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- ストライクフリーダムのコックピットの中。
- キラはバイザーの下で右目を包帯に隠していた。
- それとは逆の包帯に隠れていない左目できっと前を見据えると、苦しげな表情で歯を喰いしばりながら叫ぶ。
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- 「もう止めるんだ。こんなことをしても何も救われない!」
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- この憎しみの連鎖を断ち切らなければ、憎しみに任せて相手を撃ってはやがて自分の身を滅ぼしてしまうことに気付いて欲しいと、キラは必死に"FOKA'S"に訴えかける。
- かつてアスランと憎しみのままに戦い、深い悲しみしか残らなかったことを思い出しながら、それに気がついて欲しくて。
- だがキラの言葉は"FOKA'S"には届かない。
- ホドスとテツにとっては目的の獲物が餌に釣られてやってきたといったところだ。
- そしてホドスはキラを抹殺することが自分の呪いを解く唯一の鍵だと信じて疑わない。
- ストライクフリーダムを、キラを目の前にして激しい憎悪が内から湧き上がってくる。
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- 「ようやく出てきたなキラ=ヤマト。あの爆発の中で生きているとは、悪運が強いというか流石だな!」
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- 最高のコーディネータの力は凄いな、とホドスは皮肉を込めて言う。
- それは違うとキラは反論しようとするが、全身に走る激痛にさらに顔を歪めうっと言葉を詰まらせる。
- キラは顔に包帯を巻いているだけでなく、パイロットスーツの上から包帯を巻いたり、スーツも血が乾いた後のような赤黒い染みに染まっている。
- よく見ればストライクフリーダムも左腕、右足が無いだけでなく、ところどころ熱で溶解したように装甲の一部が拉げ、あるいは傷ついている。
- 呻き声はホドスにも聞こえ、その様子に最高のコーディネータと言えど核爆発に巻き込まれては無傷ではいられないか、と一人ごちると同時にこれはチャンスだと思った。
- ホドスはそのチャンスを逃すまいと素早く指示を出す。
- するとAPSの目が怪しく光ったかと思うと、それまで攻撃していたザフト軍のMSを離れ一斉にストライクフリーダムに方向を向いてライフルを構える。
- キラは痛みが落ち着くとその光景を冷静に眺める。
- そして切ない表情で、静かに"FOKA'S"に訴えかける。
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- 「それで僕を討ったとして、君達の何が変わる?僕が君達に成れないように、君達も僕には成れないんだ」
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- 成功作だからとか失敗作だからとかじゃない。
- キラは自分がどれだけ自分の存在を憎んだとしても、キラ=ヤマトという人間であることを否定できないように、彼らもまた己を否定することはできないのだ。
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- 「僕と君は異なる人間なんだ」
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- 君の命は君自身のものだ、とキラはまた叫ぶ。
- かつてクローンであるが故に、自分を持つことができなかった少年を思い出す。
- 彼らもまた同じだ。
- 実験の失敗作としてしか扱われてこなかったため、失敗作であるということ以外は自分の個性や特徴を全く認識することなく今に至っていることを悲しく思った。
- どんな産まれであってもその人にしかできないことがあって、だから人はこの世界で生きているというのに。
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- 「僕の失敗作だとか、いつまでも他人の言葉に振り回されていては駄目だ!」
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- キラは血を吐くような思いで"FOKA'S"に訴える。
- テツはキラの必死の言葉に弾かれたような表情を浮かべる。
- 元々キラを討つことには大した執着を持っていないテツだ。
- テツは恵まれた境遇でこそなかったが、キラの失敗作と呼ばれたことも、実験体としての痛みも知らない。
- "FOKA'S"のメンバーが口々にキラ=ヤマトへの憎しみを口にしていたが、テツには正直何故そこまでキラを抹殺することに執着するのかが理解できなかった。
- たとえキラを抹殺したとしても自分達が成功作になることはないのにとずっと思っていた。
- テツは自分が"FOKA'S"に所属していることに初めて疑問を持ち始める。
- だがホドスを裏切ることは今の自分には考えられない。
- MSに乗ることができないホドスのためにも、今は敵を撃つことに集中しなければと頭を振る。
- そして師匠でもあるホドスの指示に従い、またAPSの最後方に位置を取るが、テツは噂に聞こえる伝説のMSとの戦闘を想像し、不安と緊張が高まる。
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- 一方キラが"FOKA'S"に訴えかけている声は通信回線を通してザフト軍にも聞こえている。
- その様子を呆然と見つめていたラクスだが、やがて思い出したようにストライクフリーダムとの通信回線を開くようにダコスタに指示する。
- ラクスはキラが生きていたことに喜びが少しずつ込み上げてくる。
- 何とか冷静な表情を保っているが、早くキラに会いたいという気持ちでいっぱいだ。
- 何より自分の危機をまたも救ってくれたキラには感謝してもし足りない。
- その気持ちを必死で抑えながら指揮官としてまずは話をしなければならないことがあり、人前である限り普段の落ち着いた態度は崩そうとはしない。
- また無事だったとはいえあれだけの戦闘の後プラントに戻らずにいたのだ。
- キラなりに考えてのことだろうが疲労は溜まってるはずとラクスは考えた。
- ここからは自分に任せるように伝えるつもりだった。
- そういった交渉事はプラント最高評議会議長としての自分に課せられた仕事なのだ。
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- だが次の瞬間、ラクスの心は一転する。
- 映し出されたモニタには右半分を赤黒い包帯で顔を覆ったキラが映し出され、さすがにラクスも驚いて口元を押さえる。
- そして"FOKA'S"と話しながら苦痛に顔を歪めるキラを見て、キラに少しでも近づこうとするかのように宙を舞ってモニタに張り付きキラの名を呼ぶ。
- 良く見るとパイロットスーツもあちこち赤黒く汚れており、酷い怪我をしているのではとラクスは今までの自分の状況など忘れたかのようにキラの心配をする。
- だがキラはラクスの呼びかけには応えない。
- モニタが映ったことからも、キラにもラクスの声は聞こえているはずだが、キラは"FOKA'S"との話に必死になっている。
- そしてエターナルでもAPSがストライクフリーダムを一斉にターゲットにしたことが認識できた。
- その事態にラクスを始め、バルトフェルドやイザーク、ディアッカ、ヒルダらは少しでもキラの援護をと思うが、既に機体は損傷が激しく満足に戦闘をできる状態ではないため返ってキラの足を引っ張りかねない。
- そんなザフト軍を他所に、APSは一斉にストライクフリーダムに向かって突撃、あるいは射撃を開始する。
- キラは説得できなかったことに舌打ちをしながら残っている右手にライフルを構えて、背後のエターナルをチラリと見てから離れるようにAPSの方へと向かっていく。
- ラクスの呼びかけには応えなかったキラだが、頭の中にはラクスを守ることはしっかりと意識されていた。
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PHASE-28 「修羅の如く」
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- キラはペダルを踏み込んでAPSに近づくと、手にしたライフルで正確にAPSを捉えて撃ち落していく。
- 小破したストライクフリーダムでありながらまるでそれを感じさせず、普通のMSを相手にしているように簡単に撃墜していく様子に、ザフト軍が苦戦していたのが嘘のようだ。
- 評議会議員は突きつけられるように、キラの凄さが改めて際立っていることに溜息を吐かざるを得ない。
- そのまま数機撃ち落したところで調子を掴んだのか、ストライクフリーダムはさらに速度を上げて、螺旋を描くようにAPSの群れの中へ飛び込んでいく。
- その動きの中でAPSの激しい連続攻撃をかわしていき、機体をうまく回転させながら取り囲むAPSを全ての火力を駆使して次々と落としてく。
- 華麗とも言えるその動きにザフト軍はただ見とれるしかない。
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- だがAPSの攻撃を受けたわけでもないのに、突然キラが呻き声を上げる。
- そしてそのまま血を吐き、それがヘルメットのバイザーにベットリと付く。
- その痛みと衝動にレバー操作を誤り、ストライクフリーダムは右手のライフルを離してしまい、ライフルは機体の後方へと流れていく。
- キラが血を吐いたのを見てラクスは悲鳴の様にキラの名を叫び、もう止めてくださいと訴える。
- バルトフェルドもキラが予想以上に重症だと感づき、もう十分だと呼びかける。
- これ以上戦闘を続ければキラの命が危ない、そう感じた。
- だがキラは止めようとはしない。
- ライフルを離したことにしまったと呟きながら痛みを必死に耐えると、ビームサーベルをアンビデクストラ・フォームで抜いて、また螺旋を描きながら取り囲むAPSの懐に飛び込むように次々切り裂いていく。
- それは本当に怪我人が操縦しているのが、破損した機体を駆っているのが信じられない機動力を発揮して、APSを全く寄せ付けない。
- その光景にザフト軍はただ見とれるしかない。
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- そしてついにほとんどのAPSを撃ち落し、後方にいたポイズンへと近づく。
- その驚異的な戦闘力に呆気にとられたテツだが、APSはほぼ全滅したことを改めて確認すると自分がやらねばと奮起して背中にマウントされた大口ビーム砲を両脇に抱え、肩にマウントされたミサイルと共に放つ。
- それをストライクフリーダムは難なくかわすと一気にポイズンとの距離を詰める。
- テツは巡ってきた機会に少しの喜びと、明らかに格上の相手との戦闘に多くのプレッシャーがテツに圧し掛かる。
- そのプレッシャーを跳ね除ける様に雄叫びを上げると、今度はビームサーベルを抜いて近づくストライクフリーダムに挑みかかる。
- キラは痛みに必死に耐えながらポイズンの攻撃を受け止める。
- 数度ビームサーベルを打ち合ったキラだが、打ち合うたびにその衝撃が手に伝わり、痛みでまたレバーを離してしまいそうだ。
- しかしこれ以上武器を失っては流石のストライクフリーダムでも戦局は不利になる。
- 苦痛に顔を歪めたまま距離を取ると、ドラグーンを起動しポイズンを牽制する。
- テツはその四方八方から攻撃にストライクフリーダムのことなど忘れてかわすことに必死になる。
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- その間にキラは相手MSのシグナルを確認する。
- すると機体のシグナルはUNKOWNを示し、見た目の形状も明らかに1機だけ違う。
- その動きもキラの目から見て明らかにAPSとは異なる。
- ビームサーベルを打ち合った時に接触回線から声が聞こえたことからしても、メンデルの時と同様に特別な有人機だとわかる。
- 以前のオッディスの事を思い胸が痛むが、すぐに気持ちを切り変えてこのMSを止めることに全神経を集中させる。
- ドラグーンをかわすことに必死になったテツは隙だらけだ。
- まだ経験の浅いパイロットだなと思いながら、キラはその隙を逃さずサーベルを振るい、ポイズンの右腕を落とす。
- そこでまた腹から湧き上がってくるような激痛に血を吐き、思わず脇腹を押さえる。
- 抑えたところからは血が滲み出ていて、傷が開いたようだ。
- その間ストライクフリーダムは僅かに動きを止める。
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- テツは右腕を落とされたことにストライクフリーダムの強さを実感し、思わず呆けた表情になる。
- だがストライクフリーダムの動きが止まったことを認識すると、感心している場合じゃない、俺はこいつを倒すんだと鋭い目つきで前のめりになりながら操縦桿を握り締める。
- そしてポイズンは左腕にビームサーベルを持ち、ストライクフリーダムのコックピット目掛けてその切っ先を突き出す。
- キラは苦悶の表情を浮かべながらも、ポイズンの動きを視界に捉えていた。
- 何とか操縦桿を持ち直して切っ先から逃れるように機体を反らせる。
- だが腕に思うように力が入らず、その切っ先はストライクフリーダムの頭部を貫きコックピットのメインモニタが真っ黒になる。
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- その様子を見ていたエターナルでは、本当はキラがまともに戦闘できる状態でないことを誰もが察知する。
- 通信モニタには変わらずキラの姿が映し出されているが、ストライクフリーダムを動かすたびに表情を歪め、時に痛みに耐える様に体を抑えている。
- ラクスも愛しい人の痛々しい姿に人前で冷静な素振りを見せることも、周囲に気を配ることも出来なくなっていた。
- ラクスは形振り構わずキラの名前を泣き叫ぶ。
- ラクスの姿にエターナルクルー達も痛々しい気持ちでいっぱいになり、ラクスと一緒にキラの名を呼ぶ。
- だがキラにはその声は聞こえていない。
- 少し血を流しすぎたようだ。
- 意識も朦朧とし始め、気を張っていなければその場で気を失ってしまいそうだった。
- キラは歯を食い縛り、必死の形相でレバーを引いてポイズンの頭部をお返しとばかりに貫く。
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- テツはその衝撃に呻き声を上げるが、まだまだと叫び残った左の大口ビーム砲を構え、零距離の発射を試みる。
- だがキラは冷静にドラグーンを動かし、テツが仕掛けるよりも先に左腕と左足、左側のスラスターをビーム砲ごと撃ち抜く。
- その攻撃でテツの試みは絵空事に終わり、ポイズンもMSの形を既に成しておらず、武装も全て失ってしまった。
- すでに勝負ありだがテツにとってはホドスの思いも背負っての戦いなのだ。
- ホドスのためにも最初で最後のチャンスかも知れないこの戦闘では負けたことを簡単に認めるわけにはいかない。
- テツはポイズンの右足で横からストライクフリーダムの胴体へ蹴りを入れようとする。
- すでにハッキリと意識を保っていないキラだがポイズンのその動きには反射的にストライクフリーダムの左足を振り上げて、その足をもぎ取る。
- さらにそのまま、相手に自爆させないためにスラスターを吹かしてポイズンを上から見下ろし、背中のスラスターとバーニアを全て剥ぎ取るようにレールガンを放ち、ポイズンを完全に機能停止にする。
- 中を照らす電灯すら落ちたコックピット内でテツは操縦桿やペダルを無茶苦茶に触るが、ポイズンがその操作に反応することも動くこともなかった。
- そこでようやく敗れた実感と悔しさが込み上げて、テツの心を染めていく。
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- 「ちきしょー!!」
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- 絶叫しながらテツは涙を零して、目の前のコンソールに拳を叩きつけた。
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- キラの心の中には何故、どうしてこんな戦いをしなければという気持ちが駆け巡るが、話して止められない以上彼らが誰かを、何よりラクスを傷つけるのを止めさせるにはこれしかないと言い聞かせながら自分の存在を呪う。
- それでもまだ今はやることがあると気を持ち直すと、キラはポイズンが全く動かなくなったのを確認して、最後の力を振り絞って残ったナスカ級戦艦へとストライクフリーダムを移動させる。
- それを見ながらホドスは、テツを討ち取られた悔しさに声を荒げてストライクフリーダムに射撃命令を出す。
- だがメインカメラを失っていたと言っても、戦艦の攻撃ではストライクフリーダムを捉えることはできない。
- 右に左にストライクフリーダムは飛び跳ねるように戦艦の攻撃をかわす。
- しかし反撃しようとしたキラは視界がボヤケ始め、周囲がよく見えない。
- キラはかわしながら朦朧とする意識の中ほとんど感でドラグーンを放ち、しかしれおはは戦艦のエンジン、主砲のみを全て撃ち落す。
- ナスカ級戦艦が完全に沈黙したのを何とか確認すると、キラは張り詰めていたものが抜けたのか酷く疲れを覚え、眠気が襲ってきた。
- 起動したドラグーンを収めるとそのまま力なく背中のシートに体を預け目を瞑る。
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- ホドスは艦が全く動かなくなったのを理解すると、諦めたように溜息を吐いた。
- そして辛うじて生きているモニタを見れば、ストライクフリーダムの背後からそれまでAPSの攻撃を逃れていたザフト軍が拿捕すべく近づいてくるのが確認できる。
- その状況にホドスは自分の取るべき道を決める。
- 敗北はAPSが普通のMS相手のようにストライクフリーダムにことごとく撃墜されたところで既に悟っていた。
- だがキラを目の前にして、引くに引けなくなり、結局このような事態に陥ってしまった。
- こうなった以上、後は"FOKA'S"の秘密が漏れないように始末をつけるしかない。
- ホドスは落ち着いた様子で通信機を手に取るとテツへと通信を送る。
- 大破したコックピットの中に、ホドスの声が響きテツはハッと顔を上げる。
- だがそれに返事することはできない。
- 通信も受信するのがやっとのようだ。
- その状況を知ってか、ホドスは応えを待たずにテツに静かに語りかける。
- その声はとても穏やかだった。
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- 「テツ、俺はお前には他の"FOKA'S"に無いものがあると信じている。絶対命を粗末にするなよ」
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- そう言って通信を切ると、ホドスはシートの肘掛にあるスイッチを押す。
- するとナスカ級戦艦は怪しく光ったかと思うと、大きな爆発と炎に包まれる。
- 炎に包まれながらホドスは生まれて初めて苦しみから解き放たれた気がした。
- その解放感に微笑んで目を閉じ、テツの未来を案じたところで炎の中に全て消えていった。
- ホドスの言葉とその光景にテツは再び泣き叫ぶ。
- ただ自分の弱さとホドスの優しさが胸に痛かった。
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- そうして戦闘は終結した。
- ザフト軍に安堵と歓声が上がる。
- ずっとキラの状態にやきもきしながら見ていたが、ようやくラクスも安堵の息を漏らし、涙を拭いながらキラを優しく呼ぶ。
- 色々と思うこと話をすることはあるのだが、今はとにかく愛しいその人を労い、会ってその温もりを感じたかった。
- だがまだキラからの返事はない。
- もう一度キラの名を疑問符をつけて呼ぶが、どうにも様子がおかしい。
- 通信モニタを確認すると、そこには力なくシートにもたれ目を瞑っているキラが映っている。
- よく見ると赤い小さな水滴がコックピットの中を漂っている。
- バルトフェルドはその状況に慌ててキラの名を呼びながら、近辺のザフト兵にすぐにストライクフリーダムを回収するように叫ぶ。
- それを見て状況を理解したラクスも再びキラの名前を絶叫する。
- キラは薄れ行く意識の中でラクスが自分の名前を呼ぶ声だけは聞こえた気がしたが、応える気力もなく、それをよく理解しない内にそのまま思考は闇の中へと落ちていった。
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