- 入学式終了後、新入生となる子供達はこれから普段授業で使用する教室へと移動した。
- 親達は廊下の外で、子供達が担任となる先生やクラスメイトとの顔合わせを終えるのを待たなければならない。
- それは不安でもあり、同時に子供達に大いなる期待を抱く最初の瞬間でもある。
- おっかなびっくり、だが嬉々とした表情も浮かべて教室の中へと消えていく子供達の後姿を、大人達は固唾を飲んで見守っていた。
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- ここで幼年学校の構成を説明しておくと、1学年1クラスで30人。
- 決してこの学校に通う生徒が少ないのではない。
- これが今のプラントの標準数値なのだ。
- 産まれてくる子供の数が少ないプラントの現状がここにも現れている。
- だが、それはプラントの大事な課題の一つではあるが、今の彼ら、希望に溢れてやってきた子供達にとってはあまり関係の無いことだ。
- それを何とかするのはラクス達、評議会を始めとする大人の仕事であって、子供達にどうしようもない。
- それに例えクラスの人数が何人であろうが、彼らはこれから同じ学び舎で共に楽しいことや辛いことを色々経験しながら過ごさなければならず、そうして確実に成長をしていくわけで、それこそが彼らにとって最も重要なことなのだ。
- それはいつの時代も変わらないものだ。
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- 話をここアプリリウスワンの幼年学校に戻すと、教室へと入った子供達を、ナッシュは一人ずつ名前を呼び、顔を確認しながら席に座らせていく。
- そして全員が座ったのを確認するとナッシュは子供達をざっと見渡す。
- 視線は思わず双子を強く捉えてしまうが、意識してそちらから注意を逸らし、子供達一人一人の顔と名前を頭の中でもう一度照らし合わせていく。
- ナッシュはそうして子供達の顔と名前をすぐに覚えることが出来るのだ。
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- ナッシュがそれをしている間に子供達はと言うと、早速隣り合った者と話をしたりしている。
- 全ての子供の顔をインプットできると、その様子を微笑ましく思いながらナッシュは自分に一つ気合を入れると声を張る。
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- 「私が皆さんに勉強やその他色んなことを教えることになった、ナッシュ=バランです。どうぞよろしく」
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- その声が掛かると子供達の雑談が止み、一斉にナッシュの方に注目する。
- 視線が集まったことに若干の緊張を覚えるが、ナッシュは怖気づくことなく言葉を続ける。
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- 「先生にとって皆さんは大事な生徒です。誰が一番ということではなくて、皆同じ一人の人間なのです。ですからお互いのことを友達として大切にしながら、一緒に勉強して行きましょう」
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- 子供達はナッシュのその言葉に表情を引き締めて、元気よくはいと返事をする。
- もちろん双子も真剣な表情で返事をした。
- その返事にナッシュは納得顔で力強く頷く。
- そしてそれはナッシュ自身に言い聞かせている言葉でもあった。
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STAGE-10 「始まりの一歩」
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- 子供達はナッシュに指示された席へと着いていく。
- やがて双子の順番がきて、ヒカリとコウは端っこの後ろの席で縦に並んだ。
- コウが前でヒカリが後ろ。
- そのことに少しホッとした双子。
- これまで何をするにもいつも一緒に行動してきた2人だから、新しい友達ができることが嬉しいとは言っても、やはりバラバラになってしまうことに心細さを感じないわけではなかったから。
- 二人は頷き合うと、それぞれの席に着く。
- そうして腰を落ち着けたことで周囲を見渡す余裕ができたコウは、隣の席に座った女の子に声を掛ける。
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- 「僕、コウ=ヤマト。よろしく」
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- その表情は幼い子供らしからぬもので、女性ならばそれを見てくらくらするに違いない、そんな艶やかで見る者の心を虜にするものだ。
- その笑顔を受けてどぎまぎしながら、少し赤みがかった髪を肩の下で揺らし、その瞳は印象的なワインレッドの女の子も笑顔で答える。
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- 「私、ミレーユ=マグダナ。よろしくね」
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- ミレーユから見てコウはかなりの美少年だ。
- 幼いながらコウはもてると、直感的に感じた。
- 同時に淡くむず痒い感覚が自身に胸の内に湧き上がったのを感じる。
- これがミレーユの初恋となるのだが、それはまた別のお話。
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- そんな2人のやり取りを見ていたヒカリが後ろから声をかける。
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- 「私はヒカリ=ヤマト、コウの双子の姉ですわ。ミレーユさん、コウはそうやってお父様みたいに女の子をゆうわくしますから、気をつけてくださいね」
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- 悪戯っぽく、だがコウに対する皮肉も込めてそう言ってやる。
- キラはそうやって女性の方を誘惑されるのですね、と母が不満たっぷりに話していたのを思い出したから。
- ヒカリ自身はまだどういうことなのかよくは理解していないが、どうやらキラが笑顔で挨拶をすることは、こと相手が女性だと誘惑しているように見えるらしい。
- ヒカリから見ても特に笑った顔が父にそっくりなコウだから、そして子供心ながら、コウは父以上にそんな風になりそうだと思っているから、暗にその癖を直せと言っているのだが。
- だがコウはヒカリの言葉の裏に込められた思いには気付かずに、その言いように口を尖らせる。
コウからすれば普通に笑顔で挨拶をしただけだ。
- それを変な言い掛かりをつけられては不満の一つも言いたくなろう。
- キラも自覚が無いようで、ラクスに言われても不服そうにそんことはないと反論していたが、むしろ自覚がないからこそ質が悪いのだと言うことを、彼女達にすればキラにもコウにも分かって欲しいのだが。
- 尤もキラからすればラクスも同じようなもので、当然コウからみたヒカリも母ラクスにそっくりで、言葉には出さないが今のヒカリと同じようなことを思っている。
- ヒカリはそんな思惑などつゆ知らず、コウの態度にやれやれと溜息を吐く。
- ミレーユは何となくヒカリの気持ちが分かり、同情するようにそうねと答えた。
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- そこに隣にいた薄い紺色の髪と黒い瞳で浅黒い肌が健康そうな男の子もそこに加わる。
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- 「俺はハルバート=ムスカ。やっぱり、女の子にもてそうな顔だよな」
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- 口をにっと横に広げて白い歯を見せ、人懐っこい笑顔でコウをそう評する。
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- ハルバートは両親から散々、議長のお子様達が一緒にいらっしゃるから失礼の無い様に、と念を押されていた。
- それに対してしぶしぶ返事をしたハルバートだったが、でも見た目、コウもヒカリも自分とそう変わらない子供だと思う。
- 現にこうして自分達と同じように笑顔を見せたり、渋い表情で不満を言ったりしているではないか。
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- ヤマト議長と言えば、プラントで一番偉い人だということは子供だってもちろん知っている。
- でもその子供が偉い人とは限らない。
- それで彼らにやたらと反発するつもりもないが、偉そうな態度を取るのなら意地でも友達にはなるまいと思っていた。
- でも目の前で普通に話をしているのを見て、彼らもやっぱり同じ子供なんだと、心の片隅で安堵しながらそんな意固地な思いは跡形も無く崩れ去っていた。
- むしろ双子に対して好感を抱き、彼らと普通に接してみようと、そんな気持ちになっていた。
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- ヒカリとは反対の隣にザイオンもいて、ハルバートの言葉にうんうんと頷いている。
- 既に双子とは邂逅を果たしているが、改めてこうして他の子供と一緒に話していると、彼らが好きだと思っている自分に気が付く。
- 彼らと一緒にいたら、きっと楽しい学校生活が送れるだろう。
- それまで施設にいた彼には、施設の外で人と触れ合ったことがなく、そのことに一抹の不安があった。
- 他の子供達と同じように親がいないことや、自分が施設で暮らしていることで、仲間はずれにされたり衝突したりすることがないか、と。
- だが今はそんな不安も消えて、希望に溢れた未来を思い描くことができる。
- 彼もまた、双子と出会えて良かったと、後々に思うことになる。
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- ヒカリの言葉を端として、皆がそれに同意するので、何だか一方的に自分が悪者になったみたいでコウは少し面白くなかった。
- 膨れっ面ののコウに対して、ヒカリもさすがに度が過ぎたと反省して、冗談ですわ、とコウを宥める。
- 他の3人も各々謝罪の言葉を口にしながら、これからよろしくと笑顔で語りかける。
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- コウはそれを受けて、確かに何だが自分が責められているようだったのは嫌だったが、こうして皆が笑いかけてくれることは、不思議と心地良いものがあった。
- それが何だかこそばゆい気分になって、さっきまでの不快な気分も忘れて、やがてふふっと笑みを零す。
- ヒカリ達もコウの笑顔に安堵して、お互いに笑顔を零し合った。
- そうして子供達はお互いを友達として認識し合うのだった。
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*
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- こうして初めての学校生活が終了した。
- ナッシュの話が終わると揃って挨拶をして、子供達は互いに別れを名残惜しそうにしながら、また明日とそれぞれの親の元へと走っていく。
- 双子もそんな彼らを見送りつつ、自分の両親の姿を見つけると駆け寄った。
- そして来た時と同じように、家族で仲良く手を繋いで帰路へと付く。
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- 双子には父と母に報告したいことがたくさんあった。
- L新しくできた友達のことや先生のこと、それからこれからの学校生活が楽しみだということなど。
- 家に帰るまでの間ではとても話しきれないほどたくさんのことが。
- それらを代わる代わるキラとラクスに語りかける。
- その表情に溢れんばかりの笑みを浮かべて。
- そんな嬉しそうな様子の双子に、キラとラクスも柔らかく微笑み、安堵する。
- まだまだ始まったばかりだが、話を聞いている限り他の子供達と仲良くやっていけそうだ。
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- 双子が教室の中で友達を作っていた頃、キラとラクスは保護者達にも、一応子供達も、自分達も特別扱いはしないように理解を求めた。
- それでどこまで効果があるかは分からないが。
- とにかくキラとラクスも学校行事にできる限り参加し、他の保護者達と同じように振舞うつもりだ。
- 彼ら自身も特別な存在でない、子供達のことを心配するどこにでもいる親に変わりないのだから。
- ただ評議会の議長という職に就いている、それだけのことなのだ。
- 後は子供がこのまま元気に過ごしてくれれば何も言うことは無い。
- まだ若い両親はそうして子供達の健やかな成長を祈りながら、その手を握る力をそっと込める。
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- 双子はそんな両親の心配を余所に、また明日からその友達と一緒に、勉強したり遊んだりしながら過ごせることに、双子は胸を躍らせずにはいられない。
- そこには無邪気なまでに、素敵な未来だけが見えていた。
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