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- 「ゴッドフリート、てー!」
- 「ミサイル、全弾発射!」
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- アークエンジェル、エターナルからナスカ級戦艦に向けて攻撃が放たれる。
- それらはナスカ級を貫き、或いは降り注ぎ、ナスカ級は巨大な赤い花を咲かせる。
- マリューはそれを居た堪れない気持ちで一瞥するとすぐに気持ちを切り替え、ラーケプラダへ艦を急がせる。
- バルドフェルドも眉に皺を寄せた険しい表情でエターナルクルー達を鼓舞する。
- だがそこにAPSからの攻撃が、彼らを邪魔するように放たれる。
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- 「回避、面舵!」
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- マリューの指示にノイマンは必死に操縦桿を傾けるが、APSの攻撃は正確で早い。
- いかにAPS対応のOSを積んでいても、艦の機動力では避けきれるものではない。
- 誰もが被弾に備え覚悟した。
- だが攻撃が直撃するかと思われた時、アークエンジェルの周りにビームの膜が張られ、APSの攻撃はことごとくそれに阻まれる。
- アカツキのドラグーンがビームシールドを展開したのだ。
- そしてドラグーンは攻撃を防いだかと思うと、シールドを解いてAPSに向かってビームを放つ。
- その幾つもの光の筋に貫かれて、APSは爆発する。
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- 「大丈夫か」
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- ムウは外見上ほとんど無傷の艦にホッと胸を撫で下ろしながらアークエンジェル、エターナルに向かって尋ねる。
- マリューもムウが無事なことを確認できて内心喜んだが、状況は再会の喜びを分かち合う間を与えてはくれない。
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- 「ええ、けど急がないと」
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- ラーケプラダの進行状況を横目に捉えながら、呼びかけたマリューも、それに応えるムウも焦燥に駆られた声で端的に言葉を発する。
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- 「ああ、分かってる」
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- だがそこに絶望の色はない。
- 地球には彼らが守りたいものがあるのだ。
- 何も知らず穏やかに過ごしている人々の幸せが。
- ラーケプラダを破壊すべく、彼らはその後に紡がれる未来をしっかりと見据えていた。
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PHASE-44 「宇宙に走る光」
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- ルナマリアはアヴホレンスの攻撃をかわしながら、他のザフト軍には目もくれず自分を狙ってくる相手に思わず毒ずく。
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- 「あんたは本当にしつこいわね。何だってそんなに私を狙ってくるのよ」
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- 交錯した時に接触回線でルナマリアの声が聞こえたフリンは、その問いに対して、聞く者がぞっとするほどの低い声で答える。
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- 「その声、私よりも綺麗な顔をしたお前の存在が許せない。お前もラクス=クライン同様、私が始末する」
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- ルナマリアはまた背筋にゾクッとするものと感じながら、避け切れなかった相手のビームライフルをムラクモの装甲で弾く。
- ビームライフルのビームではムラクモの特殊装甲を貫くことはできない。
- それでもフリンは執拗にビームライフルを放ち、ムラクモに迫る。
- そのコックピットの中で、フリンは思いを吐き棄てるように自らの過去を暴く。
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- 「私は実験に失敗し、醜く爛れた顔で産まれてきた。誰もが私の顔を汚物でも見るような表情で見る」
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- フリンは産まれた時から、全身の皮膚が焼け爛れたように荒れていた。
- それは成長しても変わらず、その顔を見た誰もが悲鳴を上げたり、口元を押さえて目を背けたりした。
- そのため研究において容姿の点で失敗作というレッテルを貼られることになった。
- だが持って産まれた能力は非常に高く、優良な実験素材として他の"FOKA'S"メンバー同様に様々な実験の道具としてフリンは生かされることになった。
- それがいつもフリンの心を傷つけ、自分の顔を憎み、自分を作り出した研究者達への復讐を考えるようになっていった。
- そしてブルーコスモスの襲撃事件で運良く施設を抜け出すことができたフリンは、その顔を包帯で覆い隠し、ずっと裏社会で生き抜いてきたのだ、復讐を果たすために。
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- そんなフリンの心の傷が、痛みがルナマリアにも伝わる。
- 彼女は人としての幸せを与えられることなく、その術も事実も知らずに生きてきたのだ。
- ルナマリアは思わず同情的な切ない表情を浮かべて、対峙するMSを見つめる。
- だがそれが地球やプラントを滅ぼしてもいい理由にならない。
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- 「あんたが醜いのは、あんたがそう思うからでしょうが」
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- 相手の冷たく重い気迫に押されっぱなしだったルナマリアだが、フリンや彼女を産み出した研究者達に対する怒りに萎えていた気力が戻り、インパルス砲を腰に構えて反撃する。
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- 「そうやって自分だけが犠牲者みたいに心に壁を作って、それじゃ自分自身が救われないでしょっ!」
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- ルナマリアが叫びながら2機はビームサーベルを掲げて交錯する。
- だがルナマリアの言葉にフリンは一瞬機体の操作を止める。
- それが僅かな隙を作り、2機が離れるとアヴホレンスの腕が宙に舞う。
- フリンは機体の右腕を失ったことに我に返ると、舌打ちをして残った左手に握ったビームサーベルで再び切りかかる。
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- 「あたしだって戦争でたくさんの人を殺して、この手は血で汚れてる。あんたと変わらないほど醜い人間だわ」
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- アヴホレンスの攻撃を受け止めながら、そこまで言ってルナマリアは視線を落とす。
- 容姿がどうのとかではない。
- 相手を憎んだり嫉妬したり人間の汚い黒い感情に流され、たくさんの罪を犯してきたことをルナマリアも自覚している。
- それを思うと人としてその心がひどく醜く、汚いものに思えるのだ。
- だがそれに気がついたからこそ、ルナマリアは今ここにいる。
- 同じ過ちを人が繰り返さないために、その道を選択する未来を夢見て。
- 毅然とアヴホレンスを意志の篭った瞳で睨みつける。
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- 「でもそれが全てじゃない。私は守りたいものがあって、目指す未来があって、私達は戦っている。自分やみんなの幸せのために」
- 「私にはそれを得るためのものを与えられなかった。この醜く爛れた顔しか!」
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- 言い合いながら2機はライフルを撃ちあい、互いの右足を撃ち抜く。
- その衝撃がコックピットを襲いルナマリアは一瞬顔を顰めるが、その目と意志はフリンを捉えて話さない。
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- 「でも、それだけじゃない」
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- ルナマリアは心の底から叫ぶ。
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- 「他人を殺したって、あんたの顔が突然変わったりしない。誰が何と言おうと、その命は、持っているものはあんただけのものでしょうが。だったらあんたの生き方一つで、幸せにもなれるに決まってるでしょう!」
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- その言葉にフリンは弾かれたように目を見開き、手が操縦桿から離れる。
- 誰もが自分を道具としてしか見なかった、扱わなかった。
- だからそんなことは誰も教えてくれなかったし、気付きもしなかった。
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- 今こんなにも苦しいのは、私がそれを選択したから?
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- 戸惑いは全身に駆け巡り、フリンは戦闘中であることも忘れた。
- ルナマリアは動きが止まったアヴホレンスに戸惑いつつ、そのチャンスを逃さず射程に捉えてインパルス砲を撃つ。
- 攻撃されたことにコックピットに響く警告音にようやく気がついたフリンだが、放たれたビームの光に魅入られるように回避行動も取らずに呆然とそれを見つめ、それはコックピットを貫いた。
- そして激しい衝撃と炎がコックピットを、フリンを焼いていく。
- その炎の中で顔を覆っていた包帯がゆっくりと剥がれていく。
- これまでフリンは包帯の下の素顔を見られることを極端に嫌ってきた。
- それを見た相手の反応が本当は怖かったから。
- だが今は穏やかに素顔をさらせる。
- 初めて自分の素顔を真正面から受け止めることができ、心が温かく満たされる。
- 浮かんだ微笑は、とても穏やかで綺麗だった。
- その幸福な思いで眩い光と共に、フリンは宇宙の中に消えた。
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- 彼女もまた犠牲者だったんだ、とルナマリアは胸に痛みを感じつつも機体の破損状況を確認すると、ラーケプラダへと向かう。
- 幸い右足以外は特にダメージはないようだ。
- 戦闘に支障がなければ修理をしている時間は無い。
- 今はとにかく急いでラーケプラダを止めなければならない。
- そんなことを考えながら、ルナマリアはこれ以上犠牲者を出させないことを、顔も知らない悲劇の女性に心の中で誓った。
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-
*
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- インフィニットジャスティスとナイトメアは、未だ激しく交錯していた。
- 激しい鍔迫り合いの中、ナイトメアは腕を力いっぱいに伸ばしてインフィニットジャスティスを突き放す。
- インフィニットジャスティスがそれで僅かに後方に流れてバランスを崩したところに、背中のミサイルポットを発射する。
- アスランはかわすのが不可能と見ると、ビームサーベルを機体の前に伸ばしてそれを高速で回転させて、シールドの様に迫るミサイルを切り払う。
- それを見たカイトは舌打ちして再び切りかかりながら、アスランの行動が理解できないと噛み付く。
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- 「貴様もキラ=ヤマトに全てを奪われたはずだろう。それが何故キラ=ヤマトに手を貸す」
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- オーブでもイツキに言われた言葉。
- あの時はすぐに答えることができなかったが、今ならはっきりとわかる。
- アスランは毅然とカイトに叫び返す。
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- 「俺はキラに何も奪われていない。色々なものを奪ったのは戦争という行為だ」
- 「綺麗事をっ!」
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- 確かにキラの撃ったライフルが、振るったサーベルが彼の仲間を殺したが、それは戦争という行為がそうさせたものだ。
- 理屈ではわかっても簡単に割り切れるものではない。
- 尊い、大切な人達が手の届くことはない遥か彼方に行ってしまったのだから。
- だがアスランはそれを受け入れ、キラに対する恨みを捨て去ることができた。
- 何よりそれを教えてくれたのは大事な親友なのだ。
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- 「キラは君達を救おうと必死になっているんだ」
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- かつての自分のように、キラは必死になって、心を痛めながらこの戦いを止めようとしている。
- 彼にとって、"FOKA'S"は同じ苦しみを分かち合う兄弟も同然なのだから。
-
- 「笑わせるな。全てを手にした奴が、そうやって優越感に浸るつもりか」
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- だがそんなキラの思いはカイトには届かない。
- 歪んだ感情でしか物事を判断できない彼にとって、それは傲慢な態度にしか映らない。
- それがキラにも、今のアスランにも歯痒い。
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- 「キラはそんなことを少しも考えていない。その命は報われない復讐に費やすために産まれたものじゃないはずだ」
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- カイトはキラを恨む側に立ち、その方向でしか物事を考えられなくなっている。
- 虚しい説得に、かつての父に向けられた銃と言葉が胸に突き刺さる。
- アスランはその幻影を振り払うように頭を振って歯噛みしながらそれでも叫ぶ。
- それは血を吐くように、心の底から紡がれる思いだ。
-
- 「キラを殺しても過去は消えない。それは君達が過去に囚われているだけだということが、それこそ君達が憎む研究者の言葉に踊らされているだけだということが何故わからない」
-
- その強い思いが、ようやくカイトに耳を傾けさせた。
- それまで聞き流していたアスランの言葉が初めてカイトの心に突き刺さる。
-
- 奴らに踊らされている、この俺が?
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- その言葉にカイトは激しく動揺する。
- カイトは自分なりのプライドを持って、失敗作と自らを罵った研究者達と決別、見返すために"FOKA'S"に賛同したはずだった。
- それが結局研究者の手の内の行動であることなど、考えたことはなかった。
- カイトは戦闘中であることすら忘れて、その思考はそんなことばかりに流れていく。
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- その隙をアスランは見逃さなかった。
- 完全に無防備になったナイトメアに接近すると、その四肢とメインカメラ、背中のリフレクターを切り落とし、その戦闘力を無にする。
- それは一瞬の出来事だった。
- カイトは攻撃を受けてようやく我に返るが時既に遅し。
- 反撃する術は既に失っていた。
-
- アスランは悲しげな表情で胴体だけとなったナイトメアを見つめた後、すぐに他の仲間達とラーケプラダの状況が気になった。
- 戦闘はまだ続いているもの、APSはそのほとんどが大破し、戦闘開始当初の混乱は落ち着いてきている。
- アークエンジェル、エターナルのシグナルも確認でき、ラーケプラダに近い宙域にいることが確認できる。
- だがまだラーケプラダは地球に向かって進んでいる。
- アスランはラーケプラダを視界に入れて表情を引き締めると、インフィニットジャスティスのバーニアを吹かして加速する。
- その遠ざかるインフィニットジャスティスの背中を見つめながらアスランの言葉が耳から離れないカイトは、悔し涙を目に浮かべ天を仰いだ。
-
-
*
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- ディアッカは僅かに内部に残っていた"FOKA'S"の兵士達を銃撃戦の末退けながら、中央コントロール室にようやく辿りつく。
- ラーケプラダの進行状況を知らせるモニタに顔をしかめながら、ディアッカはその中央に据えつけられたキーボードに飛びつき制御プログラムの操作を試みる。
- だがシステムはロックされており、とても短時間で解除できる状態ではない。
- 諦めきれずにしばらくキーボードを操作するがやはり解除はできず、乱暴にキーボードを殴りつける。
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- その外ではシンが残ったAPSを切り捨てながら被弾したムラクモの姿を認めて、心配して近づく。
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- 「私は大丈夫よ、それより早くこれを何とかしないと」
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- ルナマリアはイザヨイを見て安堵するが、近寄るシンを制して今すべき事実を差し出す。
- シンもルナマリアが無傷であることにホッと胸を撫で下ろしつつ、ルナマリアに指摘されて気持ちを切り替えるとラーケプラダを目指す。
- 少し離れたところではアークエンジェルとエターナル、それにアカツキがラーケプラダに取りつこうとしている。
- アスランも彼らが健在であることにホッと溜息を吐きながら、一先ず彼らのところへとスラスターを動かす。
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- 「だめだ、移動を止めるプログラムは変更できない」
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- アスランもシン達のところに合流したところで、ディアッカから通信が入り、絶望的な報告が告げられる。
- 落下を防ぐには後は砕くしかないのだが、これだけ大きな質量のものを今から持ち前の装備だけで砕くのは困難だ。
- その状況に悲壮な表情を誰もが浮かべる。
- だがアスランは何かに気付いたように顔を上げると、素早く通信を送る。
-
- 「内部にはまだ核ミサイルが残されている。メンバーの一人が言っていた。ならばそれを破壊して内部からの粉砕しよう。俺達がここで諦めるわけにはいかない」
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- 下手をすれば自らも核爆発に巻き込まれてしまう危険な作業だ。
- だがそれしか手が無い今、躊躇う余裕は無い。
- ディアッカは通信機の向こうで頷くと、部下達に指示を出して核ミサイルの捜索を開始する。
- アスラン達も散開してラーケプラダの内部へと侵入する。
-
- 「アスラン達は内部に侵入した。俺もあいつらを援護してくる」
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- ムウはアークエンジェルに告げると操縦桿を握り直す。
- その様子をマリューが心配そうに、何か言いたげな表情でムウを見つめている。
- マリューがまだ通信を切らずにいることに気がついたムウは、その表情にマリューが何を言いたいのか悟る。
- そしてふっと落ち着いた笑みを見せると、おどけた様子で首をかしげる。
-
- 「俺は不可能を可能にする男だぜ。必ず地球を守ってみせるし、皆で帰ってくるよ」
-
- そのいつもと変わらぬ様子に、少しだけアークエンジェルのブリッジにも暖かな雰囲気が流れる。
- 彼らはその言葉がいつもブラフではないことを知っていた。
- 遠ざかる黄金の背中を見つめながら、マリューは艦の主砲をラーケプラダへ発射するように指示を飛ばす。
- 少しでも地球への移動が遅くなるように、ラーケプラダが砕けるように。
- 悪あがきと知りつつ、これまでもそれを成してきた彼女達はそれを無駄なことだとは思わなかった。
- 凛とした表情で要塞を見つめ、誰もがまだ諦めてはいなかった。
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- 一方内部に入ったアスランは必死に核ミサイルの在りかを探すが、なかなか見つからない。
- そうしている間にも地球への落下リミットは刻一刻と近づいているのだ。
- 焦燥に駆られながらどんどん奥へと進み、格納庫と思われる部屋の扉を発見する。
- アスランは何か思い当たったような表情をすると、ライフルで扉を破壊して部屋の中に入る。
- そこには細長い円筒の物体が整然と並べられていた。
- ようやく目的の物を探し当てたアスランは、少しだけ安堵すると通信を送る。
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- 「核ミサイルを発見した、今からこいつを爆破する。皆は早く退避するんだ。アークエンジェル、エターナルもラーケプラダから離れろ」
- 「アスランさん、貴方はどうするんですか?」
-
- 通信を聞いたメイリンが声を上ずらせて尋ねる。
- アスランが自らを犠牲にして核ミサイルを爆破するのではと心配したのだ。
- それに気がついたアスランは苦笑して、大丈夫だと答える。
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- 「俺もこんなところで死ぬつもりは無い、心配するな。とにかく他のMSは早く脱出を」
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- その答えに少しだけホッとしたメイリンは、MSへの帰艦指示を送りその脱出状況を確認する。
- しばらくして内部に侵入したMS全ての脱出が確認でき、脱出完了の連絡をアスランに送る。
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- 「いい、決して無茶しないでね」
-
- 彼にもその無事を祈り、帰りを待つ者がいるのだ。
- その相手に自分の様な悲しい思いをさせたくない、させるわけにはいかない。
- マリューはアスランの覚悟を感じ取って念を押すように言葉を被せる。
- アスランは頷いて通信を切ると、表情を険しいものにかえて核ミサイルをじっと見据える。
- 通信では心配させまいとああ言ったが、実際ここで核ミサイルを爆破すればアスランが無事である保障はない。
- アスランは死ぬつもりも無いが、万が一の覚悟も既に決めていた。
- 慎重にライフルを構えると、核ミサイルをターゲットに入れる。
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- そこに胴体だけで、フェイズシフトもダウンしたナイトメアが部屋に飛び込んでくる。
- だが今ので残った推力もほとんど使い果たしたのだろう。
- 慣性に任せて壁にぶつかった後、無重力空間に力なく漂う。
- そのコックピットの中で、カイトはポツリと呟く。
-
- 「何故だ、何故キラ=ヤマトの周りにはお前達のような奴が居る。最高のコーディネータはそれすらも自由に手に入れる力があるのか」
-
- カイトはいつも孤独だった。
- 研究所に居た時も、養護施設に居た時も、"FOKA'S"に居た時でさえもカイトには友と呼べる者も、自分を慕う者もいなかった。
- だがキラにはラクスがアスランが、他にもキラのために命を掛ける仲間がいる。
- それが正直羨ましかった。
- 今のカイトには冷徹で強気な姿はどこにもない。
-
- 「それは最高のコーディネータだからとかじゃない。キラはキラであることを真正面から受け止め、他人を思いやることができるからだ。そんなものを持って産まれてくることができる人間なんて居やしない。これまで生きてきた中でそれに気がついただけだ」
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- もしカイトもカリダのような母親に引き取られて普通の生活を送ることが出来たなら、きっとこんな過ちは犯さなかっただろう。
- アスランはそう思うと、目の前で弱々しく泣き崩れるカイトがとても哀れに思えた。
- 同情の眼差しを向けて、子供をあやす様に穏やかな口調でカイトに答える。
- カイトはアスランの言葉に再び涙を流す。
- 産まれて初めて自らの過ちを認め、悔恨と自責の念に身を震わせる。
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- 「おい、貴様はさっさと脱出しろ」
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- しばしの沈黙の後、アスランがカイトに背を向けて再びライフルを構えた時、突然カイトが呟く。
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- 「俺は今から自爆する。機体の核エネルギーが爆破すれば、ここのミサイルも誘爆して要塞は破壊されるだろう」
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- カイトは落ち着いた様子で、淡々と言葉を紡ぐ。
- アスランは驚愕に目を見開くと、何を馬鹿なことをと叫ぶ。
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- 「命を粗末にするな。まだ生きてこそ償うことも、新しい未来を切り開くこともできる。諦めるのはまだ早い」
- 「ふっ、ここで死ぬ覚悟をした貴様に言われても説得力がないぞ」
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- カイトは苦笑してアスランの行動をチクリと指摘する。
- 流石にアスランも僅かに動揺して次の言葉が出てこない。
- その隙にカイトはシート横のテンキーを開くと、暗証番号を入力する。
- その作業を終えて満足そうな笑みを浮かべる。
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- 「残念ながら、ナイトメアは後2分で自爆する。偉そうなことを言うのならさっさと脱出して、お前の言う未来を切り開いて見せろ」
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- カイトは今、不思議と何度も剣を交えたアスランに憎しみもなく、むしろ共感にも似た感覚があった。
- もっと違う形で出会えていたら友として、もっと色々な話ができたであろう、そう思えるのだ。
- アスランにもこの土壇場で同じ思いが沸き上がる。
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- アスランはカイトの覚悟と託されたものに重みを感じ、必死の思いでインフィニットジャスティスの踵を返すと部屋を後にして、ラーケプラダを急いで脱出する。
- その後姿を穏やかな笑みで見送りながら、カイトは静かにシートに体を預けて目を閉じた。
- その直後ナイトメアから眩いばかりの光が溢れる。
- 光は核ミサイルの誘爆を誘い、あっと言う間にラーケプラダを包み込み、中から膨れ上がるそれに耐え切れないように細かな破片を撒き散らし、それは宇宙空間へと吸い込まれていく。
- 同時に消えつつある光を背に、インフィニットジャスティスがアークエンジェルを目指して進んでくる姿がアークエンジェルのモニタに映し出される。
- その光景を目にした一同にようやく安堵と歓声の声が湧き上がる。
- 地球を守ることができたことに。
- アークエンジェルでは全員が無事に再会できたことに。
- だがアスランの表情は冴えない。
- カイトが結局ラーケプラダと運命を共にしたこともあるが、まだ彼らの戦争は終結してはいない。
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- 「プラントの状況はどうなっています」
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- 一人冷静に次に向かうべき道を彼は見据えていた。
- 言われて戦艦のオペレータ達はすぐに情報を収集し、司令部から戦闘中の電文を受け取る。
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- 「MSは一度戦艦へ帰艦、整備補給を。無事なものはプラントへ向かう」
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- 情報を受けてバルトフェルドがすぐに指示を出す。
- 地球の危機は一先ず去ったが、ザフト軍にとって故郷であるプラントの危機はまだ去っていない。
- 彼らは疲れた体に鞭打ちその準備を整えながら、今はこの場にいない最も頼りになる男を信じるしかなかった。
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