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- 最初に異変に気がついたのはボブだった。
- 彼は敵味方入り乱れた戦場で必死に索敵と対空監視を行っていた。
- と"FOKA'S"部隊の最後方で質量の大きなものが、数分前とは違うポイントを指し示しているのに気付く。
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- 「艦長、敵部隊後方の要塞が少しずつ移動しています」
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- ボブの報告にアーサーが怪訝そうな表情を浮かべて、光学映像に映るラーケプラダを凝視する。
- 確認し辛いが、確かに少しずつだが移動しているようだ。
- 映像はその前に光るMSの爆発光がラーケプラダの後方へと移動しているように見える。
- もちろんそんなものが移動するはずがないので、移動しているのはラーケプラダということになる。
- 移動要塞であるから移動することに些かの疑問もないのだが、何かの作戦なのか、ボブは何故移動しているのかという疑問と、どこへ向けて移動しているのかふいに気になり、移動コースの解析を行う。
- そしてコンピュータによって示された結果にボブは背中に冷たいものが流れるのを感じ、声を上ずらせて叫ぶ。
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- 「これは、ち、地球に落下するコースです!」
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- その言葉に、クルー達に戦慄が走る。
- そしてモニタにラーケプラダが少しずつ戦闘宙域を離れて、地球に近づく進路予測が映し出された。
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- 「す、すぐに全部隊に知らせろ!」
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- それを見たアーサーは焦燥に舌をもつれされながら叫ぶ。
- ユニウスセブンの破砕作業にミネルバクルーとして参加したアーサーには、これがどういう状況なのか言われずともわかっている。
- 地球はまた『ブレイク・オブ・ザ・ワールド』のような被害を被ることになる。
- 当然それを事前に食い止めることは重要なことだ。
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- だが状況は厳しい。
- "FOKA'S"の主力部隊を相手にしながら、地球に落ちる前に要塞を破壊しなければならないのだ。
- そのための装備も道具もない状態で。
- だが何としてもやらなければ、再びナチュラルとコーディネータの間に戦争が起きる。
- いやその前に、地球に住まう生物は大半が死に絶えてしまう。
- 手探りながらようやく融和への道が開け始めた今、それを食い止めることは彼らの宿命にして、絶対条件になった。
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PHASE-43 「破滅へのカウントダウン」
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- ヴェルトールの解析データはすぐにアークエンジェルやエターナル、戦闘中のアスラン達に届けられた。
- あれが地球に落ちればまたどれ程の被害が出るか。
- 『ブレイク・オブ・ザ・ワールド』でその悲劇を間近で見たアスランにとって、それは背筋が凍りつく出来事だ。
- 想像しただけで戦慄が全身を駆け巡る。
- アスランはカイトとの戦いも投げ出し、踵を返すとラーケプラダへと駆けつけようとする。
- だがカイトが簡単に行かせる筈はない。
- アスランは焦燥にかられながら立ちはだかるナイトメアの攻撃をシールドで受け止め、叫ぶ。
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- 「止めろ、今お前とそんなことをしている暇はない。あれを地球に落としたらまた多くの命が失われる」
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- しかしカイトはそれはさも当然だというように、さらに衝撃の事実を告げる。
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- 「そうだ、あれが落ちれば地球に核の冬が来る。プラントにも間もなく核の雨が降り注ぐ。そして地球は、人はこの宇宙から消え去るのだ」
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- カイトは人類の断罪人の如くアスランに宣言する。
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- 元々ラーケプラダは前時代の資源衛星として作られ、その動力には核パルスエンジンを使用している。
- さらに"FOKA'S"は月基地から奪取した核ミサイルの一部をそのままラーケプラダに残している。
- より確実に地球を核の冬で覆うために。
- アスランは驚愕に目を見開き、だが同時に激しい怒りも湧き上がる。
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- 「ふざけるな!自分達の勝手な都合で、地球を、人類を滅ぼす権利などない」
- 「黙れ!俺達にはその資格がある!お前達人類の夢の果てに産み出された、ゴミとしての価値しかもたらされなかった俺達にはな!」
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- カイトも怒りをぶちまけて怒鳴り返す。
- 彼の中には既に自分の命を弄んだ研究者は人の成れの果てだという図式が出来上がり、人類全体が復讐の対象となっている。
- その心の闇に囚われているカイトには、最早アスランの説得も届かない。
- "FOKA'S"の生い立ちにはアスランとて同情している。
- だが、だからといってその憎しみを人類に向け、刃を振りかざすのは間違っている。
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- 「アスラン!」
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- そこに、背後からインフィニットジャスティスに切りかかろうとしたAPSブルを撃ち落し、ディアッカが名を呼びながら援護に駆けつける。
- しかしそんなディアッカ達を制するように、アスランは声を張る。
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- 「ここは俺が抑える。ディアッカ達は要塞を頼む」
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- 言いながらインフィニットジャスティスとナイトメアは、ビームサーベルをアンビデクストラ・フォームにして交錯する。
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- 「急げディアッカ、何とかあの要塞を止めなくては、人類は、地球は本当に滅亡してしまう!」
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- アスランは必死の形相でカイトと対峙しながら、ディアッカに強く訴えかける。
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- 「分かった。いくぞ、あの要塞を止める」
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- ディアッカはいつにないアスランの厳しい口調に圧倒されながら、状況に納得して部下に指示を飛ばすと、戦闘の合間を縫ってラーケプラダへと機体を駆る。
- もう一刻の猶予もない。
- 人類の壊滅へのカウントダウンは既に始まっているのだ。
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*
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- シンは自分が取るべき行動を迷っていた。
- 地球へ向かっているという要塞を止めることは重要なことだ。
- そしてその要塞に今一番近いのはおそらく自分だ。
- まずやるべきなのは遠距離砲撃を繰り返すMSを抑えることよりも、要塞を制圧して地球への落下を阻止することではないか。
- ユニウスセブン落下事件の戦闘に参加したシンの胸には、今もあの悲劇がくっきりと刻まれている。
- 今それが行われることは間違いだという思いも。
- だがメガバズーカランチャーの3射目が眼下を走るのを見て、その迷いは一層濃くなる。
- 多くのザフト兵やアークエンジェルを危険に晒す、メガバズーカランチャーを発射するMSを無視して行くことにもなるからだ。
- 悩んでいるうちに、4射目を放たんと銃口に光が集まり、エネルギーを溜めているルインの姿を目視できた。
- それを見たシンは、危険に晒される仲間やザフト軍を助けず、見ない振りをして通り過ぎることなどできなかった。
- 意を決すると、ルイン目掛けてバーニアを吹かす。
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- メルも接近する機体に気が付くと、メガバズーカランチャーの銃口をイザヨイへと向け、迷わず発射する。
- シンはその攻撃を大きく旋回してかわすと、一気にルインに向かって加速して斬艦刀を振りかぶり、メガバズーカランチャーを切り裂く。
- メルは焦った様子も無く、淡々と二つに裂かれたメガバズーカランチャーを手放すと野獣の様な鋭い瞳でイザヨイを睨みつける。
- そして腰部のビームサーベルを抜くと、雄叫びを上げて切りかかる。
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- 「なんでこんなことをするんだ、あんた達は!」
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- シンは叫びながらながら2本の斬艦刀を両の手に構えて、ルインの攻撃を受け止める。
- それを弾き返しながら、シンはメルの行動をデュランダルのしようとしたこと、デュランダルに踊らされていた自分を重ねながら叫ぶ。
- ただ闇雲に、与えられた敵を撃つことは間違っていることを、復讐の刃はやがて自分の身にも襲い掛かってくることを必死に伝えようと。
- だがそんなシンの言葉に苛立ちを覚えたメルは血を吐くような思いで怒鳴り返す。
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- 「私はフリーダムを、キラ=ヤマトを許さない。私からアレフを奪った奴を!」
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- その叫びにさすがにシンも一瞬怯む。
- そして郷愁にも似た思いが込み上げる。
- 彼女はかつての自分と本当に同じだ。
- 大切な人を奪われて、その過去に囚われたまま戦っている。
- 妹を、父を母を失った時の無力さが再びシンの胸を締めつける。
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- 「けどそれで、キラさんを討って、あんたの大切な人は帰ってくるのか」
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- そう誰も帰ってこない、戻ってはこない。
- シンは言葉を搾り出すように、その思いを零す。
- ルインもサーベルをひらめかせながら交錯し、シンの言葉が耳に届く。
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- 「いつまでもその人のことを想って、でもその過去に囚われたまま未来に進めなくなって、それでその人は本当に喜ぶと思っているのか!」
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- シンの言葉にメルは驚愕の表情を浮かべる。
- それは盲目的に復讐だけを考えて生きてきた2年間を根底から覆す言葉だ。
- 頭の中で半分は戯言を言うなと受け取るが、半分はそんな自分を省みろと囁く。
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-
*
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- 迫り来るエターナルとストライクフリーダムからメサイアを防衛すべく、メルはアレフと共に出撃した。
- 戸惑いながらもデュランダルの目指した世界に淡い夢を抱いて。
- だが相対したストライクフリーダムにアッサリ敗退する。
- キラはコックピットを狙わず、戦闘力だけを奪ってあっと言う間にすれ違い、そこには頭部と両腕を失って漂うザクの姿があった。
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- 悔しさを滲ませながらも、生きていることに安堵の溜息を零し、メルはモニタの消えたコックピットの中で僚機に呼びかける。
- だが応答はない。
- 通信機の故障かとも思ったメルは大破した機体から這い出し、隣を漂う僚機に取り付き、そのコックピットハッチを見て愕然とする。
- ザクは頭部と両腕を削がれ、そのコックピットは何かに押し潰された様に無残にも拉げていた。
- 強引にハッチをこじ開けると、コックピットから赤い玉がゆっくりと飛び出してくる。
- まるで赤い驟雨をスローモーションで見ているように。
- その奥には血に染まって絶命しているアレフの姿があった。
- パイロットスーツは元の色が分からないくらい血の色が染み付き、足もあらぬ方向に曲がっている。
- ストライクフリーダムの攻撃はコックピットにも影響を与えてしまっていた。
- 撃ち落した腕がコックピットに向かって流れ、それがそのまま当たった。
- その衝撃にコックピットは押し潰され、中の機器などが鋭い凶器となってアレフを襲ったのだ。
- 戦闘し攻撃する以上、相手を全く傷つけない、殺さないことは不可能だ。
- ましてこれほど激しい戦闘で。
- ここでもまた、キラの望まぬ被害者が出てしまっていた。
- キラの知らぬところで。
- メルはただ目の前に映る光景が信じられずに絶叫した。
- それからしばらく泣き叫んだ後、暗い光を宿した瞳で戦闘を続けるストライクフリーダムの後姿をじっと睨む。
- その心にあるのは、純粋な憎悪だった。
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-
*
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- 思いを吐露しながら、アレフが死んだ時の記憶が脳裏に甦り、メルの体は硬直した。
- 同時に機体も一瞬動きが止り、その隙にシンは距離を一気に詰める。
- そして振り下ろされた2本の斬艦刀によって、ルインは両腕を削ぎ落とされる。
- コックピットに伝わった衝撃すらもメルは意に介さず、ただアレフとの思い出とシンの言葉が頭に、心に染みの様に広がっていく。
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- 「俺も妹や、父さん母さんを戦争で亡くした。最初はそれが信じられなくて、誰かを憎むことで、傷つけることで2度とこんな思いをしなくて済むと思ってた。キラさんも討たなきゃならない敵だと思って戦った。結局負けたけど、でももし勝っていたとしてもそれでマユは、妹達は帰ってこない。あんたのそのアレフとかいう人も」
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- シンは鎮痛な面持ちで、だが穏やかな口調で自らの思いを口にする。
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- 「本当に必要なのは、そんな戦争そのものを無くすために戦うことじゃないのか。アレフって人も、あんたに平和な世界で生きて欲しかったんじゃないのか」
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- シンは言いながら気がつく。
- もし話をすることができたら両親や妹はきっと、自分だけが助かったことを喜び、幸せに暮らせと言うのだろうと。
- 昔、オーブの将校に言われたことが今になってようやくわかった。
- それが結局残された者が勝手に決める死者の思いだとしても、シンにはそれが真実だ。
- そして思いの深い者であれば、きっとそう思うだろうと、アレフという男の最後の願いが、シンには確信が持てた。
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- −戦争のない世界で、幸せに暮らしたいね−
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- 今は亡き恋人の声がメルの脳裏に甦る。
- そして初めてメルは自分のしてきたことが間違いだと悟る。
- 今は戦争の無い世界どころか、戦争を生み出す原因を作り出し、世界を混乱に陥れている。
- だが今更それに気がついたとてもう遅い。
- 復讐に囚われ、セイの言葉に耳を貸し、自分が望む世界すら見誤ってアレフの願いを裏切ってきた。
- その事実を知った時、メルの頭の中はパニックに陥る。
- もうどうしていいかわからない。
- メルは涙を零しながら、絶叫して肩のビーム砲をイザヨイに向けて放つ。
- 虚を衝かれたシンは回避することはままならない。
- ビームはイザヨイに吸い込まれるように命中する。
- だが備えられた特殊装甲により、そのビームはルイン目掛けて弾き返される。
- その光が迫る状況を、メルは人事の様に捉えた。
- それがコックピットを貫く瞬間まで、メルの中で時間が止まったように、ゆっくりとビームの光が近づいてくる。
- そして次の瞬間、痛みも熱も感じないまま、炎に飲み込まれる。
- だが不思議と死への恐怖は感じなかった。
- 燃え盛る熱と光の中に、メルはアレフの姿を見た気がしたから。
- その彼は切なげな表情を浮かべて手を差し伸べている。
- メルは恐る恐る手を伸ばしてその手を取る。
- するとアレフは穏やかな笑みを浮かべる。
- もういいんだと、もう苦しまなくてもいいんだと、言っている気がした。
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- ようやく、会えたね。
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- メルは呟き、応える様に幸せそうな笑みを浮かべて光の中に溶けた。
- シンはルインが爆発する様を泣き出しそうな表情で見つめる。
- 自分と同じ痛みを抱えた者を結局救えなかったことに。
- だが地球への脅威はまだ去ってはいない。
- シンは目をきつく閉じて気持ちを切り替えるように頭を振ると、ラーケプラダに向けてバーニアを吹かした。
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-
*
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- ムウは既に結果の見えた勝負に、歯痒い思いを抱いていた。
- 相手はある意味純粋に自分の力を信じ、それを証明しようとやっきになっている。
- そんな人間は失敗や挫折の経験が少ないことを、ムウは経験上知っている。
- そして心が折れた時の、その人の末路を。
- ムウもできれば"FOKA'S"の人間は傷つけずに保護したいという考えを持っているからこそ、説得に応じないクランプに歯痒い思いを抱いているのだ。
- だがクランプはドラグーン数基、さらには左腕を失っても狂信者のようにアカツキに挑み続ける。
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- 「ナチュラル如きにできて、この俺ができないはずがない」
ドラグーンを必死にコントロールしながら、クランプは呻く。
- だがドラグーンの攻撃は正確性を増すどころか、クランプの心に呼応するように動きは乱れ、アカツキに華麗にかわされる。
- それを見てクランプは舌打ちし、必死にコントロールを修正しようとする。
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- 「俺は完璧でなければこの世界に必要とされなかった。そのために産まれたはずだった。だが奴らは俺を完璧ではないと言った。だからそれが間違いだということを証明しなければならない!」
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- クランプは血を吐くような思いで叫ぶ。
- その叫びはムウの耳にも届き、ムウはクランプの心を知ることになる。
- キラや自分を創った研究者への復讐を叫びながら、結局その者達の言葉に縛られているクランプの心を。
- 歯軋りしながら、ムウはちょっと成績が良くて、それで思い上がった訓練生を叱責するように怒鳴りつける。
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- 「どう生きるかは自分の意志しだいだろうが。完璧な人間なんているもんか。お前が完璧だというのも、結局お前が憎む研究者達の言葉に踊らされているだけだってことが、何で気付かない」
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- 言いながらアカツキのドラグーンは、スローターの全てのドラグーンを破壊する。
- クランプはそれを信じられないという表情で見つめ、そしてムウの言葉に、クランプは足元の世界が崩れるような感覚を覚える。
- 一気に張り詰めていたものが切れる音が聞こえた気がした。
- 自らの意志で決めた"FOKA'S"としての生き方も、自らを作った者達の言葉に踊らされていただけというその事実はクランプから全ての力を失わせた。
- そしてドラグーン対決にも完敗したことでMSを操縦する気力すら、今のクランプには残されていなかった。
- 完全に無防備になったスローターのコックピット目掛けてライフルを構えると、ムウは眉を顰めながらその引金を引く。
- クランプはそれを避けることもせず、ただムウの言葉を今更ながらに噛み締める。
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- その直後、熱と光を帯びた激しい衝撃がクランプを覆う。
- ムウが放ったビームに飲み込まれたのだ。
- それを認識すると、クランプは漠然と己の死を自覚する。
- だがそれはクランプにとっては救いだったかも知れない。
- もうこれ以上、自分の心に自分自身を縛り付けて、悩むことも苦しむこともない。
- そのことに今ようやく気付き、そして開放されるのだ。
- そしてスローターは眩い光を放ち、クランプを抱いたまま闇の中へと溶けた。
- その中でクランプの表情は無垢な子供の様に、純粋な笑顔だった。
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- ムウはしばし居た堪れない表情でそれまでスローターがいた場所を見つめ、気持ちを切り替えるように頭を振って機体の踵を返す。
- 今彼に干渉に浸る時間も余裕も無い。
- 一刻も早くラーケプラダを止めなければならないのだ。
- ムウの頭の中は、既にそのことで一杯だった。
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