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- 再び起こった人類の未来を賭けた戦いが終わって数ヶ月。
- プラントにも地球にも、安息の時が訪れていた。
- その平和を噛み締めながら、キラは自宅の庭にあるサンルームで雑誌を開いて、ある一つの記事を読んでいた。
- それは先の戦いに関する記事だ。
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- 今回の戦いは以前に起きた2度の戦争と比べると、それほど人々の間で論争を巻き起こすものではなかった。
- 宇宙では激しい戦闘が行われていたことは周知の事実だが、一般市民への被害はほとんどなく、発端が特定個人に対する感情の偏りによるものだったため、特に地球に済む人達にとっては対岸の火事の出来事にしか過ぎなかったのだ。
- またラクスやカガリが戦いの後すぐにメディアの前に立ち奔走して、人々の混乱がすぐに収まったことも、世間でそれほど騒ぎ立てなかった理由の一つだ。
- とは言え、それらの戦闘に関する専門家の議論や、思想家達の意見といったものは時折TVやラジオで流れ、端的に人々の目には触れていく。
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- それ故にキラには一つの心配事があった。
- それは自分の出生の秘密が知れることによる混乱と新たな戦いの火種、"FOKA'S"メンバー達への心無い批判だ。
- 自分のことが知られるだけならまだいい。
- そうやって産まれることを望んだわけではないが、その業を少なからず背負って生きているのだから、その覚悟はある。
- しかしそれを知られることは、ラクスや自分の子供達もその非難の目に晒されることになる。
- そして"FOKA'S"のメンバー達も罪が無いとまでは言えないが、ある意味で被害者の立場にもあり、それ故の暴走だということを、世間の人達も認知し、世界のあり方、倫理について反省すべきだと思っていた。
- 一方的にあれが敵だと、悪いのだと決め付けることがまかり通ったのでは、彼らも救われない。
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- だがその心配は杞憂に終わった。
- キラの秘密が今読んでいる記事を始め、他の記事やTV等でも公に出ることは一切なかった。
- そして"FOKA'S"のメンバーを戦犯と非難することも。
- そのことに安堵の息を吐く。
- 同時に自らはその戦いを反省と糧として、デスティニープランに頼ることなく、自分達の意志と力で戦争の無い世界を築くために邁進しようと心に誓う。
- それが生き残り、未来を勝ち取った者の務めだから。
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- そんなことを考えながら読み終えると、記事の最後にミリアリア=ハウと綴られている。
- その名前を見て、キラは小さく笑みを零す。
- そして心の中でミリアリアに賛辞と感謝の言葉を呟く。
- 戦いの様子を映した写真と共に、戦うことの悲惨さや虚しさを切に訴え、また未来に向けて自分達が何を考えしていかなければならないか、その内容がよくまとまっている記事だ。
- この雑誌は地球ではかなりの部数が売れていると聞き、これを読んだ人達が少しでも平和に対する意識を持ってくれればと思う。
- そしてキラの思いやラクス、カガリの言葉を昔の約束通り、世間の人々に届けてくれていることに感謝せずにはいられなかった。
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- その後姿をラクスは部屋の窓から微笑んで見つめていたが、やがて声を掛けようと思い立ってサンルームへと降り立つ。
- ラクスは子供がいつ産まれても可笑しくない状況になり、ほとんどを自宅で過ごしている。
- しかし議長としての仕事は山済みだ。
- キラを始め評議会議員達やカリダもプラントに留まり精一杯のサポートはしているが、議長というよりも”ラクス”でなければできないことは多い。
- そのため常に医師が自宅に常駐する万全の医療体制を整えて、自宅からTV会議やTV出演を行っていた。
- だがそれも今日はなく、一日をゆっくりと過ごしているところだ。
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- ラクスはお腹を少しだけ重そうに手を沿えて、ゆったりとキラの元に歩み寄る。
- その気配を感じ取ったキラは記事の書かれた雑誌をパタンと閉じて脇のテーブルに置くと、ゆっくり立ち上がって振り返る。
- それから優しく愛おしそうな笑顔で、ラクスを自分の下へと誘う。
- ラクスは差し出された手を取って笑みを返そうとしたが、突然下腹部に激しい痛みを覚え、表情を苦痛に歪めてその場にうずくまる。
- キラは慌ててラクスの傍にしゃがみ込むと、ラクスの手を握って体を支え、心配そうにどうしたのか尋ねる。
- ラクスは苦しそうに、ようやく一言搾り出す。
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- 「う、産まれそう、です」
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- その一言にキラは慌てて家の中に飛び込んだ。
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PHASE-49 「希望の種」
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- キラは病院の廊下で、目の前の扉の前を行ったり来たり、はたまた長椅子に腰を下ろしたかと思うと、また立ち上がって歩き出したりと、とても落ち着きが無い。
- そんな息子の様子に、カリダは苦笑しながら窘める。
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- 「少しは落ち着きなさい、キラ。貴方がそこでうろうろしていても、ラクスさんには何の助けにもならないわよ」
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- キラは言われて生返事を返してカリダの横に腰を下ろすが、1分とじっとしていられずまたすぐ立ち上がってうろうろ歩き出す。
- キラもカリダに言われなくても、自分がそわそわしていても仕方ないことぐらいわかってはいるのだ。
- だがラクスが分娩室に入ってからもう何時間も経つ。
- 直前のラクスの苦しそうな表情を思い出すと、心配でたまらない。
- とてもじっとしていられないのだ。
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- ラクスが産気づいてから待機していた医師が直ぐに状態を確認、いよいよ産まれることがわかると慌しくラクスを病院へと運び込んだ。
- キラもカリダと共に付き添ってきたが、何をしていいかも分からず、ただ苦しそうなラクスを見つめて励ますことしかできなかった。
- そして今も扉一枚隔てた場所にいて、自分が苦しむ彼女の力になってやれないことが歯痒く、また実際の経過時間以上に長い時間待っている気がしていて、ラクスは本当に大丈夫なのかという思いが駆け巡り、とても落ち着いてなどいられなかった。
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- カリダもキラが心配するのはよくわかるのだが、これでは父親として頼りなさ過ぎる。
- また小さく溜息を吐いて優しく諭す。
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- 「貴方は父親になるんだから、もっとどっしり構えていなさい」
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- キラがわかってるよと言いながらまだ廊下を行ったり来たりしている様子に、呆れ半分諦め半分で、父親としてはまだまだねと心の中で採点する。
- しかし言いながらカリダも内心は不安に思っている。
- キラは間違いなく自分の子供であると自信を持って言えるのだが、事実として引き取った子供であり、カリダは実際に自分ではお腹を痛めて産んだ事はないのだ。
- 姉から子供を産んだ時のことを聞いたことはあるが、相当大変な思いをしたことを聞かされ、正直尻込みしたものだ。
- それでも当の本人は幸せそうな笑みを絶やすことがなかったのは、新しい命と巡り合えた、母親になれる喜びがあったからだろう。
- 結局自分はその喜びを知ることはできなかったことに少しだけ羨ましく思いながら、しかし今も目の前で落ち着きなく待っている息子の姿に目を細めて微笑む。
- 今ある不安や、産みの苦しみは後から来る喜びの代償なのだろう。
- 数時間後には満面の笑みを浮かべている息子の姿が容易に想像でき、小さく笑みを漏らす。
- これまで苦しみ傷つきながら困難に立ち向かってきた彼らだからこそ、幸せになってほしいと心から思う。
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- それからさらに何時間か経って、ようやく分娩室の扉が開かれ、エミリーが真顔で出てくる。
- キラは待ち侘びた様子でエミリーの傍に寄り、カリダも椅子からガタッと立ち上がる。
- どちらもエミリーの真剣な顔つきに、緊張した不安の色を滲ませている。
- そんな2人の様子を見ると、エミリーは真剣だった表情を崩してにっこりと笑顔を見せる。
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- 「おめでとうございます。元気な男の子と女の子で、母子共に健康です」
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- 言われてキラとカリダは心底ホッとした表情を浮かべ、それから幸せそうに微笑み合う。
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- そう産まれてきたのは双子だった。
- もちろんキラもラクスも双子が産まれるということは知っていた。
- だからそのことに特別驚くことはない。
- ただ双子だと初めて分かった時は、キラもラクスも驚いた。
- 子供ができる可能性が低かった彼らの間にできたということでも奇跡的なことだったのだが、それがさらに双子だと分かり、戸惑うやら嬉しいやらだった。
- だが今は、とにかく2人とも無事に産まれてきたことに安心しきりだ。
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- エミリーに勧められてキラは恐る恐る分娩室に足を踏み入れる。
- まず目に映ったのは、疲労の色は滲んでいたが、幸せに満ちた表情を浮かべるラクスだ。
- キラに気が付くと、目を合わせてさらに深く微笑む。
- それに笑顔で応えると、毛布に包まれて元気よく産声を上げている小さな命の息吹を目の当たりにする。
- 向かって右側にいるのが薄いピンクの髪を持っている女の子だ。
- こちらの方がお姉さんになります、と抱いた看護士からにこやかに説明される。
- それから視線を左に移すと、別の看護士に抱かれた、赤みがかった茶色の髪を持っている男の子がいる。
- キラはドキドキしながら、そっと赤ん坊に顔を近づけて見る。
- 自分がこの子達の父親なのだと思うと、まだ実感が湧かず何とも不思議な感じがするのだが、一生懸命泣いている子供達を見ていると心がとても暖かく満たされ、命の尊さを痛感する。
- キラは言いようのない胸の内を、笑みで表す。
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- 「どちらのお子様も、問題はありません。調整した通りに御産まれです」
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- エミリーが双子の状態を確認して説明する。
- 双子はコーディネータとしてこの世に生を受けた。
- ここはプラントなので当たり前と言えば当たり前だ。
- だがキラとラクスは、本音を言えばコーディネータでなくとも、ただ普通に産まれてきてくれればそれで良かった。
- デスティニープランを否定したこともあり、産まれる前から色々なものを与えて、定めれた人生を歩ませることは望むところではない。
- しかしラクスの立場上、それら全てを否定することはプラントに大きな混乱を招く恐れもあった。
- それ故に、2人は一般的なコーディネータの能力(病気に対する抵抗力や基礎体力、知識)と、子供の見分けがつくように自分達と同じ髪の色をそれぞれ与えることを決めた。
- だがそれ以外は自然に任せることにした。
- 与えられた人生を歩むのではなく、自らの手で未来を切り開いて欲しいと願いを込めて。
- そんなことを思い返しながらキラは子供達に向かってもう一度、しかし今度はカリダが予想したとおりの、今日一番の笑顔を見せた。
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- しばらくして、ラクスと双子の赤ん坊は病室へと移された。
- ラクスもまだけだるい疲労感が残ってはいるものの、受け答えははっきりしているし、ベッドに横たわりながらその表情には幸せそうな笑顔と充実感に満ち溢れていた。
- 双子は一頻り泣いた後眠りに着き、今はラクスの横の小さなベッドに大人しく並んでいる。
- その反対側にはキラが座っている。
- キラはラクスの体を気づかいながら、感謝の気持ちを述べる。
- それからこれからのことについて話を始める。
- 何せ初子を2人同時に授かったのだ。
- 不安や楽しみがあれもこれも想像できて、何より今は嬉しさが強すぎてなかなか整理がつかない。
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- 「この子達の名前はどうしましょうか。もうお決まりですか」
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- そんな中で、ラクスが肝心なことを口にする。
- 確かに双子を育てていく上で色々な準備は必要だが、赤ん坊の個人を特定するためにも、まずどう呼べば良いかを決めてやらなければならない。
- まさかこのままずっと男の子とか女の子と呼ぶわけにはいかないだろう。
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- ラクスはベッドに横たわったまま双子に微笑んでから、キラへと視線を向ける。
- 実はキラが一月ほど前から子供達の名前を色々と考えていたのを知っている。
- こっそり一人で机に向かってああでもないこうでもないと、頭を抱えていた仕草がとても可笑しく、愛おしかった。
- 自分も色々と考えてはみたのだが、どうにも良い名前が浮かばないのでそのままキラに任せることにしたのだ。
- キラは自分が名前を考えていることを知られていたことに、軽い驚きの表情を浮かべ、それから照れ笑いをしてポリポリ頭を掻く。
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- 「女の子はヒカリ、男の子はコウ、でどうかな」
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- キラは気を取り直すと、はにかみながら自分が考えた名前を披露する。
- ラクスは頭の中で数回それを反芻し、口の中で転がしてみる。
- それからにっこり笑って、キラの案に賛成する。
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- 「素敵な名前だと思いますわ。何か意味がありまして」
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- 言われてキラは深く頷く。
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- 「どちらも“光”という字の読み方なんだけど」
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- 口元に笑みを湛えたまま、しかし立ち上がって子供達の傍に移動すると真剣な瞳で続ける。
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- 「2人とも僕達にとって大切な子供達だから、どっちがどうとかじゃなくて。2人とも同じ様に幸せになって欲しいから、同じ願いを込めたいと思って」
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- それから双子の小さな手にそっと触れる。
- 柔らかい肌の感触と温もりが何だか不思議な感じもするが、この子達がもっと大きくなった時のことに思いを馳せる。
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- 「2人とも明るい未来を生きていけますように、築いていけますようにって」
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- キラは強い意志の篭った眼差しで双子を見つめる。
- 願うのはこの子達の幸せ。
- この子達の未来が明るいものであること。
- 夢や希望を叶えるために頑張れること。
- そのために自分がしなければならないことを改めて強く思う。
- 子供達がそんな人生を送ることが出来る世界を、ラクスと、仲間達と築いていくことを。
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- 突然双子がその熱意に反応したように元気よく泣き出す。
- キラはおっかなびっくり子供達を抱き上げ一生懸命あやすのだが、一向に泣き止む気配はなくおろおろするばかりだ。
- ラクスはその様子を吹き出しそうになりながら、上半身を起こして自分に渡すように促す。
- そして苦笑するキラから受け取ると、ラクスは静かに語りかける。
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- 「こんちには、ヒカリ、コウ。ようこそ、私達の世界へ。まずは貴方達のお名前が、お父様からの素敵で大切なプレゼントですわ」
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- それから静かな声で歌い始める。
- ラクスがまだ幼かった頃、母が寝付けない自分によく歌ってくれた子守唄を。
- その歌を、愛しい人との間に産まれた我が子に聞かせることができるのはこの上なく幸せなことだと思う。
- そこでようやく母親になったという実感が湧いてくる。
- そして歌いながら名前が父からの贈り物なら、この歌が母からの贈り物だと思いを込める。
- そんな新米の母親が歌うその優しい子守唄が、病室を暖かく包み込む。
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- お日様が顔を隠し
- 闇が深まる
- 深淵の夜
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- おやすみなさい
- 愛しき子よ
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- 今はただ静かに
- 夢の世界へ
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- 目を覚ませば
- また太陽の下で 話をするから
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- 鳥達が歌を止め
- 星が瞬く
- 静寂の夜
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- おやすみなさい
- 愛しき子よ
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- 今はただ安らかに
- 夢の世界へ
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- 目を覚ませば
- 素敵な明日に また出会えるから
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- 花達が息を潜め
- 月が煌く
- 幻想の夜
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- おやすみなさい
- 愛しき子よ
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- 今はただ穏やかに
- 夢の世界へ
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- 目を覚ませば
- またこの温もりで 抱きしめるから
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- さあ今はゆっくりと
- 安らぎの時を
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- 目を覚ませば
- 幸せな日々を 共に過ごすから
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- 子供達はそれがまるで母親の歌だと分かったかのように、泣き声は小さくなりやがて再びすやすやと寝息を立て始める。
- キラはラクスに尊敬の眼差しを向けて、それから子供達の様子に幸せそうに微笑むと、自らも気持ち良さそうに目を閉じて、歌声に身を委ねる。
- ラクスも体を小さく揺らしてリズムを取りながら、夢にまで届けと歌い続ける。
- 今確かに感じられる幸せを感じながら。
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- この2人が親なら、きっと温かく優しい子供に育つだろう。
- ふとそんなことを思いながら病室の様子を見に来たカリダとエミリーも、幸せそうな笑みを零して、そっと見守っていた。
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