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- いよいよだ、もうすぐ全ての準備が整う。
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- セイは濃い青色のパイロットスーツに身を包み、MSのコックピットの中で物思いに耽っていた。
- ザフト軍の調査網は日に日に厳しくなるばかりで、このところなかなか思うようには準備を進めらなかった。
- だがようやく後少しで全ての準備が揃うところまできて、セイは緊張した面持ちで目を閉じている。
- 緊張の理由は単にそれだけではない。
- 自身が久しぶりにMSに乗って戦場に飛び出すからでもある。
- 普段は冷静に状況を見極め判断するセイも、流石に湧き上がる興奮と緊張を抑えることができない。
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- 元々一般兵士としてザフト軍に入隊したセイだが、過去に起きた戦争ではいくつもの戦果を上げてきた。
- メサイア攻防の折には、クライン派として密かに"FOKA'S"メンバーを率いる隊長として、ザフト軍と激しい戦闘を繰り広げている。
- それはデュランダルの提唱したデスティニープランは、セイを始めとする"FOKA'S"メンバーにとっては許しがたいものだったからだ。
- キラの存在を知る以上、それはキラに敵わないと知れと言っているようなものだからだ。
- そしてデュランダルもメンデルの研究者であった以上、彼らの標的の一人だ。
- 自らの目的を果たすためには何が何でも討たねばならない。
- そのためにキラと共闘することになってもそれと戦い、その障害を取り除きながらここまで少しずつ準備を進めてきた。
- あの時耐えた屈辱も、全てはこれからやろうとしていることの地ならしとでも言うべき出来事だった。
- いや、あの出来事があったからこそ、今ここまで来れたといっても過言ではないだろう。
- 国防委員長にまでのし上がり、プラントでの権力を手に入れることができたのだから。
- その間にキラへの憎しみを隠し、衝動的な攻撃を抑えることはなかなか大変ではあったが。
- そんなことを考えながら、月を見下ろすナスカ級戦艦のドッグの中に佇むMSの中に、今セイはいる。
- 背中に悪魔を連想させる翼を持ち、手にした鎌と尖った手足が死神を彷彿とさせるそのシルエットが見る者に恐怖を与える、X3-007S-"Faust"、それがセイの愛機として開発された"FOKA'S"最新鋭の機体だ。
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- 「全てのAPSの準備が整いました。いつでも発進できます」
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- そこへオペレータから通信が届く。
- その報告を聞いたセイは意を決して目を開くと、操縦桿を強く握り締めて発進の指示を出す。
- 指示を受けたオペレータは素早くキーボードに打ち込むと、ブルのモノアイが赤く光り、次々と艦から発進していく。
- 全てのAPSブルが発進したのを見守ると、セイは最後に目の前のバイザーに映る月を見つめながらレバーを引く。
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- 「セイ=ミヤマ、ファウスト、発進する」
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- その掛け声と共に、世界に破滅をもたらす力が野に放たれた。
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PHASE-40 「ファウスト」
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- いつからそんなことをされていたのか、いつからそんな風に呼ばれていたのかもわからない。
- ただセイが物心ついた時には既に、体中にいくつもの機具を取り付けられ、激しい苦痛に必死に堪える日々ばかりだった。
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- −能力的にはそれなりのものを備えているようです−
- −髪と瞳の色はこちらが意図したものと違う−
- −思考能力を司るDNAは予想とは異なる−
- −失敗作だが貴重な実験体だ−
- −これを使って原因を究明するんだ−
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- そんな周囲の大人達の言葉が聞こえる。
- そこにセイを気遣う気持ちは欠片も見受けられない。
- そんなセイの感情を支配するのは痛い、苦しい、怖いといったネガティブな暗い感情ばかりだ。
- セイはその苦痛と恐怖から逃れようと、幼いなりの必死の抵抗を試みる。
- だが誰もセイの必死の訴えに気が付かない、気付こうともしない。
- むしろそんなことを言おうものなら激しい叱責が飛んでくる。
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- −失敗作が生かしてもらえるだけでもありがたいと思え−
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- だが幼いセイには自分が何か悪いことをしたのか、全く理解できない。
- 自分は何も悪いことはしていないはずだ。
- しかしそれも笑いの大人には意味を成さず、セイは常にそれらに怯えて耐える事でしか生きる術を持たなかった。
- 毎日が痛みと苦痛との戦いで、泣かない日はなかった。
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- そんな中で一人の男の子と知り合いになった。
- 男の子は人懐っこい笑顔で、僕はサッシュと名乗った。
- 同じ人工子宮から産まれた失敗作と呼ばれる存在であり、同じ年齢、同じ境遇の中にあって仲良くなるのにそんなに時間は掛からなかった。
- 実験の被験体となる時以外はいつも行動を共にし、お互いに励まし合い、支え合った。
- ささやかではあるが大人になった時の夢も持つようになり、小さな幸せを知るきっかけにもなっていた。
- 2人はいつまでも友達でいようと約束を交わした。
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- だがある日を境にサッシュの姿が急に見えなくなった。
- いつものようにセイが実験に堪えながら宛がわれた部屋に戻ってくると、そこにいつもある姿がなかった。
- 最初はいつもよりも実験が長引いているだけだと思っていたセイだが、何日も戻ってこない状況にどこへ行ったのかとか、いつになったら戻ってくるのか、ということに不安を覚えるが、いつかまた会えるという思いを支えに、また孤独に苦痛に耐える日々が続く。
- その出来事があってからセイは、時々自分よりも幼い子供が施設にやってきてはいつのまにか姿が見えなくなるということが度々起こっていることに気が付いた。
- 十数人もの子供達と共用の部屋で夜は過ごしていたのだが、時々知っている顔がその男の子のように居なくなっていることに気が付いたのだ。
- 思い返せば初めてこの部屋に入れられた時から知っている顔が時々居なくなり、新しい子供が入ってきていた気がする。
- そのことが気になったセイは子供達がいなくなる原因を突き止めようと、子供らしい好奇心で研究所内の探検に出る。
- 簡単にはいかなかったが、何度目かの挑戦でようやく部屋を抜け出すことに成功すると、自分が見たことも無い部屋の扉を見つけ、冒険心にわくわくしながらその扉を開ける。
- しかしその冒険心、好奇心を後悔するものを、そこでセイは見てしまった。
- 見るも無残に変わり果てた、旧友やいなくなった子供達の姿を。
- 暗い部屋の中に半目を開いた状態で、ガラスの容器に満たされた液体に浸されている子供達。
- 実験の末に命を落とし、それでも尚そのDNAを解析しようと保存された生命活動を行っていない肉の塊。
- その中の一つにサッシュを、いやサッシュだったものが収められたガラスケースを発見し、セイの表情は恐怖に歪み、絶望の悲鳴が響き渡る。
- いつか自分もここの仲間入りをするかもしれないという怯えがセイの胸を押し潰そうとする。
- 同時に自分はこんな風にならないようにと、生きることに対する強い執着心が芽生えた。
- それからのセイは実験に無表情に耐え、生き残るために必死に大人達に都合のいい道具の役割を演じた。
- 心の中では涙を流し、少しずつ研究員達への憎悪を増やしながら。
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- それからしばらく経ち、自分を取り巻く研究者達が居なくなり、苦痛を伴う実験も止んだ。
- 研究所内はついに人工子宮から成功体が産まれたということに湧きかえっていた。
- 結果、もう失敗の原因を調査する必要はないと誰もセイに見向きもしない、相手をする者はなかった。
- セイの日常は白く狭い、何も無い部屋に閉じ込められて寂しい日々を、膝を抱えて堪える日々に変わった。
- 最初は苦痛がなくなったことにホッとした気持ちもあったが、来る日も来る日も独りで狭い部屋の中で過ごしていることは、ある意味今まで実験体として色々検査されることよりも苦痛でもあった。
- 今度はとてつない孤独感がセイを押し潰そうとしていた。
- 同時に激しい嫉妬の感情がセイを飲み込む。
- ほんの少しだけDNAが違うだけで、自分は失敗作としてひどい扱いを受けているのに、キラは成功作としてもてはやされている、例え実験道具としてでも自分には生きる価値があるんだと思えていたものが、所詮キラには敵わないことに。
- そのことを知った時、キラへの憎しみが育つのに時間は掛からなかった。
- いつかキラよりも自らが優れていることを示すことでキラを絶望の底へ突き落とすということを、自分と同じ目に遭わせてやるということをセイは子供心に誓う。
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- そして運命の日。
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- 突然研究施設内で爆発が起こった。
- キラの存在を聞きつけたブルーコスモスが、研究所を襲撃したのだ。
- 銃を乱射しながら研究所内を駆け回る男達、その凶弾に次々倒れていく研究所員や生き残った子供達。
- それはまさに地獄絵図のような光景だ。
- 所々火の手も上がり、所内を煙が満たしていく。
- その煙はセイの部屋にも入り込み、死の恐怖に駆られたセイは必死にドアを叩いて助けを請うが誰も助けに来てはくれない。
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- その時また大きな爆発音が鳴り響く。
- 爆発の衝撃で壁の一部が崩壊して、奥へ通じる廊下が顔を覗かせる。
- それを見たセイは考えるよりも先にその穴から部屋を抜け出し、とにかく必死に走った。
- どこをどう走ってきたかは覚えていないが、気が付けばメンデルの港口まできていた。
- 襲撃を逃れた研究員達がシャトルに乗り込み、メンデルを脱出しようとしていた。
- セイはその人込みの中に紛れ込み、シャトルに乗り込むことが出来た。
- 自らの命を守ることばかり考える研究員達は、セイが紛れ込んだことに誰も気にも止めなかった。
- セイは部屋の片隅で怯えながら、ただ生き延びて、そんな大人達に復讐することだけをひたすら考えていた。
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- そのシャトルで何とか無事にプラントに着いた時、セイは生まれて初めて心の底から笑った。
- 一緒に逃れてきた研究員達の話を、残された人間は全滅したという話を聞いて、優越感に浸ったからだ。
- 失敗作と言われても自分は生き残り、成功作と言われたキラは死んだ。
- 生きている者が結局優れているのだと、その時のセイは確信を持った。
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- それからセイは生きる術を求めてザフト軍に入り、すぐにその頭角を現す。
- MSの操縦技術は部隊でも随一で、所属隊のエースとして第1次ヤキンドゥーエ戦では大きな活躍を見せた。
- その功績を認められて小部隊ではあるが戦争終盤にはその隊長に任命されるまでになった。
- セイは次第に生きる糧を成り上がることから得るようになり、ようやく人生の楽しみや幸せを感じられる余裕も出てきていた。
- そんな最中、血のバレンタインを引金に起こった戦争も佳境に入った頃、セイはキラが生きていることを知る。
- それもフリーダムのパイロットとして。
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- ブルーコスモスの襲撃事件でキラは死んだものと、セイは思っていた。
- セイは自分の方が生き残ることができたことに、キラよりも優れた力があるのだと思い込んでいた。
- それだけにキラが生きているということは、セイの自尊心やこれまで築いてきたものを足元から崩れていく感覚をもたらす出来事だった。
- そのことはセイの心に影を射し、キラを抹殺することはすぐに最重要事項になった。
- そして始まった2度目のヤキンドゥーエの戦闘ではセイは真っ先にフリーダムの位置を確認すると、キラを討つべく戦いを挑んだ。
- しかしキラとフリーダムの力は強大で、太刀打ちできるものではなかった。
- 乗っていたシグーはコックピットだけを残して、呆気なく戦闘不能の状態に追い込まれる。
- そのコックピットの中でセイは悔しさに歯軋りをしながら、悠然と去るフリーダムの背中を見て絶望した。
- 自らの存在の力の無さとそんな自分を産み出したこの世界に。
- そしてセイは憎しみの篭った顔を上げると、大きな決意でまだ続く戦闘の光を見つめていた。
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- 突然の襲撃に月面基地に居たザフト軍は慌てて防衛体制を取る。
- だがここはブルーコスモスの戦力調査等を行っているだけで、ザフト軍の基地として使用していないため、調査のために駐留している部隊しかいない。
- "FOKA'S"にとって戦略的価値もないと踏んでいたという油断もあり戦力不足は否めず、満足な防衛網を張ることはできない。
- それでもAPSブルとセイのファウストの部隊よりもMSの数は多い。
- そして既にここのザフト軍にもAPS対応OSがインストールされているため、迎撃は可能だと指揮官は判断した。
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- 間もなく戦闘は開始され、APSブルは手強い相手には違いなかったが、それでもザフト軍は優勢だった。
- もうAPSだけではザフト軍を牽制することも難しくなっていた。
- セイはそのことに僅かに苛立ちを感じるが、それらは予想していた範囲内の出来事だ、そのタイミングが少しばかり早いだけで。
- そんなことを考えながらAPSを一旦下がらせると、自らその最前線に飛び込む。
- そしてセイは感覚を戦闘に集中させると、体の奥底から何かが弾ける様な音が聞こえた気がした。
- それから感覚が普段よりも研ぎ澄まされ、モニタに映し出される映像や音声がクリアに、スローモーションのように感じられ、その全てを精密に捕らえる。
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- それはキラやアスラン、シンが戦闘中に持つ感覚と同じものだ。
- 尤もセイはそのことを知らない。
- セイにとって初めての感覚だが不思議と違和感はなく、むしろMSと一体になったような感覚は心地良いくらいだ。
- 迫るゲルググの攻撃をいとも簡単にかわして、正確に撃ち落していく。
- とはいえザフト軍も数は多い。
- ビームライフルで1機ずつ落としていては効率も悪い。
- セイはそう判断すると、背中の翼の下に格納されている小型のビット機を飛ばす。
- 目を閉じて意識をビット機の一つ一つに通すように、そのコントロールを頭の中にイメージする。
- そして一気に吐き出すように目を見開いて攻撃のイメージを解放すると、それらの先端からビームが迸り、瞬く間に10機ものゲルググが宇宙の藻屑と化す。
- 初めてのドラグーンシステムに肉体的なものではなく精神的な疲労感がセイを襲うが、今はそれがほどよい疲労感を感じさせる。
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- 調子に乗ったセイはさらにそのドラグーンシステムで次々と防衛にあたるザフト軍のMSを撃墜し、ほとんど全滅状態まで追い込むと、APSを率いて基地内へと侵入する。
- そして月基地の奥にしまわれているある物の存在をセイは確認する。
- まだ国防委員長だった時に得た情報を頼りにしていただけに不安もあったのだが、それを見たセイは口元に笑みを浮かべると、APSにそれらを運び出すように指示を送り、APSブルはそれらの作業を的確に始める。
- そられを全て運び出したのを確認すると、セイは基地から離脱しながら通信を送る。
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- 「メル、作業は完了した。後の清算をしろ」
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- その通信は月の遥か上空で待機するMSに届く。
- X3-008S-"Ruin"、血を彷彿とさせる濃い赤色の機体の名前だ。
- そのコックピットで通信を受けたメル=ストルノアは冷め切った表情で、だが激しい憎悪を映し出した瞳で遠くに見える月を眺めていたが、セイからの通信に抑揚のない声で返事をすると、機体よりもその全長が大きいメガバズーカランチャーを構える。
- そして慎重に発射方向を定めて、機械が示すターゲットポイントとメルの瞳に映るそれが一直線に並んだ時、メルは引金を引く。
- 大型の銃口に光が徐々に収束し、その中が光で充満するとそれを一気に吐き出すように、メガバズーカランチャーから巨大な光の筋が月に向かって走る。
- そのメガバズーカランチャーから放たれたビームは、光の尾を引いてセイの横を通過し、セイはそれを頼もしそうに見届けている。
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- メガバズーカランチャーのビームは追撃に出ようとしたザフト軍の残存部隊を飲み込み、それが勢いを殺す盾にもならずに基地の中心部に直撃する。
- そのビームを受けた月面基地は光のドームに包まれたかと思うと、数十秒後には月の大地もろとも宇宙を漂うチリの中に消えた。
- 光のドームが消えた後には、灰色の煙が戦いを知らせる狼煙か、全滅したザフト軍の墓標のように高々と上がっている。
- 『破滅』という機体の名の通り、ルインは月基地とそこにいたザフト軍にそれをもたらした。
- メルはその光景を全く表情を変えずに見つめると、メガバズーカランチャーを引きずるように踵を返してセイ達と合流する。
- セイは艦へと戻りながらビームの行方を見届けて、それから月に起こった光景に込み上げる笑いを堪えきれず、狂ったように笑い続けた。
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