- それは突然のことだった。
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- ラナがいつものように家の掃除をしていると、彼女の携帯電話が鳴った。
- それに気が付くと掃除の手を止めて、携帯電話をポケットから取り出す。
- ディスプレイは母からの電話であることを示していた。
- 普段滅多に電話などかけてくることの無い母が、一体何の用だろうと少し訝しく思いながらその電話に出る。
- その声は電話越しに分かるほど涙声で微かに震えていた。
- ラナはどうかしたのかと心配そうに声を掛けたが、次に電話越しに母から告げられた内容に、一瞬耳を疑った。
- 確かにそうゆう連絡が何時来てもおかしくない状態だったのは知っている。
- そしてそれを受け止める、そんな覚悟はとうに出来たと思っていた。
- だが実際にそれを告げられると、素直に受け入れることができなかった。
- 何とか分かったと返事をしたが、通話が途切れた後も携帯電話を耳に当てたまま、ラナはただ呆然とするしかなかった。
- 双子が元気良く帰ってきたことに気付かない程に。
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STAGE-11 「永遠の別離」
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- その夜、双子がいつもの様にリビングで幼年学校での出来事を両親に話をしているところに、沈痛な面持ちでラナがやってくる。
- ただならぬ様子に、キラとラクスも双子に少し話を待つように言うと、ラナの言葉に耳を傾ける。
- 双子はえーっと抗議の声を上げるが、両親の真剣な瞳に見つめられて渋々従う。
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- ラナはその様子を微笑ましくも申し訳なく思いながら、弱々しい声で昼間の電話のことを話す。
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- 「祖父が亡くなりました。私はその葬儀などで、明日からしばらくお休みをいただきたいのですが・・・」
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- ラナの言葉にラクスは驚き目を見開いて、それからひどく悲しげな表情でそうですか、と言葉を吐き出す。
- キラも心配そうな表情でラクスの言葉を引き継ぎ、快く休暇の許可を出した。
- ラナはキラ達の優しさに、潤んだ瞳でありがとうございますと頭を下げると、さっと踵を返して部屋を出て行く。
- 今まで自分でも半信半疑だったものが、口に出したことで現実と受け止め、堪えていたものが溢れ出したのだ。
- 優しかったの祖父の声が、笑顔が、手の温もりが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
- それらに二度と触れることができないのだと思うと、彼女の心に鋭利な刃物で切り裂かれたような悲しみが、深く刻まれる。
- そして今更ながら、母が電話で涙声だった理由をその身で痛感したのだ。
- 自分に用意された部屋に駆け込むと、その切なさに耐え切れなくなり、ラナはベッドに伏せて嗚咽を漏らした。
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- 一方の部屋に残されたキラとラクスは、ラナの様子を心配しながら、葬儀への参加についての算段を始める。
- 子供達には悪いと思うが、とても楽しく話を聞いてやれる気分にもなれないし、スケジュールの調整も急いでしなければならない。
- 彼らの胸にもラナの祖父の死を悼む気持ちが、しっかりと刻まれていた。
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- だが双子は目の前で行われたやり取りがどうゆうものなのか、よく分かっていなかった。
- ラナが深刻な表情で何を言ったのかも、両親が何故そんな渋い表情で自分達の話を遮ったのかも。
- まだ人の死というものがどういうことなのかを知らない双子は、いつもの仕事の話で何かあったんだと勝手に解釈していた。
- そんなことよりも、双子はとにかく今日の出来事を両親に全部聞かせたかった。
- だからラナが部屋を後にすると話は終わったと思い、また無邪気に両親の腕を掴み、それでねと話を始める。
- いつもの両親なら苦笑しながらも、話を最後まで聞いてくれるのだ。
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- だが今日は違った。
- キラは悲しそうな表情を崩さないまま、今日はここまで、とピシャリと言い切る。
- その父の反応に双子は衝撃を受けつつ納得が行かず、今日に限って何故、と駄々を捏ねる。
- さっきの話はそれほど大事なことなのだろうか。
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- そんな双子の反応にキラは何かに思い当たったようにふと考え込むと、双子も葬儀に連れて行こうと言い出した。
- ラクスは一瞬驚きに目を見開き、それから首を横に振ってやんわりと否定する。
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- 「辛いことだけど、この子達にとってそれを教えることは必要で大切なことじゃないかって、僕は思うんだ」
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- だがキラは切なげに微笑を浮かべながら、そう言葉を紡いでラクスを説得する。
- できれば子供達を悲しい目や辛い目には会わせたくない。
- それはキラとて同じだ。
- だが命の大切さを学ぶために、死の意味を知ることは大事なことで、避けては通れない道でもある。
- ラクスもしばらく考えた後、分かりましたと弱く微笑む。
- この出来事で命とは何なのかを知り、それを大切にできる優しい子になってくれることを願って。
-
- 両親のやり取りは双子には意味が分からなかったが、話を聞いてもらえなかった不満など忘れて、ただ両親に何所かに連れて行ってもらえることになったのを、この時は素直に喜んでいた。
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*
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- 数日後、ヤマト一家は葬儀が行われる教会へと赴いた。
- 黒い喪服に身を包み、キラとラクスは神妙な面持ちで押し黙ったまま、参列者の中に入っていく。
- 双子は戸惑った表情で、そんな両親に手を引かれてついていく。
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- そこにラクスらの姿を認めたラナが駆け寄ってくる。
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- 「わざわざお越しいただいてありがとうございます。きっと祖父には最高の餞になります」
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- ラナは気丈に笑顔を見せて、言葉を紡ぐ。
- だが昨日などは一日泣いていたのだろう。
- 目は腫れぼったく充血し、表情もどこか悲しみと疲れが滲んでいる。
- ラクスはそんなラナを痛ましく見つめながら、言葉を返す。
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- 「いえ、お爺様には私も幼少の頃に大変お世話になりましたから」
-
- ラナの祖父はかつて、ラクスがまだ幼かった頃にクライン家の使用人として働いており、その時にラクスも父シーゲル共々とてもお世話になった人物なのだ。
- ラクスにとっても敬愛すべき人物の葬儀に参列するのは当然の礼儀だ。
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- ラクスの登場に少し驚いている遺族の人達にもラクスは丁寧にお辞儀をして、最後の対面をするため、他の参列者同様献花の花を受け取る。
- そして深い祈りを捧げながら、亡骸が納められた棺に花を添える。
- ラクスもまた幼少にお世話になった時の思い出が頭の中を駆け巡り、沈痛な面持ちで踵を返す。
- キラはそんなラクスの肩をそっと抱いて、その心を支える。
- こんな時愛しい人が傍に居てくれて本当に良かったと、ラクスは少しだけその悲しみが温かく癒されるのを感じた。
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- そんなやり取りの間中、双子はとても萎縮していた。
- 最初はワクワクした気持ちでここへとやってきたが、今はここに流れる独特の、重く悲しい雰囲気に戸惑うばかりだった。
- 時折聞こえる嗚咽が、その悲しみをより深いものにしていく。
- こんな感じは初めてで、自分でも感情をどう処理したら分からない。
- そんな雰囲気の中では、同じように悲しそうな表情を終始浮かべている両親に話しかけられることも憚れた。
-
- そして献花のため、祭壇に置かれた棺に両親に手を引かれて近づいた時、ハッと息を飲む。
- そこにはいかにも老紳士といった感じの男が一人、その人が入るにはちょうど良い大きさの箱の中で、手を胸の前で組んで眠っていたからだ。
- 捧げられた花の中で、穏やかな笑みを湛えた表情で。
- その顔は光を反射しそうなほど鮮やかに白く、それを彩る花が非現実的でアンバランスな、だがとても綺麗な光景だった。
- 双子はこの理解し難い状況を頭の中で必死に考える。
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- 何故この人はここで眠っているのだろう。
- 皆何故この箱の中に、お花を入れているのだろう。
- 皆何故そんなに悲しげな表情でいるのだろう。
- 自分達も含めてどの人も一様に黒い服装だし、他の人はとても悲しそうで暗い顔だし、これではとても明るい気分になんかなれっこない。
- まるでこの前呼んだ物語のお姫様と同じシチュエーションなのに、この雰囲気が納得できない。
- 眠っているのはお姫様ではないけれど。
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- しかしいくら考えても、答えに辿り着くことはできなかった。
- その表情にはありありと疑問の色が浮かんでいた。
- キラはそんな双子の様子に複雑な思いを抱きながら、だが毅然とその事実を告げる。
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- 「この人は、亡くなられたんだ。だからここでこうして眠っているんだよ」
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- だが双子にはまだ理解できない。
- 亡くなるってどう言うことだろうか。
- 眠っているのならいつか起きるはずだ。
- それよりもこの人が眠っていることがそんなに悲しいなら、起こせば良いのに。
- だがそれをしようともしない大人達にさらなる疑問が湧き、双子は怪訝な表情で尋ねる。
-
- 「いつ起きるの?」
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- 物語であれば、お姫様は王子様の口付けで目を覚ました。
- ならば誰かが同じことをすれば目を覚ますだろうと、幼い彼らは信じていた。
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- だがキラは悲しそうにゆっくりと首を横に振ると、双子の思いを否定した。
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- 「もう起きることはないんだ。二度と目覚めない、眠りについたから」
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- 双子はキラの言葉に衝撃を受ける。
- 人は夜眠りについて、そして朝になれば目を覚ます、それが当たり前だと思っていた。
- それを父は、双子にとって常識であったことを覆したのだ。
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- 「人が死ぬって、そうゆうことなんだ」
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- キラは淡々と、だが自分でもその重さを噛み締めるようにささやく。
- これまでも失ってきた命を思い返して、その胸を痛めながら。
- 今度はラクスがそんなキラにそっと寄り添う。
- その悲しみを共有するように、慰めるように。
- それからキラと同じように深い憂いと慈しみを篭めた表情で、双子を見つめる。
-
- その視線の先で、双子は形容し難い驚きの表情で、キラの言葉を受け止めていた。
- 人が死ぬということは、二度と眠りから覚めないことだと言う。
- だから皆悲しそうにしていたんだと、頭の片隅では理解を始めていた。
- この人とは二度とお話しすることもできないからなんだと。
- 同時にとても怖くなった。
- 死んだら、今までの思い出や心はどこに行ってしまうのだろう。
- それらを思い返しながら、楽しい夢をずっと見るのだろうか。
- だがきっと誰も答えてくれない、分からないだろう。
- 賢しい彼らには、既に分かっていたから。
- 死んだ人とは誰も話ができないのなら、その人が何を見て、何を考え、そして何を夢見ているのか教えてもらったことはないはずだから。
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- だからとても怖かった。
- 死ぬということは今のこの時間が無くなってしまうことだから。
- これまでの幸せな時が永遠に続くものだと、まだ信じていたから。
-
- この時、双子は初めて人の死、その意味に直面したのだった。
-
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