- ラクスの話を、固唾を飲んで聞いていた3人は、憧れと羨望の眼差しを向けていた。
- もし自分が愛する人が、そのようなことになってしまったら、きっと辛い思いばかりするだろう。
- その苦しさの余り、途中で投げ出したくなるかも知れない。
- それでも1人の男性を一途に想って、健気にその人に尽くす姿は、本当に尊敬すべきものだった。
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- 「ラクス様、すごいです」
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- メイリンは心から尊敬の念を込めて、零した。
- ラクスは少しはにかんだような笑顔で、そうですかと返す。
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- 「ですが、少しだけ後悔もありましたわ」
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- だが続けてラクスは少し表情を曇らせて、キラの傍に居たことを悔いるような態度を見せる。
- 今のラクスはプラントの最高評議会議長として、地位も名誉も手にし、愛する男性までも傍にいるのだから、周りから見れば幸せの絶頂にいると言う風にしか映らず、羨ましいことこの上ないのだが。
- 何だろうと3人は首を傾げると、ラクスは許しを請うかのように、胸に秘めている思いを吐き出す。
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- 「私は自分の持つ象徴の重さを過小評価していました。私1人が居なくなったところで、プラントや世界の大勢にそこまでの影響を及ぼさないであろうと。ですが予想以上に『平和の歌姫』という偶像は1人歩きを始めていました。結果としてミーアさんという、私の替え玉をデュランダル前議長は作り出し、皆様にも混乱を与えてしまいました」
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- 先の戦争で、デュランダルは新たなプロパガンダとして、自分の言いなりに動く『ラクス=クライン』という存在を巧みに利用して、事を優位に運ぼうとしていた。
- 結果として、ラクスがキラの傍に居たことが、そのような悲劇を生んだとも言えるのだ。
- それはラクスにとって、今も残る大きな心の傷だ。
- ミーアが死んだ現場に居合わせていたメイリンも、あっと思い当たった表情を見せ、辛そうに顔を伏せる。
- 確かにラクスがキラの元ではなく、プラントに戻ることを選んでいたら、あのような悲劇は生まれなかったかも知れない。
- それを考えると、ラクスが己を責める気持ちは痛いほど分かったし、違和感を感じながらもミーアを偽者だと見抜けなかった自分達の行動にも責任を感じる。
- 重苦しい雰囲気が4人を包む。
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- その中で言葉を発したのは、シホだった。
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- 「でも、それでラクス様にとって一番大事なキラさんを救うことができたわけですから、ラクス様の選択は間違っていないと思います。自分にとって一番大切な人を救えなければ、きっと後悔します」
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- 真剣な表情で、自分の思いの丈を吐き出す。
- もし自分が同じ立場であったなら、きっと同じように、好きな人の傍に居ることを選んだと思うから。
- それに、自分にとって一番大切な人を救うことができないで、他の人を救えたなどとは思えない。
- 今のラクスがあるのは、やはり辛い中でキラを支えた愛情あってのことだと信じた。
- シホは、そう力説する。
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- その言葉に、ラクスは少し救われた思いがした。
- もし自分がキラの傍ではなく、プラントに戻ることを選んでいたとしたら、もしかしたら戦争は起こらず、ミーアも犠牲にならなかったかも知れない。
- だがそれは、キラが立ち直れなかったかも知れないことを指している。
- 自惚れかも知れないが、自分が傍に居たから、キラは再び笑顔を取り戻すことができたのだと、今でも信じている。
- 同時に自分も、キラにたくさん支えてもらった、いや今も支えてもらっているのだという思いがあり、勝手な解釈だとしても、シホが言うようにそれは必要で大切な時間だったのだ。
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- 今その思いを吐き出したのは、我侭にも見えるその行為を、他人に肯定して欲しかったからかも知れない。
- ありがとうございます、と安堵にも似た笑みを浮かべると、ラクスは続きを語りだす。
- 本当の意味で、キラの心と向き合った時の話を。
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STORY-03 「閉ざされた心」
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- 決意を固めた翌日、私は即行動に移しました。
- いつものようにテラスで海の方を見ているキラの前に、その視界を遮るように立って話掛けました。
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- 「キラ、お話がありますわ。少しよろしいですか?」
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- 私の姿だけがキラの視界には映っているはずですが、キラはピクリとも動きません。
- 予想はしていましたが、実際にその通りだと、とても寂しい気持ちになりました。
- 私は小さく溜息を吐いてキラの手を掴むと、力いっぱい引っ張ってキラを立たせました。
- そしてずんずんと引っ張って、キラの部屋まで連れて行きました。
- 場所はそのままでも良かったのですが、あのままではキラが話を聞いているかどうかも分かりませんでしたし、できれば2人きりで話がしたかったのです。
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- 部屋に連れてきましても、キラは変わらず虚ろな表情で、力なくベッドに腰を落としました。
- その一つ一つの動作が、私にはもどかしくも感じられました。
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- 「キラはいつまでそうしているおつもりですか?」
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- できるだけ穏やかに尋ねたつもりです。
- ですが、少し厳しい口調が滲み出たという気もしました。
- キラには笑っていて欲しいと。
- 私と共に、この世界で生きていて欲しいと願うから。
- それはお節介なことなのかも知れません。
- 或いはキラに対する私の個人的な感情による、私自身のエゴでしかないのかも知れません。
- キラに立ち直って欲しいのは、そんなキラを見ていることが辛く、私自身が切なく苦しい思いをしているからではないかと。
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- それでもこのままでは、キラは人として生きていけなくなります。
- 心が死んでしまいます。
- キラ自身がどう思っていようとも、それがキラにとって、最良の未来であるはずがありません。
- 人としてこの世界に産まれ出でたからには、幸せになる権利があるはずです。
- どれほどキラが罪の意識に苛まされようとも、それはキラのせいばかりでは無いのですから。
- ですから例えそれが私の我侭だと思われようとも、その行動を留めることはできませんでした。
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- しかしキラは力なく項垂れたまま、壁にもたれかかっています。
- 視線も床に落としたまま、私の方を見ようとはしません。
- その余りにも無気力な姿に、私は悲しくなると同時に、少し怒りも感じました。
- かつて共に戦った、強く優しいキラの面影が、何所にも無いのです。
- 私のイメージを押し付けてはいけないと思いつつ、しかし思いを吐き出さずにはいられませんでした。
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- 「キラ、現実を御覧なさい!」
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- 私は声を大きくして叫びました。
- 思わぬ大声に驚いたのか、キラはビクッと肩を震わせて、ようやく私の方を見ました。
- その瞳は怯えたように揺れ、私の目をじっと見つめてきました。
- 私はその輝きを失った瞳に怯みそうになりましたが、気持ちを強く持って踏み止まり、言葉を続けました。
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- 「貴方は何のために戦っていたのですが。大切な人達を守るためでは無いのですか。確かに失われた、守れなかった命もあるかも知れません。でも今目の前にいる私や、アスラン、カガリさん、マリューさん達は、貴方に守られた人達なのですよ」
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- キラはたくさんの命を討ってしまったこと、守れなかったことを悔やんでいます。
- 私は、そのことがキラの心を苛ましている大きな要因だと考えていました。
- キラのしてきたこと全てが間違いではないと、訴えました。
- 事実、今日の私があるのは、キラが守ってくれたからに他ならないからです。
- 罪を犯したと言う点では、キラや皆さんを戦いに煽った私も同罪です。
- ですから、キラだけが苦しむことは無いのです。
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- 後で分かったことですが、それは確かに間違いではありませんでした。
- しかし、キラにとって最も心を痛めていたのは、そのことでは無かったのです。
-
- キラは私の意に反して、いやいやするように頭を大きく振ります。
- 私の言葉で、背負わなくても良い肩の荷を、少しでも下ろしてくれればと思っていたのですが、そう思うようにはいきません。
- それほどキラの心は頑なでした。
-
- 「君には、君には分からない!僕は、僕の命は、普通じゃないんだ!もう僕のことは放っておいて!!」
-
- キラは半ば投げやりのような怒鳴り声で、私を拒絶する言葉を吐き出しました。
- それが、マルキオ様のところに来てから、キラが初めて見せた感情でした。
- その表情は悲しみに歪んでいて、叫びはとても悲痛なものに聞こえました。
- 言葉は自分のことは放っておい欲しいと言いながら、その心の底では助けを求めているような、今にも壊れてしまいそうな儚さを帯びて。
- 感情を剥き出しにしたことに気が付いたキラは、私の方に背中を向けると、消え入りそうな声で、言葉を続けました。
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- 「僕は、生きることが許されるような、存在じゃないんだ」
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- それきり、キラは拳を握り締めて俯いたまま、押し黙ってしまいました。
- その背中を、私は居た堪れない気持ちで見つめました。
- キラが何に悩んでいるのか、私には分かりません。
- 仰ってくださらない以上、私にはそれを知る術がありませんでしたから。
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- ですが私は足掻くように、そこまでキラの心を苦しめるその悩みから、私は少しでも解放したいと、思わず手を伸ばして、その頭を抱えるように抱きしめました。
- キラは相当に参っていたのでしょう。
- 私のその行為を拒まず、むしろ甘受するかのように、私の腕の中で涙を零しました。
- その嗚咽と、久しぶりに触れたキラの温もりが、私の心に強く響きます。
- そして自覚するのです。
- ああ、こんなにも、この人のことを思っているのだと。
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- しばらくキラは大人しくしていましたが、泣いたことで幾分落ち着いたのか、私の体をパッと引き離し、手を払いのけると、再び私を拒絶しました。
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- 「出て行って。早くここから出て行ってよ!」
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- それは私を、と言うよりも、キラに触れる温もり全てを振り払うことを、自戒しているようだということに気が付きました。
- 私には分からない、何かを背負い、それで自分を責めているのだと。それに気がついた時、私は拒絶されたショックよりも、その何かが気になりました。
- しかし今のキラが、それを私に話してくれるとは思えません。
- ですが、とにかく私は今の自分の気持ちを、全てキラにぶつけたつもりです。
- それをどう捉え、行動していくかは、キラ次第です。
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- 「分かりました。でもこれだけは忘れないで下さい。キラはキラです。例え貴方が何者であったとしても、私にとって、たった1人のキラであることは、変わりません」
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- そう、私が唯一心から愛しいと思う人。
- 他の誰にも代わりはできない、この世で唯一の。
- 私の想いは、どうしても伝えたかったのです。
- ですが、キラはぎゅっと膝を抱え込んで、固く心を閉ざしたままでした。
- 私はまた溜息を吐くと、今はそっとしておくほうが良いと判断し、キラの方を心配して振り返りながら離れました。
- そして部屋の外に出ると、ゆっくりと扉を閉めました。
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- 私自身も緊張していたのでしょう。
- 部屋を出ると、一気に疲れが襲ってきたような、そんな疲労感を覚えました。
- 私は閉じた扉に背中から持たれながら大きく息を吐き出し、すっかり暗くなった廊下の天井を見上げて、ずるずるとその場に座り込んでしまいました。
- その時になって、キラに拒絶された悲しみから、涙が溢れてきたのです。
- 私ではキラの助けになれない無力感と、キラに想いが届かなかった悲しさに。
- 私はキラに声を聞かれないように必死に押し殺して、その場で泣き続けました。
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