて報告を促す。
- オペレータはビクッとしながらエターナルが出撃したことと告げ、イザーク、そして通信機の向こうでディアッカも心底驚いた。
- エターナルが出撃したということはラクスも戦場に出たということだ。
- エターナルはラクスの搭乗、指示なしでは発進できないようになっているからだ。
- その通信はヒルダ達にも伝わりどうゆうことだい、とヒステリックに叫ぶ。
- それは言われるまでもなくイーザクが聞きたいくらいだ。
- しばらく考えた後、エターナルへの通信を繋ぐように指示する。
- だが返事は出撃はラクスの意志だ、とバルトフェルドから返ってくるだけ。
- イザークは反論しようとするが敵の砲撃がゴンドワナの右翼を直撃し、その衝撃がブリッジを襲う。
- ディアッカもヒルダ達もAPSの集中砲火を浴びて、辛うじて防ぎきったもののエターナルを気にしている状況ではなくなってきた。
- このまま守ってもジリ貧だ。
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- 「全軍突撃しろ!何としてもエターナルを討たせるな」
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- イザークはただそう絶叫するしかなかった。
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-
*
-
- アーサーも絶望的な気持ちでヴェルトールの艦長席に座っていた。
- 無人MSの凄さはその身をもって体験している。
- あの時に撃墜されなかったのが不思議なくらいだ。
- そして苦戦しながらも助けてくれたキラとストライクフリーダムも今はいない。
- キラの出生の秘密には驚いたが、今はそんなことどうでもいい。
- どうすれば"FOKA'S"とやらを退けられるのか、そのことが重要だ。
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- しかし悔しいが今のアーサーにはいい知恵が浮かばない。
- せいぜいAPSに主砲の砲撃命令を出すことくらいしかできない。
- そんなことを思案していると、突然ボブからエターナル出撃が告げられる。
- その内容にアーサーもまた驚きを隠せない。
- ラクスの意図は読めないが、おそらく諦めずに停戦を呼びかけるのだろうと誰もが予想した。
- 逆に言えばザフト軍がそれだけ追い詰められているとも言える。
- さらに通信機の向こうではゴンドワナがMS隊を含めて突撃命令を出している。
- だがその全軍で持ってもAPSを全滅させることはできないとアーサーは思った。
- エターナルからもランダム射撃を行うから、近くのザフト兵に避けるように通達が入っている。
- 既にザフト軍は壊滅的状況なのだ。
- そんな中で少しでもエターナルを、ラクスを守るためにはどうすれば良いか。
- アーサーは苦悶の表情で考えた末、一つの決断をする。
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- 「エターナルの左翼前方につけ、何としてもエターナルを守る。例え艦を盾にしてもだ!」
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- クルー達は一瞬驚愕の表情を浮かべるが、アーサーが唇を噛み締めているのを見て皆真剣な表情で返事をすると操舵手は艦を移動させて、全員が腹をくくった。
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-
*
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- 「本当にいいんだな」
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- バルトフェルドはエターナルの艦長席に座りながら、ラクスに再度確認する。
- 司令官席に座ったラクスはその問いかけに迷いを微塵も見せずにはい、と応える。
- その様子に諦めとも呆れとも吐かぬ溜息を吐いて、バルトフェルドはエターナルの発進を命令する。
- ゴンドワナから通信がきたが、バルトフェルドはラクスの意志だとだけ告げてドッグを出た瞬間、APSザクの攻撃を受ける。
- その衝撃にバルトフェルドは座席の肘掛を掴みながら命令を飛ばす。
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- 「絶対に取り付かせるな!主砲、ミサイルをランダム発射!」
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- 近くのザフト兵に避けるように伝えろ、と言われダコスタは素早く通信を送る。
- それを横目でみながら撃てと叫び、エターナルは主砲とミサイルを発射する。
- しかしバルトフェルドの予想通りAPSザクはそれらを巧みにかわして反撃してくる。
- バルトフェルドはやっぱりな、と舌打ちするが、かろうじて混戦の中を抜け出してきたヒルダのドムがそのザクを撃ち落して、ラクスに下がるように進言する。
- ラクスは自分を心配してくれるヒルダに申し訳ないと思いつつその言葉には従えません、と凛と言い放つと通信回線で"FOKA'S"に呼びかける。
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- 「直ちに戦闘行為を中止してください。貴方々は自分達が何をしているのか、本当にお分かりですか!」
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- その声は必死さと切なさに満ちていて、ザフト兵達は胸に込み上げるものがある。
- そのラクスの行為にザフト兵は士気を高める。
- ヒルダも溜息を吐きながら流石ラクス様と言うべきかね、と呟きながら別のAPSの攻撃をシールドで防ぎ小さく呻き声を上げる。
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- だがホドスはそんなラクスの言葉に耳を傾けようとしない。
- 彼らにとってはラクスの言葉は綺麗事にしか聞こえない。
- 綺麗事はもう聞き飽きた。
- そんな綺麗事で話が済むのなら、自分達もこんな苦しみを味あわずに済んだ筈だ。
- ホドスは再び怒りに口元を歪める。
- 彼らにとってはラクスも既に抹殺の対象なのだ。
- テツも呆れた表情でホドスに提案する。
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- 「キラ=ヤマトが来るまでザフトはもちそうにないよな、ここはさっさと終わらせた方が良くないか?」
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- 確かにザフト軍は総崩れだ。
- 数機のAPSがやられはしたが、ザフト軍はその何十倍もの戦力を削がれている。
- このままでは全滅させずに戦う方が難しくなる。
- それにこのままプラントを滅ぼしてしまった方が、地球に向けても"FOKA'S"にも自分達の力を示せるのではと思案する。
- ホドスはテツの言葉に少しの間を置いてそんなことを考え、やがて同意の返事をする。
- 何だかんだ言っても、戦果を上げてしまえば周囲も自分達を評価せざるを得ないのだ。
- そのホドスの応えに笑顔を浮かべると、テツは張り切ってAPSに続いて戦闘宙域へと飛び込んでいく。
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- 一方ラクスは呼びかけに応じようともしない相手に焦りと切なさが募る。
- 争いを止めたい、無くしたいという願いはやはり無理なのかとつい弱気になってしまう。
- そこでハッとすると、自分を叱咤するように頭を振って、再び呼びかけようと息を吸い込む。
- だがそこでつわりがラクスを襲い、吐き気に口を手で押さえ、言葉に詰まってしまう。
- バルトフェルドはそれを心配して声をかけるが、ラクスは呼吸を整えると気丈に大丈夫ですと応えて呼びかけを再開する。
- その健気とも言える姿にエターナルクルー達も胸が痛くなる。
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- そんな中で1機のAPSグフが援護するゲルググを撃墜してエターナルに突っ込んでくる。
- バルトフェルドは声をからしてミサイルの発射と回避行動を指示するが、如何せん相手のスピードが速すぎる。
- ミサイルはことごとくかわされ、APSグフの攻撃はついにエターナルの右のエンジンを捕らえる。
- 衝撃にラクスも小さな悲鳴を上げ、顔を上げるとグフがブリッジに向けて銃口を向けていた。
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- それを見た瞬間、ラクスは死を覚悟した。
- キラと出会った事や、キラと過ごした日々が走馬灯の様に思い出され、そしてお腹に宿った奇跡をそっと擦って悲しげに微笑む。
- お腹の子供に産んであげられなくてゴメンなさいと。
- キラに想いを馳せて死ぬ前にもう一度だけ貴方にお会いしたかったと。
- とても悲しいことのはずなのに不思議と涙は出なかった。
- 私が死んだことを知ったらキラはとても悲しまれるのでしょうね、と自らの死を人事の様にキラのことを心配して、そしてキラに出会えて本当に幸せだったと、これまでの思い出に満ち足りた表情を浮かべて静かに目を閉じその瞬間を待つ。
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- イザークもディアッカもヒルダ達も議長室の評議会議員達もエターナルの危機に、その予想される未来に誰もが恐怖し絶望した。
- ディアッカ、ヒルダらはすぐにエターナルの援護に向かおうとする。
- だがエターナルに気を取られ過ぎて僅かな隙が出来てしまった。
- APSにその隙を狙われ、ディアッカのゲルググは右腕を、ヒルダ達のドムはその足をそれぞれ撃ち抜かれて機体は小破し、援護に向かえなくなる。
- エターナルの前に出たヴェルトールもあえなくエンジンをやられて身動きが取れなくなり、盾になることもできない。
- その事態に彼らはただ悔しさを絶叫するしかなかった。
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- バルトフェルドも悟った様に目を閉じ自らの死を自覚する。
- 本当は既に一度死んだはずのみだ。
- だから命は惜しくないしその覚悟もできていた。
- ラクスに付き従った時から、いつでも命を投げ出す覚悟を。
- ただ悔いが残るのはここでラクスも死なせてしまうことだ。
- キラとあの世で再会したら俺は怒られるぐらいじゃ済まんかもな、と状況に相応しくない、しかし彼らしいそんな暢気な事を考えて苦笑する。
- ダコスタはただ驚愕し、死期を悟ったように落ち着いている指揮官2人を交互に見つめるだけだ。
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- グフがライフルからビームを放つまでの瞬間、その数秒がとても長く感じられた。
- 周囲のザフト兵達もまるでスローモーションのようにビームがエターナルに伸びていくような錯覚を覚え、ただそのビームがラクスに死をもたらさない様にと無意味な祈りをすることしかできない。
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- と、どこからともなく小型の機械が飛んできてエターナルを取り囲む。
- そうしたかと思うと、グフの放ったライフルが届くよりも間一髪早くエターナルをビームの膜で包み、ビームがブリッジに直撃するのを防ぐ。
- その光を感じた後、痛みも熱さも感じなかったラクスは何が起こったのか確認しようとそっと目を開ける。
- するとエターナルがビームシールドに包まれているのが見える。
- ラクスは目を瞑っていたので当然だが、何が起こったのか理解できない。
- その光景を見ていたザフト兵も、評議会議員達も、"FOKA'S"の面々もその一瞬の出来事に驚く。
- パイロットの乗っていないグフも驚くはずはないのだが、まるで驚いたようにライフルを構えなおすとブリッジに向かってさらにライフルを連射する。
- 今度はビームとブリッジに間に小破したMSが突然割り込み、ビームシールドでその攻撃を受け止める。
- かと思うと腰のレールガンであっという間にグフを撃墜する。
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- その光景を見て、正確にはグフとの間に入ったMSの背中を見てラクスは思わず座席から腰を浮かせる。
- 左腕、右足はなく背中のスラスターも破損しているが、そのシルエットは間違いなくストライクフリーダムの物だったからだ。
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