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- セイはファウストのコックピットの中で笑いを噛み殺していた。
- 今全てが"FOKA'S"の、セイの思い描いたとおりの結末に向けて事が運んでいる。
- 途中正体がバレてからしばらくは準備が滞ったこともあったが、最初のブルーコスモスのプラント襲撃の手引きに始まり、L1コロニーの宙域にザフト軍の主力部隊を誘き出すことも、その間にプラントを核ミサイルで攻撃することも大きな予定の変更も無く進んでいる。
- ここまでくればキラ一人の力では覆すことはできないと、セイは確信している。
- それから高まる興奮を抑えながら、さらに思い描くその先の未来に思いを馳せる。
- 荒廃した世界で、自分が最も優れた人間であることを知らしめることを。
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- 一方核ミサイル部隊を率いてきた戦艦の中では、2人の男がひそひそと言葉を交わしている。
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- 「これで今の腐敗した世界は終わる。ようやくその道を正しい方向へと導くことができる」
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- 黒の長い前髪を目の前に垂らした一人の男、ケルビナ=バーンが感慨深げに呟く。
- ブロンドの髪を短く刈り込んだもう一人の男、コルスト=ヴォードはそれに黙って頷いて同意を示す。
- 彼らはデュランダルのデスティニープランを崇拝し、それを否定したラクスに対する反抗の意志を胸の内に潜めていた。
- その思いからセイの誘いに乗ってザフト軍から離反したコーディネータだ。
- 否、自ら"FOKA'S"にその身を置いた赤服を纏ったエリートだった。
- 彼らは密かに"FOKA'S"の活動を行っていた国防委員長だったセイの正体を知り接触すると、ラクスに反抗する意志のあるザフト兵達を集めて"FOKA'S"への参加を表明した。
- そして表向きはザフト軍のエリートとして活動し、そこで得た情報を"FOKA'S"に流していた。
- "FOKA'S"にとっても彼らの情報は非常に重要なもので、それを頼りに行動することも少なくなかった。
- それ故、彼らが組織の中枢へ入るのにそれほど時間はかからなかった。
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- 「彼らには後一息、このまま頑張ってもらおう」
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- ケルビナは意味深な言葉を低く呟き、口元を少しだけ持ち上げる。
- コルストは黙って目を閉じる。
- それが彼の同意だ。
- 長くコンビを組むケルビナにはそれがわかっている。
- コルストは必要以上に話をしないことでボロを出さないように心掛けていた。
- 思ったことを口によく出すケルビナとは対照的だ。
- 尤もケルビナも秘密事を喋ってしまうほど無能でもない。
- その辺りは基本的に優秀な2人だ。
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- それから間もなくプラントの防衛網にかかろうかというところで、セイが通信モニタに現れる。
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- 「最後の仕上げをする。出撃の準備をしておけ」
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- それだけ言い残してすぐに通信を切る。
- セイは2人の会話を聞いていない。
- もし聞いていたとしてもセイにとっては2人の会話や思想などどうでもよかった。
- 世界への復讐を果たそうとしている今、彼らの会話になど興味は無かった。
- 一方の2人はにやりとまた意味深な笑みを口元に浮かべながら、宙を流れて自らに与えられたMSへと移動する。
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- 「ケルビナ=バーン、トレジディ、出るぞ」
- 「コルスト=ヴォード、エビル、発進する」
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- 直後ナスカ級戦艦からオレンジとグレーの機体が飛び出してくる。
- X3-010S-"Tragedy"、X3-011S-"evil"、それが機体の名前だ。
- セイはあまり態度に示すことはなかったが、彼らを信頼していた。
- 自分だけでは限界があったプラントとザフト軍の内部情報の調査は、彼らの登場で遥かに充実したものになったからだ。
- 完全に自分達の仲間、しいてはセイの配下になったものと思っていた。
- だから最新鋭の核エネルギーで動くMS2機、『悲劇』、『邪悪』の名を持つ機体を、それぞれ彼らの愛機として与えていた。
- しかし2人の言動は、セイに隠れて密かに何かを企んでいるようにも感じられる。
- 彼らはセイとは違う目線で世界の行く末を見据えているように見えた。
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PHASE-45 「果て無き憎しみの先に」
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- "FOKA'S"部隊の接近に、ザフト軍司令部は蜂の巣を突いた様に大騒ぎだ。
- 主力部隊がL1宙域での戦闘に向かい、それを"FOKA'S"も迎え撃っており、プラントには攻撃をする余力は無いという考えがあったためだ。
- そんな甘い考えでいた自分を叱責しながら、イザークは残っているプラント防衛部隊に指示を怒鳴っている。
- その喧騒の中、ラクスとカガリは険しい表情でモニタを見据えている。
- 見つめているのはセイの駆るファウストと、その後ろから来るプラントに破滅をもたらす光の刃だ。
- あれは本来人が扱ってはいけないものだという思いがある。
- それなのにまた自分達と何の罪も無いプラントの市民を危険に晒すのだと思うと胸が痛む。
- ラクスはそれに溜息ともつかぬ息を一つ吐くと、通信オペレータに"FOKA'S"への通信の呼びかけを依頼する。
- MSの操縦をすることができないラクスに今できることは、相手に呼びかけ説得することしかない。
- それが例え無駄な努力と分かっていても。
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- 「ミヤマさん、貴方は本当に今御自分が何をなさっているのかお分かりですか」
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- ラクスは厳しい口調でセイに諭すように語り掛ける。
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- 「私達は誰も貴方を失敗作などと思っていません。それは貴方の心がそう思い込んでいるからにすぎません」
- 「貴様らに何が分かる」
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- ラクスの言葉を遮ってセイは怒号を上げると、研究所での辛い日々を思い起こし顔をしかめる。
- 目の前で友達がまるで虫けらの様に体を切り刻まれ、死ねば壊れた玩具の様に棄てられる。
- そんな思いをしたことがあるのか、プラントの歌姫としてずっとちやほやされてきた貴様に、とセイは吼える。
- 言葉にならない思いがセイの脳天を突き抜け、ラクスに対して溜めていた感情が一気に噴出す。
- 完全な逆恨みだが、今のセイにはその理屈は通用しない。
- 既に抹殺すべき相手はキラからこの世界へと摩り替わっている。
- そんな彼の血を吐くような思いは、ラクスとカガリにも痛いほど伝わってくる。
- 同情すべき事実はたくさんある。
- それでも彼一人がこの世界を滅ぼす権利も裁く権利もないのだ。
- カガリも落ち着いた様子で必死に説得する。
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- 「どんなことがあっても、お前はキラになることはできないんだぞ。キラがお前になることができないように。失敗作だとかそうじゃなくて、皆それぞれ一つの命なんだからな」
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- 双子であるカガリですら、キラに成り代わることはできない。
- その逆もまたしかりだ。
- 人には別の命として産まれ出でたからには、たった一つの命にそれぞれの役割があるのだ。
- しかしセイはカガリの言葉にも耳を貸そうとしない。
- 初めは自分達と同じ過去を背負った者だと思っていたのだが、ナチュラルとして産まれ、オーブ代表首長の娘としてなに不自由なく育ったカガリは、やはり自分達とは違うのだと位置づけていた。
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- 「当然だ。私はキラ=ヤマトになろうとは思わない。それを越える存在になるのだからな」
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- そううそぶいて彼女らの説得虚しく、冷徹に命令を下す。
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- そんなことを今更議論しにきたのではない。
- 彼にはキラが成功作であるということよりも、自分が失敗作として産まれ、それを認めた研究者達が、世界が許せなかった。
- 彼の目的はキラを産み出したこの世界を滅ぼすし、自分こそが正しい、間違いの無い存在だと証明すること。
- それ以外の事は考えられない。
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- 「核ミサイルを撃て。プラントをこの世界から消し去るんだ」
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- セイの命令と同時に肩に砲台をマウントしたAPSブルのモノアイに光が宿り、プラント目掛けて加速する。
- ザフト防衛軍もそれに呼応するように迎撃を開始する。
- 同時に核ミサイルをマウントした部隊を守るように、砲台を持たない別のAPSブルがそれらを取り囲み、ザフト軍と激しい打ち合いを始め、光が幾筋も交錯する。
- 攻防は一進一退を繰り返す激しいものだが、やがて一つのザフト軍部隊がAPSを数機破壊して、核ミサイルを持ったAPSブルに近づこうとする。
- だがその部隊の前にトレジディが立ちはだかる。
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- 「お前達とは俺が遊んでやるよ」
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- ケルビナは言いながら両手にビームライフルを持ち、肩と腰にマウントされたビーム砲を構えると一斉にそれらが火を吹く。
- 次の瞬間には6機のゲルググが一瞬宇宙を赤く照らし、それから鉄の塊と化して宇宙を漂い始める。
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- 「大事な儀式が始まるのだ、邪魔するな」
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- コルストも意味深な言葉を呟いて素早くライフルを連射し、ザフト軍を次々と蹴散らしていく。
- セイもファウストのドラグーンを展開して、四方からビームを浴びせてゲルググに全く何もさせない。
- ザフト軍は3機のMSを前に、核ミサイルに近づくことすら適わない状況へと追い込まれていく。
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- 「やめろー!」
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- そこにシャイニングフリーダムが戦闘宙域に飛び込んでくる。
- 後を追ってきたキラがようやく追いついたのだ。
- 叫びながらミーティアの大型ビームサーベルを振るって、ザフト軍と3機の間に機体を割り込ませる。
- 3機はその攻撃を後退してかわし、シャイニングフリーダムの方へと向き直る。
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- 「来たか、キラ=ヤマト」
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- セイはそう言ってシャイニングフリーダムを一瞥するが、興味なさげに背を向けるとAPSブルに攻撃をしかけるゲルググの小隊の相手に向かう。
- キラも焦燥に駆られた表情でファウストの後を追う。
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- シャイニングフリーダムが現れたことにラクス、カガリは嬉しいような辛いような複雑な表情で見つめてキラの名を呼ぶ。
- 今また彼に頼ることしかできない自分達を歯痒く思う。
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- 一方のキラは既にAPSがプラントを射程に入れられるほど接近している状況を見て、ラクス達に応える余裕もない。
- 雄叫びを上げながらミーティアのビームサーベルを振り上げてファウストに切りかかる。
- ゲルググをライフルで撃ち抜いたファウストは、そのキラの攻撃に気がつき回避行動を取る。
- ファウストが回避したその隙をついて、砲台をマウントしたAPSブルをマルチロックし装備された全ての火器を発射する。
- だがその攻撃はセイの放ったドラグーンが作り出したビームシールドによって防がれる。
- キラは一瞬驚愕の表情を浮かべて、だがすぐに気を取り直すと、ならばとAPS目掛けて突進しようとする。
- その前にセイは機体をこじ入れると、勝ち誇った様に言う。
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- 「キラ=ヤマト、もう貴様の敗北は決まったも同然。そこで大人しくプラントが滅びる様を見物していろ」
- 「くぅっ」
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- セイは厭味な笑みを口元に浮かべて、今度はドラグーンをシャイニングフリーダム目掛けて飛ばす。
- キラは呻き声を上げながら巧みに機体を操って放たれるビームを掻い潜って核ミサイルを持つ部隊に近づこうとする。
- そこにさらにトレジディ、エビルもシャイニングフリーダム目掛けてライフルを放ちながら接近してくる。
- 流石のキラもそれだけの集中砲火を避け切ることはできなかった。
- ミーティアの右腕パーツに一筋のビームが当たり炎を上げる。
- キラは舌打ちして素早くパーツを切り離して投げ捨てると、その手にビームライフルを掴み反撃に転じる。
- しかしセイはその攻撃を宙返りでかわし、ビームサーベルを振りかぶって切りかかる。
- キラは急激な制動に体が軋む感覚を覚えながら、サーベルの軌道から何とか逃れる。
- そこへケルビナ、コルストも死角へと回り込みながら、ビームライフルを雨の様にシャイニングフリーダムに浴びせ、間一髪キラは機体を急上昇させてビームの光が宇宙空間を薙ぐ。
- 3機の集中攻撃を避けるのに精一杯で、これではキラも核ミサイルに接近することができない。
- ザフト軍は先のセイらの攻撃で既に総崩れの状態で、核ミサイル部隊を護衛するAPSブルを相手にするのが精一杯だ。
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- そうして彼らが戦闘している間についに核ミサイル装備のAPSブルがプラントに核ミサイルを発射できる位置まで到達した。
- 次々と肩からミサイルは発射され、それはプラントに一直線に進む。
- それを確認したキラは必死に核ミサイルがプラントに届くのを阻止しようと、ミーティアにマウントされたミサイルを核ミサイル目掛けて発射する。
- だが再びセイ、ケルビナ、コルストがそんなキラの攻撃を阻む。
- セイがファウストのドラグーンで防御膜を作り、ケルビナ、コルストがキラの放ったミサイルをライフルで撃ち抜く。
- そして流石のキラも3機の攻撃をかわしながらミサイルを正確に狙い撃つことは難しい。
- セイ達が防げなかった攻撃は一部はその破壊に成功したものの、多くは核ミサイルを捉えることなく深闇の中に消えていく。
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- そうしている間も核ミサイルは刻一刻とプラント目掛けて飛んでいく。
- キラは必死の形相でトリガーを引き絞り、何とか核ミサイルを破壊していく。
- だがついにキラが破壊しそこなった何基かの核ミサイルがキラの攻撃をすり抜けてプラントに、ラクス、カガリの居る司令部を設けた小惑星テンパシーに接近する。
- いかにキラが優れたパイロットであっても、シャイニングフリーダムの性能がずば抜けていても、そのミサイルに追いつくことも狙い打つことも最早不可能だった。
- セイは目的が果たされることを確信して無邪気にも見える笑みを浮かべて、ミサイルの軌跡を目で追いかける。
- 対照的にキラは絶望的な気持ちでミサイルを視線で追う。
- キラの脳裏に浮かぶのはかつて炎に包まれた少女の映像だ。
- シャトルを爆破された時の映像がフラッシュバックする。
- そしてあの時受けた悲しみを苦しみを再び想像すると、自分の無力さに胸を強く抉られた様な痛みが襲い、息ができないほどの圧迫感を覚え、キラはラクスの名前を絶叫する。
- 何も考えられず、ただミサイル目掛けて機体を加速させる。
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- テンパシーの内部でも核ミサイル接近を知らせるアラームがけたたましく鳴り響く。
- イザークは悔しさを滲ませた表情で拳で机を叩きつけ、じっとミサイルを映すモニターを見据える。
- 他のザフト兵達からは悲鳴が上がり、或いは司令室から逃げようと飛び上がる者もある。
- しかし今更脱出しようにも間に合わない。
- それを悟っているラクスとカガリは瞳に悲しい色を宿しながら、落ち着いた様子でそれを見つめる。
- まだまだやり残したことはたくさんある。
- それでもここまでの命なら、それも致し方ないという覚悟はある。
- ラクスはキラが自分を責めないように、せめてメッセージを送れないだろうかと考えた。
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- その時、テンパシーから飛び出した1機のMSが核ミサイルの前に立ちはだかった。
- そして徐にライフルを構えると核ミサイルを次々と撃ち抜き、プラントに届く寸前でその光の刃は人の命を奪うことなく迸る。
- その眩しさに目を逸らした一同だが、光が治まり最初に目にした光景は、光が起こる前と何ら変わりの無いテンパシーの姿だった。
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- キラは安堵の溜息を吐くと同時に、核ミサイルを狙撃したMSを振り返る。
- あのMSを扱えるパイロットは、キラの記憶の中にはいないはずだった。
- それがこのタイミングで出てきたことに戸惑いを隠せない。
- テンパシーのラクスも間に合ってくれたというような、ホッとした表情を見せる。
- カガリ、イザークも驚きの表情を見せながら、今はあいつに賭けるしかないと迷っていた腹を決める。
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- 一方のセイ達も驚いた表情で、その光景を見つめていた。
- まさかこのタイミングで新たなMSが出てくるとは思いもよらなかった。
- そして核ミサイルの攻撃が防がれることも。
- 信じられない思いでただ呆然と佇む。
- そして核ミサイルを撃ち落したエールストライクに似たフォルムのMS、ストライクラピドのコックピットではテツが渋い表情で操縦桿を握り締めていた。
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