-
- キラは暗闇の中に佇んでいた。
- ここはどこだろうと視線を漂わせるが、キラの姿以外は真っ黒で何も見えない。
- と、突然その闇の中から手が伸びてくる。
- その手は血と思われる赤で汚れ、あるいは皮がめくれ黒く焼けたりしたものだ。
- それは一つまた一つと手が現れ、やがて黒い壁一面を覆い尽くす。
- そして耳に響いてくるのはキラを憎む声。
-
- −数多の兄弟の犠牲の上に産まれた存在。−
- −誰にもわかってもらえない存在。−
- −世界にあってはならない存在。−
-
- その一つ一つがキラの心に突き刺さる。
- それから死んでいったかつての仲間の、自分は知らないおそらく自分が殺してしまった人達の恨めしげな、絶望に染められた表情が浮かんでは消えていく。
- キラは恐怖に慄き、耳を塞ぎ目を閉じしゃがみこんでその幻影を払おうとする。
- しかし耳を塞いでも、それは直接キラの頭の中に響いてきて、キラは肩で荒く呼吸をする。
- そんな中で聞き覚えのある一人の少女の声が一際大きく響き渡る。
-
- どうして私を守ってくれなかったの!
-
- その言葉と同時に周りの手と顔は消え、他の声は聞こえなくなる。
- 代わりに彼女の乗った脱出艇がビームに貫かれた瞬間と爆音がキラを取り囲むように、壁一面に映し出され頭に響いてくる。
- そのシーンをバックに燃えるような真っ赤な髪の少女が炎に包まれながら、悲しく恨めしそうな瞳でキラを見つめる。
- その瞳にキラの表情は恐怖に引きつり、激しい動悸を覚え、胸に痛みが込み上げる。
- 何とか弁明しようとするが言葉が出てこない。
- だが何を弁明しようとしているのかもわからない、できない。
- それはキラの心に深く刻まれた悲しい過去の記憶。
-
- −最高のコーディネータなら何とかしてよ!−
-
- その言葉がまたキラに重く圧し掛かる。
- もし本当にそうだとしたら何故自分はたくさんの人を守ることができなかったんだろう、自分は何のために存在しているのだろうかと。
- 無駄だとは思いながら少女を炎から救い出そうと必死に手を伸ばす。
- だがその足は前へと進んではくれない。
- そして手を伸ばせば伸ばすほど、少女の姿は離れていき、絶望感がキラ胸を支配する。
-
- −それだけの力を持っていながら、結局あんたは誰一人救えないのよ。−
-
- キラの心を見透かしたように、残酷な言葉が投げかけられる。
- そして少女が悲しい笑みを浮かべたかと思うと、その顔がゆっくりラクスへと変わり、恨めしげな表情でキラを見つめて炎の中へと消えていく。
- その光景を見たキラは恐怖と絶望に目を見開く。
- 守りたい人が、愛する人がまた目の前で失われていく。
- 結局自分は人を傷つけることしかできない存在なのだと。
- 再び訪れた悲劇を拒絶するように、キラは闇の中でうずくまり耳を押さえて絶叫した。
-
-
PHASE-32 「結ばれた想い」
-
-
-
-
- キラの視界は突然明るくなり、顔に微かに陽の光の温もりを感じる。
- ここはどこだろう、僕は死んだのかな、とうっすらと目を開きながらぼんやり考える。
- しかしまだ鮮明に瞼の裏に焼きついている光景に顔をしかめ、また目をきつく閉じる。
- だがキラは誰かに呼ばれた気がして再びゆっくりと目を開けた。
- ぼやけた視界に鮮やかなピンク色が飛び込んでくる。
- 視界がハッキリすると、そこには心配そうに覗き込んでいるラクスの顔が確認できる。
- ピンク色に見えたのはラクスの髪だ。
- ラクスの顔が認識できると長い時間眠っていたためかうまく声が出ず、かすれた声でラクスの名を呼ぶ。
- そしてまだ夢と現の境界がはっきりしないキラは思わず尋ねてしまう。
-
- 「ここ、は、天国?僕は、君を、守れな、かった?」
-
- 辛そうに漏れるキラのごめんねという謝罪の言葉が微かにラクスの耳に届く。
- ラクスは嬉し涙を目に浮かべながら首を横に振る。
-
- 「貴方が守ってくださったおかげで私も、そして貴方もまだちゃんと生きていますわ」
-
- ありがとうございます、とラクスは柔らかく微笑んで耳元に告げる。
- その言葉にキラはようやくさっき炎に包まれたのは夢だったんだと、心底ホッとした。
- だが自分がまだ生きていることには少し複雑な気持ちで、無表情にラクスの顔をじっと見つめる。
-
- 一方のラクスは先ほどまで随分と魘されていたため心配したが、キラが目を開けた時は本当に嬉しく思った。
- 意識不明の重体でプラントに担ぎ込まれてから1週間もずっと眠り続けていたため、キラが行方不明になってから、それこそ何年も久しぶりにキラが自分の名を呼んだ気がして心に暖かなものが込み上げてくる。
- もう目を覚まさないのではないかとずいぶん心配したが、取りあえずは無事だと確認できて安堵の息を吐き、これまで溜め込んでいた想いを堪えきれず涙が瞳から零れる。
-
- キラの思考はまだハッキリとしていないが、ラクスの泣き顔は見たくないと本能的に思い、ラクスの涙を拭おうと手を動かそうとする。
- だが腕の痛みに思わず呻き声を上げて顔をしかめる。
- 腕だけでなく全身も鈍く痛み、力もよく入らず、そこでようやくプラントを襲撃した"FOKA'S"との戦闘の後に気を失ったことを思い出して、ここはプラントで自分は治療を受けたのだと理解する。
-
- キラの仕草に気が付いたラクスが自分の手で涙をごしごし拭いてからキラの手をそっと握る。
- まだお怪我は治っておりませんから無理をなさらないでくさだい、と。
- それからしばらくじっと見詰め合う2人だが、やがてラクスが口を開く。
-
- 「お聞きしたいこと、それからお話したいことがたくさんあります」
-
- それまで浮かべていた笑顔が消え、真剣な表情でラクスが切り出す。
- キラもそれを受けて僕もと上半身を起こして答えようとするが、まだ体中包帯だらけで少し動いただけでも全身に痛みが走り、また呻き声を上げて顔を歪めてしまう。
- ラクスは少しだけ優しく微笑んで、キラのお話はまた今度にしましょうと言って布団を掛け直すとまた真剣な表情で、むしろ少し怒りを含んだような顔で切り出す。
-
- 「私は貴方がいない間、心配で心配で堪りませんでした。前々から思ってはいたのですが、キラは本当に人を心配させることばかりします。自分の気持ちを一人で抱え込んだり、勝手に居なくなったり。もうこんなにキラのことで心配して、胸を痛めるのは懲り懲りです」
-
- キラからすれば自分のことは棚に上げて、と反論したくなる言葉だがラクスは思いの丈をぶちまける。
- そしてラクスはキラに対して、まさに宣言する。
-
- 「ですから私は貴方の居ない間に決めました。私が本当に愛する人と共に生きていくことを。これから何があってもその人と寄り添って、支え合っていくことを。子供も授かりましたし、私はこれからは世界の平和を願いながら家族皆で幸せに暮らして生きたいのです」
-
- そこまで一気にまくし立てるように喋ったラクスは、これまでキラに対して思っていた不満をぶつけることができて、晴れやかな表情でにこりと笑う。
- 実際キラを想えば想うほど心が満たされ、同時に不安と寂しさが募る。
- 人前では常に冷静に凛と振舞うことを心掛けているラクスだが、キラのことにだけは冷静でいられない自分がいることを自覚している。
- キラは感情をあまり表に出さないのでまるで自分ばかりがキラを想っているようで、それが少し悔しい。
- ラクスとてプラントの議長でありアイドルであるが、一人の女性なのだ。
- 愛する者に対するこの気持ちはどうしようもない。
- 尤もキラに言わせれば同じようなことを言うのだろうが。
-
- 一方のキラは大人しくラクスの言葉を聞いていたが、明らかに衝撃を受けていた。
- それこそハンマーで頭を強く殴られたような。
- ラクスの話はまるで自分以外の誰かと幸せになります、と言っているようにしか聞こえなかった。
- 心配をかけた自分も悪いが、ラクスは自分を信じてくれているとどこか自惚れていた。
- 自分がラクスを強く想うのと同時に、ラクスも自分のことを強く想っていると。
- だが自分がプラントを離れたこの数ヶ月の間に、ラクスは心変わりしてしまったのだろうか。
- それとも本当は他に好きな人がいたが、自分の想いを知っていてを傷つけないために演技でもしていたんだろうか。
- やっぱり子供好きである彼女は、子供ができる可能性のある相手を選んだのだろうか。
- 色々な思惑がキラの頭の中をぐるぐる駆け巡る。
- いずれにしてもキラにとってはショックなことこの上ない。
- キラはラクスが幸せになってくれることを心の底から思っているのに、ラクスを祝福する言葉がどうしても出てこない。
- 自分は隣に居てはいけない存在だと思っていながら、隣に居たいと思う矛盾にキラ自身も戸惑いを隠せず、何よりラクスの言葉を信じられない、信じたくなかった。
- 混乱して物事を筋道を立てて考えられないキラは、言葉を紡ぐことを忘れ目を見開いて信じられない、嘘だと言ってくれといわんばかりの表情でラクスを見つめ返す。
-
- ラクスはそのキラの表情と反応に満足げな笑みを浮かべた後、お仕置きはこのくらいでよろしいですかね、と一人ごちる。
- それから私のお相手がどなたか気になりますかと尋ねる。
- キラは知りたいような知りたくないような複雑な気持ちだが、反射的に小さくコクコクと頷く仕草を見せる。
- そんなキラに一転して優しく愛おしい笑顔を向け、ラクスはキラの手を包み込むようにそっと握る。
-
- 「私は、ラクス=ヤマトとなりました。キラには内緒でキラのお嫁さんですわ」
-
- 悪戯っぽく笑ってキラに告げる。
-
- 「私はキラへの想いと共に、どこまでもいつまでも生きていくことを皆さんに誓ったのです。キラが私のことをどう想っていようとも、私が唯一にして最も大切に想う方はキラだけです」
-
- ラクスはキラの頬を労わるように撫でて、小さくキスをする。
-
- さらに驚くキラの思考は混乱の真っ只中にある。
- さっきは自分とは違う愛する人と共に生きていくと言っていなかったか。
- 子供もできて、家族で幸せに暮らすのだとか。
- なのに何故自分の妻になった等ということを言うのだろうか。
- 自分はラクスにからかわれたのだけなのか。
- 何が本当で何が嘘なのか、よくわからない。
- とにかくラクスに言われた言葉を一つずつ整理してみようと、全身の痛みを一瞬忘れるほどキラは必死に頭を動かす。
- だが短時間でそれらの整理がつくはずも無く、長い思考の末、ようやく呆けた表情で誰の子供、とだけ聞く。
- ラクスは愛おしそうにお腹を擦って笑うと、もちろん貴方との子供ですわと答える。
- そしてラクスは切ない瞳でキラに訴えかける。
-
- 「キラがどれ程のものを背負っていたとしても、それを私は変わりに背負うことはできません。ですがそんなキラを支えることが私にできる唯一ことなのです。もうキラの命はお一人のものではないのです。私とそして子供の未来も貴方と共にあることを忘れないでください。最高のコーディネータというからではありません。この世界でたった一人、キラは私の夫であり、この子の父親なのですから。貴方の存在は私達の未来に、幸せに必要不可欠なのです」
-
- そこでラクスは一息つくと、意を決して言葉を紡ぐ。
-
- 「キラはどこに居たいのですか?ここに居るのが嫌ですか?」
-
- 責めるでもなく静かにラクスは問う。
- それは不安を伴う質問ではあるが、ラクスにとって、そしてキラにとっても愚問だ。
- ラクスはキラに傍に居て欲しいと言い、キラはラクスの傍に居たいと心の底では願っている。
- そんな2人の答えは、本当はもうとっくに出ている。
- キラはゆっくり首を横に振る。
-
- 「ではもうどこにも行かないでくださいな。キラが居ない間、本当に寂しくて胸が張り裂けそうでした」
-
- キラの仕草に満足しながら、いない間のことを思い出したラクスは思わず辛そうな表情で言葉を紡ぐ。
- そんなラクスにキラは小さくゴメンと呟く。
- 苦笑しながらキラに欲しいのはそんな言葉ではありません、と言うとラクスは静かに歌いだす。
- キラへの想いを込めたあの歌を。
-
-
- どれほど遠く離れていても
- 声が届かぬ場所だとしても
- 貴方との愛を誓い合ったあの日々は
- 決して消えない記憶
-
- 目を閉じればいつでも
- 貴方の笑顔が浮かんでくる
- その笑顔が
- 凍えそうな心を暖めてくれる
- 挫けそうな心に勇気をくれる
-
- 私に唯一つできること
- 貴方を信じぬくこと
- それが希望への礎
-
- 心は常に貴方と共にある
- 果てしなく遠い場所で
- 限りなく傍に・・・
-
-
- どれほど出会えぬ日が長くても
- 体が闇に飲み込まれたとしても
- 貴方と未来を願ったあの約束は
- 決して色褪せぬ過去
-
- 耳を澄ませばいつも
- 貴方の声が聞こえてくる
- その声が
- 悲しみの朝を慰めてくれる
- 涙零れる夜を癒してくれる
-
- 私に唯一つできること
- 貴方を呼び続けること
- それが幸福<しあわせ>への道しるべ
-
- 想いは常に貴方と共にある
- 果てしなく遠い場所で
- 限りなく傍に・・・
-
-
- 私に唯一つできること
- 貴方をただ想うこと
- それが未来へ進む力
-
- 心はいつも貴方で溢れてる
- 果てしなく遠い場所から
- 限りなく傍で・・・
-
-
- 歌を聴き終わったキラの目からは涙が零れている。
- ラクスの想いは確かに、強くキラの心に伝わってくる。
- キラ自身本当に久し振りに泣いた気がする。
- 誰からも憎まれていると思っていた自分という存在にこんなに想ってくれる人がここに居るということに、もう本当に一人じゃないんだということに想いが涙となって溢れ出し止める事ができない。
- そんなキラをラクスは微笑みながら見つめている。
- その瞳で泣いても構わないと語りかける。
- それを受けたキラは自分もこんなに泣けるんだ、泣いてもいいんだと今更ながら気が付く。
-
- キラは本当はラクスに自分の過去を話してまたプラントを、ラクスの元を去るつもりだった。
- 否、元々はプラントに寄らず、"FOKA'S"を退けてラクスの無事だけ確認できれば、ラクスとは会わずに去るつもりだった、怪我で気を失ったりしなければ。
- 誰からも憎まれる存在である自分が傍に居ると、プラントにもラクスにも迷惑をかける、辛い目にばかり遭わせてしまうと。
- たくさんの人を殺して、たくさんの人に死なれて、真っ赤に血塗られたこの手を持つ自分はいつまでも生きていてはいけないんだと、まるであのヤキンドゥーエの戦いが終わったばかりに逆戻りしてしまったかのように、そんなことばかり考えていた。
- 自分という存在のために運命を狂わされた人達が居て、そのために苦しんでいることを知った時、それを止めることが使命だと、自分にしかできないことだと決めつけていた。
- 独りでそれに立ち向かうことが償いだと、一人で勝手に思い込んで。
- それが終わればこの世界から消えてなくなっても、と本気で考えていた。
-
- だが今、ずっと傍にいることで何があってもラクスを守りたい。
- 何よりラクスとこれらかもずっと生きていたいと、心からそう思った。
- ラクスがキラなくして生きていけないと思うように、キラもラクスなしでは生きることも戦うこともできないと思う。
- 何よりラクスに悲しい思いをさせないためには、自分は生き続けなければならないのだ。
- 何故そのことを忘れてしまっていたのだろう。
- 自分勝手なことばかり考えていたことを猛省し、これからはラクスと共に生きることを、ずっと傍にいることをキラは強く心に誓う。
- キラはラクスにそのことを伝えたいと思うが、想いが溢れ過ぎて言葉にならない。
- それでもこの想いを何とか伝えようと、顔を涙と痛みでくしゃくしゃにしながらもぞもぞと必死に動かすキラの手をラクスは優しく取りながら、キラが改めて見惚れる笑顔で、キラが心に想ったことがまるでラクスに伝わったように応える。
-
- 「私達はこれから何があっても常に一緒ですわ。この歌に込めた私の想いが貴方に届いたのなら、きっと永遠です」
-
- ラクスは穏やかに笑う。
- それがラクスの想いであり、キラの想いでもあることが今ようやく本当に通じ合ったのだから。
- ですからキラはもう少しお休みください、とラクスは優しく寝付けない子供をあやす様にキラの涙をそっと拭って髪をゆっくり撫でる。
- キラにはその声と感触がただ愛しくて心が満たされていく、それまでの苦しみが嘘の様に。
- その温もりに安心したのか、キラは再び眠りについた。
- 今度は穏やかな微笑を堪えた寝顔で、ラクスの手はしっかり掴んだまま。
- 眠る前に愛してると一言残して。
- その寝顔にラクスも満ち足りた表情を浮かべて私もですわと囁くと、掴まれた手を離すこと無く、再び歌を、キラを起こさないように小さな声で口ずさんだ。
-
-
-
-
― SHINEトップへ ― |
― 戻る ― |
― NEXT ―