- 神父が何か祈りの言葉を今は亡き、棺で眠りにつく人に捧げている。
- その祈りに呼応するように参列者は棺の周りに立ち並び、深い悲しみの中、ある者は静かに涙を零し、ある者は嗚咽を漏らす。
- そうして皆最後の別れを告げる儀式が始まる。
- この悲しみを少しでも和らげるように。
- これまでの思い出を、深く胸に刻むために。
- 彼の人に訪れた永遠の眠りが、安らかであるようにと。
-
- だがその祈りの言葉も誰かのすすり泣く悲しみも、双子の耳には届いていなかった。
- 人の死をまだ怖い物語を見ているようで、心のどこかが現実のものとして受け入れることを本能的に拒絶していた。
-
- 考えれば考えるほど分からなくなる。
- 人が死ぬと言うことが意味することが。
- 何故人は死ぬのかということが。
- いつまでも続くと思っていた、隣にいる双子の片割れと両親と一緒に笑って過ごせる、温かで幸せな世界。
- それもいつかは終わりが来るのだと思い知らされて、信じていた世界が足元から崩れていくようだ。
- 人の死がどういうものなのか、聡い彼らにはその意味するところが、漠然とだが既に理解はできている。
- だがそれをはい分かりました、とすんなり受け入れるには、彼らの心はまだ幼すぎた。
- 頭の中で色んな思いが渦巻いて、最早自分でも何が何だか分からなくなっている。
-
- そんな双子は、視線の虚ろな表情で名前が刻まれた墓標の前に佇み、棺がゆっくりと人工の大地に埋められていくのをただ呆然と見つめるばかりだ。
- それこそ映画のスクリーンの向こう側を見つめるように。
- 今双子の目の前に映る光景には、全ての色が抜け落ちていた。
-
-
-
-
STAGE-12 「死と向かい合って」
-
-
-
- 葬儀が終わると、キラとラクスは双子の手を引いてゆっくりと帰路についた。
- その間、双子は終始無言で死というものの衝撃を受け止めていた。
- そしてやはりと言うか足取りは重く、自分でも歩いているかさえよく分からない。
- 双子の心はプラントの天気とは正反対に、どんよりと曇っていた。
-
- 家に戻っても双子の様子は変わらない。
- 何か考え込んでいるような落ち込んだ様子でじっと俯いたまま、食事にも手をつけようとしない。
- いつも明るい笑顔で家中の人間に愛嬌を振りまくそれもない。
- こんな子供達を見るのは、両親達も初めてだった。
- 声を掛けても上の空で曖昧な返事しか返ってこないし、知らず知らず辛いような悲しいような、そんな表情で双子を見つめてしまう。
- ヤマト家は珍しく、暗く沈んだ晩餐を迎えていた。
-
- 思いの他、人の死というものに触れたショックが強いようで、キラとラクスも双子のことが心配になり、心を痛める。
- けれども自分達の行為を後悔はしていない。
- 人の死というものにいつかは直面することは避けられず、そこから色々なことを考え、大人へと成長していくのだから。
- 何よりそれが分からなければ、命の大切さを知ることはできない。
- かつて自分達もそうだったように。
- だから今は双子を信じて、それを乗り越えてくれることを祈るしかなかった。
-
- しかし今の双子にはそんな両親の気持ちを汲み取れる状況も、言葉を聞き入れる余裕も無かった。
- 結局ほとんど言葉を発することも無く、心配そうな両親に見送られて寝室へと入る。
- 一晩寝れば、少しは気分も変わるだろうと言われたからだ。
- だが灯りの落ちた部屋で目を瞑ると、浮かんでくるのは死に対する恐怖ばかりで、とてもゆっくりと眠れる状態ではなかった。
-
- 両親ともいつかああして、自分達と死に別れていくのだろうか。
- 何より自分が死んだらどうなるのだろう。
- これまでの楽しかった思い出は消えてしまうのだろうか。
- 今抱いているこの思いはどこへいくのだろうか。
-
- これまでそんなことは考えたことも無かった。
- ただ両親に守られて、友達に恵まれて、幸せな時間をずっと過ごしてきた双子にとって無縁のものだと、関係の無いことだと思っていたから。
- だが現実に、いつかは彼らの近しい者達に、自分自身にすらやがて等しく訪れる。
- それの意味を、ぐるぐると同じ思いを巡りながら必死に探す。
- しかしその答えを見つけることはできず、死で連想するのは暗い闇の中に閉じ込められたような、独りぼっちで寂しい冷たいものばかりで。
- それを考えると、堪らなく怖くなる。
- そして心は激しく否定する。
- 死にたくない、死なれたくない、これは何かの物語の中の話で、自分達は永遠にこの穏やかな時間の中で過ごしていくのだと。
- けれどそれも何かがおかしい気がして、ますます訳が分からなくなる。
- 自分が本当に望んでいること、知らなければならないことは何なのだろうか。
-
- 長い間そんなことを押し黙って考えていたが、胸の内から膨れ上がったその恐怖はついに全身を飲み込んだ。
- 双子の片割れが傍に居ても、その恐怖から逃れることはできない。
- いつもの部屋にいるのに、今日はやけに暗く感じ、そしてだだっ広く感じられる。
- すぐ隣にいる片割れでさえ、手が届かない遠くにいるようで。
- 何もかもが彼らの心を掻き乱すように、恐怖を煽る。
- 布団を頭から被り、その中で目をきゅっと瞑り、小さくなるように膝を抱えても、暗闇から忍び寄る悪魔の様にその恐怖から逃れることはできなかった。
-
- 双子はついに堪えきれなくなってベッドから跳ね起きると、両親の部屋へと駆け込んだ。
- そして驚く両親の腕の中へと飛び込み、ボロボロと涙を零す。
- 死ぬことがとても怖くて。
- 大好きな両親と死に別れることが悲しくて。
- 自分と言う存在が分からなくなって。
- だがとにかく両親と一緒にいて安心したかった。
- 優しい父と母なら、その温もりに包まれたら、この恐怖から自分達を救ってくれることを本能的に知っていたから。
-
- キラもラクスも、突然泣きながら寝室に入ってきた双子に心底驚いた。
- しかし言葉を発することができないほど取り乱して泣きじゃくる双子に事情を察すると、キラは深い優しさを湛えた笑みを浮かべて、ヒカリをそっと抱きしめる。
- ラクスも同じようにコウをしっかりと抱きとめる。
- 子供達をその迫り来る恐怖から守るように。
-
- しばらくそうしてじっとしていたが、両親の温もりに包まれて少しは安心したのか、泣き声は小さくなり気持ちも落ち着いたようだ。
- それを見計らって、キラは双子にポツポツと話し始める。
- 人の命がどれほど儚いもので、どれだけ素敵なものか。
- 永遠ではないからこそ、人は夢を叶えるために一生懸命になることができるのだということを。
-
- 「だから命は大切なんだよ。誰かのものだけが特別なんじゃない。誰もがたった一つの命を持って、精一杯生きるんだ」
-
- ラクスもコウの頭を優しく抱きかかえながら、キラの言葉を引き継ぐ。
-
- 「ですから私達は命を尊び、それを大切に思って誰かを愛したり、思いやったりすることができるのですわ」
-
- そう言って、自分のお腹をゆっくりと擦る。
-
- 「それが分かった今の貴方達なら、これから産まれてくる命がどれ程尊いか、分かりますね」
-
- この上なく優しく、慈しみを感じさせる笑顔で、双子に尋ねる。
-
- 人はいつか死んでいく。
- 悲しくてもそれは変えられない、避けられない事実。
- でもそれだけではない。
- 失われる命があるように、こうして新しく産まれてくる命もある。
- 今ラクスの中に芽生えている命、まだお腹が目立つほどではないが、それでも後何ヶ月か後には双子の弟か妹がこの世界に産まれてくるのだ。
- かつて彼らもそうして産まれてきたように。
- それを考えると、自分が生きていることもとても神秘的なものに思えてくる。
- この宇宙から見れば、人の命はちっぽけな存在であっても、生と死を繰り返しながら、これまで人は生きて歴史を積み重ねてきたのだから。
- それは辛いことでもあるけれども、とても素敵なことに思えた。
-
- 双子は泣き止むと、ようやく視線を両親の顔へと向けて、ゆっくりと首を縦に振る。
- それを満足そうな笑みで受け止めて、ラクスは言葉を綴る。
-
- 「貴方達の命はこの世界でたった一つの貴方達のものだから、それはとても大切なものです。けれども、この世界で生きる命全てがそうなのです。ですから今の気持ちも忘れずに、誰かを思いやることを忘れないで下さい」
-
- ねっと目を細めて微笑み、双子の心を深く優しく包み込む。
-
- 双子はまだ知らない、両親はかつて戦争を共に駆け抜け、命の散り行く様をまざまざと見せ付けられたことを。
- 時に奪われる側で、また時に奪う側でその心に深い傷を負ってきたのだ。
- きっとそれはとても辛かったに違いない、怖かったに違いない。
- でもだから、彼らは一つ一つの命の重さを知っている。
- それを子供達に知って欲しいのだ。
- 人々が平和に、幸せに暮らせる世界を実現するために。
-
- 双子はまだ死を怖いと感じていたが、両親の言葉の一つ一つを胸に刻む。
- 同時に頭の片隅で理解した。
- 両親もまた、過去に大切な人と死に分かれてきたのだということを。
- だからこんなにも素敵で優しい人なんだと、今更ながら改めて自分達の両親を誇りに思う。
- それに恐怖を抑えつけるだけの勇気を得ると、双子は涙の跡を袖でごしごし拭くと、夜中に起こしてゴメンなさいと、自分達の部屋に戻ろうとする。
- 明日も両親は朝早くから仕事のはずだ。
- いつも忙しそうな両親だから、こんな夜中に起こしてしまっては大変だろうと思って、また子供らしからぬ気遣いを見せたのだ。
-
- しかしそれを押し留めたのは、意外にもキラだった。
-
- 今日はこのまま一緒に寝ようとキラが悪戯っぽく笑うと、双子とそしてラクスの肩も掴んで、ガバッと布団の中へ引っ張り込む。
- ラクスも最初驚いた表情を見せたが、仕方が無いですわねと言いながら、どこか楽しそうにキラとの間にいる子供達にそっと手を添える。
- 双子も予想外の展開に驚いたが、初めて見る子供っぽい仕草の父に思わず顔を綻ばせる。
- そして赤ちゃんに戻ったみたいと、内心は恥ずかしく思いながら、それでも両親の腕に抱かれて眠ることはとても温かいから、それは口に出さずにキラの提案を受け入れる。
- こうしてヤマト一家は久し振りに、家族で揃って一つのベッドに入って眠りにつくことになった。
-
- やがて両親の温もりに包まれた双子は死の恐怖を忘れて、ただ穏やかな夢の中へと落ちていった。
- その穏やかな寝顔を両親は微笑ましく見つめてから、自分達も目を閉じて夢の中に意識を委ねた。
- 家族で一緒に、素敵な夢を見られるように願いながら。
-
-
-
― Twin's Storyトップへ ― |
― BACK ―|
― NEXT ―