- キラ達がオーブからプラントに戻って数週間。
- 今日はプラントで言うところの新学期が始まり、幼年学校では新しく入学する子供達の入学式が行われようとしていた。
- 入学式と言えば、子供達は新しい環境での生活に大きな希望を膨らませて、また親達も子供が自分の手を離れていくことに不安と寂しさを覚え、同時に大きく成長してくれることを期待しながら子供の新しい旅立ちを見送る大切な儀式だ。
- そこに緊張感はあっても、人生における大事で記念すべき幸福な一コマであることは間違いない。
- それはいつの時代も変わらないものだ。
-
- しかしここ、アプリリウスワンの幼年学校は少々様相が違っていた。
- いや、家族にとって大切な日であることは間違いないし、子供達は目をキラキラと輝かせてこれからの生活に思いを馳せている。
- 問題なのはそんな子供達を教え、見守る大人達の方。
- 学校とすれば入学式を何度もやっているには違いないが、年に1度しか無い大きな行事だ。
- それなりに緊張するものだろうが、それにしても異常なほど教職員一同は緊張した面持ちで新入生達の斜め前に整列している。
- 学校長も入学式の挨拶中何度も言葉につまり、またひっきりなしにハンカチで額の汗を拭っていた。
- 明らかに新入生達の後ろで子供達を見守っている保護者達をちらちらと気にしている。
- 正確にはその中の一点だけを。
- そんな教師達に少し同情しつつ、新入生の後ろに並ぶ保護者らの間にもとてつもない緊張が走っていた。
- それもそのはず、ここの入学式にはヒカリとコウも新入生として参加していて、いつもの愛嬌のある笑顔でじーっと学校長の話を聞いている。
- そして双子がいるということは、当然それを見守る保護者の中に彼らの両親であるプラント最高評議会議長とその夫もいるわけで。
- それがこの状況に陥っている理由だった。
- 普段はテレビでしか見ることができないプラントを治める超有名人にして、プラント中の尊望を集める彼らと肩を並べているのだから緊張するのも無理は無い。
- 保護者席でたまたま隣り合ってしまった者などは、自分の子供と彼らのどちらを気にすればよいのか分からないほど萎縮している。
- またこれから子供達が彼らの子供と同級生になるのかと思うと、嬉しいようなどう接すれば良いか不安のような、複雑な気持ちになるのだ。
-
- そんな大人達の重苦しい雰囲気にキラとラクスは内心苦笑しながら後で保護者にも説明しようと心に決めて、自分達の子供の後姿に意識を戻して微笑を零している。
- その様子はどこにでもいる父と母の姿だった。
-
-
-
-
STAGE-09 「入学式」
-
-
-
- 入学式の数日前。
-
- キラとラクスは双子の入学の手続きのために幼年学校を訪れていた。
- 双子も幼年学校に通うべき年齢に到達している。
- だからプラント最高評議会議長の子供と言えど、そこはルールに則り幼年学校に通わさなければならない。
- むしろキラもラクスも普通に学校に通わせることを望んでいるし、双子もそれをとても楽しみにしているのでその事を止める理由はどこにもない。
-
- 一方で彼らの子供が自分達の学校に通うことになると知った教職員達は、緊張と不安の真っ只中にあった。
- これまでにも評議会議員のご子息を何人か預かったことはある。
- だが正直子供一人の入学にここまで大騒ぎになることはなかった。
- しかしプラント中の注目を集める議長の双子の入学が決定してからこれまで、双子が通う学校ということでいくつものテレビの取材を受け、今も訪れたキラとラクスを取り囲むようにマイクを向ける取材記者達の姿が校門の前で確認できる。
- そこにキラとラクスの、そして双子に対するプラント市民の人気の高さが窺い知れる。
- だからこそこれから何年もその子供を預かり教育することに、不手際があってはどうしようと不安になるのも無理は無い。
- 教職員達もまた彼らを信頼し、支持している市民の一人なのだから。
-
- ようやく記者達の取材を振り切って校舎内に入ってきたキラ達を、学校長始め教職員達は皆畏まって彼らを迎え入れる。
- ラクスもキラも自分達の置かれている立場を分かっているし、どこに行ってもこうゆう扱いを受けているのでそれを今更どうこう言うつもり、特別戸惑うこともない。
- だがそこで彼らが不安に思うのは、自分達の子供のことだ。
- 自分達の子供ということで、同じように畏まって接されることは彼らの望むところではない。
- あくまで望むのは、他の子供と何ら変わりなく平等に教育して欲しいと言うこと。
- 最高評議会議長の子や英雄の子としてではなく、それぞれがただの一人の子供として。
- だから書類への手続きが終わると、頭を低くしている教職員達に対して自分達の思いを嘆願する。
-
- 「僕達の子供を、きちんと他の子供達と同じように扱ってください」
-
- ラクスが強く望むのは、たくさんの友達を作って欲しいということ。
- かつてラクスはそれが許されない状況にあり、普通の友達を、”ラクス”の友達を作ることができなかった。
- それは時にとても寂しいことで。
- だから自分の子供には普通の友達を作って、彼らと一緒に遊ぶことができてそんな寂しい目に会わないように過ごして欲しいと、産まれる前から願ってきた。
- そしてその中から人との結びつきの大切さや相手を思いやる気持ちを学んで欲しい。
-
- キラが強く望むのは、特別扱いを受けることで、自分達が特別なんだと思わないで欲しいということ。
- だから普通の子供と同じように、普通の学校生活を送って欲しいと思う。
- 良いことをすれば褒められ、悪いことをすれば叱られる、そんな当たり前のことをしっかりと覚えて欲しい。
- 誰の間にも上も下も無い、皆同じ人間だということを子供には分かって欲しいのだ。
- そしてしっかりと善悪の判断や、一方的なモノの見方に囚われないようになって欲しい。
-
- そうして優しく強い人間になって欲しい。
- キラもラクスも真剣な表情で教職員達を見渡す。
- それは子を思う父と母としての顔だった。
-
- 教職員達は一抹の不安を抱きつつも、意志の篭った瞳で射抜かれては彼らの願いを聞き入れないわけにはいかなかった。
- 何より2人の言葉は強く胸を突いたから。
- 特に新入生のクラスを受け持つことになる、黒い髪に青い瞳のまだ若い青年、ナッシュ=バランは深く頷いてこれを受け入れた。
-
- 「はい、他の子供と分け隔てなく、責任を持ってお預かり致します」
-
- ナッシュの力強い返事に、キラとラクスは安堵の表情でよろしくお願いしますと頭を下げた。
-
-
*
-
-
- 入学式当日。
-
- キラ達ヤマト一家はいつも家族で出歩く時と同じように、親子仲良く手を繋いでやってきた。
- 双子同士で手を繋ぎ、もう片方を両親がしっかり握って。
- そして門をくぐった彼らもまた他の家族と同じように、期待と緊張にこれから長く過ごすことになる校舎を見上げる。
- ヒカリとコウはこの日を前々から楽しみにしていただけに、キラキラと笑顔を輝かせて両親、校舎、そして同じようにやってくる家族達の姿を見渡していた。
- 保護者のキラとラクスを驚いたように見つめる姿に不思議そうな表情を見せるが、それよりも自分達のクラスメイトとなる相手が気になるのだろう。
- その子供の方にすぐ目がいって、疑問が頭の片隅にへと追いやられる。
-
- 「ようキラ、ラクスも」
-
- ふいに声を掛けられて、呼ばれた2人は振り返る。
- その視線の先にはテツが一人の子供の手を引きながら、もう片方の手を上げて近づいてくる。
- キラは予想外の場所で出会ったことに驚きつつも、笑顔で手を上げてそれに応えた。
- 双子も見覚えのある人物にあっと声を上げて、傍にやってきたその人を見上げる。
- それからあの時はありがとうございますとにこやかに挨拶する。
- 双子の言葉に苦笑している両親を見てニヤリと笑みを浮かべると、テツも仲直りできてよかったな、と双子に笑いかけてキラ達と談笑を始める。
-
- 周囲の保護者は、キラとラクスを呼び捨てにして親しげに話をしているテツに対してもまた畏怖の念を抱いたのだが、話に夢中な彼らはそのことに気付かない。
- その間も子供のことを話しながら、テツは自分が連れている子供の方へ視線をやる。
-
- 「俺が育った施設の子だ。この子も今年から幼年学校に通う年になった、ってわけだ」
-
- 今も時折施設に行って子供達の面倒を見てやっているテツは、今日は忙しい親代わりの大人達に代わって入学式を見届けるために、こうして保護者としてやってきたのだ。
- キラとラクスに一通り子供のことを話すと、今度は双子の方に視線を向けて紹介する。
-
- 「一緒に通うことになるザイオンだ。仲良くしてやってくれ」
-
- そう言って傍らで戸惑っている、短く刈り込まれた金髪が活発そうな印象を与え、肌が綺麗な白に包まれている男の子の背中を押して一歩前に出す。
- 押し出された男の子は少し抗議の目でテツを見上げて、それから少し恥ずかしそうに双子の方を向いて挨拶をする。
-
- 「ザイオン=バークスです。これからよろしく」
-
- それからぎこちなく、口を片方上げる。
- 頑張って笑おうとしたらしい。
- 表情はとても笑っているように見えないが。
- しかしその様子が可笑しくて、でもとても愛らしくて、キラとラクスは思わず微笑む。
- 双子もニパっと笑顔で挨拶を交わす。
-
- 「ヒカリ=ヤマトです。よろしくお願いしますわ」
- 「コウ=ヤマトです。一緒に頑張ろうね」
-
- 双子の笑顔に、ザイオンもぎこちない笑みでなく、自然と笑顔が零れる。
- その様子にテツも笑顔を浮かべて、彼らを暖かな空気がやんわりと包んだ。
-
- 双子は挨拶をしながら、つい先日過ごしていたオーブで出来事を思い出していた。
- あの日々は普段2人だけで遊んでいた双子にはとても新鮮で、そして楽しい時間だった。
- あの時のようにたくさんの友達と一緒に過ごせるのはとても嬉しいことだ。
- 胸の内にある期待感がさらに高まってくる。
-
- その時、入学式の会場となる講堂の前で、教員と思われる男が新入生に集合を呼びかけた。
- どうやらそろそろ入学式が始まるらしい。
- キラ達も慌しく子供達に声を掛けて会場へ急ごうとした。
- しかし双子はそんな彼らよりも早く、ザイオンの両手をそれぞれ取ると走り出していた。
- 早くも友達ができた双子は両親も置き去りにしそうな勢いで、ザイオンを引きずるように入学式の会場へと向かうのだった。
- その表情は花が咲いたような、とても眩しい笑顔に包まれていた。
-
-
-
― Twin's Storyトップへ ― |
― BACK ―|
― NEXT ―