- 今ヤマト家は激しい喧騒に包まれていた。
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- ラクスの妊娠が発覚してから既に半年以上が経過している。
- お腹も一目見て頷けるほど明らかに大きく膨らみ、間もなく新しい命が誕生しようとしているのが分かる。
- そのため、ラクスは自宅で様子を見ながら仕事をすることとなった。
- かつて双子を産む間際と同じように。
- ラクスはその頃の思い返すと、少し恥ずかしいような、ちょっと苦しいような、とても嬉しいような気持ちが入り混じるが、愛おしそうにお腹を撫でると、やはり命が産まれてくるという奇跡に感謝せずにはいられない。
- キラもそんなラクスを気遣いながら、子供が産まれてくることを楽しみにしている。
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- しかし同時に、キラには大きな不安もあった。
- そのことを考えると、どうしても必要以上にラクスの体を気遣い、ちょっとしたことでも過剰に反応してしまう。
- それをラクスに苦笑しながら窘められることもしばしばだ。
- その度にキラは少し恥ずかしそうに頭を掻く。
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- そんな両親のやり取りを余所に、双子は両親がほとんど家に居ることを、密かに嬉しく思っていた。
- 仕事の時は邪魔をしてはいけないということは分かっているのであまり近づくことはないが、それでもいつでもその顔を見ることができるのはやっぱりとても嬉しい。
- 普段は忙しくて留守にすることが多いから尚更。
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- そんな中でラクスとキラはいつものように、サンルームで書類に目を通していた。
- それを仕事の邪魔にならないように気をつけながら、でもその様子が見えるところで双子は庭を元気に走り回って遊んでいる。
- それはこのところの変わらない、穏やかな光景。
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- その時、ふいに母の表情が苦痛に歪むのが見えた。
- 気付いた父も慌てた様子で席を立ち、インターフォンをコールする。
- 双子も大変だと思い、勢い良くサンルームの中に駆け込む。
- そして大丈夫、と心配そうに母の顔を覗き込む。
- しかしラクスの方はというと、陣痛による痛みで答える余裕も無い。
- この状況に双子はただオロオロするばかりだ。
- 呼ばれた医師が駆け込んでくるといよいよ赤ちゃんが出てきそうだということで、家の中でもバタバタと使用人達が、何事が叫びながら慌しく駆け回っている。
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- 今まさに新しい命が、この世界に産まれようとしていた。
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STAGE-13 「産まれ出命」
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- 病院へと担ぎ込まれたラクスは、すぐに分娩室へと連れて行かれた。
- 苦しそうに喘ぐラクスをキラは直前までその手を握って励ましながら、扉の向こうへと消えていく愛妻をじっと見つめる。
- 双子も心配そうにそんな母を見送り、扉の前で佇む父の両手をそれぞれきゅっと握り締める。
- それに気がついたキラは、大丈夫だよと優しい笑顔を作ってささやく。
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- 本当はキラも内心落ち着かない気持ちで一杯だった。
- 何故なら、ラクスはキラが中心となって開発した不妊治療を受けて妊娠している。
- プラントで問題になっているコーディネータの出生率低下を打開する切り札としても期待される、新しい治療法だ。
- そして彼女がその最初の被験者ということもあり、いくらテストを重ねたと言ってもそれは机上の話で、人体にどれほどの影響があるかはまだ未知数なのだ。
- 彼女が無事に出産するということは治療が成功したということでもあるのだが、失敗は彼女の命とお腹の子供の命も危険に晒すことを意味する。
- それを考えると、治療法が成功したかどうかよりも、彼女の命と赤ん坊の命に何かある方がキラにとってはよほど辛い。
- そんな後ろ向きなことに思考が流れ、胸を鷲掴みにされたような苦しさが込み上げる。
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- だが双子達は今にも泣き出しそうなほど心配そうに自分を見上げている。
- ここで自分が取り乱して不安げなところを見せれば、双子をさらに不安にさせてしまう。
- そこでふと思い出したのは、かつて双子が産まれる時、カリダに言われた言葉。
- キラはその時のことを自嘲しながら、父としての成長と自覚が心を落ち着かせる。
- それにラクスは既に、この子達をしっかり産んでくれたではないか。
- 今のキラにできることは、ラクスを信じて待つことだけだ。
- きっと大丈夫だ、と自分自身に言い聞かせて、キラはゆっくりと双子の手を引いて数歩下がり、分娩室の前に置かれたソファーに腰を下ろし、双子も自分の両脇に座らせる。
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- 一方の双子は苦しそうだった母親に気が気ではない。
- あんなに苦しそうな表情は見たことがなかったから。
- ともすれば、扉の向こうに飛び込んでいきそうだ。
- 自分達に何もできることなどないと分かっていても。
- でも父が心配そうな表情ながら落ち着いて待っているのを見て、何とか衝動を飲み込んで父の両脇にちょこんと並んで座っている。
- 父の手をまだぎゅっと握り締めながら。
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- それからどれ程の時間が経過しただろうか。
- 実際には数時間程度だが、キラと双子にはそれ以上に長く感じられ、いい加減苛立ちも覚え始めた時だった。
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- 分娩室から担当の医師がゆっくりと扉を開けて出てくるのが視界に入った。
- キラはガタッと立ち上がり、急きこんでラクスの様子を尋ねる。
- 医師は一瞬鬼気迫る表情で詰め寄るキラに驚くが、一拍置いてニコリと笑顔を見せる。
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- 「おめでとうございます。母子共に健康です」
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- その言葉に心から安堵の溜息を吐くキラ。
- それからまだ意味が良く飲み込めずに呆けている双子の方へ視線を向けると微笑む。
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- 「お母さんも赤ちゃんも大丈夫だって」
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- 父の言葉に双子も強張っていた表情をを笑顔にして、手を叩いて喜びを表現する。
- その様子を微笑ましく見つめる医師から、赤ちゃんとの対面を進められると、双子はキラの制止も聞かずに、分娩室の中へと駆け込む。
- それを苦笑しながらキラも後を追って、分娩室の中に進む。
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- その中でラクスは疲労の色は滲ませながら、でも幸せに満ちた表情を浮かべている。
- キラはそんなラクスと視線が合うと、ニッコリと微笑みながら大きく頷いて、伸ばされた手をそっと取る。
- それから布にくるまれた新しい命に目を向けて、手に少し力を込める。
- 子供を産んでくれた感謝と、子供もそしてラクスも無事で良かったという安堵を込めて。
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- 双子はそんな両親達の脇をすり抜けて、元気な産声を上げている赤ん坊の方を興味津々といった感じの表情で見上げている。
- それに気がついた看護士は微笑みながら膝をたたんで、双子の目の前で産まれてきたばかりの赤ん坊を見せる。
- そこには赤みがかった茶色の髪をした、小さな小さな子供が精一杯大きく産声を上げていた。
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- 双子は驚いたような嬉しいような、そんな表情で赤ん坊をじっと見つめていた。
- 命が産まれたのを目の当たりにして、何とも言えない不思議な、でも嬉しい気持ちが込み上げてくる。
- この子が母のお腹から出てきたことに奇妙な感覚さえ覚える。
- 同時に命の息吹というものを、何となく感じる。
- そして改めて命って不思議だなと、感想を抱いた。
- こんなにも小さくて、でも一生懸命泣いている姿を見ると、心が温かくなるような気がして自然と笑顔を浮かべて赤ん坊に顔を近づけ、視線は釘付けになる。
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- その様子を微笑ましく思いながらキラは双子と同じ目線に膝を屈めると、赤ん坊の方をを見て微笑みながら、双子にそっと語りかける。
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- 「君達の妹だよ。ちゃんと仲良くしてあげてね」
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- 産まれてきたのは女の子だ。
- 双子の時と同じように、一般的な調整以外は行っていない。
- でもそれで良いとキラもラクスも思う。
- 双子と同じように、この子の未来はこの子自身が自分の力で創っていくのだから。
- そんな思いで励ますように、キラはそっと双子の頭に手を乗せた。
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- さすがにキラの深い思い全ては双子には伝わらなかったが、キラの言葉には頷いて、それでもまだ食い入るように、産まれたばかりの妹をじっと見つめていた。
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-
*
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- しばらくしてラクスと赤ん坊は病室に移された。
- 双子はまだ物珍しそうに赤ん坊をじっと見ていたが、ラクスの言葉にそちらを振り返る。
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- 「では、この子にも大切な贈り物をお願いします」
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- ラクスはにこやかにキラに告げた。
- キラもそれを受けて、少し照れたような笑みを浮かべて頷く。
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- 「何をあげるの?」
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- 双子とも新しい家族にさっそく何をあげるのか気になり、同時に少しだけ赤ん坊を羨ましく思う。
- 自分達には無くて新しい妹にだけプレゼントがあるなんて。
- それがありありと分かる視線でキラを見上げる。
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- 「君達にも産まれた時にちゃんとあげたんだよ」
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- キラは双子を笑って窘めながら、じっと今はすやすやと眠っている赤ん坊の顔を覗き込んで静かに呟いた。
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- 「この子には色んな人の未来が込められてる。でも自分の未来を自分でしっかり切り開いて欲しいと願いを込めたい」
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- 産まれてきたこの子は、多くのものを背負って産まれてきた。
- プラントの将来を担う上でもとても意味のある出産だったから、プラントの未来や希望をその身にたくさん受けて育つだろう。
- それが重荷になることもあるかもしれないが、そんな重圧を跳ね返し、元気に幸せな未来を創って欲しいとキラは心から願う。
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- それから大きく息を吸い込んで、宣言するように言葉を紡いだ。
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- 「だからこの子の名前はミライだ」
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- それを受けてラクスは何度かその名を口の中で転がして、やがてクスリと笑みを零して、素敵な名前だと思いますわ、と同意を示した。
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- 双子はキラとラクスの話を聞きながら初めて知った。
- 自分達の名前は父が付けてくれたものだということを。
- 大切な贈り物とは、この名前のことだということを。
- 自分達が産まれてきた時の事は何も覚えていないが、その時もこうして父が名前を付けてくれたのだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。
- だから改めて、自分達の名前が素敵だと思う。
- 何故なら大好きな父が産まれた時に初めてくれた、大切な贈り物だから。
- きっと双子も同じように思うときが来るだろう。
- 妹にも同じように名前を付けてもらえて、自分達のことのように嬉しかった。
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- 双子は笑顔で赤ん坊の方を再び振り向くと、今しがた付けられたばかりの名で呼び掛ける。
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- 「初めましてミライ、私が姉のヒカリですわ」
- 「僕が兄のコウだよ、よろしくね」
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- すると双子の挨拶に反応したように、ミライが目を覚まして大きな泣き声をあげ始めた。
- 双子は驚き、しかしどうして良いか分からず、またオロオロとミライの周りを回るばかりだ。
- それを両親は苦笑しながら宥めると、キラがミライを抱き上げラクスへと渡す。
- ラクスは優しく胸に抱くと、ゆっくりと体を揺らしながら子守唄を歌う。
- かつて双子に聞かせた同じ唄を。
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- 双子はその時のことを覚えていないが、とても懐かしいような温かい気持ちで母の唄に身を委ねる。
- 体が、心が初めてこの唄を聴いたときのことを覚えているかのように。
- ラクスも気持ちよさそうに、深い愛情を込めて歌う。
- この世界へ誕生したことを歓迎し、そして感謝するように。
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- そうして歌い終わる頃には、ミライは再びスヤスヤと眠っていた。
- それを見て双子は静かに笑みを零して、顔を見合わせる。
- キラとラクスも微笑み合って、眠っているミライの顔を覗き込む。
- そこには確かに命の迸りが感じられた。
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