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- テツは長いこと考え込んでいた。
- キラと話をしてから、日に日にキラへの憎しみや復讐心は薄れ、あるのは戸惑いばかりだ。
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- 一体自分は何がしたいのか。
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- 尋問をされている時も、薄暗い天井を見上げている時も、そのことが頭から離れなかった。
- だが本当に自分のしたいことが何なのか、なかなかわからない、見つからない。
- それが焦りと苛立ちを生むが、それでも考えることを止めることはできない。
- その最中にふいにMS操縦の訓練中に交わしたホドスとの会話が脳裏に過ぎる。
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- −お前は他の奴とどこか違うな−
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- MS操縦のシミュレーション訓練を終えて一息つくテツに、ホドスはそう告げた。
- テツは訝しげにどこが、と尋ねるがホドスはその答えに窮して顔をしかめる。
- ホドスにも深い理由や根拠はない。
- ただそう感じたことがつい口に出ただけだ。
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- −ただ、俺も含めた他の奴と違って、キラ=ヤマトに対する執着心みたいなものがお前はないと思ってな−
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- 言われてテツも、キラに対する強い拘りが無いことを自覚した。
- 元々セイに拾われるまで、自分の産まれだとかそういったことは何も知らなかった。
- ただ物心ついた時からプラント孤児院の施設にいて、貧しい生活から抜け出したいと思いながら、根は明るく優しい施設の人達に囲まれて少年時代を過ごしたせいかも知れない。
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- −まあな、俺はキラ=ヤマトがどうとか知らずに生きてきたし、今更それで過去の記憶が変わるとは思ってないからな−
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- テツは自分が言った言葉も思い出して噛み締める。
- 今思うと、施設で暮らしていたころは貧しくても、分かり合える友達が大勢いたし、面倒を見てくれる大人達も優しい人ばかりで幸せに満ちていた。
- 本当は自分の中にずっとその答えはあったのだ。
- ただそれに見向きもしようとしなかっただけで。
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- あの頃のように、仲間と笑いあって過ごしたい。
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- それがもっとたくさんの仲間と裕福に過ごせると信じて手を取ったことが、それが間違いだと認められない心が意固地にその願いを封印していただけだった。
- それを自覚したテツは勢い良く寝ていた体を起こすと、吹っ切った表情で警備員を呼んだ。
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- 「"FOKA'S"の事で話がある。ラクス=クラインに直接話がしたい」
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- テツは自分のしたいこと、やるべきことが今はっきりと見えていた。
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- 既に"FOKA'S"との戦いに備えて軍司令部を置く小惑星テンパシーに移動していたラクスの元に、テツは連れて行かれた。
- そして手錠をつけられたまま、ラクスの前に対峙する。
- だがテツは物怖じすることなく、堂々と自分の知っている"FOKA'S"という組織のこと、そしてセイのことについて話をする。
- 既にラクスらも把握済みのことがほとんどだが、それでもテツが自ら話をしてくれたことは大きかった。
- "FOKA'S"のメンバーへの説得に僅かながらも希望が持てたことが。
- 話の一つ一つに頷きながら黙って話を聞いていたラクスは、テツの話が終わると切り出す。
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- 「それで、貴方はどうしたいのですか」
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- ラクスはじっとテツを見据える。
- その眼光に篭められた強い意志にテツは目を逸らしそうになる。
- だが今のテツには断固とした意志がある。
- 生まれて初めて本当に自分がすべきことを見出し、それをやり遂げ様とする決意が。
- その思いがラクスの視線に真っ向からぶつかる勇気をくれる。
- そして言葉を選びながら、自分の気持ちを信じてくれと願いを込める。
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- 「俺は、あいつらを止めたい。こんな無益な戦いはすべきじゃないんだ」
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- 2人の間に緊迫した、互いの力量を推し量るような重い沈黙が流れる。
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- しばらくして先に口を開いたのはラクスだ。
- ふっと柔らかい笑みを浮かべて視線の力を緩める。
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- 「わかりました。では貴方にそれを成すために必要な力をお貸しします」
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- そう言って、傍にいたオペレータに例の機体の準備をと告げる。
- その言葉に司令部には大きなざわめきが起こる。
- さすがにカガリも慌てた様子でラクスの腕を掴む。
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- 「いくら何でも、あいつにMSを渡すのは危険じゃないか」
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- カガリもテツが言った気持ちが嘘だとは思わない。
- 現に"FOKA'S"の情報を正確に伝えてきた。
- それでも俄かには完全に信じることは難しかった。
- MSに乗せてで戦場に出して、もしまた相手の誘いに乗って裏切るようなことがあれば、キラとプラントは窮地に立たされる。
- それを懸念しての言葉だ。
- しかしラクスは全く臆することも、迷いを見せることも無くキッパリと言い放つ。
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- 「大丈夫ですわカガリさん。私に任せてください」
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- そう言って、テツを伴って司令部を後にする。
- カガリはその後姿を渋い表情のまま見送り、ラクスの行動を信じて祈ることしかできなかった。
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- 司令部から離れてテツが案内されたのは厳重に隔離された格納庫の中だ。
- そこには1機のMSがまるで主を待っていたかのように佇んでいる。
- この機体はZGMF-X5000-NB"ストライクラピド"。
- キラのストライクフリーダムの代わりになるMSを、核エネルギーを使わずに実現しようと開発された機体だが、やはりエネルギーの出力には限界があり、またストライクフリーダムが帰還したこともあって開発はストップされた。
- だがファクトリは諦めきれずに開発を継続、エネルギーの出力問題でフリーダムの代わりには結局ならないものの、次世代Xシリーズのプロトタイプとして火力、機動力を従来のMSよりも高めた機体として完成にこぎ付けた。
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- 「これを、俺に?」
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- テツはMSを貸してくれるということだけでも驚いていたのに、それが最新鋭の機体であると分かりかなり動揺する。
- ラクスの真意を量りかねたからだ。
- だがラクスの思いに特別込められたものなどない。
- ラクスはいつもただ事実のみを差し出し、相手に選ばせる。
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- 「貴方ご自身のことを決められるのは、貴方だけです。貴方はミヤマさん達を止める力を欲したのでしょう」
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- そして僅かに膨らんだお腹を擦りながら、ラクスは凛とした表情で告げる。
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- 「ですから私も考え、決断したのです。未来を築くために」
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- そして、それをどうするかは貴方次第です、とだけ言い残すとラクスは司令部へと戻っていく。
- テツについていた監視員達も手錠を解くと、ラクスの両脇について格納庫を後にする。
- 取り残される格好になったテツは、予想外の展開に思考がついて行かない。
- MSを前に佇むテツは自分が取るべき行動を再び思い悩む。
- その間に格納庫にも"FOKA'S"の接近を知らせる警告とアナウンスが流れる。
- そして核ミサイルが武装されていることを聞いてテツの腹は決まった。
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- 目をぎゅっと瞑り深呼吸を一つして、テツは意を決した表情で目を見開き、MSのコックピットへと飛び上がる。
- どんな形にしろ今はチャンスが与えられたことが素直に嬉しく、また自分がすべき思いを強く胸に抱いていた。
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- 「テツ=ソウマ、ストライクラピド、出るぜ!」
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PHASE-46 「覚醒」
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- テツは操縦桿を握り締めたままじっとファウストを見据えていた。
- プラントを襲おうとした核ミサイルを撃ち落したことに、セイの中に衝撃と怒りがあるだろうことは想像に難くない。
- だがテツは意を決して周波数を合わせると、ファウストに向けて通信を送る。
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- 「セイ、これ以上虚しくなることはもう止めろ」
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- 目の前で起きた出来事に呆気にとられていたセイだが、通信機から聞こえてきた声に、今しがた核ミサイルを撃ち落したMSに乗っているのがテツだと知ると、信じられないといった表情を一瞬浮かべた後、怒りにワナワナと震え怒鳴り声を上げる。
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- 「テツ、貴様何を考えている」
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- セイにすればテツが行った行動こそ、それまで自分が積み上げたものを済し崩しにしてしまった愚かな行為だ。
- 千載一遇のチャンスを、切捨てたとは言え、味方であった者に潰され、怒りは頂点に達している。
- だがテツは怯むことなく訴えかける。
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- 「キラ=ヤマトを抹殺したって、プラントを滅ぼしたって、俺達が産まれた過去は何も変わりはしない」
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- 相手は自分を軽んじていることを知っている。
- それでも同じ組織に属して同じ目標に向かって進んできた者同士だ。
- キラでもラクスでも説得できない以上、それができるのは自分しかいないという使命感と、一縷の望みに縋った。
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- だがセイの心に、テツの言葉は届かない。
- セイにとってはキラを抹殺し、自らの存在意義を正すことが唯一にして絶対の生きる糧だ。
- それを否定することはセイには誰であろうと許せなかった。
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- 「この、裏切り者が!」
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- セイはかつて自分がテツを見捨てたことを棚に上げて絶叫すると、ペダルを踏み込みビームサーベルを掲げてストライクラピドに襲い掛かる。
- もうテツはセイにとって"FOKA'S"のメンバーではなく、唯の邪魔者、敵としか見えていない。
- テツは呻き声を上げてビームサーベルでセイの攻撃を受け止めるが、ファウストのパワーに弾き飛ばされる。
- 何とか制動をかけて体勢を立て直すが、その間にファウストは加速してストライクラピドに接近する。
- コックピットではセイが鬼の様な形相で操縦桿を引き絞り、攻撃の手を緩めない。
- テツは激しく揺れるコックピットの中、苦悶の表情で攻撃を防ぐことしかできなかい。
- 改めてセイの能力の高さを痛感していた。
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*
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- テツは雨の中を走っていた。
- ラクス=クラインが裏切ったとか、ボアズが核ミサイルで破壊されたとか、最近のプラントに流れるニュースはそういった暗い話題ばかりだ。
- だがテツにはどれもどうでもいい話だ。
- テツにとっては今を生き延びるのに必死で、そちらの方が余程重要だ。
- 今も寂れた食堂に忍び込んで、食料を盗み出したところだ。
- それを持って必死に裏路地を逃げ回っているのだ。
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- いくらか角を曲がったところでテツは深い溝へと飛び降り、壁際に張りついて追ってきた店員達をやり過ごす。
- 声と足音が消えていくのを聞いてホッと肩の力を抜き、そのまま地べたへ座り込む。
- 誰しも有り勝ちな反抗期に暮らしていた施設を飛び出し、うろうろしている内に持っているお金も底をつき、空腹に耐えかねての行動だ。
- 結局施設に居たころよりもひもじい生活を強いられている。
- 自分のバカさ加減に力なく乾いた笑みを浮かべる。
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- そこに突然一人の男が角から現れる。
- ここは袋小路で見つかりにくいが、逆に見つけられると逃げ場もないという欠点もある。
- テツは舌打ちしてすぐに警戒剥き出しの視線で近づく男を睨む。
- 幸い相手は一人だ。
- 場合によっては飛び掛って打ち倒して逃げられるように構える。
- だが男はテツの態度に意に介した風も無く、無造作にゆっくりと近づく。
- その様子に侮られたとカッとなったテツは、一歩で懐に飛び込めるところまで近づいた時、雄叫びを上げて男に殴りかかった。
- だが次の瞬間には雨雲に淀んだプラントの空を見上げていた。
- テツは一瞬何が起こったのか分からず、呆けた表情で水溜りの張った地面の上に寝転がっていた。
- 男はテツが殴りかかった瞬間、体を半身に捻ってかわすと素早く手首を掴み、その勢いのまま投げたのだ。
- テツはすぐに気を取り直すと力いっぱい握られたままの手を振り解く。
- だが男は抵抗することもなくパッと手を離す。
- その意外な行動に、テツは上半身だけ起こして水溜りの上に手をついて座ったまま男を見上げた。
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- その男こそセイ=ミヤマ、その人だった。
- セイはテツの視線を受け流すように穏やかな笑みを作ると、ゆっくりと手を差し出しこう告げた。
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- 「今のその環境から抜け出したいとは思わないか」
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- その言葉にテツは面食らった表情でセイを見つめる。
- その表情に事情を、自分の過去を何も知らないのだと理解したセイは息を一つ吐いく。
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- 「今の君はある者達のために不当に貶められたものなのだ。どうだ我々と共にその者達に復讐し、その手に新しい未来を築こうと思わないか」
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- そう言いながらセイはゆっくりと手を差し出す。
- 一緒に来る気があるならこの手を取れと。
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- そしてテツは差し出されたその手を、あまり深く考えずに取った。
- 今の環境から抜け出したいと思っていたテツには願ったり叶ったりの誘いだった。
- まだ子供だった彼の目には、その手が輝かしい未来への片道切符に見えたのだ。
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- テツのMS操縦シミュレーションの結果は"FOKA'S"中で最低。
- 一方のセイは"FOKA'S"のリーダーにして、MS操縦もトップクラスの腕前だ。
- それらのデータが指し示す通り、やはり力の差は歴然としていた。
- ファウストの攻撃をシールドで受け止めるのが精一杯で、テツはどんどん追い込まれていく。
- それまで2人の行動を静観していたキラが、防戦一方のストライクラピドに見ちゃいられないと援護に向かおうと試みるが、キラ自身もトレジディ、エビルを相手に立ち回りそれは叶わない。
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- 「彼らが戦っても何の意味も無い」
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- キラ自身が"FOKA'S"と戦うことにも何の意味も見出せないが、そこに所属する者同士が争うことはもっと意味が無い。
- そこにあるのは悲劇でしかないのだ。
- だがその訴えは届かない。
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- 「世界の調和を乱すものは何れ淘汰される。それが遅いか早いかの違いだけだ」
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- ケルビナは冷めた口調でテツが制裁を受けるのは当然と切捨て、シャイニングフリーダムに向かってライフルを放つ。
- キラは舌打ちして感覚を研ぎ澄まし攻撃をかわすと、ライフルを両手に構えて一斉にマウントされた砲火を放つ。
- しかしその攻撃はビームシールドに防がれて致命傷にはならない。
- 予想以上の強敵にキラの意識は、目の前の2機に次第に集中していく。
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- その間もセイは容赦なくテツに攻撃を仕掛ける。
- テツはファウストから放たれたドラグーンに翻弄され、それらのビットからの攻撃を避けることで精一杯だ。
- 当然ファウスト本体から隙は見え見えだ。
- セイは背筋が凍るような笑みを浮かべると、手にしたライフルを構えてそのターゲットにストライクラピドを捉える。
- 一方のストライクラピドのコックピットにはターゲットロックされたことを示すブザー音が鳴り響き、テツはやられると歯噛みしながら悔しさが込み上げる。
- そして自分の無力さに腹を立て、猛烈に心の底から力を欲した。
- セイを倒すためではなく、せめてセイに自分達が戦うことの無意味さを気付かせるために。
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- その時、テツの体の奥底で何かが弾ける音が聞こえたような気がした。
- するとファウストがライフルを構える仕草が急にスローモーションになった様に見えた。
- その感覚に戸惑いながらもテツはその動作から逃れるように反射的にレバーを傾ける。
- ストライクラピドはその操作に従って滑るように横へ移動し、放たれたビームを間一髪で避ける。
- それも機体の動きが突然速くなったように感じられた。
- しかし実際は違う。
- テツの反応速度が恐ろしく速くなったのだ。
-
- 一方のセイも戸惑いを感じていた。
- 万全の状態で放ったビームをかわされたかと思うと、先ほどまでとは打って変わってストライクラピドの動きが突然よくなり、こちらの攻撃が当たらなくなったことに。
- まるでそれまでと別人が操縦しているような感覚すらある。
- セイはテツを明らかに見下していた。
- その格下相手に自分の攻撃をいいようにかわされ、次第に怒りが焦りへと変わっていくのを感じていた。
- それを認識した自分に気が付くと、それを否定するように激しく頭を振って自らを叱責する。
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- 「この俺が、テツ如きに後れを取るはずがない」
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- セイは怒りの中でその感覚をテツと同じく弾けさせると、背後から切りかかるストライクラピドのサーベルを紙一重でかわして、振り向き様に胴を蹴りつける。
- その勢いで体勢を崩したストライクラピドに、ビームサーベルを振りかぶって急接近する。
- しかし怒りに我を忘れた攻撃は正確性を欠き、動きに無駄も多い。
- 片や冷静に状況を見ているテツには、それらの動きもしっかりと視界に捉えている。
- 蹴りは避けようもなくまともに喰らったが、その後は油断を誘うために半ばわざと反撃がしにくい体勢でファウストが切りかかるのを待っていた。
- そして充分に引きつけると機体をうまくいなして攻撃をかわし、擦違い様にビームサーベルを抜いてファウストの左腕を切り落とす。
- テツはその行動を自分の頭の中で思い描いたはずではあるが、あまりにその通りにうまくいったことにまた驚いてしまう。
- そしてひょっとしたらセイを止めることができるかも知れないという希望と共に、テツの中のこれまで眠っていた能力が、今目覚めようとしていた。
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