-
- 突然目の前で起こった爆音と光に子供達の悲鳴が響き渡る。
- オーブ軍の戦闘を目の当たりにした子供達はパニック状態だ。
- ここの子供達のほとんどは戦災孤児だ。
- 戦争で親や兄弟を亡くし、行き場のないところをマルキオに保護された子供ばかりなのだ。
- そんな辛い体験を目の当たりにしてきて、それが再び目の前で繰り広げられ子供達の心の傷を抉っていく。
- 何よりこのままここにいることは子供達の命も危険だ。
- カリダは焦燥に駆られた表情で子供達を急いでマルキオ邸へと連れて戻り、地下の核シェルターに避難させる。
- だがシェルターに避難してほっとしたのも束の間、振動が度々シェルターを激しく揺さぶり、それが戦闘の激しさを物語る。
- その状況に恐怖し、すすり泣く子供達に大丈夫と声を掛けながらカリダは、何故オーブ軍がこんなところで戦闘を行うのか理由を考える。
-
- 子供達やカリダも先日のラクスの放送は聴いていた。
- ラクスの報告には驚いたが、キラとラクスが幸せになってくれることはずっと願っていたことで、そのことはとても喜ばしいことだ。
- だがキラが行方不明ということにキラのことは当然心配だが、ラクスはどれだけ辛い想いをしていることだろう。
- それを考えると胸を痛めたが、話の内容から恐れていた事態が起こったのではともカリダは感じていた。
- 人工子宮の研究で失敗作として産まれ、そう呼ばれた子供達。
- 結果としてそうゆう子供達が産まれてしまったことを、カリダは知っている。
- そんな子供達について、キラの実の母、ヴィアが彼らの心の傷を癒すことができないと嘆いていたことを思い出す。
- メンデルでの事件の後、キラとカガリはそれぞれの里親の元へと託されたが、それ以外の子供達のことはどうなったのか、生きているのかさえわからない状況だった。
- もしかしたら彼らが生きていて、時を経て、力を蓄えて憎しみをキラにぶつけようとしているのではないかと。
- キラは誰にも迷惑を掛けたくないと一人、彼らと対峙しているのではないかと。
- 自分の息子は一途なほど頑固で、時々独りで悩みを抱えてしまうことを母はよく理解している。
- そんなキラがカリダは心配でたまらない。
- そしてカリダは今はそのために自分が狙われているのではないかと感じており、沈痛な面持ちでただ戦闘が早く終わることを祈ることしかできない、キラの無事を祈ることしかできない自分がもどかしく、苦しい思いに囚われていた。
-
-
PHASE-38 「駆け抜ける光」
-
-
-
-
- 戦闘は熾烈を極めた。
- キサカとジェフがそれぞれの自軍に必死に指示を飛ばすが、MSが空母がAPSの前に次々と成す術なく沈んでいく光景に歯噛みするしかない。
- 最初にキラに落とされて以降、"FOKA'S"でもプログラムの改良を試み、その時よりもさらに行動パターンのバリエーションと戦闘力の向上が図られており、対応OSを積んでいないオーブや地球軍のMSではとても太刀打ちできるものではなくなっていた。
- それでも怯むことなく果敢に攻め、数機のAPSを落として突破を許さないオーブ軍、地球軍の兵士を無力と責めることはできない。
-
- しかしそんな戦闘の最中、健闘虚しくついに1機のバビが防衛網を突破して島の上空へと到達する。
- バビは空中を一度旋回して、島の映像を母艦へと転送する。
- その情報はブルアーにも伝えられ、そこに映った小屋を攻撃するように指示を出す。
- ブルアーは事前に受けた情報で小屋の下に地下シェルターが設けられていることを知っており、カリダ達はそのシェルターに避難してるはずだと当たりをつけたのだ。
- いくら地下シェルターが強固なものでも、MSの攻撃を立続けに受ければ長くは持たない。
- ブルアーの入力指示に従いバビはライフルを構えて小屋をターゲットに捉える。
- そしてその銃口に光が集まる光景に、キサカは自分達の無力さをひどく嘆き、これから起こる悲劇を思い描き目と耳を塞ぎたい衝動に駆られそうになった。
-
- それは時間にしてほんの一瞬だった。
- ライフルからビームが放たれるまさにその瞬間にバビを貫く一筋の光が走り、突然その手にもったライフルとバビは、爆音と共に黒煙と炎へと姿を変えた。
- 上空から突如降り注いだビームがバビを破壊したのだ。
- キサカ達もブルアーも何が起こったのか一瞬理解できなかった。
- バビを破壊したビームはオーブ軍のものでも、地球軍のものでもなく、あらぬ方向から飛んできていた。
- 誰もがビームが放たれたと思われる方角を仰ぎ見る。
- すると太陽を背に1機のMSがこちらに接近してくるのが確認できる。
- その機体は背中の翼を目一杯広げて立ちはだかる様にマルキオ邸の上空に舞い降りる。
- それはキラの駆るシャイニングフリーダムだ。
- プラントから一直線にオーブを目指したキラは、間一髪のところで間に合い、バビをビームライフルで撃ち落したのだった。
-
- 「こちらはシャイニングフリーダム、キラ=ヤマト、援護します」
-
- 突然現れた見慣れぬMSから聞こえてきた通信に、キサカは驚きと安堵の感情が入り混じる。
- キラがプラントに戻ったという内容はオーブにも伝わっていたが、まだ重症の時の情報しか届いていなかった。
- そんな彼がMSに乗って現れたことによる驚きと、傷が回復したのだということが確認できた安堵だ。
- 音声から遅れてモニタにキラの顔が現れたとき、それは確かなものになる。
- 一方通信モニタを接続したキラはオーブ軍の指揮官がキサカだと分かると、モニタの向こうで小さく頭を下げて感謝の意を表す。
-
- 「母さんを守ってもらってありがとうございます。後は僕が引き受けます」
-
- そう言うとキラはすぐに感覚を研ぎ澄ませて、爆炎と黒煙で充満した戦闘空域に飛び込む。
- キラの言葉を聞き、光を放つ機体の背中を見て、キサカはキラがまた一つ成長したことを感じて不思議と嬉しさが込み上げる。
- 同時にもう大丈夫だという確信が、キサカがこれまで張り詰めていたものを一気に緩めていた。
-
- 同じ頃、ブルアーは突然現れたMSに驚きながらも、フリーダムによく似たあの機体に乗っているのはキラだということだけはすぐにピンときていた。
-
- 「あの機体を集中的に攻撃しろ。他の雑魚は無視してとにかくあれを落とせ」
-
- 飛んで火に入る夏の虫とばかりに、ブルアーはシャイニングフリーダムをターゲットに絞るように指示を出す。
- あれにキラが乗っているのならば、それを討つことは"FOKA'S"最大の英雄になることを意味している。
- 野心のあるブルアーにとってそれは願ってもないチャンスだ。
- 入力を受けたAPSは対峙していたムラサメやウィンダムに背を向けるように反転すると、シャイニングフリーダムに向かって加速する。
- そして全ての銃口がシャイニングフリーダムへと向けられ、一斉に火を吹く。
- だがその攻撃はかすりもしない。
- キラは冷静にその攻撃を視界に捉え、確実にあっさりとかわしていく。
- 青いドラグーン其の下に見え隠れするスラスターが、シャイニングフリーダムが加速する度に黄金に輝き、光の尾を空に描く。
- バビの集中砲火を、機体を自在に操り光を撒き散らしながら難なく避ける鮮やかな光景に、その場にいた者はただ見とれるしかない。
- まるで踊りでも踊っているように軽やかに攻撃をかわすシャイニングフリーダムは、攻撃を前転しながらかわしたかと思うと、攻撃が止んだ僅かの隙に頭を下にした格好で全ての砲口から攻撃を放つ。
- その全てが的確に相手を捉えてあっと言う間に10機ものバビが鉄屑と化す。
- 続けて海中から発射されたミサイルを捉えたキラは、そのミサイルをビームサーベルで切り払うと、すかさず両手のグレネードミサイル、腰のレールガンを放ち、海中のゾノを撃ち落す。
- ゾノの爆発が巨大な水柱をつくり、その飛沫が雨の様にまだ何とか残っているオーブ軍、地球軍の空母やヒポコリシに降り注ぐ。
- その間もシャイニングフリーダムは高速で空を駆け抜け、光が迸る度にバビが、ゾノが炎を上げていく。
- それは時間にして僅か3分程で、やがて全てのAPSは海の底へと消えた。
-
- その光景をブルアーは夢でも見ているのではと思うほど、呆然と見つめていた。
- バビ、ゾノ合わせて50機ものAPSを僅か3分で全滅させるMSなど、計算上は有り得ない事だ。
- だが目の前にそれを成し遂げた相手が居る。
- そして自分はその相手をたった一人で倒さなければならないという状況になっている。
- その状況にある種の恐怖に気が動転しながら、特攻のするかの如くビームサーベルを振りかぶってシャイニングフリーダムに切りかかる。
- しかしその攻撃はAPSに比べれば、スピードも正確性も欠いていた。
- その攻撃も冷静に見ていたキラは後ろに飛んで難なくかわし、一度大きく距離を取ると、ビームサーベルを抜いてヒポコリシと擦れ違う様に機体を滑らせる。
- かと思うとヒポコリシの右腕がサーベル共々宙に舞う。
- ブルアーには切り落とされた瞬間が見えなかった。
- ただ擦れ違った時に何か音が聞こえたと思ったら、右腕が宙を待っているのが視界に入っただけだ。
- それを見たブルアーは圧倒的な力の差にただ驚き、どうしようもない絶望感がその背に圧し掛かる。
- ブルアーにとってシャイニングフリーダムの、キラの登場は予想外だった。
- 否、キラを誘き出す作戦である以上ある程度予想していたのだが、新しい機体とその力はセイから送られたデータを遥かに凌駕している。
- それをもとに準備した戦力では、とても太刀打ちができるレベルではないのだ。
- そんなブルアーの思考を余所に、キラは擦れ違った上空でくるりと旋回すると再びヒポコリシに接近し、今度はその眼前で止まったかと思うとその四肢と頭をあっと言う間に切り落とす。
- それから後方に回ると足首のヴェスバーを撃ってスラスターを破壊する。
- ヒポコリシは完全に沈黙し、コックピットからの操作の一切を受け付けなくなった。
- ブルアーはあまりにも簡単に敗れたことに未だ敗北を理解できないまま、ただ呆然と状況にながされるだけだった。
- ヒポコリシのあっと言う間の撃墜劇を見た潜水母艦も、シャイニングフリーダムの圧倒的な力に恐れをなして、乗組員達はアッサリ投降の意志を示し、戦闘は終了した。
- それを横目で確認しながら、コックピットの箱だけになり海に向かって落下するヒポコリシを、キラは拾い上げるように掴むと、それを持ってキサカの乗る空母へと降り立つ。
-
- 「こちらのパイロットの保護をお願いします」
-
- そう言ってヒポコリシの胴体を空母の甲板に置く。
- 他の人間同様シャイニングフリーダムに見とれていたキサカはそこでハッとして、すぐにパイロットの拿捕を指示し、銃を構えたオーブ兵がヒポコリシを取り囲み、やがてコックピットから引きずり出されたブルアーに銃口を向けながら艦内へと連れて行く。
- その作業を見守ってから、キラは地球軍艦隊にも通信を送る。
-
- 「こちらはシャイニングフリーダム、キラ=ヤマトです。地球軍艦隊の皆さん、オーブ軍を援護してくださってありがとうございます」
-
- キラは素直に感謝の意を示す。
- それは偽らざるキラの気持ちだ。
-
- 一方のジェフは初めて目の当たりにした伝説のフリーダムの力に、ただ唖然と見とれるばかりだった。
- そしてMSからの通信モニタに映った男は、まだ少年期を脱したばかりかというような若者であることにさらに驚く。
- この青年が噂に名高いヤキンドゥーエの戦闘で活躍したパイロットならば、その当時はまだ少年と呼べる年齢のはずだ。
- そんなことを半信半疑に思いながら、それを確認することは憚れた。
- 万が一にも彼が敵に回っては今度こそ地球軍は全く太刀打ちできないだろう事実に、自然とキラに対して畏怖の気持ちを抱き、キラの機嫌を損ねることはしたくないと考えたからだ。
- それもあってジェフはキラからの通信に些か緊張気味に応える。
-
- 「私はオーブに借りを返しに来ただけだ。尤も今度は君に貸しができたようだが」
-
- オーブ軍と協力しても歯が立たなかった相手を1機で、それもたった3分で全滅させてはその力を認めざるを得ない。
- 圧倒的過ぎて逆に清々しいくらいだ。
- ジェフは素直にキラの力を認めた上でそう返す。
- だがキラはやんわりと否定する。
-
- 「僕が間に合ったのは貴方々が必死に彼らを食い止めてくれたからです。そうでなければ僕は母さんを守ることすら叶いませんでした」
-
- 貸し借りはありませんよと、穏やかに笑う。
- その言葉がジェフに気付かせる。
- 伝説のパイロットであっても同じ人間だということを。
- そして彼が、母親を守るために死地に飛び込むんできたという事実に、コーディネータに対する考え方が大きく変わったのをハッキリ認識する。
- ジェフは改めてカガリに言われた事が理解できた気がした。
- そしてキラに対しては好感のイメージに変わった。
- キラがフリーダムのパイロットであることに、何故か納得していた。
- そんな自分自身を苦笑すると、ジェフはキラに対して改めて感謝する。
-
- 「ならば良かった。我々こそ君に感謝する。それと、母親を大事にしろよ」
-
- そうキラに付け加えてジェフはにやりと笑うと地球軍に撤退を命じて、地球軍の艦隊はその場から去っていく。
- 艦隊が水平線の彼方に消えるまで、キラもキサカも彼らに感謝の意を込めて敬礼を送り続けた。
-
-
*
-
- とてつもなく長い時間だったような、あっと言う間に時が経ったような不安定な感覚の中で、あれほど続いていた振動が治まったことに一人の子供が気が付いた。
- 言われてカリダもそれに気が付き、戦闘が終わったのかも知れないと外の様子を確認することにした。
- そしてカリダらは恐る恐るシェルターの扉を開ける。
- するとその扉の前には夕日を背に1機のMSが佇んでいる。
- そのMSにカリダは警戒心を強めて、またすぐに扉を閉められるように手をかけ、子供達は怯えてカリダの背に隠れるように回るが、コックピットらしき所のハッチが開くのが見える。
逆光でよく見えないが、そのMSから一人のパイロットがラダーに足を掛けて降りてくるシルエットが見える。
- そして大地に降り立つと、ゆっくりとカリダの方に向かって歩み出す。
- 未だ厳しい表情でカリダはパイロットを睨みつけるが、パイロットは臆することなく近づき、その手がヘルメットへと上げられた。
- カリダと子供達は恐怖に反応するが、その手はゆっくりとヘルメットを頭からはずし、その顔が露になる。
- ヘルメットの下から現れた人物の顔を確認して、カリダは驚嘆の声を漏らす。
- そのパイロットとはキラだった。
- 子供達もパイロットがキラだとわかると恐怖を忘れて我先にと駆け出し、久しぶりに会う優しいお兄ちゃんに嬉しそうに飛びついていく。
- そんな子供達一人一人に優しく声をかけてから、ゆっくりと子供達の間をすり抜けて歩を進め、キラはカリダの前に立つ。
- カリダはじっと佇んだまま、涙で潤んだ目でキラを見つめる。
-
- 「ただいま」
-
- キラは静かにその一言だけを告げる。
- 照れたような、少しだけ困ったような笑顔で。
- キラはもっと他にも言いたいことがあったのだが、いざ本人を目の前にすると気恥ずかしさも込み上げてきて言えなかった。
- ただその一言に無事で良かったという思いと、心配をかけてゴメンという思いを込めた。
- カリダにはそれだけで十分だった。
- カリダもキラが戻ってきたら心配をかけたことを怒ろうと頭の中では考えていたが、いざ自分の息子の無事な姿を目にして、その息子に危機を救ってもらった事実と彼の苦しい思いを察して、カリダはそれらの言葉が口からは出てこない。
- 代わりにキラの思いに応えるように、カリダも一言だけ言葉を返す。
- キラにとっても、母親のその一言は充分過ぎるほどの答えだ。
-
- 「おかえりなさい」
-
- その一言を言った途端、堰を切ったようにカリダの目からは涙が溢れてくる。
- キラが無事だったことに心から安堵して、その想いがどうしようもなく溢れて涙を止めることができない。
- その姿を見たキラは手が触れられるところまで歩み寄ると、小さくゴメンと呟いて子供の様に泣きじゃくる母親をそっと抱きしめる。
- カリダはそんなキラの行動に心の中で驚きながら、久しぶりに会った息子の成長を感じて素直に喜び、同じように自らの腕をキラの背中へと回す。
- そのまま親子は互いの絆を確かめ合う様にしばらく抱きしめ合う。
- その様子を子供達もキサカも、暖かな気持ちで見守っていた。
-
-
-
-
― SHINEトップへ ― |
― 戻る ― |
― NEXT ―